エンドレスオーラドリーム
半兎人シエルを仲間に加え、『デビュトの街』の後にしたリアム。
シエルの提案に乗り身支度を整えることにした彼らは、北東に位置する『アンフィニ地方』に足を踏み入れた――。
「う〜……やっと着いた〜……お尻が痛い……」
「お、お疲れ様です……」
馬車から降り立ちそう溢すリアムに、苦笑するシエル。
「ここが『アンフィニ地方』二大国家のひとつ、『チトニア』の玄関口ですよ」
涙目のまま前方を見遣れば、リアムは『デビュトの街』とは比べものにもならない活気のある街並みに目を見開く。
「すっごーい! これで玄関口だなんて……! 王都はもっと広いんだ!」
純粋にはしゃぐ田舎者に、周囲からくすくすと笑い声がもれる。それと同時、『半兎人』の自分に向けられる差別的な眼差しに――シエルは肩身をすぼめた。
「早速中に入ってみよ! ……シエル?」
ややあってリアムはシエルの変化に気づく。
大きい街であればあるほど、人通りも多くなる。中に入るのを躊躇しているんだとリアムは察した。
「……ぼくがいるとご迷惑をおかけしてしまうので、ここでお待ちしてますね」
ふわりと浮かべた笑みは心からのものではなくて。
だけど、『デビュトの街』のようなことになってしまえば彼も――。
「迷惑って誰に?」
「それは……」
「僕にだったら気にしないでよ。僕もたくさん迷惑かけてるし」
……そうだ。この人は、そう言ってくれる人だった。
『あの人』とは違って、ぼくの意思を尊重してくれる。
「……分かりました。同行します」
「ありがと! 僕一人じゃ不安だったんだー!」
出発! と前方を指差すリアムに頬を綻ばせる。
改めて街を見据えた彼らは、雑踏に紛れて正門を潜った。
「あ、ここが道具屋さんですね」
軒を連ねる店の中でも異様な雰囲気を放つ建物の正体は、冒険者御用達の『道具屋』。リアムが以前訪れた『素材屋』とはまた異なるものらしい。
扉を押し開けば、店内で物色していた冒険者らの視線がこちらに集中する。
小首をかしげるリアムの背に、シエルはさっと身を隠した。
「……どうしたんだろ?」
「恐らく
「よく分かんないけど、さっさと済ませて出ようか」
すみません、と声をひそめるシエルに笑顔で返しつつ。リアムは店内をぐるりと見渡す。
壁一面に備え付けられたガラス戸の棚には、傷薬やMP回復薬といった『調合済み』の薬瓶が鈍い光を放ち、薬棚の下に位置するキャビネットでは、シエルが野営時に使用していた魔除けの粉などの薬品がずらりと並ぶ。
薬以外にも圧縮可能な天幕や携帯調理器具などなど、冒険に役立つ『道具』が数多く取り扱われていた。また、ここでも道具関連の売買を行なっているようだ。覚えておこう。
シエルと相談しながら必要なものを買い揃え、足早に『道具屋』を退店する。ふぅ、と小さな嘆息が聞こえ、リアムは「大丈夫?」と声を掛けた。
「はい。少し息が詰まってただけなので……。リアムさんはいつも通りでしたね」
「別に気にすることじゃないしね」
さて、と気持ちを切り替えた途端――リアムの腹の虫が空腹を知らせる。
「そういえば……最後の馬車に乗り換えてから、ご飯を食べてなかったですね」
「遅くなったけど、朝ごはん食べよっか」
流石にシエルも同じ意見だったのか、迷いなく頷く。
美味しいご飯屋さんがないかと、リアムが周囲に目をやったその時。
「ねえ、シエル。あの人
街の中心部に広がる広場に、多くの人々が群をなしていたのだ。
シエルの大きな兎耳が、ぴくりと反応する。
「何かあったようです」
「僕達にも関係があることかもしれないし、見に行こう」
「はい」
「うわ〜、ちょっと分かんないねこれ……」
広場の中心にできあがった人込みの最後尾から首を伸ばしてみるも、見えるのは後頭部のみ。
「っ……」
「シエル? だ、大丈夫?」
人間の耳を塞ぐシエルの顔色は心なしか悪い。
「すみません……音が……」
そこら中から聞こえるざわめきは、計4つの耳を持つシエルにとって爆音に近い。「ここは僕が」と言って遠ざけたリアムは、人立ちの中を割って進むことに。
肩と肩をぶつけ、睥睨を浴びながらも遂に先頭へと辿り着く。
「御触れ……?」
人々に囲まれながらも、堂堂たる佇まいで木の看板を掲げる二名の兵士。
看板に書かれていた内容――『ソアレ・カノ・チトニアの名において、チトニア城下町に続く道を閉鎖する』という言葉にリアムは目を見張る。
(『ソアレ』様……⁉︎ じゃあ、ここは
――どうやら、厄介なことになっているようだ。
「え?」
ばっと周囲を見渡すも。自身に『話しかけた』人物はいない。皆それぞれ、看板に目を向けている。誰一人としてリアムなんかに注目してはいなかった。
(気のせい……?)
