ミリアッドカラーズ

5章 星神と機械仕掛けの神【2】


「ふぃ〜、これで全部ですか?」
「ああ! 手伝ってもらって助かったぜ!」

 約8時間の船旅を終え、物資の荷下ろしを終えたリアムにディランは歯を見せて謝辞を述べる。乗せてもらったお礼だと微笑する少年の背中をバシーンッと景気良く叩いて送り出した。

「んじゃ、行ってこい!」
「はいっ!」

 魔導書《アンティフォン》をくくりつけた鞄を肩から提げ、リアムはルシャントとルートヴィッヒと共に『ギアバース小大陸』の第一歩を踏み出す。

「うわ……噂通り、排気ガスが凄いね」

 と言ったそばからむせてしまうのだから、マスクか何かを持参するべきだったかと早くも後悔。ルートヴィッヒも天上を覆い尽くすぶ厚い煙の層を見上げながら「そうだな……」と目を窄める。

「で。肝心の『リーヴ』はどこにいるのさ」

 急かすルシャントに、ルートヴィッヒは迷いもなく歩き始め、二人も肩を並べて後に続く。


★☆☆


 時は遡り、リアム達が『ギアバース小大陸』に向けて船に揺られていた頃。

「ん……、?」

 月白色の髪がそよそよと揺れ、瞼に覆われていた星色の瞳がゆっくりと見開かれる。草原の一角にうつ伏せの状態で倒れていた少年──アステルは、数回瞬きを繰り返したのち、物憂さ残る体に肘を立てて上体を起こす。

(オレはたしかアストルムに気絶させられて……)
「──みんなは⁉︎」

 ハッとして周囲を見渡すも、ここにいるのは自分ひとり。連れてきたであろう『星神アストルム』の姿もない。
 途端襲いくる寂寥感せきりょうかんに眉を顰めるも、いいやと頭を振りかぶる。

(今はみんなと合流するのが先……ここがどこか調べないと)

 立ち上がったアステルはまず瞠目した。どこまでも続く草原に居たと思っていたのを覆されたからだ。
 目の前に広がるのは、数多の浮島が点在する大空。自分もまた、そのうちのひとつに足をつけている。どの浮島も同じ風景かと思えばそれは否であり、水が滴る浮島や、木々が連ねる浮島など多岐に渡る。果たしてどこから手をつければ、どこへ向かうのが正解か──悩み呆けるアステルの視界で、キラリと『何か』が光る。その光は青白く、鼓動のような速さで明滅を繰り返しており、どうしてか自分を呼んでいるようでならなかった。

「……【アエッタ】」

 展開した星型の障壁の上に乗り、光のもとへと空を駆ける。途中、障壁の合間から下を覗いてみたが、地面というものはなく果てしない空が続くばかりだったので、途方もない散策を想い嘆息が漏れた。
 そうしているうちに光の発生源まで距離を詰めたアステルは、常では目にしない異様な光景に目を丸くする。光は、浮島に湧き立つ泉から発生していたのだが、これまた不思議なことに浮島自体が逆さまになっているのだ。……いや、もしかしたらアステル“側”が逆なのかもしれない。
 なんて仮定はさておき、どうやらここは浮島によって重力の向きが違うらしい。アステルが障壁に乗ったままゆっくり近づいてみると、一瞬にしてぐるんと視界が反転。泉と同じ目線となる。そのまま泉のほとりに降り立ったアステルは、両膝両手をつき、泉を覗き込む……。


『──やっとみつけた』
「うわ⁉︎」


 揺蕩う水面に現れた見知った顔に思わず仰反る。長き年月を共にした少年の反応にさして動じない──ミュティスに、アステルは目を見開く。

「ミュティス⁉︎ ミュティスなのか⁉︎」
『他に誰がいるの。近くにアストルムはいる?』
「いいや、オレだけだ。なあ、ミュティス、ルシャントやリアムは無事なのか⁉︎」

