エンドレスオーラドリーム
2人は充分に休息をとり、シエルが話していた場所に向かう。
「シエル君は詳しいんだね。多分だけど、普通の人より詳しいんじゃない?」
「そ、そうかはどうかわかりませんが……サポートに回ることが多かったので、それでなのかもですかね……」
サポート? 歩きながらリアムはシエルを見遣り、首を傾げる。シエルはちらりと視線を交わし、すぐに道の先を見つめた。
「……今は一時的に離脱していますが、パーティーに所属しているので……」
「パーティーって、複数人で組んでモンスターに対抗するグループのこと?」
「そうですね」
大切な仲間達の事を話しているにしては、眉を顰めるシエルの表情に違和感を覚える。
きっと
「そろそろ“エンカウントスポット”に到着します」
「エンカウントスポット? モンスターが多く出るって場所の名前?」
「はい。通常、モンスターは目的もなく徘徊をしていたり、自分だけの縄張りを決めていたりしていますが、エンカウントスポットと呼ばれる地点は、複数体のモンスターが共同で使用している……いわば僕達が知る広場のような位置付けだと考えてもらえれば良いと思います」
リアムはへえ〜としか溢せないほど感嘆した。元の世界の知り合い(そっくりさん)以前に優秀過ぎる。運命的な出会いをありがとうと、残り滓しか残っていない幸運に感謝した。
「わかりやすく説明してくれてありがとう」
「こ、これぐらいなら全然……。あっ、それでその、リアムさんにお聞きしたいことが……」
足を止めたシエルはおずおずとリアムを見上げる。同様にリアムも立ち止まり、いいよと返す。
「どうしたの?」
「り、リアムさんの武器とか……戦い方を、教えてもらえませんか……?」
リアムの黒い背景に稲妻が迸る。危ない危ない。危うく元の世界のノリで戦おうとしていた。食い気味に頷く。
「そうだね! わからないままで行ったら危ないもんね‼︎」
「は、はいっ……」
「えっと僕はね……」
リアムは肩掛け鞄から1冊の魔導書を取り出す。シエルは魔導書をじっと見つめた。
「“鉄の魔導書”……ですか?」
「鉄⁉︎ 鉄なのこれ⁉︎ ……あ、表紙が鉄なのね」
「どこで手に入れたのですか?」
「え? いやこれは宝箱の中に落ちてたやつを拾ったんだけど……」
それは拾ったとは言いません。
なにやら考える素振りを見せるシエルに不安を覚える。
「な、なにか駄目だったかなぁ……⁇」
「だ、ダメじゃないですよっ」
慌てて訂正を入れ、シエルは話を戻した。
「それで、リアムさんはどんな技を?」
「まだ1回しか使ったことないからわからないんだけど、光属性の技が使えるよ。あと火と風かな。シエル君は?」
「僕は風属性が得意なので……」
するとシエルは口を詰むぎ、色を正す。その様子から目的地近くまで来たのだと察したリアムもまた、目つきを鋭くさせる。
「敵は下級モンスターですが油断はなさらず。僕が前に出るので、リアムさんは後方をお願いします。ある程度倒したら撤退しましょう」
「わかったっ。頑張るね」
握った拳を軽く挙げたリアムと互いに頷き合う。丘の頂上からそろりとエンカウントスポットを見下ろし敵の数を確認。片膝付くシエルが両手の平を上に向けると、雨のごとく滴る光粒に包まれハンマーが出現。シエルの首下まで届くハンマーの頭は大変立派であり、威圧すら感じさせる。華奢な体つきでは動かすことも難しく思わせるハンマーを、シエルは鼻息を短く漏らすと同時に持ち上げ、天に掲げる。
「行きますッ‼︎」
リアムに向けて叫び、疾走。ハンマー両手に跳躍し、空中で前転。着地のタイミングに合わせ、風を纏いしハンマーを振り下ろす。叩きつけた直後、吹き荒れる風は刃と化し。周囲を徘徊していたモンスターを切り裂き、霧散する。
続けてリアムも参戦する頃には、距離が離れていたモンスターらも2人のもとへ集まっていた。リアムは魔導書の頁を開き、片手を前方へ突き出す。
「【
魔導書から現れたのは赤い光球。光球は内部で煌き、縮小後。細く、長い光線を放つ。赤い光線はリアムの直線上を彷徨うゴブリンの体を貫き、ジュッと音を立て焼け焦がす。体に穴が空いたゴブリンは存在を保つことができず霧散。
