Spectral Color
上司に有休を取りたい理由をこれでもかと並べて取った休み。
この休みは安慈と小旅行だ。行き先は近場だけど、海に近い観光地。夏休みシーズンだけど、お盆にはかかってないから、思っていたよりも混んでなくて良かったと思いながら、僕はスーツケースを転がす。
「旅行も温泉も久しぶり」
そう言った安慈の声はいつもの落ち着いたトーンじゃなくて少し弾んでいるように聞こえた。
「楽しい?」
「うん。子供の頃、うちと瑞貴の家族一緒に出掛けたのを思い出すし、瑞貴と二人で旅行できるなんて思ってなかったから」
「思い立って出掛けるっていうのも悪くないって、翔が教えてくれたからね」
「ふふふ。翔、面白いでしょ? よく連れ回されたよ。コンビニ感覚で韓国行くのはどうかと思ったけどね」
そう言って、今ここにいない彼の親友の話をして二人で笑う。今頃、翔はくしゃみしてるかもしれない。
「今日泊まるところは、もうちょっと歩いたところだね。スーツケース代ろうか」
彼がスマホを片手に地図を確認すると、僕の手からスーツケースを取る。
「ありがとう」
「二人分入ってるから重いでしょ?」
「そうでもないよ」
そう返事はしたけれど、彼の言葉に甘えることにした。道は緩やかな坂で、少しずつ緑も増えていく。ここに着いてから、あちこちに『夏祭り』のポスターが貼られていて、この道の電柱や掲示板にも同じように貼られていた。
「お祭りあるんだね」
ここに着いてからこのポスター見るの何枚目だろう……? と思いながらそう口にする。
「あ、今日じゃん。旅館から近いかな? 近いなら行く?」
「うん。行きたい」
「じゃあ、先にチェックインしちゃおうね」
そう話しながら着いた旅館は、小さいながらも、趣のある建物だった。中に入って、フロントで安慈がチェックインをすると、すぐに部屋に案内された。
階段と廊下をスタッフの人に続いて歩いて行くと、突き当たりの部屋の前で引き戸を開けてくれた。中に入ると、広い窓から海が見えて嬉しくなる。
「わぁ、海……いい眺め!」
「いい部屋で良かったね」
部屋を案内してくれたスタッフの人から一通りの説明を受けた後、安慈が外に貼ってあった夏祭りのことを訊いていた。
「えぇ。ここにいらっしゃった時の坂を下って、駅と反対の通りでやってるんですよ。出店もたくさん並んでるのですぐに分かります。昼間はまだ暑いから、夕方から人が集まりだすんですけどね。通りをずぅっと行くと、ちょっとした広場があって、そこで盆踊りもしてるんですよ。そこを抜けると高台に神社さんがあります」
「へぇ。ありがとうございます。瑞貴、行ってみる?」
そう訊かれて、僕は首を縦に振った。
「そうしたら、お夕食は少し遅めでご用意しましょうか」
「いいんですか?」
「他のお客様も、お祭りに行きたいとのことで、遅めの方たくさんいらっしゃるので大丈夫ですよ」
そう言って、スタッフさんはニコニコしている。
「でも、お客様のお部屋なら八時前には戻られた方がいいです」
「八時? 何かあるんですか?」
「海の方から花火を打ち上げるんです。ちょうどこの部屋から綺麗に見えるので、打ち上げ始める八時にはお部屋から見るのがオススメですよ」
「じゃあ、その前には戻ってきます」
「かしこまりました」
スタッフさんはニコニコしながら、部屋の扉を閉めていった。
「じゃあ、少し涼んでからお祭り行ってみようか」
「うん。ねぇ、出店、何があるかな?」
「うーん……メジャーなところはあるんじゃない?」
「綿飴買っていい?」
「いいよ。金魚はだめね」
「う、うん。ヨーヨーは?」
「ヨーヨーはいっぱい取らなければいいよ」
「スーパーボールは?」
「使い道ないからダメ」
まるで、親子のような会話をして、最後には二人でケラケラと笑う。お祭りなんて、大人になってから行っていないから、単純に楽しみだ。
