イニティウム

2燿 海底国家ロネウネ・モイス【3】


「……『海の魔女』?」

 存じぬと単語を聞き返すクレアに、少年を含む子供らの表情が一変する。

「『海の魔女』の噂を知らないのか⁉︎」
「ここに帰って来るのは久しぶりだもの。噂なんて知らないわよ」
「そ、そうだったのか……」

 申し訳ないと目線で伝えてくる子供らに笑みで返す。

「だからさっき魔女かどうか聞いたのね」
「結局どっちなんだ?」
「答えた通りよ」

 もういいと嘆息する少年にあらあらと呟く。

「……年に一度現れる大きな黒い渦潮に巻き込まれると、『海の魔女』の領域に引き摺り込まれるって噂があるんだ――」

 4日前。彼ら5人は王国の近くで突如現れた黒い渦潮に巻き込まれてしまい、『海の魔女』が支配する海底に迷い込んだ。
 王国に戻るために彼らは『海の魔女』の家を目指し、無事に会うことができた――が。
 彼らを王国へ帰す代わりに、『海の魔女』は取引を持ちかけてきたのだ。
 応じざるおえなかった彼らは王国近くで目を覚ましたものの、声が出なくなっていたという。

「でも『海の魔女』が普段どこにいるか誰も知らなかった。だから俺達はここに来るために……」
「王城不法侵入に加え、宝杖の窃盗。結構なことね」

 少年は反論することなく沈黙する。

「その件についてはあとで考えるとしましょう」

 目下、優先すべき事項は宝杖でも彼らに対する制裁でもない。それに制裁を下すのはクレア自分ではなくこの国の法、延いては女王だ。

「まずはアナタ達の声からね」

 声を奪われたままでは、正しく罪を裁くのもままならない。

「この中から『海の魔女』の場所を探すんだな」

 『追郷の貝郡』を見渡し頷く少年にクレアは「必要ないわ」と薄笑いを浮かべる。

「場所なら分かるもの。今すぐ乗り込むつもりよ」
「さっき初めて聞いたのに?」
「ええ、初めてよ。だけど『分かる』わ」

 少年の脳裏にクレアの言葉がプレイバックされる。
 『魔女よりも恐ろしい』と自身を語っていた彼女に、今更ながら恐怖を覚えた。
 知ってか知らずか、クレアは妖艶に微笑みながら告げる。

「申し訳ないけど、少年アナタ以外の4人にはお留守番していてもらうわ。あまり大勢を連れ歩きたくないの」

 そこに、少年の仲間である少女が『待ってほしい』と唇を動かした。動きを読み取ったクレアは眉間に皺を寄せ、少年が少女の言葉を翻訳する。

「……わかった」

 重々しく頷いた少年は、クレアに申し出る。

宝杖つえをみんなに渡してくれないか?」


★☆☆☆


 場面は打って変わり王城内。騒動が鎮静しつつある最中、ケイスは忙しなく駆け回る使用人達を見つめながら思考を巡らせていた。

「あのっ!」

 破壊から免れた円柱に凭れるケイスがそちらを見遣ると、従者のマーマンが駆け寄って来るのが見えた。

「良かった、ご無事でしたか。引き留める間もなく行ってしまわれたので心配しておりました」

 そうケイスで傍でマーマンは安堵したように吐息する。ケイスは腕を組みながら「まあね」と周囲に視線を巡らせた。

「城のほうは駄目そうだけど」
「ええ……被害自体は全体と比べると小さいのですが、目視出来ない箇所にヒビが入っていると考えると……完全復元までには百年程度掛かるかと」
「百年……」

 とんでもない年数だが、マーマンは変わらず笑っている。

「少しばかり以前とは異なるデザインでの復元を考えておりますので、完成しましたらぜひいらして下さい」
「生きていたらね」

 マーマンはケイスの言葉の意味を理解できず小首をかしげていた。彼らと違い短命である『人間』を知らないのかとケイスは嘆息する。
 ここに来てから見ていないし聞いてもいないから、きっといないだろうけど。

