エンドレスオーラドリーム
ああ、どうしてこうも僕の人生は波乱続きなのか。
困ったことに僕は、夢の中の世界で冒険しなければならないようだ。
不思議な蝶に導かれ、勇者の名の下に敵を穿つ。
行く先々で出会う仲間達と、ときには夕陽をバックに衝突しながらも絆を深め合う。
そうして決戦の地で待ち受ける魔王を死闘の末に討ち取った僕は、晴れて元の世界へ帰ることができましたとさ。めでたしめでたし。
──夢ならば、ゲームみたいなご都合展開にしてくれてもいいのに。
(やっと着いたぁ……)
衝撃的な出会いと別れを繰り返したのが、ここ数分の話だなんて信じられない。
精神的にも長い道のりを経て、リアムは初めの街を訪れた。
人が行き交う平穏な光景に安堵を覚えたリアムはそっと息を吐く。
「あ、……」
直後、ぐーっと胃袋の鳴る音が軒先に響き渡る。近くを通り過ぎる人々にくすくすと笑われ、リアムは顔を真っ赤にした。
何か食べたいなと街を探索すると、食欲そそる香りが鼻孔をくすぐる。出所を探れば、ハンバーガーと酷似した食べ物を販売する露店を発見。幾らか確認しようと看板に目を凝らす。
視界がぼやけ始めたため、両目を手で擦る。今一度看板を見遣れば、はっきりと30
うっ、とリアムの眉間に皺が寄る。何か食べさせろと言わんばかりに腹の虫達が合唱した。
途方に暮れるリアムであったが、ふとクラルテが残したアドバイスを思い出す。
(そういえば……ドロップアイテムはお店で売れるとか言ってたっけ……)
リアムは露店から離れ、建ち並ぶお店を巡り始めた。
掛けられた看板を1つずつ眺めていると『素材屋』と書かれた看板を発見。不安を胸に店の扉を押し開く。店内には多くの素材が瓶に詰められた状態で販売され、中には武装する客もちらほら確認できる。
売買ともにカウンターで行われるらしく、他の客の様子を盗み見。リアムもカウンターの前に立つ。間もなく男性店員がカウンターを挟んだ反対側に立ち、貼り付けたかのような笑みを浮かべ挨拶を交わす。
「どうもこんにちは、マテリアルショップデビュト支店へようこそ。ご用件は?」
支店ってことはチェーン店? この街ってデビュトって言うの?
様々な疑問が脳内を飛び交う中、リアムは初めての戦闘で獲得したドロップアイテムをカウンターテーブルの上に置いた。
「ドロップアイテムの換金ですね。確認致します」
「あっはい」
「ところで……お客様、マテリアルショップのご利用は初めてでしょうか? もし宜しければご説明させていただきたいのですが」
リアムの挙動からビギナーだと悟ったのか。男性店員の申し出を断る理由はない。リアムはお願いしますと頷く。
「かしこまりました。ではご説明致します。当デビュト支店を含め、マテリアルショップは世界中に展開しており、素材全般を扱っております。ドロップアイテムを初め、薬草や鉱石などの分類も販売、買取を行っております。商品は支店ごとで異なりますが、お売りいただく素材は支店ごとに制限はありません。購入の際は店内にございます商品をカウンターにまでお持ち頂くか、店員に直接お聞き下さい。この他に素材についての情報も取り扱っております。お気軽にご相談下さい」
説明は以上となりますと男性店員は話を締め、ゴブリンのドロップアイテムを丁寧にトレーに移すと、カウンターの奥へと消える。
素材屋の説明に成る程なぁと心の中で相槌を打つと同時、営業活動って大変だなぁと何処かマニュアルのような説明文にそう感じざるおえなかったリアムである。
「お待たせ致しました。こちらが今回の取引額となります。またのご利用をお待ちしております」
ゴールドを受け取り、店を後にする。
目的のハンバーガーを余裕で購入可能な手持ち額となり改めて露店に足を向けた、そのとき。
「半兎人に売る物はないよ! とっとと帰んな!」
平穏な街に響き渡る女性の怒号が街の雰囲気を一転させる。
声の主は現在地から少し離れているようで目視できない。極力目立ちたくないリアムは関わらないようにしようと歩き出した。だが、街の人々が口々に噂する話を耳にしてしまう。
「なんだ? なんの騒ぎだ?」
「──さんの店に半兎人が来てるんだよ。で、激怒してるってわけ」
「半兎人がぁ? なんでまた」
「さあね。でも半兎人が利用しているなんて噂が立っちまったらおしまいだから、追い出そうとしてるんだろうよ」
(
初めて耳にする単語だが、良い意味でないことは理解した。
リアムの足は、怒号飛ぶその場所を向いていた。
1つ隣の通りにて、商売を行う露店。