誰かの声が自分に向けられたように聞こえる、なんてことは珍しくもない。きっとそうだろうと思い直す。
そうしてその場から立ち去ろうとした――リアムの視界を横切るひとつの影。
「なあ、その封鎖はいつ解除されるんだ?」
群から飛び出した昏い髪の少年は、そう兵士らを見上げた。
「それは分からない」
「なら、『イグドラシル』行く道は?」
会話に聞き耳を立てていたリアムは、兵士達の僅かな変化を見逃さなかった。兜の影の下に隠された双眸が鋭く光る。
「『イグドラシル』にだと……? 貴様、もしやあの男の――」
「あーっとすみません兵士さん! 僕達この辺に詳しくなくて気になっただけなんですよはっはっはっー、ねっ『アステル』!」
「!」
横から割り込んだリアムは――『アステル』と呼んだ少年に目配せする。
少年は狼狽えながらもリアムの演技に合わせてきた。
「え? あ、ああ、そうだな」
「じゃそういうことなんで……失礼しましたっー!」
と、少年の手首を鷲掴み、逃げ去るように人込みの中を突っ切って行った。
そのまま広場から立ち去る姿は――待機していたシエルの目にも止まる。
「リアムさん……?」
風の如く離れていくその背に、シエルは暫し思案。やがて動き出すも、小さな足は彼らが消えた方角へと向かわずいずこへと。
「……ここまでくればいいかな」
街の中心部から離れれば人通りも少なくなる。
足を止めたリアムは少年に振り向き、彼の容姿に目をつぼめた。
(髪の色以外は、僕が知ってる『アステル』にそっくりだ……シエルもそうだったけど、『エニュプオン』にはそっくりさんが多いな……)
リアム率いる第零勢力【ミリアッドカラーズ】の一員、星を愛する少年『アステル』。目の前の少年は少しだけ――明るく素直な性格と違うようだ。
膝に手を置き呼吸を整えていた少年は、ようやくリアムを見上げる。
「お前は何者だ。なんでオレの名前を知ってる」
やっぱりそうなんだ。と思いつつも、リアムは返答に戸惑う。素直に『異世界から来たんですー』と話しても、シエルの話した時の二の舞になるだけ。
口籠るリアムに対し、アステルは睨みつけるように言い放つ。
「お前、『勇者』だな」
「え、なんで分かったの?」
確かに自分は『勇者』と呼ばれる存在であるが、(一応)初対面のアステルに見破られる要素はなかったはず。
アステルは目を見張るが、すぐに眦を釣り上げて。
「『イグドラシル』の橋が閉鎖されてんのも、大方テメェらの仕業だろ。『勇者』だからって好き放題しやがって!」
「ちょっと待ってよ! 何か勘違いしてない? そもそも僕『イグドラシル』がなんなのかすら……」
「リアムさん!」
仲裁するが如く名を叫んだのは――はぐれたシエルだった。置き去りにしてしまったことをリアムは恥じつつ、シエルのもとに歩み寄る。
「置いて行ってごめんね」
「大丈夫です。それより一体何が」
「空色の半兎人……」
リアムを見上げる
「……何でもないよ。さ、行こう」
さっとシエルを自身の背に隠し、リアムは背中越しに伝えた。
「ま、待ってくれ」
立ち去ろうとした彼らを引き留めたアステルは、ぐっと拳を作りながら一歩前へ。
「ソイツは……本当に『勇者』なのか?」
言葉の意味が分からずはてなを浮かべるリアムに代わり、正面に回ったシエルは力強く頷く。
「はい。本当の『勇者』様です」
「……そうか」
終始会話についていけないリアムを他所に、シエルとアステルは見つめ合う。
やがて、後頭部を荒々しく掻きむしったアステルは「悪い」と謝罪。
「オマエ達、名前は?」
「僕はリアム。この子は、一緒に旅をしてくれてるシエル」
会釈したシエルに、アステルは腕を組みながら名乗る。
「……アステルだ」
「ねえ、アステル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「オレも聞きたいことがある」
「でしたら先程、リアムさんを探すついでにお宿を取ってきましたので、そちらでお話しませんか?」
「ありがとうシエル! ちょうど休みたかったんだ〜! 何か食べるものも買っていこ。アステルもいいよね!」
突然振り返ったリアムに驚愕しながらも、「あ、ああ……」と返答する。
アステルを加えたリアムとシエルは、露店で軽くつまめるものを購入すると予約したという宿屋へと向かったのであった。
街の一角に佇む宿屋の一室。
