Achromatic

また今日も、部屋にキーボードを叩く音が鳴る。ここ最近安慈はとても忙しそうにしている。
帰ってきてからも、パソコンで何かしら作業しているし、休日もそう。話を聞いてみると『今度の学会で発表しなきゃいけない』と、原稿を作っているんだって。しかも、その原稿は英語。海外にリアルタイムで配信されるとかなんだとかで。
改めて、なんてハイスペックな恋人なんだと思ってしまう……。本当に僕でいいのかなぁ?
と、時々思うけれど、そんなこと言ったら怒られるから言わない。

ふと、窓の外を見れば、柔らかいオレンジ色が部屋に差し込んできた。昼食を一緒に摂ってから、結構な時間が経っていた。僕は、リビングのソファから立ち上がってキッチンへ向かった。
そろそろ、安慈にも休憩を挟んであげないとね。

「安慈」
休憩の準備を済ませてから、僕はパソコンに向かっている彼に後ろから抱きついた。
「んー?」
後ろから抱きついた程度で手を止めないことは想定済み。僕は、抱きついたまま彼の前に回り込んで彼の唇に唇を重ねた。
「ん……どうしたの?」
やっと僕の顔を見て、彼はそう言った。
「ねぇ、少しくらい息抜きしても進捗はそんなに変わらないと思うんだけど、休憩しない?」
そう言うと、安慈の表情がふっと柔らかくなる。
「あぁ、紅茶の香りだったんだ」
「何が?」
「今、瑞貴の唇から良い香りがしたから」
「あっ……」
味見と称して少しだけ、と飲んでしまったのがバレてしまった。
「新しい茶葉開けたの。だから、先にちょっと飲んじゃった」
「ふふ、そっか。瑞貴……」
「なに?」
「こっちにおいで」
そう言いながら、彼は椅子をくるりと動かしながら僕の身体に手を伸ばして、僕の胸元に顔を埋めた。
「……ねぇ、せっかく美味しく淹れたのに冷めちゃうよ?」
しっかりと背中に腕を回されているから、全然身動きが取れない。ちょっとだけ身動ぎしてみると、ぎゅぅっとまた抱きしめられてしまった。
「うん……でも、もう少しだけ……」
「もう。あと少しだけね」
もう、だなんてちょっと不貞腐れてみるけれど、安慈がこうして甘えてくる時は、かなり疲れてるサインだから、彼の気が済むまでこうしていることにした。
「お疲れ様」
そう言って、僕は彼の綺麗な黒髪を梳くようにしながら頭を撫でた。
「ふふ……俺、紅茶よりもこっちの方が休憩になるかも」
「えっ。冷めちゃうの勿体ないからあっち行こうよぉ。僕にくっついてていいから」
抱きつく彼の腕を解いて、彼の顔を見ると、彼がクスクスと笑っている。
「くっついてていいんだ?」
「いいよ。僕にこぼさなければ」
「じゃあ、気をつける」
そう言って、二人でリビングへ向かう。ソファに掛けると、彼が僕の肩を抱き寄せた。

休憩は、お互いが一番落ち着く場所で、美味しい紅茶と一緒に……ね。
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