安堵するも束の間。プルプル揺れる液体の容姿を持つスライムに接近を許していた。気が抜けない。リアムはスライムの体当たりを躱し、呪文なしの通常魔法を手の平に集中。直接体に突きつけ、撃破。
一方のシエルはハンマーの重さを活かした重い一撃を迫り来るゴブリンの脇腹に与え、遠方に吹き飛ばす。動作が遅いシエルは敵に囲まれやすいがその都度ハンマーを前方に構え、烈しく回転。遠心力がのしかかり、より重さが増したハンマーで敵を一掃する。
数分経過後、付近一帯に散乱するドロップアイテムとゴールドが目立ち始め、2人は隙を窺いそれらを回収。エンカウントスポットから一旦引き上げる。
一連の流れを2回繰り返したのち、迎えた夕暮れ時。日が沈む前に完全撤退したリアムとシエルは、エンカウントスポットからやや離れた場所で休息をとることにした。
「これでモンスターは寄り付かなくなります」
麻袋の口を持ち上げ、紐で縛るシエル。リアムは地面に敷いた粗末な布に座り、円状に巻かれた魔除けの粉を見渡す。
「不思議。……ちょっと不安だけど」
「絶対ではないですが、ちゃんと効果はありますよ。そちらはどうですか?」
「もうすぐ……あっ点いた」
集めた薪に火が燃え移り、燃え上がる。
パチパチと爆ぜる焚き火を耳朶に、2人は収集した木の実や果実で腹を満たす。
「今日1日でどのぐらいになった?」
「合わせて250Gですね」
「残り300Gだね。回収したドロップアイテムも売れるかな」
「もちろんです。恐らく……70Gぐらいにはなるかと」
「そっかー。今日はお昼からの作業だったから少ないけど、明日は朝からできるわけだしきっと届くよね」
「はい」
焚き火に照らされるシエルの表情は柔らかい。今日1日背中を預け戦ったことで、リラックスできたのなら喜ばしい限りだ。
リアムは天を仰ぎ、夜空を見つめる。この世界──『エニュプオン』での1日目が終わろうとしている。元の世界での仲間達や、クラルテの姿が浮かんでは消えてゆく。この体が作り物とするならば本物の僕は一体……?
「リアムさん」
ぱちんと物思いから覚める。首を傾げるシエルに大丈夫だと笑い返した。
「ちょっと考えごとをね」
「もしかして……記憶のことですか……?」
「そんなところかな」
やはり嘘をつくのは善意が痛むものである。それが仲良くなればなるほど、痛みは増してゆくもの。大丈夫、シエルの物を取り返すまでだから。リアムは自分に言い聞かせる。
「なにか覚えている単語はありますか? 知っているものであればお答えしますよ」
そんなリアムの心情など知らぬシエルが尋ねる。せっかくの好意を無下にするのは心苦しい。リアムはじゃあと口を開いた。
「『魔王』と『勇者』について、教えてくれる?」
シエルの表情が明らかに強張る。まずい、聞いてはいけない話だったか。リアムは一瞬たじろぎそうになった。
「……わかりました。お話します」
間を置き、シエルはまっすぐにリアムを見据える。鋭い視線に、リアムは思わず生唾を飲み込んだ。
「まず始めに『魔王』についてですが、その正体や目的は不明です。わかっているのは、モンスターを使役できる。モンスターを強化することができる。この2点です」
『魔王』についてはクラルテの説明以上の情報はないようだ。リアムは傍聴の姿勢のまま、相槌を打つ。
「次に『勇者』についてですが、彼らは特別なスキル。勇者スキルと呼ばれる専用スキルを発現しています」
「あっちょっとストップ。スキルって?」
リアムは片手を突き出し話を中断させる。たびたび耳にしていたが、しっかりと説明された覚えはない。
「『スキル』は各個人が有する能力であり、効果は多岐に渡ります。戦いに特化したのもあれば、生活を支えるものまでさまざまですが、どれも自分自身になにかしらの影響を与えます。このスキルは2種類に分けられ、1つは生まれつきの『専用スキル』。もう1つは成長とともに発現、変化する『サポートスキル』があります」
