Spectral Color

「ちょっと行ってみたい美術館があるんだ。一緒に行く?」
と、瑞貴みずきの誘いに乗って来たのは、金魚がたくさんいる美術館。筒状の水槽の中をふわふわと鰭を靡かせて泳ぐ金魚たち。色とりどりの照明や装飾で幻想的な雰囲気になっていた。
彼は美術館、と言っていたけれど、俺からしたらここは美術館なのか、水族館なのかよく分からない。けど、綺麗な空間だとは思う。

「ねぇ、金魚見たかったの?」
そう瑞貴に訊ねると『金魚だけじゃないよ』と、笑った。
「こうやって照明ひとつで同じ金魚が泳いでる水槽でも見え方が変わるでしょ? こういう演出とか、見せ方の勉強になるかなーって」
美大卒で、美術館で学芸員として働く瑞貴の勤勉なところ。自分の働いている所以外の美術館や博物館にも気になる展示があれば見に行くような人だ。ここも興味が湧いたところなのだろう。
「あぁ、視察みたいな感じ?」
「そんな偉そうなものじゃないよ。僕の職場には金魚は展示してないからね。まぁ、ちょっと疲れたから、魚とかクラゲとか見たいなぁ、とは思ってたけど」
そう言って、瑞貴は視線を水槽に向けると、どこか恍惚とした表情で小さく溜息をついていた。

 確かに、ふわふわと鰭をはためかせながら泳ぐ金魚達は、それだけでも芸術的なのだろう。ただ四角い水槽ではなく、丸かったり、筒状だったり、部屋全体を一つの作品として魅せるこの美術館は、彼にとって、とても楽しい空間なのだと思う。先程から、彼は気に入った水槽をスマホで撮っていた。
「ねぇ、写真撮らないの?」
そう、問われて『気に入ったのがあれば撮るよ』と、曖昧な返事をした。瑞貴は『ふぅん』と返しただけで、また金魚が優雅に泳ぐ水槽にスマホを向ける。そんな彼の様子を見ながら、俺はそっとスマホのカメラを起動する。

 フォーカスを向けた先は、金魚ではなく、彼。

いつも『一緒に行こう』と誘ってくれるのはうれしいんだけど、どんな美術品や高価で希少な物でも、それを見ている瑞貴の方が、俺から見たら何よりも綺麗なんだよなぁ……。
と、シャッターを切ると彼がこちらに顔を向けた。
「今、僕のこと撮った?」
「え? 撮ってないよ。金魚」
「あ、そう。じゃあ、次のところ行こうよ」
「うん」
さらりとついた嘘は気づかれず。
きっとこれから先も、瑞貴と一緒に美術館に来ても、俺の邪な気持ちは変わらないんだろうな……と、内心苦笑しつつ、彼の隣を歩いていくのだった。

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