Richromatic
道を歩いていると、ふわりと甘い香りが鼻を掠めていった。キンモクセイだ。辺りを見回すと、近くの家の庭に植えられていた。
花のピークはもう過ぎたと思っていたけれど、ここのはまだ咲いていた。
「ねぇ、まだキンモクセイ咲いてるよ」
隣を歩いていた彼にそう声を掛けると、彼も辺りを見回して『ホントだ』と言った。
「僕、キンモクセイの香り好き」
「いい匂いだよね」
「うん。でも、キンモクセイの香りを嗅ぐと今年ももうすぐ終わるなって感じるから、ちょっと寂しくなる」
「あぁ……分かる。ちょっと肌寒くなってくるから余計だよね」
「そう。好きなんだけど、寂しくなる香り」
僕がそう言うと、彼が小さく声を上げた。
「いい事思いついた。スーパーに売ってるかな?」
「え?何が?」
「後で」
彼はニコニコしながら先を歩いて行く。いい事ってなんだろうと思いながら、僕は彼の後を追いかけて行った。
***
買い物を済ませて彼の家に戻ってきた。
今日の夕飯は餃子。タネを皮で包むのだけれど、料理が上手な彼と違って、僕はなかなか彼のように綺麗に包めない。おかしいな。同じようにやってるはずなのに……。そう思いながら彼の手元を見ると手際良く綺麗な餃子ができていく。
「僕、この作業向かない」
「え?一人でこんなに包むの大変だから頑張って。いいんだよ、不恰好でも君と作ったってだけで十分美味しいんだから」
「不恰好って言ったな?」
「あはは……はい、どんどんやって」
彼は笑いながら僕の手に皮を乗せた。もう、不恰好でも美味しいならいいよね。そう開き直って皮にタネを乗せた。
そうして、なんとか包み終わり、今は餃子を蒸し焼きにしている。出来上がりが楽しみ。
その間に、彼はフライパンの様子を見ながらグラスを二つ出していた。
「さっき買ったやつ?」
「そう。食前酒におすすめなんだって。ロックでいい?」
出来上がるまで少し時間があるから、と言って彼は氷を入れたグラスにお酒を注いでいた。
さっき彼が言っていた『いい事』とは、このお酒のこと。時々、二人でワインを買ってきたりはするけれどこのお酒は今日が初めて。
「はい、どうぞ。焼き上がりまでちょっと待ってね」
「ありがとう」
グラスを手渡されて、そのままコツンと合わせる。グラスを顔に近づけると、ふわりと甘くて濃厚な香りがした。
「あ……キンモクセイ」
「そう。桂花陳酒はキンモクセイのお酒。いい香りでしょ?」
彼の言葉に頷いて、グラスに口を付けると甘いけれどスッキリとした華やかな香りが口の中に広がる。
「へぇ……美味しい。こんなのあるんだ。知らなかった」
「良かった」
彼はグラスを片手にフライパンの蓋を少し開けて中の様子を確認していた。すぐに蓋をしたから、まだなのだろう。
「キンモクセイの香り、好きだけど寂しくなるって言ってたからさ」
「え?うん……」
「香りって記憶と強く結びつくんだって。だから、こうやって一緒に過ごした記憶と、キンモクセイの香りをくっつけたら、寂しくなくなるかなって思ったんだけど……」
そう言って彼はグラスから一口飲んで『あんまり変わらないかなぁ?』と苦笑いしていた。
僕はそっとカウンターにグラスを置いて、彼の背中に抱きついた。
「わ!今は危ないって!火ぃ使ってるよ!お酒溢すってば!」
彼はそう言って僕を引き剥がそうとするけど、ごめん。今は顔を上げられない。
顔が熱いのは、多分お酒のせいじゃない。
あぁ、もう。ホントずるい。
今度から、キンモクセイの香りを嗅いでも、もう寂しくならないと思った……。
花のピークはもう過ぎたと思っていたけれど、ここのはまだ咲いていた。
「ねぇ、まだキンモクセイ咲いてるよ」
隣を歩いていた彼にそう声を掛けると、彼も辺りを見回して『ホントだ』と言った。
「僕、キンモクセイの香り好き」
「いい匂いだよね」
「うん。でも、キンモクセイの香りを嗅ぐと今年ももうすぐ終わるなって感じるから、ちょっと寂しくなる」
「あぁ……分かる。ちょっと肌寒くなってくるから余計だよね」
「そう。好きなんだけど、寂しくなる香り」
僕がそう言うと、彼が小さく声を上げた。
「いい事思いついた。スーパーに売ってるかな?」
「え?何が?」
「後で」
彼はニコニコしながら先を歩いて行く。いい事ってなんだろうと思いながら、僕は彼の後を追いかけて行った。
***
買い物を済ませて彼の家に戻ってきた。
今日の夕飯は餃子。タネを皮で包むのだけれど、料理が上手な彼と違って、僕はなかなか彼のように綺麗に包めない。おかしいな。同じようにやってるはずなのに……。そう思いながら彼の手元を見ると手際良く綺麗な餃子ができていく。
「僕、この作業向かない」
「え?一人でこんなに包むの大変だから頑張って。いいんだよ、不恰好でも君と作ったってだけで十分美味しいんだから」
「不恰好って言ったな?」
「あはは……はい、どんどんやって」
彼は笑いながら僕の手に皮を乗せた。もう、不恰好でも美味しいならいいよね。そう開き直って皮にタネを乗せた。
そうして、なんとか包み終わり、今は餃子を蒸し焼きにしている。出来上がりが楽しみ。
その間に、彼はフライパンの様子を見ながらグラスを二つ出していた。
「さっき買ったやつ?」
「そう。食前酒におすすめなんだって。ロックでいい?」
出来上がるまで少し時間があるから、と言って彼は氷を入れたグラスにお酒を注いでいた。
さっき彼が言っていた『いい事』とは、このお酒のこと。時々、二人でワインを買ってきたりはするけれどこのお酒は今日が初めて。
「はい、どうぞ。焼き上がりまでちょっと待ってね」
「ありがとう」
グラスを手渡されて、そのままコツンと合わせる。グラスを顔に近づけると、ふわりと甘くて濃厚な香りがした。
「あ……キンモクセイ」
「そう。桂花陳酒はキンモクセイのお酒。いい香りでしょ?」
彼の言葉に頷いて、グラスに口を付けると甘いけれどスッキリとした華やかな香りが口の中に広がる。
「へぇ……美味しい。こんなのあるんだ。知らなかった」
「良かった」
彼はグラスを片手にフライパンの蓋を少し開けて中の様子を確認していた。すぐに蓋をしたから、まだなのだろう。
「キンモクセイの香り、好きだけど寂しくなるって言ってたからさ」
「え?うん……」
「香りって記憶と強く結びつくんだって。だから、こうやって一緒に過ごした記憶と、キンモクセイの香りをくっつけたら、寂しくなくなるかなって思ったんだけど……」
そう言って彼はグラスから一口飲んで『あんまり変わらないかなぁ?』と苦笑いしていた。
僕はそっとカウンターにグラスを置いて、彼の背中に抱きついた。
「わ!今は危ないって!火ぃ使ってるよ!お酒溢すってば!」
彼はそう言って僕を引き剥がそうとするけど、ごめん。今は顔を上げられない。
顔が熱いのは、多分お酒のせいじゃない。
あぁ、もう。ホントずるい。
今度から、キンモクセイの香りを嗅いでも、もう寂しくならないと思った……。