エンドレスオーラドリーム
(とは言ったものの、あの御触れや兵士さんの態度は気になるな……)
アステルが『夢想の象徴イグドラシル』に向かうのを手伝うと豪語したのはいいものの、リアムは先程アステル“に”突っかかった兵士の態度に妙な違和感を覚えた。
なぜ道を尋ねただけで警戒を強めたのか。
兵士が口にした『あの男』とは誰のことなのか。
顎に手を当て黙考するリアムの耳に、シエルとアステルの会話が響く。
「アステルさんは、どうして『イグドラシル』に?」
「友人に会いに行くためだ」
(……ん?)
リアムはざわつきとは異なる何かを感じた。嫌な予感、とはまた異なる何か……。
「友人……? 『イグドラシル』にですか……?」
「ああ。久しぶりに会いたくて、『ニュイエトワ』からここまで来たんだ」
(アステルの友人ってもしかしてもしかすると……)
「そ、その友人って……?」
頬を引き攣らせるのを必死に誤魔化しながら会話に参戦すると、アステルは仏頂面のまま答えた。
「『ルシャント』って言うんだ」
(出たあああああああ‼︎ 分かってたよ! 何となく分かってた‼︎ シエルやアステルとか僕の世界と瓜二つな皆が居る時点でさ! 奴が……奴が居ることぐらいいい……‼︎)
可能なら叫んでやりたかったが胸中に抑えたことを褒めて欲しい。
『ルシャント』──元の世界で、一番最初に仲間となった人物。かつては世界を消滅させた『大罪人』とされ、彼と距離を縮めるのにそれはもう苦労したことだ。
が、『ルスト事件』のおわりは彼の功績あってものだし……以下略称。
リアムが脳内で叫び散らす中、シエルは地図と睨めっこしながら呟く。
「問題はどう向かうか、ですよね……」
「だけどおかしいよね?」
「どういうことだ」
リアムは生じた違和感を彼らに共有する。
「うーん、今の時点では分からない事だらけだけど……でも城下町に続く道が封鎖されたのはこの街だけじゃないだろうし……人の往来を抑制するってことは、問題が起きても対処出来る人がいないか、それよりも大きい問題を抱えている……って事も考えられそうだし」
「ではリアムさんは、その大きい問題と『イグドラシル』が関連しているかもと」
「か、可能性の話だよっ! 兵士さん達ピリピリしてたから戦いでも始まるんかと……」
「『イグドラシル』が攻められるって言うのか⁉︎ 『精霊族』しか住んでいないのになにをしたって言うんだ‼︎」
「おおお落ち着いてっ」
ドンドンッ! と強く叩かれる壁。続けてお決まりの『うるせぇぞ!』と怒号。
すみませ〜ん……とよそよそしく謝るリアムの対面で、アステルは顔を顰め肩を上下させていた。
「わ、悪い」
素に戻り、すとんとベッドの淵に座り直したアステルにホッと息を吐く。
「ただ今は外を出歩かないほうがいいかもしれないね。さっきのこともあって目をつけられるかもだし」
「……そうだな」
「動くなら明日にしよう」
渋々納得してくれた彼に、やはり根は優しいんだなと思いつつ。相変わらず地図と睨めっこしていたシエルはアステルに尋ねた。
「そういえばアステルさん。どうして『ニュイエトワ』のほうの橋は壊れているのですか?」
確かに、と頷いたリアム達にアステルは嘆息混じりに答える。
「少し前にあった豪雨の影響で橋が壊れたんだよ」
「なら少しは希望があるかもだね」
「……正気か?」
リアムは『チトニア』からの道を諦め、『ニュイエトワ』の方角から『イグドラシル』を目指す道を選択した。それに対し、アステルは眉根を寄せる。
「ここで足止めを受けているほうがよっぽと時間の無駄だよ。ダメ元でも行ってみようよ」
一理ある。シエルが「そうですねっ」と賛成する傍ら、アステルは呆れながらも嘆息をもらす。
「俺も直接は目にしていないし、お前の言い分は分かる」
「よし! なら決定だよ!」
おーっ! と拳を突き上げるリアムに倣い、シエルも遠慮がちに拳を振り上げる。アステルは変わらず険しい表情だったが、最初に比べたらいくらか警戒心が薄れた様子。
本日は長距離の移動に備え、準備を進めることにした。
アステル がパーティーに加入しました ▼
現在地『チトニア』から『ニュイエトワ』へ向かうには、シエルと出会った『デビュトの街』を通る定期馬車へ乗り込む必要がある。
