Spectral Color

「あれ、逃げないの?」
 錆色のこの塊は、僕の言葉にうんともすんとも言わない。面倒くさい様子でゆっくりと瞬きをするだけ。
「ふぅん。慣れてるね。ここでご飯もらってるんだ」
やっぱり、この錆色の塊は返事をしない。
「肉付きいいもんね、キミ」
人差し指を出せば、スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでから、するりと額を僕の手に擦り付けてくる。
「お、お利口。よしよし」
「あ、茶々丸。久しぶり」
用事を終えてコンビニから出てきた安慈が、錆色の塊に向かってそう言った。
「この子、茶々丸っていうの?」
「俺が勝手に茶色いからって呼んでるだけだよ。野良猫なのに懐っこいよね」
僕が撫でている横から手を出して、指で茶々丸の顔を撫でる安慈。茶々丸は僕が撫でているよりも、心なしか嬉しそうに目を細めている。
「よし、行こうか。じゃあね、茶々丸」
そう言われて僕が立ち上がると、茶々丸は『にゃあ』と返事をして、建物の間の細い路地へと消えていった。

「猫と仲良しじゃん」
歩きながらそう言うと、安慈が笑う。
「俺よりも仲良しな人、他にもいっぱいいるよ。この前なんか茶々丸ブラッシングされてたし」
「ブラッシング……」
 この街が、地域猫の活動をしているのはあちこちにポスターが貼られているから知っていたけれど、ブラッシングするような人までいるんだな。
「茶々丸みたいな錆色の猫は、三毛猫と一緒でほとんどメスなんだって」
「ふぅん。じゃあ、茶々丸は女の子なんだ。女の子に茶々丸ってつけたの? 茶々でよかったじゃん」
「茶々丸って呼んでるの俺だけだし。この前はチャッピーとか、サビちゃんとか呼ばれてたよ」
「ふふ。名前いっぱいあるんだね」
「みんなの猫だからね」
 歩きながら、ふと、頭に浮かんだことを彼に訊ねてみた。
「安慈は、猫飼いたい?」
「んー……別にいいかな」
「そう?」
「もう、うちにいるから」
 もう? 家に猫なんて…………。
「あっ、僕⁉︎」
そう言うと、彼は笑って先を歩いて行く。
ちょっと待ってよ。どういうこと。彼に追いついて問い詰めてみたけれど、のらりくらりとかわされてしまった。
もう。別にいいんだけど、可愛い可愛いばっかり言われるのもなぁ……。
ちょっと複雑な気持ちになりながら、彼と帰路につくのだった。
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