小さなキャビネットと簡素な
それはさておき――向き合うようにベッドの縁に腰掛けた彼ら。軽食を頬張る彼らを目に、アステルは質問する。
「オマエ達は城下町が封鎖された理由を知ってるか?」
「城下町……? それは『チトニア』のですか?」
「そうらしいんだよ。さっきの広間の集まりは、その御触れを見に来た人達でね」
なるほど、と点頭を返すシエルだったが。アステルの問いにはリアム同様首を横に振る。
「アステルさんは城下町に行きたいのですか?」
「いや、オレは城下町にある『イグドラシル』に続く橋を渡りたいんだ」
「『イグドラシル』……さっきも言ってたよね。それって何?」
そう尋ね返せばアステルは、両目をあらんばかりに見開き、シエルは苦笑をこぼす。
「おまっ……『イグドラシル』を知らねーってありえないだろ⁉︎ 何見て生きてきたんだ!」
(泣きそう)
「落ち着いてくださいアステルさんっ。リアムさんは……」
記憶喪失なのだとシエルに宥められ、アステルは「そうなのか……」と座り直す。
「それなら『鑑定』を知らないのも無理はないな」
「『鑑定』?」
これまた知らないシステム名が登場。オウム返しをするリアムに、アステルは数分前の会話を想起する。
「オマエさっき、オレがどうして『勇者』だと気づいたんだって言ったろ?」
「うん、僕はその理由を君に聞きたかったんだ。『鑑定』ってやつと関係があるの?」
アステルは嘆息をもらすと、説明し始めた。
「……勇者が持つスキルの一つがその『鑑定』ってヤツさ。相手のステータスを見ることが出来るらしい」
「ステータスって……ええっやば! 個人情報流出案件じゃん怖!」
「……そこか?」
「モンスターのステータスも見れますので、強いかどうかを判断するのにも使えるんですよ」
隣に座るシエルの補足にリアムは「正しい使い道があるんだ」と安堵する。
アステルはわざとらしく咳払いをひとつ。
「話が逸れたけど、『イグドラシル』っていうのは……あー、シエルって言ったか?」
「はい」
「地図は持ってねぇか? 見せたほうが早い」
「持っています。少しお待ちください」
「シエル、地図持ってたっけ?」
「前のは焼けてしまって……つい先程、新しいものを購入いたしました」
運んだキャビネットをテーブル代わりにし、シエルは新調したばかりの地図を広げた。
初めて『エニュプオン』の世界地図を見ることとなったリアムは、食い入るように見つめる。
「ここが現在地である『アンフィニ地方』です」
「そしてこれが、夢想の象徴『イグドラシル』だ」
「『イグドラシル』って、大きな樹だったんだ」
地図上でも誇張された如く大袈裟に描かれた大樹。アステルが『知らないのはありえない』と叫んだ理由が分かる。
「ファルナ地方の
「ほえ〜……あれ? でもここって、『チトニア』方面の他にも橋があるよね。こっちからは行けないの?」
地図を見たリアムの言葉に、アステルは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「……『ニュイエトワ』に繋がる橋のほうは壊れたんだ」
「他に方法はないの?」
「あったら苦労してねーよ」
「『トゥリベル地方』を流れる二つの川は流れが速く、泳いで渡ることは難しいのです」
眉を落としたシエルに、アステルも眉を顰める。
そんな彼の姿に、リアムはひとり決意した。
「僕も手伝うよ、アステル」
「……は?」
「君が『イグドラシル』に行けるように、頑張って手伝う」
思わぬ言葉に、アステルは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まる。
シエルも虚を突かれていたが、ふっと目を細めた。
「リアムさんがお手伝いするのなら、僕もお力添えさせてください」
「えへへ、ありがとう」
俯き気味であったアステルは、視界の端に映る掌に顔を上げた。
笑顔で片手を差し伸べるリアムは――いつの日か、迷い込んだ『鏡界』でアステルに助けられたのを思い出していた。『あの日君にもらったものを、今度は僕が君に返したい』。その想いは、例え違う世界の違う誰かでも変わらない。
今だに警戒心を緩めないアステルは――疑り深い眼差しを向けつつ、その手を握った。
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