イニティウム

4燿 アストロン国【1】


 絢爛豪華な見た目をした古びた館は、かつての繁栄さを物語っている。
 しかし今は見る影もない館は至る箇所が錆びつき崩れ落ち、支柱までもが露わとなる廃墟と化していた。
 そんな不気味な雰囲気を醸し出す館──王家の離宮に足を運ぶ少女がひとり。
 少女は遠くから離宮を見つめては、その双眸を憂げに細めた。


★☆☆


「ぜぇ〜〜〜〜ったいやだ!」

 開幕早々断固として拒絶するのはケイス。傍らに立つベータから「子供かよ」と突っ込まれると、ふんっと顔を背ける。
 【コスモス軍】拠点『ネビュラ』の司令室。キーボード前の席で悠然と脚を組むクレアに呼び出されたのは、ナナ、ベータ、ケイスの三人。彼ら三人は現在捜索中の《エターナルスター》の欠片の反応があったとのことで招集された。
 神王コスモス──つまりナナと縁ある仲間達の故郷などに現れる傾向がある欠片は、次なる場所、ケイスの故郷にその反応を示したのだ。

「あんな国、二度と帰りたくないね」
「そうは言ってもケイスが一番詳しいんだから仕方ないじゃん」
「やだね。あんた達だけで行ってよ」

 駄々をこねるような度重なる抗議に。呆れたように嘆息をもらしたのはクレア。

「そこまで言うならいいわ。ナナ、ベータ、三人で行くわよ」
「無理に連れて行っても何をしでかすか分からないしな」

 同調するベータは睥睨されるも無視。むしろこの場合はベータのほうが正しいまでもある。
 終始不機嫌なまま司令室をあとにしたケイスを目に、クレアは欠片の反応の概要について話し始めた。

「今回反応があったのは、異世界アンサズにある『アストロン国』。その中でも王城がある付近が怪しいと考えているわ」
「異世界アンサズかぁ〜。懐かしいね」
「随分と前に行ったきりだったからな。一瞬だけだったか、『あの国』に居たのは」
「そうだね」

 『あの国』は今回の欠片騒動に関係はない。
 話もそこそこにして、彼らは異世界アンサズへと赴く。


★★☆


「うわー! 賑わってるね〜!」

 異世界アンサズ──『アストロン国』城下町。
 多種多様な“人間”が住まうこの世界は、複数の国で構成されている。『アストロン国』はそのうちでも絶大な権力を誇る大国家であり、『あん竜』と呼ばれる神竜が信仰されている地でもある。
 その権威を見せつけるかのような城のお膝元である城下町は、道ゆく人々に笑顔が溢れ活気付いていた。

「……妙ね」

 指先を頬に添え、クレアはぽつりと違和感を口にする。
 隣に並ぶベータも「ああ」と頷く。

「『賑わい過ぎている』。何か催しでもやっているのか?」
「とりあえず酒場に行って情報を集めましょう」

 街の酒場はさまざまな情報が錯綜する絶好の場所。慣れない異世界での情報を酒場で集めるのは定石だ。
 三人は近くの酒場に入店すれば、昼間だというのに店内は満席に近く、運良く三人席を取ることが出来た。

「何頼もうか」
「そうねぇ……」

 メニュー表を眺めるナナとクレアを他所に。ベータはひとり瞑目。
 彼は寝ているわけではなく──持ち前の風の力を利用して、店の客が話している噂話を聞き取っていた。

「う〜ん、じゃあこれにしようかな! ベータはどうする?」
「適当に飲み物でも頼んでくれ。ちょっと外に出てくる」
「はーいっ」

 席を立ったベータはそのまま店を後にし、ナナ達は忙しなく店内を行き来する店員にオーダーする。
 飲み物と料理が行き届いた頃。一時退室していたベータが戻ってきた。
 その手には新聞のようなものが握られており、席に戻るなり料理を端によけて広げる。

「今街が活気付いているのは、『これ』のせいらしい」

 と、新聞の見出しを指差せば。ナナとクレアは軽く目を見開く。

「『アストロン国』第一王子、『ケイオス・アル・アストロン』の帰還──?」

 見出しの文字とともにプリントされた写真には、あの『ケイス』そっくりの人物が王族の風格を纏いにこやかに手を振る場面が。
 『ケイオス・アル・アストロン』──それは、かつての『ケイス』本人。彼はさる事情からその名をケイスと改め、異世界アンサズから消え去ったはず。
 それに先程まで本人と話していた三人は明らかな『偽物』だということを分かっていた。けれどなぜ、こうも精巧な偽物が今のタイミングで現れたのか推測するには情報が足りない。

