イニティウム

3燿 セイントピア学園【4】


 ──学外試験当日。
 天気は晴れ。絶好の試験日和。
 各属性クラスに所属する生徒らが、試験を行う古の神殿付近で一堂に会す。バディとともに教科書を読み込む者、魔力を整える者、笑い合い緊張を解す者。皆が試験に向けて意欲的な最中。セレと、彼女のバディであるマイムの姿も。

「セセセセセレちゃんだだだ大丈夫……?」
「え〜っと……マイムちゃんのほうが大丈夫?」
「リルゥ……」

 全身の震えが止まらないマイムに対し、セレはいたく冷静。気遣うのは自分自身ではないのかと苦笑する。
 セレの肩に乗るリルンも、不安げに半眼を浮かべた。

「ほら、深呼吸深呼吸」

 背中を摩り和ませるバディに頷き、息を大きく吸っては吐く。

「強気にいかなきゃ、倒せるものも倒せないよ」
「そうだね、頑張らないと……! セレちゃんは頼もしいね。まるで魔物と戦ったことがあるみたい」

 事実なのだが──『設定』の都合上、誤魔化さなければ。

「そ、そう教えてもらったの! 兄さんに!」
「ベータ先生に?」
「うん!」
「そっか〜……確かにベータ先生強いもんね。校内でも有名だったよ、武術の先生より強いって」
「あはは……うち、辺境だったから魔物も出るんだよね〜……」

 なんとか誤魔化せた様子。要らぬ犠牲は払ったが。

「……あ、鐘の音」

 校舎から響く鐘楼の音を合図に、火属性クラスの生徒から順に遺跡内へと行進していく。
 この遺跡は学園から目と鼻の先に位置する地下を掘られて作られたものであり、定期的に下級魔物が復活リポップすることから(安全性を十分に玩味して)試験会場として利用されている。
 水属性クラスは二番手。いよいよ、というその時。「よお」と、噂をすればなんとやらでベータが気さくに話しかけてきた。

「もうすぐだな。セレ、マイム」
「ベータ先生⁉︎」
「兄さ……んん、ベータ先生。どうしてここに?」

 公私混同はしないと名前を言い直すセレに、ベータは「真面目だなぁ」と揶揄いつつも答える。

「生徒の補佐についてるんだ。万が一、があったら学園の申し分が立たないからな」
「そっか、先生達も一緒なら安心だねセレちゃんっ」
「え、ええ……そうね。……でも自分が倒したいだけね、これ」

 僅かに視線を逸らしたセレの呟きを唯一耳にしたリルンは首をかしげる。

「そろそろ出番だよ」
「リル!」
「うんっ、セレちゃん、リルンちゃん。行ってきます、先生!」
「おう、頑張ってな〜……」

 手を振りながらセレとアイコンタクトを取る。
 意図を理解した妹が頷き返したのを確認し、ベータは二人を見送った。

「ベータ先生」
「ん? ああ、セリカじゃないか」

 セリカ・フォトン。縦巻きロールが特徴的な光属性クラスの主席であり、公爵家のひとり娘。校内で唯一《神聖魔法》を発現させており、聖女に最も近しい候補だと言われている。セレが体験入学した初日に「荷物持ちをなさい」と絡んできたあの少女だ。
 本日もいつもの取り巻きを引き連れ、扇片手に優雅に佇む。

「様と敬称をおつけなさい!」
「気が向いたらな」
「まっ、なんて横柄な口の聞き方なのでしょう」
「これだから辺境貴族は……」

 取り巻きの女生徒らが非難の眼差しを向ける中、瞑目していたセリカはゆっくりと開眼。その碧眼でベータをじっと見据える。

「ベータ先生、ご提案がありますの」
「提案? 俺に?」
「ええ」

 パタンと扇の面を閉じたセリカは、口元に笑みを浮かべつつ手のひらを差し出す。

「わたくしの専属騎士になりませんこと?」
「……は?」

 突然の勧誘ともなれば、そんな素っ頓狂な声も出る。
 セリカは咎めることなく、扇を口元に添えて含み笑い。

「でなければ……アナタの大切な妹君が大変なことに──」
「断る。」
「なっ⁉︎」

 カッと目を見開いたセリカを、ベータは平常通りに見つめ返す。

「な、なんですの⁉︎」
「いや普通に無理だし」

 肩をすくめる態度が気に入らなかったのか、セリカは平静を失い顔を真っ赤にする。

「もういいですわ! アナタの妹がどうなっても知りませんことよ!」
「ああっセリカ様〜!」

 順番を無視してずんずんと遺跡内部に入っていくセリカの背を、取り巻き達も慌てて追従する。
 訳もわからず見送ることとなったベータはふいに表情に影を落とした。

(何があろうと大丈夫だ。だって『アレ』は、俺の妹なのだから)


