Richromatic

「ハロウィン、何してたの?」
ソファで隣に座る彼がそう言った。
何してたっけな? 一人暮らしの男の休日なんて話すほどのことでもないと思うが、隣にいる彼はそうではない様子。
ハロウィンだった日曜日、彼は仕事だった。帰りの街の様子や電車が混んでいて大変だったと、先程ため息混じりに言っていた。
「えーっと……あぁ、かぼちゃのケーキ作った」
「え?ケーキ作ったの?」
「うん。なんか気が向いて。レシピもネットにいっぱいあるし」
ストレスが溜まると、急に何か作りたくなるクセがある。大抵、それは妙に凝った夕飯メニューになるのだが、この前は珍しくお菓子になった。
だから、彼の問いに普通に返したのだけど、彼は驚きと困惑が混ざったような顔をしていた。
「……どうかした?」
「あ、いや。ケーキ作るのも意外だったけど、作ったの一人で全部食べたのかなって」
「ううん。作ってみたら美味しかったんだけどさ、俺、さほど甘いもの好きじゃなかったんだよね。だから、もう半ば罰ゲームになってる。まだ残ってるし」
このストレス発散は、実家にいた時は弟たちが食べてくれたけれど、一人でやってしまうとその後が大変だ。次はもう少し後先を考えたメニューにしようと反省していたのだけど……。

「ねぇ……」
「ん?」
「罰ゲームになってるくらいなら、それ、食べるの手伝ってあげようか?」
少々高圧的な言葉とは裏腹に、何かを期待するような眼差しを向けてくる彼。
「……素直に食べたいって言えばいいのに」
「う……。だって……」
「でも、手伝ってくれるなら助かる。ちょっと待ってて。紅茶も淹れ直すよ」
「うん」

ソファから立ち上がって、キッチンでケーキと紅茶の準備をする。
紅茶は、度々来るようになった彼の為に用意した。俺はあまり紅茶は飲まないけど、淹れている間の香りは好きだった。茶葉の種類やブレンドで香りが全然違うというのも最近気づいたこと。

「はい、お待たせ」
彼の目の前にケーキと紅茶を置くと、声には出ていなかったけど、子供のように嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとう」
「お先にどうぞ」
そう言って、自分の分もキッチンから取ってきて、ソファの前のローテーブルに置いてからソファに掛けた。

「美味しい」
先に食べ始めた彼がそう小さく呟いた。
「美味しい?良かった」
「うん。甘すぎないし、ちょっとかぼちゃプリンみたいで食べやすい」
ニコニコしながら、彼はどんどん食べていく。
彼があまりにも美味しそうに食べてくれるものだから、そんなに美味しいもの作ったっけな?と思いつつ、自分もケーキを一欠片口にする。
「ねぇ、来年のハロウィン一緒にいられたら、僕が食べるから、またこれ作ってくれる?」
彼が笑顔でそう訊いてきたものだから、思わず胸の奥がキュッと締め付けられた。
「らっ、来年も一緒に過ごせるなら、もう少しちゃんとしたの作るから!ケーキだけじゃなくて、その……」
動揺してうまく言葉が出てこない俺を、彼は不思議そうに見つめていたけど、すぐにクスクスと笑い出す。
「ふふふ。やっぱり誰かと食べる方が美味しいよね」
「そうだね」

そう言った彼の言葉に俺は笑顔で頷いた。
だって、同じものなのに、一人で食べた時よりも今の方が何倍も美味しいと感じたから。
君が笑顔になってくれるなら、次は何を作ろうか……と、俺は頭の片隅で考えていた。

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