針の長針が9の数字を示す頃。警備の目が緩んだ『チトニア』の街を歩く三人は定期馬車が停車する宿駅に到着。リアムはワクワクと不安を胸に、片やシエルは地図を読み込み、片やアステルはむすっとした顔で定期馬車が来るのを待っていた。
やがてガラガラと音を引き連れて定期馬車が到着し、御者に三人分の料金を支払い中へ乗り込む。中は10人程度が限界の狭さ。そこには、黒衣を頭からすっぽりと被った小柄な人物がひとり乗車しているだけだった。
離れた場所に着席、発車する馬車。運搬用の馬車は皆特別仕様であり、魔物が跋扈する道中でも安全を確保できるように《魔除けの琥珀(初めてシエルと野宿した際にも使用した魔除けの薬の液体が固まったもの)》が吊り下げられている。
うつろうつろと船を漕ぐシエルがいつの間にかすーっと寝息を立て、リアムに肩を預け眠ってしまうのを微笑ましげに見つめ、リアムは「アステル君」と不思議に思っていたことを聞くことに。
「あのさ、昨日言っていた『精霊族』ってどんな種族?」
「ああ、それは……──」
──『
人形と同じぐらいの大きさで姿はさまざま。言語を話すことは出来ず、独自の精霊語を用いて会話する。また、記憶力が乏しく、自我がはっきりしない。霊体であり、無限の命を持つ。特定の場所以外では暮らせない。最も戦いに向いていない種族とされる。
「その『精霊族』が『イグドラシル』を棲家にしてるんだね」
「そうだな」
アステルの説明に、得心いったように頷いたリアム。そこに、「『イグドラシル』……?」と黒衣の人物が呟いた。
「君達も『イグドラシル』に用があるのか?」
「そのお声は……!」
眠っていたはずのシエルがカッと目を見開き、黒衣の人物に目を見開く。
「まさか貴女様は……『ルーナクレシア』様⁉︎」
「「ええっ⁉︎」」
リアムとアステルの驚愕が重なる。
黒衣の人物は相好を崩すと、頭のフードを取り払い艶やかな瑠璃色のお髪がするりと現れた。

──『ルーナ』。
本名は『ルーナクレシア・ラグズ・エピフィラム』。『チトニア』の隣に位置する『エピフィラム』王家の第一王女だ。元の世界でも自身の右腕として大変お世話になっていた。
それはここ『エニュプオン』でも変わらず、この場にいるはずのない人物だというのはリアムでも分かる。
ルーナはシエルの言葉に手のひらで制する。
「そう気を遣わなくていい。ここではルーナと呼んでくれ、城の者には内緒で抜け出してきたんだ」
眉を曲げる彼女にシエルやアステルは萎縮しているも、リアムは片手を差し伸べた。
「初めまして、ルーナ! 僕の名前はリアム。こっちはシエルとアステルだよ。宜しくね」
リアムの対応に気をよくしたルーナは笑顔で応えた。
ぺこりと頭を下げるシエル。おずおずと頭を下げるアステル。
彼らを眺めたルーナは、本題へと話を戻した。
「それで話を戻すが、君達は『イグドラシル』に行くつもりなのか?」
「うん。『イグドラシル』に用があるんだ」
「それは“例の件”ではないな?」
「“例の件”……?」
三人は揃って小首を傾げる。ルーナはそうかと眉根を寄せると、見極めるが如く確かめる。
「これは市民には伝えられていない話だ。それでも聞く覚悟はあるか?」
それは言外に、自分もともに『イグドラシル』へと同行させてほしいと懇願していた。その意図に気づかない筈はなく、三人は互いに顔を見合わせると深く頷く。
ルーナは「ありがとう」と軽く微笑むと色を正して本題へ。
「実は数日前、『イグドラシル』に我が『エピフィラム』同盟国の『チトニア』王女──『リュミエール・シゲル・チトニア』が“攫われた”事件が発生した」
「ゆ、誘拐事件⁉︎」
御者に聞こえてしまう声量にしぃーと制する。
ごめんなさいと謝るリアムに、わざとらしく咳払いをしたルーナは話を続けた。
「それを受けて『チトニア』王家は『イグドラシル』を侵略しようとしている。私はその戦いを止めるべく、こうして一人旅に出たというわけだ」
「なるほど……だから御触れが出ていたのですね」
話が進む中、ひとりアステルは沈黙していた。
その理由をリアムだけは何となく察していた。恐らくミエールを攫ったのは……ルシャントであると。
「アステル君」
「!」
手の甲に手のひらを重ねたリアムの瞳に、混乱していたアステルは平静さを取り戻し、無意識下に乱れていた息を整える。
それを見逃さなかったルーナは「何か心当たりでもあるのか?」と厳しめに尋ねた。