★☆☆☆


 今にも崩れ落ちそうな石の壁にぬめった床。ほのかに光る燭台の炎だけが頼りの遺跡内部。
 試験内容である『遺跡奥地に眠りし魔石』を採取しに、二人は進行していた。

「ひえ〜……寒いねここ……」

 地上の光指さぬ地下ゆえに染み渡る寒さに、マイムが肩を抱いては震える。

「リル!」
「わっリルンちゃん! あったか〜い!」

 セレの肩から肩へと飛び移ったリルンが、温めるかのように頬を擦り付ければマイムは笑みを咲かせる。
 しかし、それもすぐに終わりを告げる。

「! マイムちゃん!」

 一歩後ろを歩いていたセレの警告に、マイムは肩を震わせた。薄暗い通路の先から聞こえる羽ばたき音──真っ赤な炎の鱗粉を撒き散らす『フレイムバット』の群れに、目を大きく見開き後ずさる。

「き、来た……」
「リルン!」
「リ!」

 前へ躍り出たセレは人差し指をくるりと回し、水塊を形成。大きく口を開けたリルンに向けて投擲。水塊をごくんと飲み込んだリルンはみるみるうちに体が変色。爽やかな水色となったリルンはセレの隣で浮遊し、飾り羽をいっぱいに伸ばす。

「っ」
「リルーッ!」

 無から水を生み出すセレの動作に合わせ、水の光輪を放つ。光輪はフレイムバットの半数を撃破し、撃ちもらした残敵をセレが討伐。マイムが呆けていた一瞬の合間に、戦闘は終了した。

「マイムちゃん怪我はない?」

 マイムはセレの気遣いに、ただただ頷くばかり。得意げに『頭を撫でて』と差し出すリルンを、困惑しながらも撫で上げる。

「あ、ありがとう……ごめんっ。私びっくりしちゃって」
「驚いちゃうのは仕方ないよ。さあ、行こう」

 にこりと微笑むバディに劣等感が募る。
 歩き始めたセレは立ち止まるマイムに違和感を覚え、振り返る。

「マイムちゃん……?」

 マイムは俯き気味に佇んでいた。
 その表情はまるで何かを堪えているようにも見える。

「私……やっぱり辞退する」
「えっ」
「魔物とまともに戦えないんじゃ、聖女になんてなれっこないもん!」

 マイムの苦痛の叫びは虚しく残響を残した。
 一方的に吐き捨てられたセレは唖然と目を見開き、自身がしてしまったことに気づいたマイムは罪悪感に駆られて来た道を引き返してしまう。

「待っ──」

 一人にさせておくのは危険だと手を伸ばしたセレだったが。

「⁉︎」

 バンッ! と“弾かれた”。
 四方を囲うように出現したのは紫色の『結界』。リルンとともに閉じ込められたセレが状況を整理するよりも速く、一面に展開される魔法円。

「──!」

 収斂された魔力の唸りに瞠目するセレの視界が白く染め上げられる。
 だがそれも──水のうねりを利用して作り上げられた壁によって阻まれた。
 結界もろとも破壊したセレは、怯えるリルンを胸に抱きつつ正面を見つめる。

『……久しぶりだな、小娘』

 対峙するのは、一週間前にも遭遇した魔術師一味のかしら
 配下に他の魔術師も従えながら、男はあのゲージを手にこちらを睥睨していた。

リルン実験体を渡してもらうぞ』


★★☆☆


 瞼を硬く閉じ、がむしゃらに走り続けていたマイムは疲れからその脚をようやく止めた。
 激しく息を切らし、両膝に手を置き呼吸を整いながら、悔し涙を流す。

(なんで私は……私は……!)

 逃げ出したくなかったのに。
 聖女様やセレちゃんのように勇敢に立ち向かいたいのに。

「いつも……何をしても……駄目なの……?」

 憧れの聖女様のようになりたくて。
 吐くほど勉強して、魔力を磨いて。
 ようやく学園に入学できたかと思えば。
 『平民』だからと馬鹿にされて。
 セリカ様あの人のように《神聖魔法》どころか基礎魔法ですら苦手で。
 挙げ句の果てには、仲良くしてくれた友達も傷つけて!