平たく言えば呪いや加護のようなものか。リアムはうんうんと頷く。
「話を戻しますと、先程お話した魔王と勇者は切っても切れない関係にあります」
「というと?」
「魔王を完全に“倒し切る”ことができるのは勇者だけだと言われているからです。勇者スキルを持たない者では、魔王の力を削ることしかできません」
リアムはクラルテの発言を回想する。“勇者として魔王を倒してほしい”。それは魔王を倒し切ることであるとリアムは知った。
「なので、勇者スキルを持つ勇者達は魔王討伐のために旅をしているのです」
「勇者って1人じゃないんだね……」
であるならどうしてクラルテは、わざわざ異世界から自分を呼び寄せたのか。却って疑問の残る結果となってしまった。
「ありがとうシエル君」
軽く首を横に振るシエルであったが、眉根を寄せている。
「リアムさん。あの」
「うん。なに?」
「リアムさんは……勇者様、なんですね」
言い当てられたリアムは「あ……」と洩らしただけで閉口してしまう。
「……うん。そうみたい」
少しして、リアムは勇者であることを認めた。今度は誤魔化すことなく、真実を。
「そうですか……」
シエルは膝を抱える腕にぐっと力を入れる。リアムはあえて触れず、軽く笑みを浮かべた。
「いつから気づいてたの?」
「……魔導書の話を聞いたときです。宝箱を見つけられるのは限られた人物ですから……」
答えるシエルの視線は交わらない。出会った頃まで逆戻りしたかのようにぎくしゃくとする2人は、明日に備え交互に休んだ。
翌々日──リアムの姿は『デビュトの街』にあった。一昨日から昨日にかけて回収したドロップアイテムをゴールドに換金してもらうためだ。この間シエルには街の外で待機してもらっている。
『素材屋』に行ったその足で、リアムは露店営む女店主のもとを訪れた。
「いらっ……あーお客さん!」
「こんにちは。あの、取り置きの件で……」
女店主はリアムの顔を見るや否や、裏手から箱を取り出し中身を探る。眺め待つこと数秒、女店主は時計の形をした石とジェムを手にリアムの前へ。
「はいはいこれだね。500Gでいいよ」
「え? でも550Gだって……」
「アンタ、そういうのは言わなくていいのさ。せめてもの気持ちだよ」
空いた手のひらを前後に振るう女店主のご厚意に甘え、リアムは500Gを支払う。
「まいどっ! また来てくれよー」
女店主に軽く頭を下げ、リアムは露店をあとにする。取り返したジェムはズボンに。時計の形をした石は鞄の中に。あの木の下で待つシエルのもとへ歩を進める。
しかし、リアムの心中は荒んでいた。シエルの大切なものを取り戻せて嬉しいはずなのに。街を行き交う人々の賑わいがどこか遠く、煩わしい。苛立ちにも似た気持ちは、シエルのよそよそしい態度が気に食わないのではなく。
もしもあの女店主に「
だが、リアムはわからなかった。なぜそこまでシエルが虐げられなければならないのか。なぜシエルが『勇者』を気にしているのか。
「なにも知らないな……」
溜息混じりの呟きは雑音にかき消される。
そこでようやくはっと我に帰ったリアムは、首を横に振って気持ちを切り替えた。
(いやいやよく考えようよ自分。昨日今日でわかるわけないじゃん。むしろわからないことを調べるのが記者というものだし。……あれ? 僕って記者じゃなかった?)
物思いに耽っている間に街の出入り口が見えてきたようだ。気にしてても仕方ないか。リアムの足が止まることはない。
直後──突如として鳴り響く鐘の音。乱暴に打ち鳴らされる警鐘は日常を一変させ、辺りを騒然とさせた。
「魔強種のバケモンが街の外に現れたぞー‼︎」
追い打ちをかけるように1人の街人が叫ぶ。それを皮切りに、我先にと逃げ出す人々。正面より逸走してきた男の肩が、すれ違いざまにリアムの体を打つ。茫然と立ち尽くしていたリアムは衝撃で尻餅をついてしまうも、男は見向きもせず。一心不乱に走り去った。
リアムはすぐさま立ち上がり、人々が逃げる方向とは真逆を駆け出す。
できることなら逃げ出したい。あんな痛い思いはしたくないけどっ……!