どうやらこの騒動は、その店主と訪れた客の間で繰り広げられているようだ。
「どうせ盗んだものなんだろう? 平然と嘘をつくなんてどこまで穢れてるんだい!」
「ち、違います! 僕は……」
「口答えするんじゃないよ! 半兎人のくせに!」
店主の大喝を前に、半兎人の客は逃げるように走り去った。
その姿が街から消え、一変して店主は笑顔で接客を再開し、人々も何事も無かったかのように各々の行動に戻る。
その中で1人。リアムだけは、あの半兎人の姿に裂けるほど目を瞠っていた。
(今の子はまさか……シエル……⁉︎)
気付けば、体が勝手に動いていた。
走り去って行った半兎人を追い、街の外へ。
碧天を写したかのような瞳と髪。
現代より遥か先の未来から、大切な時計を手にやって来た少年『シエル』。
内気で引っ込み思案な彼とリアムは共通点も多く、まるで兄弟のように仲が良かった。
──そんな元の世界での仲間をエニュプオンで見かけるなんて……。
リアムは、探していた半兎人をすぐに見つけることができた。
嗚咽する声を辿って進んだ先は、小さな丘の頂上に生える一本の木。その根本で蹲る半兎人の子。
ゆっくりと距離を詰めていくが、半兎人の子は頭上から伸びる大きな耳でリアムの足音を捉え、勢いよく立ち上がっては立ち去ろうとする。
「あっ、待って!」
即座に呼び止めると、こちらに背を向けたまま立ち止まる。リアムは刺激しないよう意識し、優しく問いかける。
「さっきお店で何を買おうとしていたの? もしだったら代わりに買ってこようか?」
リアムの言葉を聞き、半兎人の子は振り返る。
「な、なんでそんなこと聞くんですか……? あなたにはなにも関係がないじゃないですか……。興味本位ならやめて下さい!」
「あ、ああっ、待って!」
一方的に叫び、背を向ける少年。今度こそ逃げられると察したリアムは、咄嗟に手を伸ばし少年の腕を捕まえる。
「え」
「じゃあじゃあ、話だけでも聞かせてくれない?」
「それはだから──!」
「じゃ、じゃあ! 僕今すごく困ってるの! だから、僕のことを助けてくれる代わりに、僕も君を助けるってのは駄目?」
泣いている相手に対して、取引じみたことをする自分に自分で引く。
だが、それが却って吉と出たようだ。少年は長考の末に逃げるのを諦め、肩の力を緩める。
「……わかりました。でも話はそちらからお願いします」
逃げられる心配はないと判断したリアムの表情はぱっと晴れ、少年の腕から手を離した。
「ありがとう! あのっ、君の名前を聞いてもいい?」
「シエル……シエル・ペンデューレです」
「僕はリアム。宜しくね、シエル君」
(名前まで一緒だし、こうして見ると瓜二つだなぁ……頭にうさ耳が生えてること以外)
「……なにか?」
「ううんっ、な、何でもないよ」
リアムの提案で、2人は木の根に並んで腰を下ろす。
耳を凝視するリアムから守るように兎耳を両手で隠す警戒心丸出しのシエルに、リアムは心の中で謝罪した。
「どこから話せばいいかな……」
困っている事があるのは口からの出任せではなく本当の話。
クラルテが不在の今、気軽にエニュプオンのことを聞ける人物が居ない。情報がないのは自身の死亡率に直結する。死を回避するのに、エニュプオンの常識を知っておく必要がある。
だが、“エニュプオンのことを教えて欲しい”とお願いする前に経緯を話しておく必要もある。
「……実はね、僕。違う世界から来たんだ」
リアムは嘘偽りなく正直に話した。
例え違う世界でも、別人でも。大切な仲間に嘘をつきたくはないから。
そんなリアムの気持ちとは裏腹に。シエルから返ってきたのは無言で眉根を寄せる呆れにもとれる表情。
(え⁉︎ なにその冷めきっった視線⁉︎ 「なに言ってんだこの人」みたいな感じ⁉︎ シエルにその表情されると結構キツイ‼︎ クリティカルヒット不可避だよ‼︎‼︎ ってかそんな顔するんだね⁉︎)
リアムはシエルからの予想外の反応に対し、理由を別に用意しなければと焦燥に駆られる。
「な、なーんて、ね! 冗談冗談あははは」
「はぁ……」
訝しげな視線を引き攣った笑みで躱し、どうにか誤魔化す。
「え、えーっと、冗談はさておき……実は僕ね、記憶がないみたいなんだ。記憶喪失ってやつ?」
「記憶喪失……」
いくらかまだ現実味があると判断されたのか、シエルがぽつりと呟く。リアムは食い気味に続けた。
「そう! 気が付いたらこの近くで立ってて、右も左もわからないままあの街に行ったんだ」
「そこで僕を見かけて、追いかけて来た……という訳ですね」
街での出来事が脳裏を過り、項垂れるシエル。リアムはそんな顔をさせたいわけじゃないのになと胸が痛む。