 脳裏に過ぎるのは意識を手放す寸前の出来事。幾億と重ねた怨嗟を解き放つようにアストルムに剣を向け、返り討ちに遭った友と、それを庇うように無謀にも声を張り上げた友の姿。自分を気絶させたあと、アストルムが彼らに制裁を下していないか不安視するアステルの問いは良い形で拭われる。

『ええ。ここにはいないけれど、皆無事よ』
「そうか……なら良かった……」

 そっと胸を撫で下ろすアステルに、『あなたも酔狂ね』とミュティスは小さく息を吐く。

『まずは自分の心配をしたらどう?』
「それもそうだな……。ところで、ここはどこなんだ? さっきアストルムがいるか確認していたが、それと関係があるのか?」

 水面に映るミュティスは軽く頷く。

『そこはアストルムが管理する特殊な空間、「星界せいかい」』
「『星界』……ミュティスの『鏡界きょうかい』と似たようなものか?」
おおむね、ね。ただ、「星界」はわたしの「鏡界」よりも制限が強い。アストルム本人自らが認めたものでないと足を踏み入れることどころか干渉すら不可能』

 アステルが昔日せきじつの殆どを費やした『鏡界』は、ミュティスの意思とは関係なしに、外界に跋扈ばっこするモンスターの危機と常に隣り合わせだった。『鏡界』に迷い込んでは、討伐に駆り出されていた日々を思い返す。ここ『星界』では外部による崩壊の危機もないとは羨ましい限り。そもそも唯一神に喧嘩を売ろうとするものなど……ああ、いたわ。オレの側に。

『今こうして話が出来ているのは、わたしが【鏡の精霊王】だからこそ。【精霊王】は元を辿ればアストルムの眷属であるし、水鏡も力を貸してくれた。でもそれもじきに拒絶される』
「……」
『リアム達は今、あなたをそこから救うために動いてる。だからあなたも、自分に出来ることを精一杯やりなさい』

 そうか、と気付かされる。
 オレは今、独りぼっちでも、ミュティスと二人ぼっちでもない。『鏡界』から連れ出してくれた頼もしい仲間が、オレのために動いてくれているという事実が、胸の内を熱くさせる。

「……わかった。やれるだけのことをしてみるよ」

 拒絶され始めたのか、ミュティスが映る水面が激しく波打つ。
 完全に掻き消える前に目にした彼女の表情が、『待っている』と口だけ動かして消えた。


★★☆


「ところでリアム殿。君は『ギアバース小大陸』について何処まで知っている?」

 入り組んだ建物群に、空に伸びる幾つもの黒煙。絶えず聞こえる機械音が響き渡る此処こそが、『ギアバース小大陸』のメインエリア。噂には聞き及んでいたが、と実物を初めて目にするリアムはルートヴィッヒの問いに僅かに返答が遅れた。

「……ありとあらゆる機械が発明されては本大陸に売り払われる──『だけじゃなく』、発明の基礎技術や材料が揃う地でもあるってことかな」

 そう、『ギアバース小大陸』は本大陸の力を借りずとも、さまざまな工業製品の基となる資材を手に入れることが出来る。先程リアム達が乗船させてもらった定期便は、草木もまともに育たない深刻な環境汚染の影響による食糧不足を改善するために派遣されている船だ。

「その通り。そんな場所に父上がいるとすれば、とんでもない研究をしているに違いない」
「とんでもない研究?」
「──それは、“僕みたいな”人工生物の実験?」

 えっ、と驚愕を露わにするリアムとは裏腹にルートヴィッヒは表情に陰りを落とす。

「でも二人は異母兄弟だって……」
「私はそう思っている」
「僕はそう思っていない。ていよく造られた人工物さ」

 兄の言葉を否定する弟の言葉に意を唱えたのは──意外にもリアムだった。

「人工物が何さ! 君にはちゃんとした意志がある! もしここにアステルが居れば、同じことを言うはずだよ‼︎」

 元親友アステルの名を出されたルシャントは、これまたなんとも言えない表情を浮かべる。

 ──人工物がなんだ! オマエにはちゃんとした意志がある! もしここにリアムが居れば、同じことを言うはずだ‼

 ︎決して、断じて、認めたくはないが、一瞬でもリアムが居ない場合の仮定と重ねてしまった。
 ふんっと小鼻を膨らませるリアムに、盗笑をこぼすルートヴィッヒ。
 珍妙なパーティは、メインエリアと外れた場所へと足を踏み入れていく。


