ミリアッドカラーズ
そいつからの
「話は分かった。ピーターの情報は少し遅かったんだな」
『恐らくそうではないかと……』
「周囲に異変はなかったか?」
『はい、ありませんでした。引き続き捜索してみます』
「おう」
では、と電話越しの相手は俺との通話を断ち切る。少しだけ早めるように。《ルスト》“よりも”大事件があったかのような焦燥ぶりに、俺はため息を吐いた。
昔っから何かに巻き込まれるヤツだったが、今回も厄介事に首を突っ込んでるようだ。
少しでも早めに解決することを祈りつつ。俺は俺に出来ることをやろうと作業を再開する。
コメィトとの通話を終えたリアムは、《言霊のリトルクリスタル》がある場所へと足取り重たげに戻る。離れた理由は、彼の怒号にも似た大声が入らないようにするためだった。
戻ればほら、まだルシャントがミュティスに詰め寄っている。
「なんでいろんな場所に繋がっている『鏡界』からアストルムのところには行けないの?」
「私達【精霊王】は元を辿れば『星神アストルム』に作られた存在。彼の意向が拒否るのであれば、それは無理なことよ」
幾度となく繰り返される答弁によく飽きないなぁとリアムは嘆息する。
アステルが突然現れた『星神アストルム』に攫われてから、ルシャントの胸中はかつてないほど乱れていた。それに、ルシャントが何の前触れもなくアストルムを攻撃しようとしたのも謎だ。
顎に手を当て黙考するリアムの耳に、ミュティスの抑揚のない声が響く。
「分かったわ。そこまで言うなら探してあげる。ただ、アストルムの要求にも応えることね」
と、自身の半身である魔鏡から『鏡界』へと向かったミュティスに、ひとまずルシャントは息を吐く。まずは妥協点。
リアムは、ルシャントがいくらか落ち着いたのかと考えると、ひとり沈黙するルートヴィッヒの名を呼んだ。
「ねえ、ルーイ。アストルム様が言っていた『リーヴ』って誰のこと?」
大人しく耳を傾けるルシャントとともに、ルートヴィッヒの動向を伺う。
彼はやれやれと言った具合に嘆息すると、仮面に手のひらを押し当て呟く。
「どこまでも面倒な男だ……」
その呟きに“ルートヴィッヒ”という名の面影はなく。ルシャントと顔を見合わせる中、仮面から手を離した彼は『リーヴ』という人物について話し始める。
「『ギアバース小大陸』に住む私の“父親”だ」
「父親って……え、待って、その人とアストルム様ってなんの関係があるの⁇」
「そこまでは知らん。私も今初めて知ったのだ」
様々な憶測が脳裏を飛び交うところに、ルシャントが「つまり」と話を結論づける。
「そいつに会えばアステルを取り返せるんでしょ? じゃあ行くしかないよね」
「そうなるな」
肯定するや否や、青い蝶がルシャントを中心に螺旋状に渦を巻く。
なんとなく【
「何」
「今、『ギアバース小大陸』にワープしようとした?」
「そうだけど」
「凄っ……いやいやそうじゃなくて。『ギアバース小大陸』は滞在するだけでも通行手形が必要な閉鎖された大陸なんだ。勝手に入っちゃっ駄目なんだよ」
「そうなのか?」
会話に入って来たルートヴィッヒに小さく頷き返す。
『ギアバース小大陸』──ここ『本大陸』から南西に位置する大陸自体が大掛かりな機械で構成されている小大陸。工業製品が多く生み出され、工場から排出される黒煙によって環境汚染が進んでいるとも、巷では言われている。
「ならどうやって行くのさ」
「本大陸から定期的に出航している船に乗るんだよ」
「ふねぇ?」
あー、とリアムはルシャントへの説明を省き、ルートヴィッヒに尋ねる。
「その『リーヴ』さんがいる場所は知ってる?」
「住所なら何となく」
「よし。じゃあ会いに行ってアストルム様を説得してもらおう」
ぐっと拳を握りしめるリアムに、ルートヴィッヒは表情に翳りを落とす。
「いやしかし……あの男が素直に応じるとは……」