「うん。だからね、街のこととか、世界のこととかを教えてほしいの」
「ですが僕……そこまで詳しくは……」
「大丈夫! シエル君が知っている範囲内で全然いいから! それだけで有難いよ」
記憶喪失だから仕方ないのか。はたまた、リアムの言葉が嬉しかったのか。
シエルは「僕で良ければ」と承諾した。
「ほんとに⁉︎ やったあ!」
リアムは両手を上げて喜んだ。少しの間だとしても共に行動出来るのは心強い。
「それじゃあ……次はシエル君の番ね」
話を振られたシエルはびくっと肩を跳ね上がらせる。
「どうしたの? 話したくない?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが……リアムさんの話に比べたら、僕の話なんて……」
卑屈過ぎるシエルをなじることなく。リアムは優しく微笑む。
「比べないで話してみて。じゃないとシエル君が不利益になっちゃう。それは嫌なんだ」
シエルはなおも口篭っていたが、暫くして恐る恐る話し始める。
「……あのお店には、時計の形をした石が売られているのですが……それは、もともと僕が持っていたものなんです。だから取り戻したくて……やっと見つけたんです……でも……」
話しかけただけで店主に怒号を飛ばされ──そのあとはリアムも見た通りだ。
“元々の所有者”だけで譲ってもらえるほど甘くはない。店側にとっては損益になってしまう。取り戻すには買うしか方法はない。
「シエル君、それっていくらだったかわかる?」
「はい。550Gでした。ですがその……僕は110Gしか持っていないので……」
「僕も100Gしかないしなぁ。合わせても買えないね」
「リアムさんのゴールドまで使うひつ」
必要以上に自分を卑下するほど壮絶な経験をしてきたのだろう。が、2言置きぐらいに発言されるとさすがに参ってしまうので、リアムはシエルの頬を外側から片手で挟み強引に黙らせた。これにはシエルも困惑した様子で疑問符を大量生産している。
2、3回ぷにぷにの頬を揉んだのちに解放。これ使えるなと密かに思うリアムに対して、シエルは解放されたにも関わらず混乱している。
「よしっ。じゃあ早速取り戻し作戦開始!」
「え、あ……は、はいっ」
「というわけでシエル君。ちょっとだけここで待っててもらえる? 街でやりたいことがあるからさ」
「わかり……ました」
遠慮がちに送られる視線を背に受けながら、リアムは1人街へと戻る。
街に戻って来たリアムは、早速目的の露店に足を運ぶ。
さあ、ここからは僕の腕の見せ所だな。
謎の自信を胸に、リアムは女店主に話しかけた。
「わ……わ〜、素敵な商品ですね!」
偶然を装い、並べられた商品の前に立つ。
「いらっしゃい。お客さん、お目が高いねぇ。うちは質が良いものばかりだよ」
上手いこと釣れたようで、上機嫌で接客を始める女店主。内心ガッツポーズを決めるが、噯気にも出さず。リアムは商品を選ぶフリをして、時計の形をした石に目をつけた。
「そうなんですね〜。......あ、この時計みたいな石? 凄いですね」
「ああ、これね。石にしては精巧に膨られているみたいだから仕入れたのさ。買っていくかい?」
「買いたいんですけど生憎手持ちがなくて......なんとかお金作ってくるので、取り置きってできますか?」
この取り置きこそが、リアムが街でやりたいことであった。せっかくお金を集めても物がなければ手間が増えるだけ。泣き目を見ることにはなりたくない。
「取り置きねぇ......お客さんを疑いたくはないけれど、買わないってなると困るし......」
「じゃあ......これ、預けておきます。もし買いに来なければそれを売って下さい」
渋る女店主に、リアムが差し出したのは灰色のジェム。ズボンに付けていたからか、服とともにクラルテが作り出していた。
「お、なかなか綺麗じゃないか。なんならこれと交換でも良いぐらいさ」
「それはちょっと......大事な物なので......」
「そうかい? 残念だねぇ」
元の世界での大切な思い出の品であり、唯一無二な物。手放したくない気持ちは強いが、少しだけ、ほんの少しだけ。いくらになるか気になるが、大した金額にならなかったら辛い。
「どうですか?」
「いいよ、交渉成立にしよう。ただし、3日以内に買いに来ること。いいね?」
「ありがとうございます!」
頭を下げ、嬉々として露店から離れる。
早速シエルに報告しようと街の出口へと向かうその足取りは軽い。
ぎゅるるるる──。
「あっ……」
