Achromatic


【今、出たから三十分くらいで着くと思う】
瑞貴からのメッセージに『OK。気をつけてね』と返す。
今日は学会だった。会場が観光スポットに程近いオフィス街だったから、彼と仕事終わりに待ち合わせをして食事をしようと約束をしていた。『たまには、良い所で夕飯もいいでしょ?』と提案した時、彼が嬉しそうにニコニコしていたのを思い出して、頬が緩みそうになる。
待ち合わせ場所で彼が来るのを待っていると、あちこちでイルミネーションの灯りが見えた。
そういえば、この辺りも有名なイルミネーションスポットだったな。そんなことを思い出して、スマホで少し調べ物をする。
「帰りに寄ろうかな」
そう独り言を呟いて、彼が来るのを待っていた。

      ***

「すっごい美味しかったぁ。たまには贅沢するのも大事だね」
「美味しかったね。また来ようか?」
「え? いいの? じゃあ、誕生日とかそう言う時にね」
食事を終え、帰ろうと駅に向かう。瑞貴は今日の店がよっぽど気に入ったようだ。食事中もニコニコしていたし、今も幸せそうに笑っている。
「ねぇ、ちょっとだけ寄り道しようか」
「え? 何処行くの?」
「すぐそこだよ」
彼の先を歩いて、イルミネーションエリアへ連れていく。
城の形や、動物の形になっているもの、木や植え込みにも飾られたイルミネーションは様々な色に彩られていた。近くで見ると結構眩しいな、なんて思いながら彼の様子を伺うと、何故か気まずそうな顔をしている。

「あれ? あまりこういうのは好きじゃない?」
そう声を掛けると、彼は小さく首を横に振る。
「いや、綺麗だとは思うけど……。こういうのは女の子と来るものじゃないの?」
彼の言葉に辺りを見回す。あぁ、そういうことか。周りが男女カップルだらけだから、居心地が悪いのだろう。
「瑞貴は女の子と来たかった?」
「別に。興味ない」
意地悪な質問だったかな? さっきまで幸せそうに笑っていたのが嘘のように、彼がものすごく不機嫌になった。
「俺は、こういうのは、大切な人と見たいんだけどなぁ」
「…………」
そう言うと、彼は目をパチパチと瞬かせて、黙ったままジーッと俺の顔を見ている。イルミネーションの様々な色の光でよく分からないけれど、きっと顔が赤くなっているのだろう。
「こんな寒い時に、何とも思わない子と見るくらいなら、わざわざイルミネーションなんか見ないけどね」
「……遠回しに酷いこと言ってない?」
「そうかもね」
「そっちからそういう話振ってきたくせに」
「だって不機嫌になったのは瑞貴だよ? 俺は瑞貴と見たかったから。美味しいものも、綺麗なものも、大切な人と分け合いたいからね」
彼の顔を見てそう言うと、彼は恥ずかしいのか俯いて俺の腕を軽く叩く。
「……何回、僕を口説いたら気が済むの?」
そう言って彼はマフラーで顔を半分隠した。
「ふふふ。君がそういう顔をしてくれる間はずっと」
「もう」
拗ねたようにそう言っているけれど、少しだけ身体を寄せてきた彼。そういう素直じゃないところも可愛いなぁ、と思ってしまった。
「歩きながら見て帰ろうか」
「うん」
イルミネーションの中を小柄な彼の歩幅に合わせて歩く。
隣の彼の機嫌はもう直ったようで、様々な色で彩られた光を目を輝かせて見ていた。

ねぇ。こうやって、一つ一つはささやかなことでも、君との思い出をたくさん積み重ねていきたいね。これから先も、ずっと……。

1/11ページ
スキ