Richromatic

「……もういいかい?」
「まーだだよ」
「もー。エリート仕事引き受けすぎぃ……」
「ごめんね。もうすぐ終わるから」
彼の言葉に不貞腐れて僕はまたベッドに寝そべる。
彼は今日もまたデスクに向かって仕事をしている。
二時間程度待っていれば終わることは知っているけれど、待っている側は五分でも長く感じるのだ。せっかくの休日なのに、仕事を頼む方も頼む方だ。
前にやった紙飛行機作戦は、早々に中身がバレてしまったし、何より飛ばした紙飛行機が綺麗に保管されているのが恥ずかしいからもうやりたくない。かと言って、後ろから抱きつくのはあまり効果なかったから、次は何で悪戯しようかと考えているけれど、何も思いつかない。
カタカタと彼がキーボードを叩く音だけが部屋に響く中、僕はベッドから身体を起こして、暇潰しで拝借したメモとボールペンを手にする。
なんてことのない落書きや、彼の後ろ姿をクロッキーで描いたりとしてみたけれど、まだ終わらないようだ。
ボールペンをくるくると片手で回していると、ふと一昔前にヒットした魔法使いの映画を思い出した。


……早く終われ。
と、ボールペンを魔法のステッキのように彼に向けた瞬間、彼がくるりと椅子ごと振り向いた。
「あっ」
「終わった……って、何してるの?」
ねぇ、どうしてそのタイミングで振り向いたの⁉ ︎すっごい恥ずかしいじゃん! 何をしてると言われても、もう、こう答えるしかなくない?
「……魔法をかけてました」
「……早く仕事が終わる魔法?」
「……ハイ」
お願いだから、真面目に返さないで。彼があまり冗談言ったりとかボケたりするタイプじゃないのは分かってるけど、真面目に返されたら恥ずかしくて暫く会える気がしない。
そう思って、彼の顔を見ると、彼は両手で顔を覆っていた。

「…………カワイイ……」
「え?」
何か、鳴き声が聞こえたと思ってそう返すと、彼が椅子から立ち上がって、僕に抱きついてきた。
その勢いでベッドに仰向けに倒れてしまった。
「もー……そうやって急に可愛いことするの反則だから」
「え?」
「理性が保たない」
「え? 出かけるでしょ?」
「……ちょっと待って。落ち着いてから」
「えー?」

不満を含ませてそう返事をすると、彼の腕の中に収められてしまった。
まぁ、放っておかれているよりかは、こうしてくっついていられるから良いけれど。
とりあえず、今回の『魔法のステッキ』が仕事を早く終わらせてもらうのに一番効果的だった、ということは覚えておこう。

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