忘れていた腹の虫達が空腹を知らせる。
2度目は無視出来ない。リアムはハンバーガーを求め、寄り道。食べた分働けば良いかと考え、ついでに水も購入する。
独り満面の笑みを湛え、リアムは小走りでシエルのもとへ向かう。
「じゃあ行って来るね〜」
笑顔で僕に手を振り、遠ざかっていく背中。
待っていて、とは言われたが、正直信じられない。半兎人である僕を対等に扱ってくれる異種族なんて、会ったことがない。……ううん。それが当たり前なんだ。外には誰も、味方なんていない。
折った膝を抱え、半信半疑で待つこと数分。草本を軽快に踏む音を、大きな耳が捉えた。
釣られるように顔を上げれば、「おーいっ」とこちらに向けて大きく手を振りながら走るリアムがシエルの瞳に映る。
「お待たせっ! さっきの人に取り置きしてもらうよう頼んできたよ」
リアムはシエルの隣に座り、呼吸を整える。
呆然とリアムの横顔を見つめるシエルはぽつりと口を動かす。
「『やりたいこと』って……取り置き……?」
「うん。3日以内に買いに来てってさ。あとついでにハンバーガーと水も買っちゃった」
リアムは抱えていた紙袋に手を入れ、中から取り出した箱を1つシエルに差し出す。
「はい、これシエル君の分ね」
ほのかに熱を感じる箱の蓋を開ける。
できたてあつあつ、食欲そそる香り。中身はまるまるひとつ入ったハンバーガーであった。
シエルはぐちゃぐちゃな感情のままに顔を歪める。
「えっと……もしかして嫌いだった?」
憂いを帯びた瞳に思いがけず狼狽えるが、喉を押さえつけられたかのように上手く声を発することができない。
これまでの食事は“エサ”と称された余り物だった。誰かが自分の為に作ってくれた温かいご飯ではなく、冷め切った少ないご飯。
「嫌いでは……ないです……」
「あー……まだお腹空いてないんだね」
いつもの癖で、シエルは咄嗟に頷く。後髪を引かれるが、これで良いんだと諦めた。
リアムは「そっかぁ」と残念そうに呟く。
「じゃあお腹空いたら言ってね。冷めないように袋の中に入れとくから」
「えっ……?」
予想と異なる行動に目を丸くした。断った時点でもう無いものだと思い込んだのは、どうやら自分だけのようで。リアムは自分は自分、人のは人の分と、ちゃんと分けてくれている。
「やっぱり食べたくなった?」
少年の気持ちを伺うように。遠慮がちにリアムは尋ねる。
シエルは初めての感覚にどう返したら良いか戸惑うも、はいと差し出されれば今後こそ受け取った。
「ぁ……ありがとうございます」
両手で箱を持つシエルに、リアムは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
(初めてだな。シエルにお礼言われたの……)
それは1歩にも満たないかもしれないけれど。シエルとの距離が縮んだ気がした。
「いただきまーす」
「い、いただきます」
がぶりと噛み付くリアム。食べ方を横目で見ながら食むシエル。
1口食べれば、2人揃って美味しいと目が輝いた。
「っふー……美味しかったー!」
ごくごくと水を飲み、いい塩梅の満腹感に満たされる。
シエルが食べ終わるのを待って、リアムは話を切り出した。
「それでさ。さっきの話に戻るんだけど、3日間だけ取り置きして貰えることになったから、どうにかしてお金を集めないとね」
「そっそうですね。頑張ります」
ここ数分の会話で、リアムはシエルの扱い方を学んだ。今はきっと『巻き込んで申し訳ないな』と思っているであろうが、買えなければ代わりとして残した大事な品も失ってしまうのでこちらとしても後戻り出来ない。
「やっぱりモンスターを倒すのが手っ取り早いかな……?」
「リアムさんは戦えるんですか?」
シエルの問いかけに、あっやばっと口を滑らせてしまったことに焦る。
「う、うん。体が覚えてるみたい」
「そういうものなのですね」
リアムが密かに胸を撫で下ろす隣で、シエルは思案する。
「……それなら、この付近に下級モンスターが多く出現する場所があるので、そこで集めませんか?」
「僕はいいけど……」
他に方法も思いつかないためそこで荒稼ぎするのに異論はない。だが、シエルは怖くないのかなと心配する。
リアムの憂惧を感じ取ったシエルは遠慮がちに告げる。
「強くはありませんが僕も戦えるので……少しはお手伝い出来るかと思います」
てっきり戦えないものだと勘違いしていたリアムにとっては御の字だ。
「ううん、そんな事ないよ! 一緒に頑張ろうね!」
「……はいっ!」
明るく元気な返事に、心が少し軽くなるのを感じた。