Richromatic

「あっ、もう」
彼が少しムッとしながら、クローゼットの扉を閉めた。
「あ、ごめん。ちょっと開いてた?」
「あ……その……ちゃんと閉まってないの嫌で……」
彼は、僕の方を見て苦笑いをする。
さっき、僕がコートを片付けた時にちょっとだけ開いてたのだろう。
「ごめんね。気をつけるよ」
僕がそう言うと、今度はキッチンとリビングの間のドアをしっかり閉める彼。
まぁ、今は寒い時期だからきっちり閉めたい気持ちは分かるけど、彼にしては珍しく神経質だなと思った。
「ごめんね?なんか、あちこち開けっ放しだったみたいで」
「あ……その……君のせいじゃなくて……」
彼が少し辿々しくそう言って、目を泳がせている。
こんなに扉に神経質だったかなぁ……と、今までのことを思い出していると、彼がぽつりと話し出す。
「隙間が……苦手で……」
「隙間?」
「ドアとか、引き戸とかが少しだけ開いてるのが昔から苦手というか……何かが覗いていそうで怖いんだよね……」
「あぁ」
見た目も中身も完璧(だと僕は思っている)の彼の弱点。人一倍怖がり。
幽霊、怪奇現象、映画のホラーものも苦手。うっかり見てしまおうものなら、ずっと僕に抱きついたままだ。
以前、たまたまテレビでやっていた悪魔祓いものの映画を見てしまった日は全然寝付けないと困っていた覚えがある。

「前々から思ってたんだけど……そんな怖がりでよく一人暮らししてるよね……」
「一人暮らしは致し方なく……。弟や妹も大きくなってきたら実家出るしかないじゃん……」
彼はソファに座りながら俯いてそう言った。
なんとなく、僕が『今から行っても良い?』と聞いて断られたことがない理由がわかったような気はした。
「その隙間から、なんか怖いのが覗いてると思うから怖いんじゃないの?」
「えー?」
「例えば……そうだな。猫とかウサギとか可愛いのが覗いてると思ったら怖くないでしょ?」
僕がそう言うと、彼は目線を上に上げて何かを考えている。
暫くして、今度は頭を抱えた。
「……想像してみたけど、化け猫とかジャッカロープが出てくる……」
「なんでぇ⁉︎ 普通の可愛い猫とウサギを想像してよぉ!」
どうして、そこで妖怪やモンスターの類を想像してしまうのか……。頭が良いのも使い方次第だなと思ってしまった。
「だって……。やっぱり隙間嫌だよ。だから、ちゃんと閉めて」
彼が恥ずかしそうに、少しムッとしてそう言った。
「はいはい。分かりましたー。今後気をつけますー」
そう言って、彼の頭を抱きしめて撫でると、彼は気持ち良さそうに目を閉じていた。
こんなに怖がりでよく一人でいられるな……と思ったと同時に、今までは僕が『一緒にいたい』と思っていたけれど、今後は『一緒にいてあげた方がいいのかな?』なんて都合の良いことを考えていた……。

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