Richromatic
彼を海に連れ出した。
ここ暫く忙しそうにしていたから、もしかしたら家でゆっくりしていた方が良かったかもしれない。けれど、ずっと家に篭ってるのも良くない気がしたから、思い立って車を出した。その時点でもう午後一時をまわったところだった。
「わぁ、いい眺め……」
彼はそう言って嬉しそうに砂浜へと歩いていく。
思っていたよりも道が混んでいて、着いた頃にはもう日が沈みそうだった。
この季節のこんな時間だ。海岸には誰もいなかった。
「ごめんね、あんなところで渋滞してるなんて思 わなかった。もう少し早く着く予定だったのに」
「僕は気にしてないよ。その分、長くドライブができたから」
彼はそう言って、靴を脱いで裸足になると、波打ち際まで駆けていく。
「え⁉︎入るの?寒くない?」
「せっかく連れてきてもらったからちょっとだけ入るー!」
彼が珍しくはしゃいでいるから、俺も靴を脱いで裸足で彼の元へ向かう。
一足先に、波に足をつけた彼はケラケラと笑いながら悲鳴を上げていた。
「冷たい!すっごい冷たい!」
「ほら、言ったじゃーん」
「でも、砂の感触が気持ちいいよ。おいでよ」
彼が笑顔で手招きをするので、俺も隣で波に足をつける。
「わ!冷たっ!」
「最初だけだよ。僕はもう平気」
波が寄せて返すリズムに合わせて、足元が少しずつ砂に埋まっていくのを彼は楽しんでいるようだった。
たしかに、暫く入っていたら冷たさは慣れてきた。
波が動く度に、砂が足元を柔らかな感触で撫でていく。俺も、彼と同じように少しずつ砂で足元が埋まっていくのを眺めていると、辺りのオレンジ色がだんだん濃くなっていくことに気づく。
「……こうして、夕日を眺めるなんていつぶりかな?」
「そうだね……。そんな余裕、最近全然なかった。僕、館内から出てないもん」
「それを言ったら俺もラボから出てないな」
お互いの引きこもり自慢に苦笑いしつつ、海と空の境界を見つめた。
「広いね……。ずっと人混みの中で生活してるから、たまには自然に触れるのも良いね……なんかほっとした」
「それなら良かった。ちょっと寒くなっちゃったけど」
「それもまぁ、楽しいからいいよ」
彼は、そう言って微笑んでいた。気分転換になったなら、連れ出した甲斐があったなと俺も嬉しくなる。
「ねぇ、あの先、何があるのかな……?」
「さぁ……?何も無いかもしれないし、何かあるのかもしれない……」
「そっかぁ……」
だんだん、陽が落ちてきたせいか少し寒さを覚えて俺は波打ち際から離れた。
「寒くない? そろそろ出ない?」
「ん……もう少しだけ……」
彼はそう言って、波を足元に受けながら、沈んでいく夕日をどこか憂いを帯びた目で見ていた。
「ねぇ、あの先に何もないってことは……それって『自由』なのかな……何も、しがらみのない世界があればいいのにね……」
彼がそう呟いた後、さっきより大きい波が迫ってきた。
そんなはずは無いのに、何故か『攫われる』と思って俺は彼を後ろから抱き締めた。
「っ……どうしたの?」
「何でかは分からないけど……君が波に攫われて、どこかに行ってしまいそうだったから……」
波に攫われる。そんなことあるわけない。
頭では分かっていたけれど、何故か彼がいなくなるかもと不安になった……。
「……僕はどこにも行かないよ……」
耳元で彼の柔らかい声が響く。
抱き締めている俺の腕に、彼が冷たい手でそっと触れた。
「……どこにも行けないよ……。だって、ここが僕の居場所だもの」
彼の冷たい手が、そっと宥めるように俺の腕を撫でてくれた。
不安は少し凪いだけれど、また、波に攫われないように、彼が遠くへ行かないようにと、もう一度、彼を強く抱き締めた……。
