Spectral Color

 暑くなってから、家の冷蔵庫にはガラスピッチャーが常時入っている。
 コーヒー派の安慈と、お茶派の僕。一緒に暮らし始めてから、安慈はコーヒーをペーパードリップで淹れるようになったのだけど、夏場は水出し用に挽いてもらってるそう。僕は僕で、気に入ったお店の茶葉を水出しで出している。紅茶だったり、フレーバーのついた緑茶だったり、ハーブティーだったり。
 僕はコーヒー飲めるから、わざわざ別々に用意しなくてもいいんじゃない? って言ったんだけど『これは俺に合わせなくていいことだから瑞貴の好きなもの飲もうよ』ということで、好きな物を作らせてもらってる。多少冷蔵庫の中が狭くなるのは仕方ない。
 そのうち、気が付いたら二人で朝はコーヒーを、夜はお茶を一緒に飲むようになっていた。

「ただいま」
「おかえり」
「レジが並んでて遅くなっちゃった」
 仕事帰りに少し買い物をすると言っていた安慈が帰ってきた。買い物袋を受け取ると、ふわりとコーヒーの香りがした。
「コーヒー買ってきたんだ」
「そう、瑞貴の分もあるよ」
そう言われて袋の中を見ると、夏限定のフレーバーティーの袋。
「えっ。これが好きって、僕、安慈に言ったっけ?」
驚いて彼の方を見ると、目を丸くしていた。
「この前、一緒に買い物した時に、店頭の告知見て喜んでたじゃん」
「あ……」
確かに、前回茶葉を買いに行った時、限定フレーバーの告知が始まっていて、これが好きと話した覚えはある。けれど、そんな些細なこと……。
「よくそんなこと覚えてたね? 言われるまで僕の方が忘れてたのに……」
「ふふふ。よくできてるでしょ?」
「その、並々ならない観察力はどこから来るんですか?」
 前々から、僕の好きなものを見てたり覚えてたりする彼。家族でもなかなか難しいことなのに、この人はさらっとやってのけるから聞いてみた。
僕の質問に、小首を傾げて少し目線を上に向けて考える安慈。暫くして口を開いた。
「さぁ……? 愛、じゃない?」
「ふぇ?」

 思わず変な声が出た。安慈は、僕の反応にクスクスと笑うと『先にシャワーしちゃうね』と洗面所へ行ってしまった。

 愛、ねぇ……。まったく、よくもサラっとそんなことが言えるよねぇ。おかげでこっちは顔真っ赤なんですけど……。
「ずるいなー……」
 彼がシャワーから出てきたらすぐ食べられるように、僕は夕飯を出す準備をする。せっかくだから、今夜は彼が買ってきてくれたお茶を淹れて、たくさん氷を入れようかな。
「ふふふ。楽しみ」
 新しい袋を手に取って開けると、茶葉の深い香りと一緒に、ミントや柑橘の爽やかな香りが広がって、僕は胸いっぱいに吸い込んだ。
 こうして二人でいると、だんだん生活が丁寧になっているような気がする。まぁ、いいよね。早く帰りたくなる家って、大事だと思うよ。
15/31ページ
スキ