Spectral Color

「……どうしよかな」
 自分の部屋で、独りそう呟いた。
今日は、安慈と休みが合わなかった。今朝、彼を見送ってから家事を片付けて、その後はずっと自分の部屋に篭っていた。
今、キャンバスには下書きだけしてある状態。鉛筆でざっくりと頭に浮かんだモチーフを描いてるだけ。ここからどう膨らませようか。やっぱり花はこっちがいいかな……? なんて、さっきから下書きを何度も直している。せっかく、油彩画にしようと道具を一式準備したというのに、筆を握れるのはいつになるのだろう……。イメージはできてるんだけど、なんかしっくりこない。
 学生の時もそうだった。下書きが納得いかなくて、いつまでも筆が握れないまま。色を付け出すと早いんだけど、その前段階でいつも時間を取られて、卒業製作を描いてる時は、ほぼ徹夜だったもんな……。今は仕事が忙しくて、ろくに絵を描いていないのもあるだろう。絶対、前より下手になってる。けれど、こうやって一人で何か作る時間も必要なんだよね……。
 僕の中で勝手に渦巻くジレンマにため息を吐くと、突然、背中に重さを感じた。
「ただいま」
彼が帰ってきて、僕を背中から抱き締めたのだった。
「あっ、安慈ごめん! 出迎えもしなくて……全然気づかなかった」
慌ててそう言うと、彼が『気にしないで』と首を横に振る。
「瑞貴が絵を描いてる時は物凄く集中してるから、不意打ちをしたのは俺の方」
そう言って、彼が抱き締めている腕に力を入れる。肌で感じる彼の体温に安心して心が緩んだ。
「何描いてたの?」
「とりあえず、花と……ちょっと空想画にしようと思って……。けど、なんかしっくりこなくて。今日は下塗りまでやりたかったんだけど」
 そう言って、傍らに用意してある絵の具や筆達を見ると、彼も顔をそちらに向ける。
「へぇ。油彩画の画材をちゃんと見たの初めてかも。こんなに筆使うんだね」
「これでも最低限しか出してないよ。大きいキャンバスの時はもう少し太い筆も出すし、ペインティングナイフもたくさん出すよ」
「へぇ。あの卒業製作、実家にあるんだっけ?」
「あるよ。あれは大きすぎて、もうどこにも運べないよ」
 僕がそう言って苦笑いすると、彼がまたぎゅっと抱き締めてくる。
「瑞貴の絵……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
彼がそう言って、僕から離れた。離れた体温が惜しくて、彼を引き止める。
「何? 気になるじゃん」
「その絵が完成したら言うよ」
彼はそう言って僕の部屋を出て行った。

 何だよー。気になるじゃんかー。彼も帰ってきたことだし、今日は一旦終わりにしよう。
出番が無かった筆や絵の具達には悪いけれど、また一人の休日に少しずつ進めていこうと思う。
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