「もう……諦めようかな……」

 水属性の聖女なんて前代未聞。
 そんな偉業を成し遂げられるほどの器じゃない。
 渾々と涙を流すマイムの耳朶を──「あらあらまあまあ」と見下したかのような声が穿つ。

「こんなところで何をしていらっしゃるの? マイムさん」
「……セリカ様」

 取り巻きを引き連れて扇片手にくすくすとほくそ笑むセリカの目線にたじろぐ。

「この先は入口でしてよ。まさかもう魔石を見つけたとは思えませんし……逃げてきた、のかしら?」

 沈黙するマイムにふふふと碧眼を細める。

「ま、あなたごとき『平民』には難しいことでしたわね。大人しく平和に過ごしていらしたらいいのですわ。おーっほっほっ」

 セリカの高笑いに、全くもってその通りだと泣き出したくなる。反撃する気力も残っていないマイムは首を垂れるばかり。
 するとふいに、セリカの笑い声が止まる。

「……アナタ、セレさんお友達はどうしましたの?」
「え?」

 顔を上げたマイムと、なぜか困惑した表情のセリカの目線が絡み合う。
 彼女の背後に並ぶ取り巻き達も皆、不安げな表情を浮かべておりどこか異様だ。

「セレちゃんならきっと戻ってきますよ。さっきだって一人でモンスターの群れを倒しちゃったし……」
「群れですって……?」
「『フレイムバット』ですよ。この遺跡に出るっていう……」

 途端ざわめき始める取り巻き達。「セリカ様」と色を失う令嬢を見遣る。

「でしたらまだ『アレ』はこの遺跡に……⁉︎」
「な、なんの話ですか?」

 直後、甚だしい揺れが遺跡全体を襲う。
 震源地は地下ここよりさらに底。幾階層もの床をぶち破り、マイム達の前に現れたのは──土気色をした巨腕の片割れ。

「ご、ゴーレム⁉︎」

 悲鳴にも似たセリカの叫びが、ゴーレムの咆哮にかき消されていく。
 左腕から始まり、右腕、頭部と。地下から宝石のような瞳を覗かせたゴーレムに、取り巻きの三人は完全に腰を抜かし、マイムはパニックに陥る。

「どうしてここにゴーレムが⁉︎ この遺跡には出現しないはずなのに‼︎」
「ゴーレム! アナタの倒すべき相手はわたくしでなくってよ!」

 と、懐から取り出した禍々しい石をゴーレムに翳すセリカ。
 ゴーレムの動きが止まり、安堵するのも束の間。

『オオオオオオオオオオオオッッッ‼︎‼︎』
「なっ……⁉︎」

 パキンッと音を立て、砕け散った制御装置

「セリカ様! 何かご存じなのですか⁉︎」

 流石に訝しむマイムの問いに、セリカはわなわなと震えながら答えた。

「あのゴーレムはこの遺跡の隠し部屋に眠っていたものですの。それをさる組織が発見し『制御したもの』をわたくしが買い取りました」
「買い取ったって……どうしてそんなことを⁉︎」

 “こうなる事”は火を見るより明らかだったはず。それが分からぬほど、セリカも愚かではない。
 奥歯を噛み締めたセリカの表情は──こちらを見下していた人物とは思えないほど、弱々しく見えた。

「絶対に勝ちたかったんですの……公爵令嬢であるわたくしが、負けるわけにはいかない。……そう思ってしまったんですの」

 いつも完璧令嬢のセリカにもそのような恐怖感があるのだと、マイムは親近感を抱く。

「巻き込んでしまって申し訳ありません、マイムさん。ですがこれはわたくしの責任。自らの責任をとってこそ貴族ですわ!」

 光属性の《神聖魔法》をゴーレムに放ち、目眩ませしたセリカはマイムに告げる。

「今のうちにお逃げくださいまし! わたくしが足止めいたします!」
「で、でも……!」
「三人を任せましたわよ!」

 煌めく光の弾を放ち続けるセリカを目に、マイムはくっと眦を釣り上げる。
 無力な自分に出来ることは、三人を連れてここを離れ、助けを呼ぶこと。

「行きましょう皆さん!」
「え、ええ……」
「セリカ様……」
「どうかご無事で……!」

 腰を抜かした取り巻き三人を助け起こし、マイムはセリカを残して遺跡出入口へと向かう。
 背後で鳴り響く戦闘音に振り返りたい気持ちを堪え、冷たい通路をひたすら突き進む。

「! あれは……」
「マイム‼︎ どうしたんだ!」

 遭遇したのはベータ。焦りを滲ませる先生の姿に涙が溢れそうになるのを我慢しつつ、セレと逸れたこと、突然現れたゴーレムとセリカが戦っていることを努めて冷静に伝えた。
 ベータは分かった、と頷き返す。