★★★


 カァーン、カァーン、ジリリリリ。
 無機質な空間に響くのは、槌の音と鉄と鉄が溶け合う火花散る音。窓を開けて籠る熱を放出するも、脂汗は絶えず流れる。
 金属製のデスクに向き合うのは、鉄の仮面で顔全体を保護するひとりの男。男が座る椅子の傍らには、×印が施された設計図らしき紙が散乱しており、男の大雑把な性格が窺い知れる。
 ふう、と溶接を終えた男は鉄の仮面を外す。紫紺色の髪に、灰色混じりの瞳。とても子持ちとは思えないが、この男こそ彼らが探している男『リーヴ・アルマ』。
 リーヴは今し方完成した『部品』を手にデスクから離れ、作業部屋と隣接するだだっ広い部屋に移動。そこには、壁から伸びる鉄線によって支えられているリーヴのひと回りふた回りもある大きさの巨大機械──人型の上半身──が保管されていた。まだまだ欠陥しているそれに先程のパーツを補填。また一歩悲願へと近づいた。
 ──ピコーン、ピコーン。
 そこに来客を知らせる音が響く。久しく聞いていない音に面倒だと言わんばかりに目を細め、外の様子を映し出すモニターを確認し、次には軽く目を見開く。
 自身の研究所の入り口でこちらの出方を窺っていたのは、赤い仮面が特徴的な息子と青い髪と瞳を持つもうひとりの息子と若干一名初対面の人物。あの手紙を読んでわざわざここまで来たのだろうか。それにしては雰囲気が剣呑だ。
 リーヴは暫し黙考したのち、自動ゲートを開き彼らを招き入れた。──愛銃をその手に構えて。

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「【アエッタ】」

 青い蝶型の障壁を展開したルシャントと睨み合いが続く。両者譲らない中、リーヴは背後に立つルートヴィッヒに含みのある言葉を投げた。

「久しぶりだな、ルートヴィッヒ」
「……お久しぶりです、父上」
「お前から会いに来るなんて……何用だ?」
「私だって金輪際関わりたくありませんでしたが、貴方の尻拭いのために参りました」
「何だと?」

 嫌悪感を隠そうともしないルートヴィッヒに慣れているのか、リーヴは何の反応も示さなかったが。尻拭いと聞かされ、初めて眉をぴくりと動かした。

「『星神アストルム』本人が貴方を探しています。そのために、彼らの大事な友人が連れ去られました」
「……」
「一刻も早くどうにかしてください」

 つらつらと重ねる文字の羅列に、やがて怒気が含まれ始めているのをリアムは感じ取る。薄々察してはいたが、リーヴ達の家庭状況は最悪そのもの。邂逅して間もないが、リアムはリーヴが息子に対して躊躇なく──銃を向けられる世間一般でいう『屑』だというのを理解した。一方で、彼の孤高な雰囲気はどことなく『あの人』を彷彿とさせる。だからなのか、不思議と怖いとは思えなかった。
 リアムの思考をよそに。ルートヴィッヒの言葉に耳を傾けていたリーヴは、ややあって返答。

「それは無理だ」
「っどうして」

 真っ先に噛みついたのはルシャント。友の危機とあらば当然の反応だろう。射貫かん勢いで睥睨する彼に、リーヴは至極冷静に返した。

「それは俺が、あいつにとって都合の悪いものを開発しているからだ」
「今度は一体何を……」


「デウス・エキス・マキナ。又の名を──『機械仕掛けの神』の生産だ」

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