「それはそうと原因は分かったの?」
「いえ……未だ原因は掴めておりません」

 顔色を変えるマーマンにそうとだけ返す。

「ほら戻りなよ。油売ってる場合じゃないでしょ」

 顎で同僚達を指し示したケイスに軽く頭を下げ、マーマンも仕事に戻る。
 見送ったケイスは今一度思考に没入する。

(ゴーレム生成のセオリーは2つ)

 1つは、土属性魔法などを使用した方法。術者の気配が近くに感じられなかった為、コア使用による遠隔操作説が挙げられる(もちろん一例ではあるが)。
 もう1つは、魔術による育成方法。これは土から生み出したそれに核を埋め込み、人のように育てる古来からの方法。あの大きさまで成長したとなると、生み出されてからかなりの月日が経過している。

(なにかしら残骸があればどっちか判断できたのにあのナナ馬鹿が消しやがったから……)

「――あたっ」
「なぁ〜にサボってんの」

 物思いに耽っていたケイスの眉間に指が押し込まれる。
 女性が担ぐにはあまりにも規格外な木材を軽々と持ち歩くナナにケイスは目を細める。

「僕はどこかの誰かさんと違って筋肉に自信がないからね。頭脳こっちで貢献してるの」
「……もしかしてあのゴーレムのこと?」

 ケイスが頷く前に「やめときなよ」と肩をすくめる。

「考えたところで、私達にはなにもできないよ」

 銀河の理から外れた彼らが異世界に与える影響は凄まじい。
 クレアの故郷といえど異世界であるならば、ナナやケイスが与える影響は少なくない。銀河の調和を保つには、手を貸せる内容であろうと極力見守るべきなのだ。
 先程、ゴーレムを消滅させたナナが見ていたルアに口止めをしたのも――。
 ナナの言葉にケイスは薄笑いを浮かべる。

「そうだね、やめておこうかな。……『今』は」

 目の色を変えたケイスの視線を受けてなお、ナナは微笑むばかり。

「あと手伝いならごめんだよ。適当にふらついてるから、帰る時連絡して」

 片手をひらりと振り、ケイスは城の外へ歩み出す。
 引き戻されることなく海面の空の下に姿を現したケイスは手で顔を覆った。
 ――異世界からの客人僕らが与える影響は大きい。だからこそ力の使い方には注意を払う必要がある。特に『神王』であるナナは。
 というのに、だ。ナナはあのとき『神王』の力を行使した。魔力を使うよりハイリスクなそれを、ケイスと合流した直後に。
 これが意味することは――。

「ふふ」

 手のひらに隠された口元が三日月を描くように歪む。
 ああ、来て良かった。本当に。

(面白くなってきたじゃん)


 ケイスの背中が消えた後、ナナは木材を運ぶという目的を思い出し歩み出す。

「これここでいいかな?」
「はいっ」

 木材を肩から地面に降ろし一息。

「ありがとうございます」

 使用人メイドのひとりから送られた謝辞に笑顔で返す。明日以降どうなってしまうのか分からない状況の中で、他人にお礼を言えるのは凄いことだと素直に思う。
 彼女だけでない。ナナの視界に映る彼ら全員がそうだ。互いに声をかけ合い、励まし合い、辛い状況を自分達の力で乗り越えようとしている。
 ナナの力があれば城なんて一瞬で元に戻せる。『ネビュラ』にある拠点では日常茶飯事。ベータが空けた壁の穴も、セレが寝ぼけて氷漬けにした部屋も、ケイスが爆発させたキッチンだって元通り。
 だが、それではこの光景を目にすることはなかっただろう。
 ナナにとってはそれが、羨ましいことでもあった。

(……ん? あれは……)

 視界に捉えたのは小さな影。壁からこそっと顔を覗かせこちらの様子を伺う少女に覚えがある。

(『追郷の貝郡』に居た子だ……あれ、クレアは?)