「セレとセリカは俺に任せてマイムは──」
「先生はお三方をお願いします!」

 まさかの提案にベータはあらん限りに目を見開いた。
 真っ直ぐに見つめ返したマイムは、再度「お願いします!」と頼み込む。

「もうこれ以上……誰も見捨てたくないんです‼︎」

 彼女の身に何が起きたのか察することは出来ない。
 が、ここでマイムを地上へ帰してしまえば、彼女にも自分のような『大きな後悔』を背負わせることとなる。
 ベータは今だけ、今だけは。先生でなく個人としての直感に委ねることにした。

「……分かった。行ってこい」
「ベータ先生……!」
「三人は俺が地上に連れて行く。そのあとすぐに追いかけるから無理するなよ」
「はいっ!」

 真剣な面持ちで踵を返したマイムの背を見守るのもほどほどに。
 ベータは女生徒らを軽々と担ぎ上げ、急ぎ地上を目指した。


★★★☆


 時は遡り──セレサイド。
 リルンを狙う魔術師の一味と対峙するセレは、圧倒的に不利な状況にありつつも優勢を保っていた。
 そもそもの話、ここの通路は狭い一本道。転移魔法を使用しない限りは背後に現れる心配はない。正面から放たれる多種多様な属性攻撃は全て自身の【防御の泉】で吸収し、無効化。魔力枯渇を起こしつつある一味は自滅へと追いやられる。

『くそっ』

 苦虫を噛み潰したような男の表情にセレが冷酷にもトドメを刺そうとした瞬間、あの『揺れ』が発生した。

「いたっ」

 姿勢を崩したセレの腕からリルンが転げ落ちる。
 思わぬ好機を見逃さんばかりに、男がゲージを片手にリルンに接近。
 気づいたセレがリルンに手を伸ばしたよりも先に、男のゲージがリルンを捕らえた──ように見えたが。
 ガキンッ‼︎

『何⁉︎ ぐはっ……!』

 甲高い音を立て、ゲージが破壊。驚愕する男の視界は次の瞬間、暗転する。
 地面に倒れ伏せた男の側からリルンを回収したセレは、後方で銃を構えた──『ケイス』を見遣る。ゲージを破壊し男を気絶させたのは、まさしくケイスの仕業。

「ああ、ごめんねぇ? 君の獲物奪っちゃった」
「謝る気なんてさらさらないくせに」

 唇を尖らせるセレに、ケイスはヘラヘラと笑う。
 その態度に苛つくも、嘆息混じりに真っ青な表情のリルンを託す。

「でも良かったわ。リルンを連れて帰ってちょうだい。このままの状態で居させるわけにはいかないから」
「帰ろうとしてたから別にいいけど……君はどうするの?」

 託されたケイスの質問に、セレはブロンドヘアーを靡かせる。

「決まってるでしょ。《エターナルスター》を手に入れるのよ」

 そう走り出した少女に、ケイスはふぅんと生返事を返した。



「はあっ……さ、流石にもう……」

 他方、ゴーレムと対峙するセリカの魔力は枯渇しつつあった。酸欠を起こすセリカは今にも倒れそうだ。

「だ、め……」

 ふらりと僅かに意識を手放したセリカの体が崩れ落ちるのを──間一髪、戻ってきたマイムが支えた。

「セリカ様!」
「マ、イム、さん……?」

 虚な眼差しを向けるセリカにマイムは涙ぐむ。

「ご無事でなによりです……!」
「! マイムさん!」

 セリカが危険を知らせるも時すでに遅く、彼女らのすぐ側にゴーレムの巨腕が床にめり込む。飛来した瓦礫が襲い来るのを目に、マイムはセリカを守ろうと抱き抱える。

「かはっ──」

 背中に直撃したマイムは血反吐を吐き、セリカとともに地を転がる。幸いにも即死には至らなかったものの、身を起き上がらせることは不可能に近しい。
 セリカは回復魔法を唱えるも魔力が足らず発動できない自身に、悔し涙を流した。
 朦朧とする意識の中。マイムは、大好きな友の声を耳にする。