「……ああ。オレの知り合いが関わっているかもしれない。だから説得はオレに任せてくれ」
「……分かった。信じよう」
怪訝そうに顔を顰めたルーナだったが、彼女は嘘はつかない。アステルの言葉を信じることにしたようだ。
「これから宜しく頼む」
「こちらこそ!」
かくして一同に、美しき月の華が加わるのであった──。
ルーナ がパーティーに加入しました ▼
馬車に揺られる一行は『デビュトの街』を経由し、いよいよ『ニュイエトワ』へと到着する。
『イグドラシル』に繋がる橋があるという街に降り立った一行。先日の大雨の影響か、街は汚れてこそいたものの人々の笑顔は活気付いていた。
「ここが『ニュイエトワ』……! 『チトニア』とはまた違う雰囲気があるね!」
鼻息を荒くしながら周囲をキョロキョロと見渡すリアムに、「落ち着けよ」と飽きれた様子のアステル。すっかり慣れたシエルだけは微笑ましく笑みを浮かべていた。
「あ、ここにも鐘があるんだね」
と、リアムは街の入り口に聳える鐘楼に目をやった。
これまでに訪れた『デビュトの街』、『チトニア』にも形こそ違えど鐘楼があったのだ。その疑問に答えたのはシエル。
「各地にある街は、鐘楼から放たれる聖なる鐘音によってモンスターを退けているんです。由来は天界『セレスティアル』に住まう原初の神が自らの降臨を世界に知らせるために鐘の音を鳴り響かせたことからだそうで、特殊なスキルがないと作れない品物なのですよ」
「そうなんだ!」
目を爛々と輝かせるリアムに、ルーナは「そうだ、リアム」と近くに構えるとある店を指し示した。
「お前は記憶喪失なのだろう? ならあそこで『鑑定』してもらうといい」
ルーナは旅路の最中で、リアムが記憶喪失な事と『勇者』であることをシエルから聞いている。
「えっ、『鑑定』って勇者しか持っていないんじゃないの?」
「普通の人間でも発現することはあるぞ。鑑定出来るのは『サポートスキル』だけだけどな」
「へえ〜」
興味を示したリアムに、ルーナはこっちだと店に案内する。
星々が映し出された布の世界に囲まれた夜空を体現したかのような店の店主は、リアム達の来店に「おやおや」とシワが刻まれた唇を歪める。
「勇者様がご来店とは珍しいねぇ……鑑定をお望みかい?」
「はいっ! お願いします」
「分かったよ。ほら、そこに座りな」
促されるまま椅子に腰を落ち着かせたリアムは、どきどきしながらも鑑定が終わるのを待った。
暫くして鑑定士が紙に『サポートスキル』の一覧を書き写したのを受け取ると、
「どれどれ……」
【慣れない体】:防御力がダウン。
【ありがとう!】:味方から受ける回復魔法、補助魔法の効果がアップ。
【ひとりぼっち】:ターン開始時、メンバーが自分だけだと、全てのステータスがダウン。
∟【???】:???
【虹蝶の加護】:自身の魔法攻撃から不利が消滅する。
(【虹蝶の加護】……!)
思いがけず『クラルテ』を彷彿とさせるスキル名に涙が滲む。
他方、リアムのステータスを見た三人は唖然としていた。
「魔法攻撃に不利がないだと……なかなかのレアスキルだな」
「そうなの?」
「大抵の敵に有効ってことになりますからね」
目視していたアステルも同じことを思っていたのか、目を見開いていた。『サポートスキル』がこうであれば、『専用スキル』の最後の枠はどうなっているのだろうかと。
(コイツは……記憶を失う前に何をしていたんだ……⁉︎)
畏怖にも似た感情を抱きつつ、アステルは「おい」と無理やり話の流れを変えた。
「これからどうするんだよ。見たところ、まだ橋は直っていないみたいだぜ」
親指で橋の方角を指し示しながら問うアステルに、「まあ落ち着け」とルーナが宥める。
「私にいい考えがある。行動するなら夜だ」
「「「⁇」」」
ふっと片笑むルーナに、男性陣は揃って疑問符を浮かべた。
極彩色の空模様を“檻”越しに見つめる。
薄暗い闇の片隅で膝を抱えるブロンドヘアーの少女は──くすりと微笑んだ。
それはまるで無邪気な子供のドッキリが成功したかのように。
「……これでようやく自由になれますね」
檻の外から少女を眺めていた人物は、彼女に背を向けて青き蝶の翅を羽ばたかせた。
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