 ナナの疑問を他所に少女はこちらを凝視している。辺りを見渡して確認するが、どうやら自分を見ているようだ。
 試しにナナが自身を指差すと少女は何度も頷き返した為、少女が隠れた壁にそろりと近づく。
 『私について来て』と言わんばかりに時折背後を見遣る少女の数歩後ろを歩き、瓦礫に遮られた死角に誘導される。そこでは身を寄せ集めて縮こまる少年少女が――合わせて4人。いずれも『追郷の貝郡』で遭遇した顔触れだが、ひとり姿が見えない。記憶が正しければ男の子だったはずだ。一番背が高かった。
 ひとまず話を聞こうとナナは目線を合わせるように屈む。

「私になにか用かな」

 身振り手振りでなにかを伝えようとするが、ナナは小首をかしげる。かと思えば手を取られ、手のひらに指で文字をなぞり始めた。

(『返』、『し』、『たい』……?)

 少女の背後に立つ少年が大事に抱える――宝杖に瞳を細める。

「えっと……女王様のもとまで私に案内してほしいってことかな?」

 頷く彼らにそっかぁと自然に頬が緩む。
 彼らは自らの行いを悔い、捕まるのも承知の上で女王本人に謝罪しようと思っているのだろう。密かに動いているのは騒ぎに乗じて返そうというより、道中で使用人や憲兵に見つかるのを避ける為、か。宝杖にクレアによる認識阻害の魔法が掛かっている今、その心配はあまり無さそうだが汲んであげよう。

「うん、わかった。一緒に行こう。その前に教えてほしいんだけど、クレアと……もうひとり男の子がいたよね? 2人はどうしたの?」

 ナナが尋ねると彼らは互いに顔を見合わせる。それから再び指を滑らせた。
 端的ではあるが事情を知ったナナは苦笑を浮かべる。

(大丈夫かなぁ……)

 心配はクレアにではなく――時機タイミング悪く相対することになってしまった『海の魔女』へと向けられていたのを彼らは知らない。


★★☆☆


 瞼の裏まで貫くほどの光に包まれ、重くのし掛かる圧に眉を顰めながら目を開ける。

「ここで合っているかしら」

 隣で平然と佇むクレアの問いに、仲間達と離れひとり同行した少年は周囲に視線を巡らせる。
 深海を彷彿させる淀み切った空。左右には自身の背丈とそう変わらぬ長さのイソギンチャクの群。そして眼前には大きく拓けた沼地が見え、中央には白い何かが見えた。

「……間違いない」
「そう、なら良かったわ。あそこが家かしらね」

 辺りの光景に嫌悪を示すことも、臆する様子もなく、クレアは『海の魔女』が住まう家を目指す。
 勇ましく頼もしくもあるその背中に、気後れしていた少年も追従する。


 遠目から白く見えていたのは、大小様々な白骨であった。それらを組み上げ家とする『海の魔女』はクレア達の気配に、醜悪な顔を嬉々として歪ませる。

「おや、あのときのボウズじゃないかい。なんだいなんだい、あたしから大事なものを奪いにきたのだね」

 いやらしく哄笑こうしょうをあげる魔女に、かっと頭に血が上る少年を片手で制止する。

「突然お邪魔して悪かったわね」
「ほお……、あたしの領地に飛んできたのはあんたの仕業だね。魔女のお嬢さん」

 見定めるような眼差しが注がれる。
 クレアは笑みを絶やさぬまま、『海の魔女』と言葉を交わす。

「お嬢さんと言われるのは悪くないけれど、こう見えてアナタより歳上よ?」

 誰よりも驚いたのは背中に隠れていた少年。一方で『海の魔女』は下品な笑い声を上げて揶揄う。

「おもしろい冗談だね。でも嘘はいかんよ」
「アナタの年齢は多く見積もっても800年。『上』から来た魔女にしては若いほうね」

 その瞬間、魔女の顔から完全に笑みが消え失せる。
 かと思えば唇に弧を描き、ぎょろついた瞳にクレアの姿を映す。

「同郷とは驚いたよ。なら仲良くしよう」
「仲良く?」
「そうさ、仲良くさ。最近はこの辺りも住みやすくなっていてね、守護の力が弱まったおかげだよ。誰だかは知らんがね、かけたやつの力が弱まったか、いなくなったからだよ」