「【我が唄は蒼氷。凍てつく水脈。閉ざされる鎮魂の祈祷】──」

 ゴーレムの背後から高らかに紡がれる詠唱に、マイムとセリカはその瞳に光を取り戻す。

「【魔を制し、罪を洗い、滴り出る氷梯ひょうていよ。大いなる空霜くうそうと我らを繋げ】!」

 長杖片手に魔力を急速に練り上げたセレは、ゴーレムが行動するよりも早く詠唱を完成させた。

「【フリーズフィン】!」

 巨大な氷柱はしらがゴーレムをすっぽりと覆い尽くしては凍てつかせる。

「──はあああっ!」

 そして次には、駆けつけたベータが裂帛の声とともに氷柱ごとゴーレムを千に切り裂く。
 無事に合流を果たしたセレとベータは、急ぎマイムとセリカのもとに駆け寄る。

「セレ!」
「分かってる!」

 意識のないマイムと、息も絶え絶えのセリカを前に、セレは回復魔法を唱えた。
 優しい光が二人を包み込み、マイムは意識を取り戻す。

「セレちゃん……?」
「うん。マイムちゃん」

 支えられながらも上体を起こしたマイムは、セレに抱きついた。
 嗚咽混じりに涙を流すマイムを、セレは静かに抱きしめた。

「良かった……良かったよセレちゃん……!」
「……頑張ったね、マイムちゃん」

 その光景を幾分か表情が良くなったセリカはじっと見守り、やがて目尻を落とす。

「わたくしの負けですわね」

 マイムの心に負けを認めたと時同じくして。パッ、と虚空から光り輝く『何か』が出現した。

「なんですの⁉︎」
「星の欠片……?」

 マイムの呟きに、セレとベータは顔を見合わせた。
 間違いない。探し求めていた《エターナルスター》の欠片だ。
 《エターナルスター》の欠片はセレとマイムの間に移動。伸ばしたマイムの手のひらにふわりと落下する。

「これが……セレちゃんの探しもの?」
「……うん。でもどうして」

 本来ならこれは試験で一番優秀な成績の者に贈られるはず。
 魔石の場所にすら辿り着いていない自分達が、受け取れるわけがないのだ。
 くすりと小さく笑ったのは、意外にもセリカ。

「きっとアナタ方を認めたのでしょう。魔石を持ち帰ることだけが、優秀とは言えませんもの」
「いい事言うね、セリカちゃん」
「なっ!」

 セリカは普段のように激怒するかと思えば、照れくさそうに頬を膨らませる。
 彼女が彼女なりにマイムを認めた瞬間だった。

「だとしたらセレちゃんに譲るよ」
「……いいの?」
「うんっ。大切な友達だもん」

 破顔するマイムに、セレは《エターナルスター》の欠片を丁寧に握りしめて微笑む。

「……ありがとう、マイムちゃん」


 《エターナルスター【節制】》ヲオトシタ。


★★★☆


 蒼然とした闇に星々が煌めく夜半時。
 トランクケースに荷物をまとめたセレは、ベータとともに学園裏口にいた。

「……良かったのか? 別れの挨拶もなしに」
「ええ。所詮、住む世界が違うもの」

 理由はもちろん、ネビュラ元の世界に帰るため。
 目的の《エターナルスター》を手にした彼らが学園に所属する理由はなくなった。試験日の夜、皆が疲れ切って寝静まる隙に彼らは学園を去ることに。
 淡々とした口調の妹に、ベータはそうかと微苦笑する。

「じゃあ帰るか」
「……ええ」

 歩き始めたベータの背を追従するセレは途中──名残惜しげに──学園を振り返っては、前を向く。
 何も言わない兄の優しさに、今だけは甘えることにした。


 ──あまり肩入れしすぎるなよ。言わなくても分かってると思うが。


(バカね、私。兄さんの言った通りになっちゃった)

 彼らは人気のない場所まで移動すると、転移魔法で『異世界ダイル』から姿を消した。
 その直後、目には見えぬ光の粒が世界全体に降り注ぐ。粒は『大結界』をも通過し、学園の寮ですやすやと眠りこけるマイムやセリカといった生徒や先生の体に染み込んだ。

「ん〜……?」

 違和感を感じ取り目を開けたマイムは──机に飾られた試験クリアの記念写真から一人の女生徒の姿が消えたのを目撃するも、睡魔に負け再び瞼を閉じた。


 こうして、セレとベータの記憶はこの世界から完全に消え去る。
 それが、異世界に関わるということなのだ。


「さてと」

 ──一足先に帰還していたケイスは、自室にて複数の書物を並べていた。
 それは『異世界ダイル』にて、リルンを“捕獲”した組織のアジトに保管されていた研究成果の書物。

(《エターナルスター》が散らばった直後に現れた精霊リルン……なんだか匂うんだよね〜)

 いざ読もうと表紙を捲ったその時。

「ケイスケイス! 大変だよ〜‼︎」

 ノックもなしに飛び込んできたナナに、大きく肩を跳ね上がらせた。

「ノックぐらいしてよね……」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」

 書物を隠すような素振りを気にも止めず、ナナは言い放つ。

「次の《エターナルスター》の欠片は、ケイスの国にあるんだよ!」

 告げられた言葉に、ケイスは珍しく言葉を失った。

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