「それでも僕は行くよ。アステルを助けたいから」
ルシャントの言葉にようやくルートヴィッヒも覚悟を決めた。
「分かった。君達についていこう」
「ありがとう、ルーイ」
そうしてルートヴィッヒの図書館で身支度を整えた彼らは、『オラトリオ地方』南西に位置する『ギアバース小大陸』に続く港町を目指す。
リアムは『ギアバース小大陸』に“直接”向かうことは拒んだが、時間が惜しいことは確か。港町まではルシャントのテレポートで向かい、幾艘もの船が並ぶハーバーにものの数時間で到着したのだった。
地平線の先まで広がる雄大な海に潮風が鼻腔をくすぐるのを楽しむ暇もなく。彼ら三人は、ハーバーをぐるりと見渡す。中でもルシャントは物珍しいのか、少しだけ萎縮しているようだ。ルートヴィッヒは懐かしげに目を細める。
「してリアム、肝心の通行手形と船はどうするつもりだ?」
「そこは大丈夫。さっきコメィトさん……僕の上司に頼んで、通行手形のほうは手配してもらった。あとは船だけど、定期便があるかどうか……」
とにかく案内所に行こうと話す彼らの耳に、「お〜い
男を見るなり、リアムはぱあっと笑みを咲かせた。
「ディランさん!」
「よお、小童! 相変わらずひよっこだな!」
《ルスト》さえも寄せ付けない溌剌とした声音にリアムは苦笑。人間でない自分が彼のように成長するわけもないので一生小童呼びなんだろうな……。
それはそうと。男──ディランに、リアムは丁寧に会釈する。
「お久しぶりです。ディランさんもお元気そうで何よりですよ!」
「ま。海に鍛えられてるからな!」
自慢の上腕二頭筋を見せつけるディランに憧憬すら覚える。
そんで、と男は早速本題に入った。
「コメィトから話は聞いてる。『ギアバース小大陸』に行きたいんだってな? ちょうどこれから出港するとこだったんだ。乗ってげよ」
「ありがとうございますっ!」
流石コメィトさん。ここまで手を回してくれるとは。
遠く離れた上司に賛辞を送るリアムから、ディランはルシャントとルートヴィッヒに目を向けて。
「あんちゃん達が連れかい?」
「初めまして。我が名はルートヴィッヒ。こっちはルシャントだ。よろしく頼む」
ルシャントはつまらなそうにそっぽを向いており、リアムが内心『協力してもらうのに……!』と睥睨を向ける中。ルートヴィッヒとディランは良好な関係を築く。
「あんたなかなか色男だな。仮面さえなければ、俺の若い頃にそっくりだ!」
「ははは、光栄だ」
意気投合(?)した二人に笑み。どうにか問題なく『ギアバース小大陸』に迎えそうだ。
密かに安堵するリアム達を、ディランは「よし、ついてこい!」と自慢の貨物船へと案内する。
黄昏時、荷物を乗せ終えた船はリアム達を乗せて出港。約8時間もの時間をかけて、『ギアバース小大陸』を目指す。
船内で船員達と卓を囲んだあとは各自自由時間となり、いの一番に食卓を離れたルシャントのあとをリアムは追う。単純に彼のことが気になったからだ。アステルの件もあるだろうが、その他にも抱えている
……そう。僕が見た、ルシャントとルートヴィッヒのやり取りのように。
デッキに佇んでいたルシャントは、カツンカツンと金属音を鳴らして歩み寄るリアムに気づきながらも一瞥することはなく。
リアムもまた少し離れた場所で、歩みを止めた。
「あの……さ、何かあった?」
「別に何も」
想定通りの回答。僕は困惑の文字すらなかった。
代わりにと、一歩ずつ距離を詰めていく。
「何」
不機嫌さを伴う声音に臆することなく、肩を並べる。
「ルーイと何かあった?」
「何もないって」
「嘘つき」
僕の言葉が癪だったのか、ルシャントはすぐさま抜刀した。
首筋に当たる冷ややかな感触を前にしても、僕は珍しく
「……君はいつもそう。誰かが自分のテリトリーに踏み入れようとするなら、そうして剣で遠ざける」
『ニュイエトワ地方』のやり取りを想起する。