 彼女達の話を少年は理解出来ずにいたが、クレアが魔女に唆されていることに勘づく。それでも少年が口出しすることはなかった。なぜなら――。

「あら、結界に綻びができていたのね。少し間が空きすぎたかしら。教えてくれてどうもありがとう」

 魔女の笑みが深まるに連れて、クレアの瞳から光が消えていくのを見ていたから。
 瞠目する魔女に向けた食指に雷が宿る。バチバチッと弾けるそれに込められた規格外の魔力量に、魔女の顔から色がみるみる失われていく。

「ま、まて、あたしは知らなくて……」
「なにも知らない無知な『海の魔女』さんに教えてあげるわ。ワタシが王国の周囲に結界を張り巡らせたのは、愛する故郷を案じてのことと、義妹以外の誰かに我がもの顔をされるのが気に食わなかったからよ」

 連ねるごとに膨れ上がる雷撃に全身を覆う毛という毛が逆立つ。

「そんなアナタとワタシが一緒にされるなんて――反吐が出る」

 らしくない言葉を吐き捨てたと同時、弾かれたように無数の雷条が魔女の体を貫く。あまりの惨状に少年ですら同情してしまうほど――雷を受けた魔女の皮膚は焼け爛れ、床に転がった体からは黒煙が立ち上る。
 焼けた血の匂いに吐き気を催し口元を抑える少年を横目に。クレアは棚に並べられた小瓶のうち、比較的新しい瓶を手に取る。窮屈そうに中で漂うのは5つの小さな光。

「アナタ達の『声』あったわよ」

 そう少年の手に小瓶を握らせる。
 あれだけ渇望していた『声』を取り戻せたというのに少年は、魔女の成れの果てに哀憫あいびんの眼差しを向けていた。

「こんなことで魔女は死なないわ。タフだから」

 これでも殺さないように加減はした。暫くは目を覚さないだろうが、悪さをしようだなんて思わないことだろう。
 少年は受け取った小瓶を胸に強く押し付け、呟く。

「……本当に、魔女よりも恐ろしいんだな」


★★★☆


 少年を連れて王城へ帰還したクレアは、先に戻っていた子供達と少年を引き合わせ、後を義妹のルアに任せた。今頃、無事に声を取り戻した彼らから事の顛末を聞いているはずだ。
 そうしてひとつの問題を解決し、クレアはナナと合流する。

「ナナ。アナタ、ルアに嘘をついたでしょ」

 合流するや否や突きつけられた言葉にナナは少しだけたじろぐ。

「ルアに『宝杖を盗んだ本当の犯人を懲らしめに行ってくださったのですね』って言われたのには驚いたわよ」

 ――子供達は『海の魔女』に声と引き換えに脅され、仕方なく宝杖を盗んだのだ。
 子供達の前でナナはルアにそう嘘をついた。おかげで彼らは注意を受けるだけで罪には問われない模様。彼らが違うと否定しようと優しいルアのことだ。「貴方達はなにも悪くありません」と微笑むか、大した罰を与えないだろう。
 肩をすくめるクレアに、ナナは眉尻を下げる。

「結局『エターナルスター』の情報はないね」
「それについてお知らせがあるわ。良い知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」
「えっ……じゃあ悪い知らせから……」
「王国から『エターナルスター』の反応が消えたわ」

 元々この地へ足を運んだのは、『エターナルスター』の反応を捉えたからだった。それが消えたとなれば、王国の隅々を探しても『エターナルスター』を見つけることは叶わない。ナナは肩を落とした。

「も、もうひとつは……?」

 そろりと見上げてくるナナに、クレアは片目を瞑り彼女に微笑みかける。
 それは『女神の微笑み』そのもので。

「見つけたわよ」

 手渡される『欠片』の重さに、ようやくナナは破顔した。
 母なる海を彷彿とさせるブルーカラーの結晶。見間違うはずがない――探し求めていた『エターナルスター』の一欠片だ。