魔強種という言葉を知らなくとも、人々が恐れ慄くほど危険なモンスターだというのはリアムも察した。そんなモンスターが現れたのは、あろうことかシエルが待つ方角だったのだ。脳裏を過ぎるシエルの姿に、胸が掻き乱される。
「シエル……!」
辺り一面に広がる平原に、緩やかな傾斜が続く。吹き抜ける風はどこか儚く、それでいて心地いい。
のどかな舞台に、突として乱入した巨大な影。あまりの体躯に首がもげそうだ。
「はぁ……はぁ……」
シエルは肩で息をしながら、ハンマーを握る手に力を入れ直す。自身をすっぽりと覆う影に臆せず、勇ましくモンスターを睨みつける。
まるで1つの建築物──『トロール』は魔王によって強化され、内に秘めた烈烈たる闘志を剥き出しに暴走している。
シエルは、逃げていなかったのだ。
ブォンッ、と。鈍い音を引き摺り棍棒が振り落とされる。抉れた地面から飛び出した石が、シエルを頬を掠め赤い線を引いた。
シエルは地面を踏み締め、棍棒に飛び乗る。立ち所にたんっ、と低く跳躍しては腕を駆け上りトロールの頭上へ。吹き荒れる風とともにハンマーを叩きつける。
「っ、く」
目的の頭部に届く寸前、棍棒に防がれた。びりびりと鋭い痛みが指先まで駆け巡り、思わずハンマーから手を離してしまいそうになるのを下唇を噛み締め耐えた。
棍棒が振り払われ、強制的に弾かれる。シエルは空中で2、3回後転を挟み着地。間を置かず横へ飛び跳ね棍棒を回避。そのまま回避に専念しながら、冷静に状況を見極める。
(大丈夫。きっと来てくれる)
シエルはそう自身を鼓舞した。
勝機を掴むに必要不可欠な存在が現れることを信じて。
「──“シエル”‼︎」
攻撃の手を緩めたシエルの隙を埋めるかのように。トロールとシエルの間を
「無事⁉︎」
「はいっ!」
合流したリアムは魔導書片手にシエルの隣に並ぶ。
魔強種トロールを前にしたリアムは、2日前の出来事を思い返してしまった。あの個体とは別であると頭では理解しているが、身体が震えそうになる。
「リアムさん!」
シエルの真っ直ぐとした瞳が、ぐらつくリアムの心を支える。
「少しだけお願いしますっ‼︎」
それだけで、リアムはシエルの意図を察した。もう、自分の心を覆う暗雲はどこにも見当たらない。
「うんっ! 頑張るね!」
晴れ渡る空。異質な影。大切な仲間の勇姿。
それらを映すリアムの瞳に、一筋の光が瞬いた。
瞼を下ろし精神を集中させるシエルを、新緑色の光が包み込む。無防備なシエルをトロールが見逃すはずもなく、棍棒を振り上げた。
「【ホーリーソード】!」
シエルを背に庇うリアムが選択したのは光属性魔法。空中に顕現した光の剣は盾として棍棒からリアムとシエルを守ると、粒子となり消滅。間髪入れず、リアムは叫ぶ。
「【アリアーテ・ビエント】!」
リアムの声に呼応し、荒れ狂う風と舞う花。リアムが所有する風属性攻撃だ。
出現した暴風はトロールの体を煽り、花は体を覆い視界を奪う。トロールは岩の如く肉厚な手で花びらを払おうと試みるが、ことごとくすり抜ける。やがて怒り任せにその場で回転。剥がすことには成功するも、太陽を背に跳躍する小さな影の襲来に瞳孔が開く。
「【エアレイド】ッッ‼︎‼︎」
シエルはハンマーを振り翳し、叫ぶ。
ありったけの力を乗せた一撃は、魔強種トロールの頭部を叩き潰した。
【エアレイド】の余波に煽られ、リアムの体が平原を転がる。うつ伏せの姿勢でかばっと顔を上げれば、頭部を潰されたトロールが霧散するのを目撃。あとに残されたのは棍棒と、内蔵やらのドロップアイテム。そして……。
「シエルっ……!」
地面に吸い寄せられるように落下するシエルの姿。すでに意識はないのか、全くの無抵抗だ。リアムは体勢を崩しながらも駆け出し、シエルの落下地点に滑り込む。ぐえっ、と蛙のような呻き声が洩れた。
「んん……、っ⁉︎ モンスターは⁉︎」
弾かれるようにシエルは意識を手繰り寄せ上体を起こす。きょろきょろと辺りを見渡すシエルを、リアムは弱々しく叩いた。
そこでようやく自分がリアムを下敷きにしていることに気付き、慌てて飛び退く。
「ごっ……ごめんなさいリアムさん‼︎ だ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫大丈夫……ハンマーも落ちてたら終わってたけど」
リアムはごろんと仰向けになり、シエルに向けて拳を突き出す。
