Spectral Color

 瑞貴が、また珍しく自分のノートパソコンをソファに掛けながら開いている。以前のように何か作業をしている、というよりは、何かサイトを見ているようだった。
「仕事?」
 そう声を掛けると、瑞貴はこちらを向いて首を振った。
「ううん。ちょっと調べ物してて、そのまま寄り道」
「何見てるの?」
「透明骨格標本。見る? 綺麗だよ」
 そう言って画面を見せてくれる。魚などでよく使われる赤と青に染めてつくられる標本の画像が何枚か並んでいた。『綺麗だよ』の言葉通り、確かに場所によって赤に染まったり青に染まったりしているところがあって綺麗ではある。
「あぁ。これ、面白いよね。生き物によってはできるものとできないものあるみたいだけど」
「へぇ。例えば、人間はできるの……?」
 最近、瑞貴の興味が人体に向いているのは何故なのだろう……?
 この前も目玉欲しいとか言い出すし、何かあったのかな……?

「えっと……この標本の硬い骨と軟骨部分は、それぞれに含まれてる成分が違うから、それぞれの成分に反応する染色液を利用してるんだよね。硬い骨と柔らかい骨それぞれ別に染めた後、他のところを透明化させるんだけど、脂質が多い生き物は透明化させるのが難しいから、大型生物や深海生物は向かないんだって。だから、きっと人間もできないことはないけど、大変なんじゃないかなぁ……?」
 そう返すと、彼は『そっかー』と納得したのか、してないのか分からない反応をする。

「あのね。僕の学生時代にね、変な子いたの」
「どうしたの急に」
「いや、たまたまSNS見てたら、その子のアカウントが流れてきて。ぱっと見は普通だったから、元気にしてるんだなぁと思ったんだけど。その子、本当に変な子で。まぁ、美大じゃ珍しくもないんだけど」
 そう言いながら、彼はパソコンで開いていたウィンドウを全部閉じた。どうやら、調べ物は終わったらしい。
「その子、人体オタクというか。理想的な人体を自分で作るって言ってるような子だったの。だから、時々同じ講義の子を捕まえては、腕とか脚とか愛でてたんだよ。彫刻やってた子でね。美術解剖学の成績が異様に良くて、外科医にでもなればいいのにってよく言われてたよ」
「なんか、すごい子だね……」

「僕も、母さんに似て色白じゃない? だから、よく皮を寄越せと言われたんだけどお断りしたよね」
「ははは。そりゃあね」
「だから何? って話なんだけど、その子が人間で標本作ってないといいな……ってふと思っただけ」
 そう言って苦笑いする瑞貴。こうやって、学生時代の友達の話を聞くのはあまりなかったから新鮮だ。
「そっか。あまり瑞貴からそういう話聞かなかったから、俺は面白いよ」
「そう? 変な奴しかいなかったよ。それは僕も含まれているだろうけどね」
「ふふ。その、人体オタクの子は、今何してるの?」
「あぁ、博物館にいる。数年に一回、人体展みたいなのやるじゃん? あれ、やる時の企画とか展示の手配とかやってるみたいだよ。海外とやりとりしたり」
「なんかすごいね……」
「だからさ、変態も極めたらすごい人なんだよね」
 かなり乱暴な括りだとは思うけれど、好きが行き着いた先がそうなる、というのはよくある話だろう。
「今度、その子に会うことがあれば、訊いてみようと思って」
「何を?」
「目玉の綺麗な保存方法」
 そう言って、ニヤリと笑う瑞貴。この子、まだ貰う気でいたの⁉︎
「もう、まだそんなこと言ってるの? あげないよ!」
「えー」
「……俺が先に死んだら好きにしていいよ」
 そう言うと、彼は黙ってしまった。意地悪な返しだっただろうか? でも、可愛いパートナーを見られなくなるから、生きてる間に目玉はやれないからなぁ。
「……先に死なれたら、僕が耐えられないから、目玉取っておいても意味ない気がする……」
 そう言って、瑞貴は不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。

 ……まぁ、気持ちは分からないでもないけれど。『相手の死後も、手元に置いておきたい』というのは、きっと愛情の行き着く先の一つだと思うから。

 じゃあ、俺が君に先立たれたらどうするかな……? 
 君を綺麗な標本にして、花いっぱいの棺に眠らせておくのがいいかもしれないね。
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