そうして、僕達は涼しい部屋で寛ぎながら、日が傾くのを待つのだった……。
この休みは安慈と小旅行だ。行き先は近場だけど、海に近い観光地。夏休みシーズンだけど、お盆にはかかってないから、思っていたよりも混んでなくて良かったと思いながら、僕はスーツケースを転がす。
「旅行も温泉も久しぶり」
そう言った安慈の声はいつもの落ち着いたトーンじゃなくて少し弾んでいるように聞こえた。
「楽しい?」
「うん。子供の頃、うちと瑞貴の家族一緒に出掛けたのを思い出すし、瑞貴と二人で旅行できるなんて思ってなかったから」
「思い立って出掛けるっていうのも悪くないって、翔が教えてくれたからね」
「ふふふ。翔、面白いでしょ? よく連れ回されたよ。コンビニ感覚で韓国行くのはどうかと思ったけどね」
そう言って、今ここにいない彼の親友の話をして二人で笑う。今頃、翔はくしゃみしてるかもしれない。
「今日泊まるところは、もうちょっと歩いたところだね。スーツケース代ろうか」
彼がスマホを片手に地図を確認すると、僕の手からスーツケースを取る。
「ありがとう」
「二人分入ってるから重いでしょ?」
「そうでもないよ」
そう返事はしたけれど、彼の言葉に甘えることにした。道は緩やかな坂で、少しずつ緑も増えていく。ここに着いてから、あちこちに『夏祭り』のポスターが貼られていて、この道の電柱や掲示板にも同じように貼られていた。
「お祭りあるんだね」
ここに着いてからこのポスター見るの何枚目だろう……? と思いながらそう口にする。
「あ、今日じゃん。旅館から近いかな? 近いなら行く?」
「うん。行きたい」
「じゃあ、先にチェックインしちゃおうね」
そう話しながら着いた旅館は、小さいながらも、趣のある建物だった。中に入って、フロントで安慈がチェックインをすると、すぐに部屋に案内された。
階段と廊下をスタッフの人に続いて歩いて行くと、突き当たりの部屋の前で引き戸を開けてくれた。中に入ると、広い窓から海が見えて嬉しくなる。
「わぁ、海……いい眺め!」
「いい部屋で良かったね」
部屋を案内してくれたスタッフの人から一通りの説明を受けた後、安慈が外に貼ってあった夏祭りのことを訊いていた。
「えぇ。ここにいらっしゃった時の坂を下って、駅と反対の通りでやってるんですよ。出店もたくさん並んでるのですぐに分かります。昼間はまだ暑いから、夕方から人が集まりだすんですけどね。通りをずぅっと行くと、ちょっとした広場があって、そこで盆踊りもしてるんですよ。そこを抜けると高台に神社さんがあります」
「へぇ。ありがとうございます。瑞貴、行ってみる?」
そう訊かれて、僕は首を縦に振った。
「そうしたら、お夕食は少し遅めでご用意しましょうか」
「いいんですか?」
「他のお客様も、お祭りに行きたいとのことで、遅めの方たくさんいらっしゃるので大丈夫ですよ」
そう言って、スタッフさんはニコニコしている。
「でも、お客様のお部屋なら八時前には戻られた方がいいです」
「八時? 何かあるんですか?」
「海の方から花火を打ち上げるんです。ちょうどこの部屋から綺麗に見えるので、打ち上げ始める八時にはお部屋から見るのがオススメですよ」
「じゃあ、その前には戻ってきます」
「かしこまりました」
スタッフさんはニコニコしながら、部屋の扉を閉めていった。
「じゃあ、少し涼んでからお祭り行ってみようか」
「うん。ねぇ、出店、何があるかな?」
「うーん……メジャーなところはあるんじゃない?」
「綿飴買っていい?」
「いいよ。金魚はだめね」
「う、うん。ヨーヨーは?」
「ヨーヨーはいっぱい取らなければいいよ」
「スーパーボールは?」
「使い道ないからダメ」
まるで、親子のような会話をして、最後には二人でケラケラと笑う。お祭りなんて、大人になってから行っていないから、単純に楽しみだ。
そうして、僕達は涼しい部屋で寛ぎながら、日が傾くのを待つのだった……。