「お疲れ様。シエル」
そのとき始めて、辛い戦いに勝利したのだと実感したシエル。自身もまた、拳を突き合わせた。
「はいっ……」
あどけなく笑うシエルに釣られ、リアムは破顔した。
その後の流れは、魔強種との戦いに勝利したあととは思えないほど実にスムーズであった。
リアムはシエルの身を案じ街の外で待機させ、自身はトロールから回収したドロップアイテムを街の『素材屋』に持ち込む。店内は魔強種の襲来にざわついていたが、平常通り営業。リアムがドロップアイテムを広げると、対応した店員は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
引き攣った笑みで「取引額です」と差し出された大量のゴールド。布袋に納め、店内の視線を一身に浴びながらリアムは素材屋をあとにする。
「お待たせー」
木の下で座り込むシエルと合流する。シエルは立ちあがろうとするもそこまで回復していなかった。リアムはシエルの正面を通り、隣に座る。
「どう? 大丈夫?」
「薬も飲んだのでだいぶ良くなりました。換金お任せしてすみません」
「ううん、平気。結構良い値になったよ」
見せてあげる、と鞄を探るリアムは大事なことを思い出した。
「あっそうだ! これ渡すの忘れてたよ」
それはシエルの
じぃっと無言で見つめるシエルはふいに眉尻を下げたかと思えば、ぽたぽたと大粒の雨のような涙を落とした。額に石を当て、身を震わせながら泣くシエルの頭をリアムはそっと撫でゆく。
これがきっと、自分がシエルに出来る最後のお手伝いだから。
「……平気?」
シエルは濡れた目元を手の甲で拭い、頷く。気恥ずかしそうにはにかむシエルとは逆に、リアムの表情は険しい。
「じゃあ……ここでお別れだね」
「え……?」
唐突に言い放たれた言葉に涙は引き、どくどくと波打つ心音が体を巡る血を奪っていくようだ。シエルの脳内を羅列するのは拒絶の言葉。
「シエルは所属してるパーティーがあるんだよね。なら僕と一緒にいる必要は……」
「──僕はリアムさんと一緒にいたいです!」
リアムの言葉を遮り、声を上げる。今までにない感情にシエル自身も驚きを隠せなかった。
それでもなお、リアムは首を縦に振ることはできなくて。
「で、でもパーティーは……」
「大丈夫ですよ。僕がいてもいなくても気にしません」
追求しようとするリアムを遮るように、シエルは話を続ける。
「それにまだ全然協力できていませんしね。これではリアムさんが不利益になってしまいますよ」
それは出会いの場面でリアムが放った台詞の一部。リアムは昂る感情をぐっと抑え、震える声で尋ねる。
「いいの……?」
「はい」
「……本当に?」
「はいっ」
初めて見るシエルの満面の笑顔に、リアムの涙腺はめでたく崩壊した。
「シエル〜〜‼︎」
「うわっ」
両手を大きく広げ、泣きながら抱きつくリアム。受け止めたシエルの体は後方へ傾くも持ち直した。
「よかったよ〜! ここでお別れとか寂しくて嫌だったから本当にっ……よかったよ〜……!」
情けなく喚き声を上げるリアムの暖かさに触れたシエルは目尻を落とす。まだ別れたくないと感じていたのはお互い様であったことに、胸のつかえが下りた気分だ。
落ち着いた頃を見計らい、シエルはリアムに問いかける。
「リアムさんはこれからどちらに向かう予定でした?」
「実はまだ全然決まっていなくて……」
シエルから離れたリアムは後頭部に手を添え空笑い。そうですか、とシエルは思考を巡らせる。
「旅を続けるにしろ、目的を持つにしろ。ある程度大掛かりな準備は必要となってきます。まずは大きな街に向かい、旅支度を整えませんか?」
思い返せば何1つとして旅道具を揃えていなかった。リアムは迷いなく頷き返す。
「そうだね。そうしよっか」
かくして。半兎人の少年シエルを仲間にしたリアムは、『デビュトの街』をあとにする。
「リアムさん」
「うん?」
「改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくね、シエル。……あっ、名前……」
「そっちで呼んでください。そのほうが嬉しいです」
「……うん。わかったっ」
向かうは北西。〈アンフィニ地方〉『チトニア』──いよいよ彼らは、壮大な争いに足を踏み込むこととなる。
シエル がパーティーに加入しました ▼