Spectral Color
今日は翔が僕達の家に遊びに来ていた。翔が来るとだいたい昼から飲んでいる。適当につけていたテレビには、心霊番組の告知が流れていた。あぁ、この人の顔を見ると夏だなって思う。
「あー、怖い話の季節だねぇ」
そう言ってビールの缶に口を付ける翔。
「やだよ。見ないよ」
翔の言葉に速攻で否定をする安慈。まだ何も怖くなってないのに。
「あはは。日本のホラーってなんか湿っぽいよね。陰湿な感じっていうか、こっそり後ろに立ってるとか、隙間から見てるとか」
「それが怖いんだって。この前だって、暗いところから何かこっち見てたもん……」
安慈の言う『何かがいた』は、本当かどうかは分からないけれど、あの日から部屋に塩が置かれている。最初、一キロの塩を盛られた時はどうしようかと思った。量を盛ればいいわけじゃないって説得して、盛り塩は小皿サイズにはなったけれど。
「日本のホラーはって言うけど、海外とどう違うの? 翔はそれっぽいの見たことある? 悪魔祓いっぽい感じ?」
ふと疑問に思って、翔にそう問うと、彼はうーん……と唸ってから口を開く。
「あれは、心霊現象だったのかなぁ? ってのはあるよ。オレがドイツに留学してた時の話なんだけど。俺が行ってた大学にパイプオルガンのホールがあるんだよね。ホールというか、見た目は教会みたいな感じなんだけど。教会音楽専攻している友達がいたし、なかなか日本だとパイプオルガンを生で聴けないからよく遊びに行ってたんだ」
『心は永遠の小学生』みたいな翔から、パイプオルガンだとか教会音楽だなんて言葉が出てくると思わなくて、僕は勝手に驚いている。チラッと隣を見れば、怖い話が始まる、と安慈の顔が少し緊張しているようだった。
「それでね、ある日、友達とオレでパイプオルガンのホールにいたんだけど。友達がめっちゃ練習してるのをオレが椅子に座って見てたり、横で歌ったりしてたのね。それで、気が付いたら、外がもう暗くて。いつもなら、そろそろ帰れーって夕方には先生とか警備の人が来るのに、珍しく来なかったんだよね。おかしいなぁ、って思いながら辺りを見回すとね……」
ここで、翔が安慈の方を向いてニヤリと笑う。
「教会と同じような作りにしてるから、ホールの壁の方にマリア像が置いてあるんだけど、そのマリア像が泣いてたんだよ。そこから水って出たっけ? っていうくらい。それを、オルガン弾いてた友達に言ったら『石像が泣くわけないじゃん!』って。でも、目の前には泣いてるマリア像があるから、二人でこれはなんかヤバイなーって思ってたら、明かりがチカチカって点滅した後、急に真っ暗になって。それと同時にバチバチバチッて何か割れるような音がしたから、二人でギャー‼︎ って叫びながらホール出たんだよね」
「おぉー、海外の幽霊は派手だねぇ」
僕は楽しく聞いているけど、隣に座る安慈の表情は固まっている。きっと、今、色々なこと考えているんだろうな。
「で? その後どうなったの?」
「うん、友達は悪魔が来た! って騒いでるし、あれはポルターガイストだったのかな? ってオレは思ってるんだけど。まぁ、ホールの外でギャーギャー騒いでたから、残ってた先生がやってきて、当然めちゃくちゃ怒られたんだけど。マリア像が泣いてたとか、ポルターガイストが起きたとか言ってもまぁ、信じてもらえないじゃん? 『お前ら練習しすぎて変なもの見えたんだ。さっさと帰って寝ろ』って怒られて終わった。その後も、同じホールで練習はしたんだけど、あの時みたいな現象は起こらなくて。友達とも『やっぱり疲れてただけだったか?』ってなってるんだけど。その友達、オルガン上手だったから、音楽に誘われて悪魔でもゴーストでも遊びに来たんじゃないかなぁ……ってオレは思ってる」
「へぇ。音楽に誘われて来るなんて、海外の幽霊はオシャレだなぁ」
と、僕がそう言った瞬間、
ガシャンッ
「ぅわぁぁぁぁぁ‼︎」
キッチンの方から物音がしたと同時に安慈が叫んで僕に全力でくっついてきた。
「ちょ……安慈……痛い……」
「あはははは……安慈ビビりすぎ」
翔は、全力で抱き潰されそうになっている僕の気も知らずにゲラゲラ笑ってる。多分、キッチンの壁に付けていたフックの粘着力が弱くなって何かが落ちたんだろうけど、なんてタイミングで落ちたのだろう。
「ちょっと、安慈。暑いし痛いし何が落ちたのか確認してこないと。ちょっとどいて」
「やだー。やっぱり家に何かいるって……」
「あはは。安慈かわいー。瑞貴がキッチン見に行ってる間、こっち来る?」
全然腕を解いてくれない安慈に向かって、翔が両手を広げる。こら、こっちおいでじゃないよ。
「絶 対 ダメ!」
「きゃー。瑞貴怒ったー。こわーい」
棒読みでそう言って笑う翔。まったく、揶揄ってるのは分かってるけど、そういうのは何か嫌だからやめてほしい。僕に抱きつく安慈を剥がして、僕はキッチンの様子を見にいく。
どうやら、コンロ周りの壁に付けたフックが落ちたせいで、ぶら下げていたお玉が大きな音を立てたのだろう。まったく。やっぱり安物のフックじゃダメなのかな。
そんなことを思いながら溜息をついて、落ちたフックとお玉を戻して、僕はふと気づいた。
待って。これ、マグネットのフックだよ。
こんな落ち方する?