「とりあえずあいつに連絡してみるな」

 ベータは再び店内を後にすると、人の目を盗み懐から通信機を取り出す。
 ケイスを呼び出してみるも──いくら鳴らしても反応はなく、通信が取れない。

「あいつ、何してんだよ……」
「ベータ、どうだった?」

 戻ってこないベータに心配したナナと、その付き添いのクレアが合流。
 ナナの問いかけにベータは首を横に振る。

「駄目だ。でやしない」
「もう、何してるんだろうね」
「別にいいわ。ワタシ達だけで探しましょ」

 もとよりその予定だったし、と言われてしまえば二人も確かにと得心がいく。
 会計を済ませたという酒場を後にして、三人は路を急ぐ人々が行き交う大通りを進んでいった。



 他方。時間は、ナナ達が異世界アンサズに赴く少し前。
 大股で基地を歩き、宿舎に向かっていたケイスの背に「ケイスっ」と投げかけられる可憐な声。
 脚を止めて振り返れば、主人と呼び慕うサクラの姿が。
 従者としての笑みを貼り付けたケイスは微笑んで「サクラ様」と返す。

「いかがされましたか?」
「……伝えておきたいことがあって」

 普段とは異なるおどおどとした雰囲気は消え去り、こちらを真っ直ぐと見つめる瞳に思わず吸い寄せられる。
 はっと意識を戻したケイスは小首をかしげた。

「伝えておきたいこと……とは、なんのお話でしょう」
「貴方が元いた国、アストロンのことよ」
「!」

 まさか彼女からその単語が出てくるとは思わず、軽く目を見張る。

「アストロン? 僕には関係ありませんね」
「いいえ、あるのよ。あの国では今、貴方の偽物が存在している」
「……それをどこで」
「《星巡ノ書》よ」

 サクラが管理する《星巡ノ書》は、各異世界の天命を記した書物。そこから、ナナ達が手に入れたのと同じ情報を得たサクラは真っ先にケイスに告げた。
 しかしながら、ケイスは対して驚きもしない。

「……知っていたのね。自分の偽物がいるってこと」

 となればケイスの反応にも頷ける。
 嘲笑する彼は、本来の性格を滲ませて。

「ま、僕が干渉することではありませんし? あの国がどうなろうと知ったことではありません」

 そう言い捨ててその場を立ち去るケイスの背を、サクラはなす術もなく見送る。
 第一王子という身分でありながらどうして失踪してしまったのかを、サクラを含めた彼らは少しだけ知っている。それはもちろん本人の口ではなく別の人物の情報ではあるが、帰りたがらないのも仕方ない。
 サクラはケイスを説得するのを諦め、その場に留まる。
 他にも何か伝えておきたいような顔を残して……。


★★★


「……はぁ」

 宿舎の自室に戻ったケイスは扉を閉めたのち、嘆息する。
 そして様々な研究材料が散乱するデスクに近づき、とある資料を卓上に広げた。

「まさかこんなことになるとはね……」

 それはベータも手にしていたものと同じ、アストロン国で配布されていた号外新聞。自身と瓜二つの人物がにこやかに笑みを湛えているのには反吐が出そうだ。
 椅子に腰を落ち着かせたケイスは新聞の文字に指を滑らせる。
(凶暴な神竜を鎮めたとされ、行方知らずとなっていた王子が城に帰還。王位継承権を持つ第一王女より、王位を譲り渡される可能性が──?)

「……そんなこと、あってたまるか」

 なぜ自分が国を捨てたかも知らないくせに、つらつらと憶測だけが錯綜する他者に怒りだけが募る。
 僕が『王』に君臨したいのは本心だ。だがそれは、こんなちっぽけな国なんてものじゃなくて、無数に広がる宇宙の頂点なのに許せるはずもない。
 それに、サクラには興味ない風を装ったが、偽物の正体も暴かなければ。

(ま、なんとなく予想はつくけどね)

 席を立ったケイスは両開き扉のクローゼットを開け、中から漆黒の装束を取り出す。分厚いローブとベール付きのハットを被ればケイス──もとい、仮の姿である『レコーティン』の完成。

「さて、行きますか」

 こうしてケイスは、ナナ達とは遅れてアストロン国へと向かうも。行き先は異なる。
 その行き先とは──……。


「我が懐かしき『王城』へ」


 その出会いは幸福か災いか。
 軍師『レコーティン』による逆襲物語の幕が上がる。

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