ここ暫く忙しそうにしていたから、もしかしたら家でゆっくりしていた方が良かったかもしれない。けれど、ずっと家に篭ってるのも良くない気がしたから、思い立って車を出した。その時点でもう午後一時をまわったところだった。
「わぁ、いい眺め……」
彼はそう言って嬉しそうに砂浜へと歩いていく。
思っていたよりも道が混んでいて、着いた頃にはもう日が沈みそうだった。
この季節のこんな時間だ。海岸には誰もいなかった。
「ごめんね、あんなところで渋滞してるなんて思 わなかった。もう少し早く着く予定だったのに」
「僕は気にしてないよ。その分、長くドライブができたから」
彼はそう言って、靴を脱いで裸足になると、波打ち際まで駆けていく。
「え⁉︎入るの?寒くない?」
「せっかく連れてきてもらったからちょっとだけ入るー!」
彼が珍しくはしゃいでいるから、俺も靴を脱いで裸足で彼の元へ向かう。
一足先に、波に足をつけた彼はケラケラと笑いながら悲鳴を上げていた。
「冷たい!すっごい冷たい!」
「ほら、言ったじゃーん」
「でも、砂の感触が気持ちいいよ。おいでよ」
彼が笑顔で手招きをするので、俺も隣で波に足をつける。
「わ!冷たっ!」
「最初だけだよ。僕はもう平気」
波が寄せて返すリズムに合わせて、足元が少しずつ砂に埋まっていくのを彼は楽しんでいるようだった。
たしかに、暫く入っていたら冷たさは慣れてきた。
波が動く度に、砂が足元を柔らかな感触で撫でていく。俺も、彼と同じように少しずつ砂で足元が埋まっていくのを眺めていると、辺りのオレンジ色がだんだん濃くなっていくことに気づく。
「……こうして、夕日を眺めるなんていつぶりかな?」
「そうだね……。そんな余裕、最近全然なかった。僕、館内から出てないもん」
「それを言ったら俺もラボから出てないな」
お互いの引きこもり自慢に苦笑いしつつ、海と空の境界を見つめた。
「広いね……。ずっと人混みの中で生活してるから、たまには自然に触れるのも良いね……なんかほっとした」
「それなら良かった。ちょっと寒くなっちゃったけど」
「それもまぁ、楽しいからいいよ」
彼は、そう言って微笑んでいた。気分転換になったなら、連れ出した甲斐があったなと俺も嬉しくなる。
「ねぇ、あの先、何があるのかな……?」
「さぁ……?何も無いかもしれないし、何かあるのかもしれない……」
「そっかぁ……」
だんだん、陽が落ちてきたせいか少し寒さを覚えて俺は波打ち際から離れた。
「寒くない? そろそろ出ない?」
「ん……もう少しだけ……」
彼はそう言って、波を足元に受けながら、沈んでいく夕日をどこか憂いを帯びた目で見ていた。
「ねぇ、あの先に何もないってことは……それって『自由』なのかな……何も、しがらみのない世界があればいいのにね……」
彼がそう呟いた後、さっきより大きい波が迫ってきた。
そんなはずは無いのに、何故か『攫われる』と思って俺は彼を後ろから抱き締めた。
「っ……どうしたの?」
「何でかは分からないけど……君が波に攫われて、どこかに行ってしまいそうだったから……」
波に攫われる。そんなことあるわけない。
頭では分かっていたけれど、何故か彼がいなくなるかもと不安になった……。
「……僕はどこにも行かないよ……」
耳元で彼の柔らかい声が響く。
抱き締めている俺の腕に、彼が冷たい手でそっと触れた。
「……どこにも行けないよ……。だって、ここが僕の居場所だもの」
彼の冷たい手が、そっと宥めるように俺の腕を撫でてくれた。
不安は少し凪いだけれど、また、波に攫われないように、彼が遠くへ行かないようにと、もう一度、彼を強く抱き締めた……。