「まさか」
「あー、怖い話の季節だねぇ」
そう言ってビールの缶に口を付ける翔。
「やだよ。見ないよ」
翔の言葉に速攻で否定をする安慈。まだ何も怖くなってないのに。
「あはは。日本のホラーってなんか湿っぽいよね。陰湿な感じっていうか、こっそり後ろに立ってるとか、隙間から見てるとか」
「それが怖いんだって。この前だって、暗いところから何かこっち見てたもん……」
安慈の言う『何かがいた』は、本当かどうかは分からないけれど、あの日から部屋に塩が置かれている。最初、一キロの塩を盛られた時はどうしようかと思った。量を盛ればいいわけじゃないって説得して、盛り塩は小皿サイズにはなったけれど。
「日本のホラーはって言うけど、海外とどう違うの? 翔はそれっぽいの見たことある? 悪魔祓いっぽい感じ?」
ふと疑問に思って、翔にそう問うと、彼はうーん……と唸ってから口を開く。
「あれは、心霊現象だったのかなぁ? ってのはあるよ。オレがドイツに留学してた時の話なんだけど。俺が行ってた大学にパイプオルガンのホールがあるんだよね。ホールというか、見た目は教会みたいな感じなんだけど。教会音楽専攻している友達がいたし、なかなか日本だとパイプオルガンを生で聴けないからよく遊びに行ってたんだ」
『心は永遠の小学生』みたいな翔から、パイプオルガンだとか教会音楽だなんて言葉が出てくると思わなくて、僕は勝手に驚いている。チラッと隣を見れば、怖い話が始まる、と安慈の顔が少し緊張しているようだった。
「それでね、ある日、友達とオレでパイプオルガンのホールにいたんだけど。友達がめっちゃ練習してるのをオレが椅子に座って見てたり、横で歌ったりしてたのね。それで、気が付いたら、外がもう暗くて。いつもなら、そろそろ帰れーって夕方には先生とか警備の人が来るのに、珍しく来なかったんだよね。おかしいなぁ、って思いながら辺りを見回すとね……」
ここで、翔が安慈の方を向いてニヤリと笑う。
「教会と同じような作りにしてるから、ホールの壁の方にマリア像が置いてあるんだけど、そのマリア像が泣いてたんだよ。そこから水って出たっけ? っていうくらい。それを、オルガン弾いてた友達に言ったら『石像が泣くわけないじゃん!』って。でも、目の前には泣いてるマリア像があるから、二人でこれはなんかヤバイなーって思ってたら、明かりがチカチカって点滅した後、急に真っ暗になって。それと同時にバチバチバチッて何か割れるような音がしたから、二人でギャー‼︎ って叫びながらホール出たんだよね」
「おぉー、海外の幽霊は派手だねぇ」
僕は楽しく聞いているけど、隣に座る安慈の表情は固まっている。きっと、今、色々なこと考えているんだろうな。
「で? その後どうなったの?」
「うん、友達は悪魔が来た! って騒いでるし、あれはポルターガイストだったのかな? ってオレは思ってるんだけど。まぁ、ホールの外でギャーギャー騒いでたから、残ってた先生がやってきて、当然めちゃくちゃ怒られたんだけど。マリア像が泣いてたとか、ポルターガイストが起きたとか言ってもまぁ、信じてもらえないじゃん? 『お前ら練習しすぎて変なもの見えたんだ。さっさと帰って寝ろ』って怒られて終わった。その後も、同じホールで練習はしたんだけど、あの時みたいな現象は起こらなくて。友達とも『やっぱり疲れてただけだったか?』ってなってるんだけど。その友達、オルガン上手だったから、音楽に誘われて悪魔でもゴーストでも遊びに来たんじゃないかなぁ……ってオレは思ってる」
「へぇ。音楽に誘われて来るなんて、海外の幽霊はオシャレだなぁ」
と、僕がそう言った瞬間、
ガシャンッ
「ぅわぁぁぁぁぁ‼︎」
キッチンの方から物音がしたと同時に安慈が叫んで僕に全力でくっついてきた。
「ちょ……安慈……痛い……」
「あはははは……安慈ビビりすぎ」
翔は、全力で抱き潰されそうになっている僕の気も知らずにゲラゲラ笑ってる。多分、キッチンの壁に付けていたフックの粘着力が弱くなって何かが落ちたんだろうけど、なんてタイミングで落ちたのだろう。
「ちょっと、安慈。暑いし痛いし何が落ちたのか確認してこないと。ちょっとどいて」
「やだー。やっぱり家に何かいるって……」
「あはは。安慈かわいー。瑞貴がキッチン見に行ってる間、こっち来る?」
全然腕を解いてくれない安慈に向かって、翔が両手を広げる。こら、こっちおいでじゃないよ。
「絶 対 ダメ!」
「きゃー。瑞貴怒ったー。こわーい」
棒読みでそう言って笑う翔。まったく、揶揄ってるのは分かってるけど、そういうのは何か嫌だからやめてほしい。僕に抱きつく安慈を剥がして、僕はキッチンの様子を見にいく。
どうやら、コンロ周りの壁に付けたフックが落ちたせいで、ぶら下げていたお玉が大きな音を立てたのだろう。まったく。やっぱり安物のフックじゃダメなのかな。
そんなことを思いながら溜息をついて、落ちたフックとお玉を戻して、僕はふと気づいた。
待って。これ、マグネットのフックだよ。
こんな落ち方する?
「まさか」