Spectral Color

 旅館の人に教えてもらった通りに道を歩いていくと、出店が並び、かなりの人で賑わっていた。
「わぁ、すごい人だね」
 瑞貴は、祭りの様子に目を輝かせながらも、人混みにちょっとたじろいでいるようだ。
「気をつけないとはぐれちゃいそうだね」
「うん。気をつける……」
「手、つなぐ?」
 外ではやらない、と言い張っている彼に、敢えてそう訊ねてみたけれど、首を横に振られてしまった。
「安慈の方が背が高いんだから僕のこと探せるでしょ。ちゃんと見ててよ」
 迷子になる前提の物言いに思わず笑ってしまうと、瑞貴は、ちょっとムッとして先を歩いていってしまった。
「ほら、迷子になるよ」
 先を歩く瑞貴の肩に手を置いて、隣を歩く。
「瑞貴は最初に何がしたい?」
「うーん……じゃあ、綿飴買って一緒に食べる」
「じゃあ、綿飴屋を探そう」
 そうして、出店が並ぶ道をはぐれないように歩いていく。
 焼きそば、お好み焼き、りんご飴、チョコバナナ……お祭りの鉄板メニューのお店に、射的やヨーヨー釣り、型抜き屋もある。懐かしいな、と思いながら歩いていると、御目当ての綿飴屋を見つけた。
『一つください』と瑞貴が言うと、店番の金髪のお姉さんはニコニコしながら手際良く綿飴を作り始めた。綿飴の機械からふわふわと糸が出てきて、それをクルクルと棒に巻きつけて行く様子は見ていて面白い。
「はい、どうぞ。五百円です」
「ありがとうございます」
 暫くしてお姉さんに手渡されたのは今流行りのカラフルで大きな綿飴。そのボリュームに驚きながら、お姉さんにお代を渡して、また人混みに紛れる。
『子供の頃に買ってもらったあの白いやつじゃないんだね』と二人で笑いながら、瑞貴はその可愛らしい綿飴を持って歩く。
 彼が、綿飴をこちらに向けてきたので、俺もつまみ食いさせてもらった。
 ふわふわした飴は口の中ですぅっと溶けて、残るのは強烈な甘さ。あぁ、この甘さも懐かしい。
「綿飴って、こんなに甘かったんだね」
「ねー。記憶の中の綿飴より甘くて、僕びっくりした」
 そう言って笑う瑞貴。楽しそうで何よりだ。次は何をしようか? と、歩きながら出店を見ていく。遠くの方で太鼓の音も聞こえてきた。
 人の流れも多くなってきて、よそ見をしていたら一瞬で瑞貴が見えなくなって慌てたけれど、シャツの袖を引っ張られて振り向くと、瑞貴が不機嫌な顔でそこにいた。
「ねぇ、ちゃんと僕を見ててよ」
「ごめんね。今度はよそ見しないように気をつける」
 この人混みでそのセリフは、瑞貴のワガママでしかない。けれど、そんなことを言うのは俺だからだろうと思うと可愛いので黙って受け入れる。せっかく出掛けたのだから、変なところで喧嘩したくないし、こういう時くらいは、目一杯、甘やかしてもいいだろう。

 ***

 そうこうして、お祭りは一通り見て回ったので、二人で旅館に戻った。少しだけ遅くしてもらった夕食はとても豪華で、瑞貴が目をキラキラさせながら食べていた。確かに全部美味しかったし、目がキラキラするのはわかる気がする。
「全部美味しかったー。あとは温泉入って寝るだけだね」
「その前に、花火見ようね」
「あ、そうだった。ねぇ、こっちで見よう」
 そう言って、瑞貴が広縁の方へ行って、窓を開ける。海が近いからだろう、ふわりと風と共に潮の香りが部屋に入ってくる。少し暗い方が花火が見やすいだろうと思い、部屋と広縁を区切る障子を閉めた。
「もうすぐかな?」
 そう言って、瑞貴がそっと俺に身体を預けてきたから、そのまま肩を抱き寄せた。
「もうすぐ始まるよ。海の方だって」
「うん」
 暫く海の方を眺めていると、パッと空に華が咲いて、ドンッという音が鳴った。
「わぁ、始まった!」
 次から次へと、赤や緑、黄色などの様々な色の花火が上がる。時々、顔のマークのようなものも上がったり、パチパチと空で輝く花火もあった。
「すごい久しぶりに花火見た……」
「俺も。ビルの影になったりして、なかなか見られないもんね」
「花火大会は人がすごくて避けちゃうし」
「花火どころじゃないもんね」
 その言葉に、クスクスと瑞貴は笑う。隣にいる彼を見ると、とても穏やかな顔をしていた。
「花火ってもともとなんで始まったんだろうね」
「昔、なんかで調べたんだけど、花火は、弔いの意味もあったんだってね。疫病が流行った時にたくさんの人が死んだから、弔いと悪疫退散の意味を込めて打ち上げたんだって」
「へぇ……だから、八月は花火大会多いのかな……?」
「お盆シーズンだから?」
「そんな気がして」
「それもあるかもしれないね」
 そんな話をしたタイミングで、小さめの花火がたくさん打ち上げられて、パチパチともパラパラとも聞こえるような音と光に包まれる。
「星もそうだけど、キラキラ光るものに人は願いをかけたくなるんだろうね」
 俺がなんとなくそう呟くと、瑞貴がこちらを見上げた。
「それじゃあ、僕も花火に願いをかけておこうかな」
「なんて? 無病息災?」
「それも大事だけど。また来年も安慈と旅行できますように。あと……」
「あと?」
 そう訊ねると、瑞貴は照れたように笑った。
「ちゃんとしたプロポーズ貰えますようにって」
 そう言って笑った彼が愛おしくて、思いっきり抱き締めて唇を重ねた。
「っ……ふふふ。安慈も、愛情表現がストレートだよね。嬉しいけど」
 瑞貴はそう言いながら、俺の腕の中で頬を染めてニコニコと笑っている。どうしてこんなに可愛いのだろう……。
「瑞貴が可愛いからだよ。別にここでプロポーズしてもいいよ?」
「やだー。指輪とセットがいいー」
「我儘だねぇ。じゃあ、本番は夢の国のお城の前でやろうか?」
「えっ……そ、それは、ダメだよ。オープンすぎるよ……」
「えー?」
「いいのっ、そんなにギャラリーはいらないの! なんなら証人は翔だけでいいから!」
 彼の頭の中でどこまで想像したのかは分からないけれど、俯いてものすごく狼狽えている彼も可愛らしい。
「瑞貴」
「なぁに?」
 顔を上げた彼の頬に触れて額を合わせて、一言囁いた後、また唇を重ねた。
 それとほぼ同時に、花火の音が鳴った。
「っ……! ねぇ、今なんて言ったの?」
 唇を離した後、瑞貴が慌てた様子でそう訊いてくる。
「分からなかった?」
「だって、花火の音が……」
「内緒」
「教えてよー」
 仕方ないので、今度は瑞貴の耳元で囁いてあげると、顔を真っ赤にして黙ってしまった。

 空はまだまだ華やかに彩られていた。今年の夏は、君と一緒だったから今までで一番華やかな思い出ができたと思う。

「ありがとう」
 未だに顔を赤くして黙っている大切な人を俺はもう一度強く抱き締めた。

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