Achromatic

僕がシャワーを浴びて出てくると、彼がキッチンで何かしていた。皿洗いは、さっき彼がシャワーしている間に僕が済ませたのに。
「何してるの?」
髪を拭きながらそう訊ねると、彼が振り向いてニコリと微笑んだ。
「明日は休みだから、今夜は少し夜更かしをしようと思って。ホットワイン温めてる」
「あ、飲みそびれたやつ」
「そうそう」
クリスマス前に買ってみたものの、お互いに年末は忙しくてクリスマスも家でゆっくり出来なかった。そのせいで、飲まれなかったホットワインを今温めているようだった。
「今更、季節感とか言わないでね」
「言わないよ。別にクリスマスだけ飲むものでもないでしょ」
そうだね、と彼は笑う。
強いて言えば、置きっぱなしのボトルのラベルだけが季節外れだ。
彼がワインを温めている間に僕は髪を乾かしたり色々なことを済ませていたら、その間に彼がカップを二つ持ってリビングに向かっていった。

「ねぇ、今日は何を見る?」
ソファに座って、撮り溜めた番組の一覧を見ながら、僕はリモコンを操作する。
彼はホラーは苦手だし、サスペンスもあまりにもグロいのは苦手。僕は全然平気だし、むしろ観たいものもあるのだけど、それは彼がいない時にこっそり見る用にしておこう。となると、大抵アクションとかファンタジーになるんだよね……。
「そうだな……じゃあ、これ」
僕の手からリモコンを取り上げて彼が選んだのはサスペンス。
「嘘でしょ? 怖がるくせに」
「だって、観たがってたじゃん」
「そうだけど……怖いでしょ?」
「グロいところは、俺の目隠してよ」
「やだよ、僕が集中して見られないじゃん」
「じゃあ、勝手に顔を伏せるから」
「そんなことなら無理しなくていいのに……」
渋る僕に構わず、彼は再生ボタンを押して、何故か席を立った。どこへ行くのかと見ていたら、ベッドから毛布を持って戻ってきた。
「寝落ちしてもいいように、これ掛けておこう」
そう言って、僕にも毛布を掛けてソファに座る安慈。
「準備がいいね」
「まあね。俺がこうしたいだけなんだけど」
そう言って、僕の背中に手を回して肩を抱き寄せた。
「ふふっ。怖いところはもっとギュッてするんだね」
「そんなことないっ!」
「ほら、はじまるよ」
そうして、僕たちは映画を見始めた。毛布にくるまって、ホットワインを手に持って、二人でくっついて。ホットワインを口にすれば、体の中からじんわりと温まる。安慈と触れ合っているところも温かくて、とても心地良かった。ちょっと怖いシーンや、緊張感のあるシーンは、僕の肩を抱いている安慈の手にグッと力が入ったりして、僕は密かに彼のリアクションを楽しんでいた。

映画が中盤に差し掛かった頃、僕の左肩に突然重いものがのしかかった。左肩を見ると、安慈がウトウトして寄りかかっていた。
「安慈、眠くなったの?」
「うーん……ワインであったまったからねぇ……」
いつもと違って気の抜けた声で返事をする彼。
「……いつも頑張ってるもんね」
「え?」
「安慈だって、疲れた時くらいは、僕に甘えてくれてもいいんだよ?」
「えっと……」
いつもと立場が違うことに少し戸惑っている様子の安慈。目を瞬かせて困っている感じだった。
その後、僕の肩に頭を乗せてきた。
「あれ、ここで寝るの?」
「甘えていいって言ったじゃん」
「言ったけど……」
「……今、なんだか幸せ」
そう言って、ふぅ、と息を吐く安慈。その一言に胸が音を立てて、僕は何も言えなかった。
「……そっか」
僕は、自分とは違う安慈の硬めな髪に指を通して彼の頭を撫でる。
「僕もこうしているの幸せ……」
「うん」
そう言って目を閉じた安慈は、僕の肩に頭を寄せて、僕を抱きしめていた。
それから、彼の体温を感じながら映画の続きを見ていたけれど、何故か映画の内容に集中できなくて、途中で止めてテレビを消した。

「安慈、寝ようか」
「……ん? 終わった?」
「うん、終わった」
半分寝たままの彼をベッドに連れて行って寝かせると、彼が手を伸ばしてきた。無意識なのか半分はちゃんと起きてるのか……。それに応じて彼の腕の中に収まると、ギュッと抱きしめられる。なんとか、空いている手で布団を体に掛けると、安心したのか少しだけ彼の腕の力が緩くなった。

「おやすみ……」
そう声をかけてみたけれど、返事はなかった。彼はすぐに寝てしまったようだ。
いつだって完璧で、スマートな彼。もしかしたら、今日の甘える彼は、ホットワインが見せてくれた彼の本当の姿なのかもしれない。

「……幸せだね」
そんな彼の姿を知っているのは、きっと僕だけなのだろう、と思ったらこの上なく心が満たされたのだった……。

11/11ページ
スキ