「ど、どこにあったの……?」

 記憶を失っているとはいえ、『エターナルスター』を造ったのは自分だというのに。それらしき反応も気配も感じなかった。クレアを信じていないわけではないが、不思議には思う。

「あの子から貰ったのよ」

 ――少し前に家の近くで拾ったんだ。
 本来の声で、少年はそれをクレアに押し付ける。
 ――どうせ要らないって言うだろうけど、た、助けてくれたわけだし。こんなのしかないけど……。
 俯く少年は瞠目するクレアに気づかない。
 ふっと笑みをこぼし、少年の背丈に合わせて屈む。
 前髪を掻き上げられた少年が、何を、と口にする前に――額に軽く口付ける。
 兎も驚く勢いでバックステップ。ほんのり温かい額を抑え、少年は羞恥に顔を真っ赤に染め上げた。悔しげに目端を釣り上げる様子に、欠片を手の中で転がすクレアは悪戯に唇を綻ばせた。

「……楽しかった?」

 瞑目していたクレアはそっと瞼を開く。

「いい暇つぶしになったわ」


 『エターナルスター【知恵】』ヲオトシタ。


★★★★


 『エターナルスター』を手にしたその晩。クレアはルアのもとを訪れていた。

「今日はありがとうございました。お姉様達のおかげで、明日の儀式は当初の予定通りに行えそうです」

 鏡台に映るルアの表情は晴れ晴れとしており、憂いの影は跡形もなく消えていた。彼女の髪を梳いているクレアも同様に頬を綻ばせる。

「それなら良かったわ」

 その微笑みの裏で起きた出来事など、義姉を純粋に信じている彼女は知る由もない。
 クレアは櫛を鏡台に置き、ルアの両肩に手を添えつつ顔を寄せる。

「明日、頑張ってね」
「ふふ、頑張ります。もう慣れたものですけどね」
「そうよね。ルア女王」

 ぽんっと軽く肩を叩いて遠のく義姉に、ルアは期待を胸に立ち上がっては振り返る。

「あの、お姉様。明日……」
「ごめんなさいね。見ていくつもりだったのだけれど、早々に済ませないといけない用があるのよ」

 遮るようにクレアはルアの申し出を断った。
 断られると薄々感じてはいたものの大きく落胆したルアは肩を落とす。

「今日はこのまま戻るわ」

 最後にクレアはルアの頭をひと撫で。

「また会いに来るわ。今度は用なんて関係なしに、ね」

 まるで子供をあやすようなクレアに、ルアは頬を紅潮こうちょうさせる。

「や、約束ですよ」
「ええもちろん」

 交わした口約束を封じるかのように。クレアはルアの額に軽く口付け、おやすみなさいと部屋を去った。


 ――同時刻。

「大丈夫……?」

 体を覆う一本一本の体毛は穢れなき純白。腕の長さにも満たぬ小さな生き物に、少女は慈愛を持って接する。

「リル……」

 弱々しく鳴き声を溢すその口に、少女はパンの一片を差し出す。

「食べられそう?」

 顔を寄せ、くんくんと鼻を動かす。香ばしく、甘い香りに空っぽのお腹が刺激される。
 釣られるように口を開き、咀嚼。

「兄さんが作ったから美味しいと思うけど……」

 見守る少女の膝に生き物は擦り寄ると、食べ終わった口の中を見せてきた。
 少女は生き物とパンを交互に見ては、一片欠けたパンを差し出す。生き物は目を輝かせ、がつがつとパンに食らいつく。

「リル!」

 食べ尽くした生き物は元気いっぱいに鳴き声を上げた。

「お腹が空いていたのね」

 頬を寄せ、尻尾を揺らすその生き物を愛でていた少女は、ふいに何かを思い出す。

「ごめんね。私、もう行かないと」

 立ち上がった少女は惜しみつつも、生き物から離れていく。

「リ、リル! リルル〜!」
「きゃっ」

 肩に飛びついてきた生き物に足を止める。『やだやだ』と訴える生き物に、少女の意志が揺らぐ。

「……一緒に来る?」
「リルッ!」

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