あの時は臆して譲ってしまったが、今は違う。
「知りたいんだ、君のこと」
アステルと出会ってから感じていたルシャントとの“距離感”。はっきりと言ってしまえば、嫉妬だったのかもしれない。
意図せず組むことになったペアとは言え、リアムには知りたいという感情が芽生え始めていた。それがどんなに過酷な真実でも。
──たとえその色を隠したとしても、色を映す雨のように、君を見てくれる人はきっといる。
かつての『先生』の言葉を借りるなら。
「──君の『雨』になりたい」
「……は?」
蒼穹に隠された色を映し出す雨のように。
肩書きを捨て去った『ルシャント』を知りたい。
アステルが居ない今だからこそ、支えたいのだと。
困惑の声を上げるルシャントを真っ直ぐと見据えた。
ルシャントは暫し沈黙を重ねたのち、少しだけ話してくれた。
あの日あの豪雨の時、何が起きたのかを。
「僕が図書のほうに向かうと、机の上に手紙があったのを見つけた。それはこの世界のいかなる言語でもない不思議な文字で、何故か僕には読めたから読んでみた」
「手紙にはなんて書いてあったの?」
「僕とあの男……ルートヴィッヒの関係」
「え?」
「──そう。私とルシャントは、父親を共にする『異母兄弟』だ」
衝撃の事実を吐露したのは、いつの間にかデッキに足を運んだルートヴィッヒだった。
リアムが高速でルシャントとルートヴィッヒを視線で往復し、くらくらと揺れる頭をふるふるっと振って正すと。もう一度驚愕する。
「兄弟⁉︎ 二人が⁉︎」
「経緯は定かではないが、少なくとも父上の手紙にはそう書かれていた」
「父上って、リーヴさんだよね?」
「ああ」
「……僕は興味ない。ただ今は、アステルのほうが優先」
異兄であろうルートヴィッヒにそっぽを向くルシャントに、やや俯く。
「知らなかったとはいえすまなかった。君を見つけることが出来なくって」
「だから別にいいって言ってんじゃん。僕には家族なんてもの存在しない」
「あっ……」
数多の蝶に巻かれてその場から姿を消したルシャント。恐らく割り当てられた自室にでも転移したのだろう。
名残惜しそうに空を切る手に、リアムは胸を締め付けられる感覚を覚える。
自分には家族と呼べる人はいない。
だからこそ、家族である二人を羨ましく思った。
沈黙するルートヴィッヒに、あ。とリアムは顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「あ、ああ。平気さ」
ルートヴィッヒは貼り付けた笑みを浮かべ、リアムに答える。
「すまないな、話の邪魔をしてしまって」
「ううん。また今度機会を作るよ」
感覚はあった。ルシャントが自分に心を開きかけた感覚は。
だからきっと、話してくれるときが来る。
対してルートヴィッヒは、やや不安げに心中を語る。
「……彼は、君といるときは私とも話してくれるのだがな」
「そうなの?」
「ああ。……もっといろいろな話をしてみたいものだ」
あまりにも広くて深い深い海面の向こう側に沈みゆく夕陽を眺めながら、ルートヴィッヒは青のメッシュが入った髪を揺らす。
「なら僕が作るよ。家族の時間」
胸に手を当てるリアムに、ルートヴィッヒが仮面越しに瞠目した。
「僕やアステルがいれば話しやすいだろうし、少しずつ距離を詰めていこうよ」
ね? と片笑む少年を、男は口元を綻ばせて。
「君は不思議な子だな」
「?」
「“君”の物語を、語り部として読みたくなってしまった」
くすくすと小さく笑う彼に疑問符が浮かんでは消える。
撫でられた頭の温もりにふふふと笑みがこぼれた。
『ギアバース小大陸』到着まで残り6時間。
果たしてリアム達は無事にリーヴの元に辿り着けるのか──……?
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