Spectral Color
今年もあっという間に梅雨が明けてしまって、毎日四十度近い気温の中、家と職場を行き来する。幸い、職場は美術館だから空調は効いていて快適だけれど、この気温差で体調を崩しそうだ。
今日も日が沈んでいるというのに、蒸し暑くて不快な中、僕は家に戻った。
「ただいま」
今日は、僕の方が遅くなったから、先に安慈が家にいると思って玄関でそう言ったけれど、返事はない。靴を脱いで中に入ると、リビングに明かりはついているけれど彼の姿はなかった。
どこか買い物にでも出たのかな? と思っていると、後ろから気配がした。
「あ、おかえり」
振り向くと、安慈がバスタオルを首から下げて上半身裸で洗面所から出てきた。
「あ、た、ただいま」
彼のいつもの風呂上がりスタイル。なのに、しっとりとして艶のある肌に、彼の髪がきちんと拭けていなくて毛先から垂れている水滴のせいなのか、見ている僕が暑さでやられているせいなのか、今日は妙に彼が色っぽく見えてしまった……。
「ん? どうしたの? なんかついてる?」
僕がしばらく呆けていたせいだろう。彼がそう言って自分の顔を触る。
「いや、なんでも……ない」
「んー? なんか様子が変だけど?」
「なんでもないよ……」
そう言って、僕は彼を振り切るように部屋に荷物を置いてから洗面所に逃げ込む。不思議そうに彼が僕を見ている気配は感じたけれど、気にしないふりをした。
洗面所から戻ってくると、彼はリビングのソファに掛けて『暑い……』と呟いていた。
「帰ってすぐにシャワーしたの?」
彼の隣に掛けながらそう訊いた。
「そう。今日も行き帰りだけでめちゃくちゃ汗かいたし。ラボは寒いくらいエアコン効いてるから風邪ひきそうになるし」
「風邪ひきそうなのは、拭くのが下手だからじゃないの?」
そう言って、僕は彼の首にかかっているバスタオルを広げてから彼の頭に被せて、ゴシゴシと彼の頭を拭いた。
「えー? そうかなぁ? 俺、ちゃんと拭いてるよ?」
「そう言ってても、さっきからずっと毛先から水が垂れてるよ」
「いつも君がこうやって拭いてくれてるから、自分で拭くのが下手になったんだよ」
「もう、何言ってるの」
僕はそっけなく返したのに、タオルの中で心なしか嬉しそうに笑っている彼。
これだって、いつものこと。なのにどうしてだろう。
君が妙に艶っぽいのがいけないんだからね。
僕は手を止めて、彼の唇に唇を重ねた。
「あ……」
彼が何か言いかけたけれど、頭にかけたままのタオルをそのまま引き下げて彼の顔を隠した。
「僕もシャワーしてくる!」
そう言って僕は慌ててまた洗面所に逃げ込んだ。
我慢できなかった。なんて言ったらまた揶揄われるだろう。でも、しょうがないよね。仕事の疲れと暑さでやられたってことにしておこう。