Richromatic
「貰い物なんだけどね、一緒に食べようと思って……」
職場の同僚に貰った高級チョコレートの小さな箱をバッグから取り出してローテーブルの上に置いた。
「あ、これ、ベルギー王室御用達の」
「そうそう。一緒に食べよう」
「うん。ありがとう」
甘いものはあまり食べないと言っていた彼だけれど、高級チョコレートとなれば話は別みたいだ。いらないと言われなくて良かったと、僕は少し安心した。
箱を開けると一口サイズの綺麗な模様の入ったチョコレートが四つ入っていた。
「これが、ビターかな? こっちはプラリネ……これはジャンドゥーヤ。これはピール入りだ」
箱に入っていたチョコレートの一覧の紙と、箱の中身を確認しながらどれにしようか迷っていると、彼が小さく笑っている。
「どうかした?」
「ううん。そんなに悩まなくていいのになぁって。君がもらってきたのだから、好きなの選んで」
「じゃあ……」
僕は、一番好きなプラリネをもらって、彼はピール入りのを口に運んでいた。
さすが王室御用達のチョコレート。なんて香りが良いのだろう……。上品な甘さに幸せな気分になる。
「うん。王室御用達は美味しいねぇ」
「たまにはこういう贅沢しないとね」
「そう言えばさ、チョコレートって媚薬だったって説、あったよね」
ふと、そんなことを思い出した。恐らく、バレンタインシーズンになると出回る話の一つだったと思うけれど。
化学的なことは彼の得意分野だろうから、興味本位で訊いてみた。
「……このタイミングで、その話を振るって、俺に媚薬を盛ったってこと?」
「ちっ、違うよー。たまたま思い出しただけ。そういう成分的なことは得意分野でしょ?」
僕が否定すると、彼は苦笑いしたけれど『確か……』と、何かを思い出すように話し始めた。
「人が恋に落ちる時に、脳内ではフェネチルアミンっていう神経伝達物質が出されているんだって。で、チョコレートには、そのフェネチルアミンが含まれている。
だから、食べると恋をしたようにドキドキするっていうのが、媚薬だって話になったんだよね。大昔からそう言われているらしいけれど、カカオ自体、元々は高価なものだったから、一般庶民にまで広まったのは比較的歴史が浅いけどね」
「へー。で、実際に効果あるの?」
「いや」
僕の言葉をきっぱりと否定した彼。思わず『無いの⁉︎』と聞いてしまった。
「あはは……。科学的にはね。フェネチルアミンって物質を摂取しても、消化の際に分解されちゃうから脳まで辿りつかないんだって。何か、他の実験だと、チョコレートを食べるとやっぱりドキドキするって結果も出てるみたいだけど、これだけで媚薬になるかはどうだろうね? ってところじゃないかな」
「ふぅん……。食べたらちょっと幸せになるけどね」
「あぁ、それはチョコレートに含まれるトリプトファンってアミノ酸。これが、幸せホルモンのセロトニンを出すんだよ。だから、幸せな気持ちになる」
「へぇ……」
さっきから難しい単語が並ぶけれど、彼は本当に色々なことをよく知ってるなぁ……。昔から頭が良くて、色々教えてくれるところが好きだったけど。
彼の綺麗な指が、残りのチョコレートに伸びる。僕ももう一つ食べようと手を伸ばしたけれど……。
「もし、チョコレートを媚薬に使いたいのであれば……」
彼がそう言って、僕の頬に手を添えると、唇に柔らかい感触と共に口に何かが入ってきた。口の中に広がる、ほろ苦いチョコレートの味。これは苦いのか? 甘いのか?
突然のことに頭がついていかない。
「こうするのが一番効果的かな?」
びっくりして離れると、彼がニヤリ、と妖艶な笑みを浮かべていた。あぁ、もうやられた! 完全に手の内じゃん!
「なっ……ちょっと……ねぇ! もう!」
悔しいけれど、何も言葉が出てこない。
顔は熱いし、自分の鼓動が耳の側で鳴ってるみたいでうるさいし。
語彙力が無くなった僕を見て彼は笑っているし。
「で? 実際に効果はあったかな?」
彼が意地悪い笑みでそう言った。
「…………よく効きました」
顔を上げられないままそう答えると、彼が小さく笑っている。
あぁ、悔しい。多分一生彼には勝てない気がする。
職場の同僚に貰った高級チョコレートの小さな箱をバッグから取り出してローテーブルの上に置いた。
「あ、これ、ベルギー王室御用達の」
「そうそう。一緒に食べよう」
「うん。ありがとう」
甘いものはあまり食べないと言っていた彼だけれど、高級チョコレートとなれば話は別みたいだ。いらないと言われなくて良かったと、僕は少し安心した。
箱を開けると一口サイズの綺麗な模様の入ったチョコレートが四つ入っていた。
「これが、ビターかな? こっちはプラリネ……これはジャンドゥーヤ。これはピール入りだ」
箱に入っていたチョコレートの一覧の紙と、箱の中身を確認しながらどれにしようか迷っていると、彼が小さく笑っている。
「どうかした?」
「ううん。そんなに悩まなくていいのになぁって。君がもらってきたのだから、好きなの選んで」
「じゃあ……」
僕は、一番好きなプラリネをもらって、彼はピール入りのを口に運んでいた。
さすが王室御用達のチョコレート。なんて香りが良いのだろう……。上品な甘さに幸せな気分になる。
「うん。王室御用達は美味しいねぇ」
「たまにはこういう贅沢しないとね」
「そう言えばさ、チョコレートって媚薬だったって説、あったよね」
ふと、そんなことを思い出した。恐らく、バレンタインシーズンになると出回る話の一つだったと思うけれど。
化学的なことは彼の得意分野だろうから、興味本位で訊いてみた。
「……このタイミングで、その話を振るって、俺に媚薬を盛ったってこと?」
「ちっ、違うよー。たまたま思い出しただけ。そういう成分的なことは得意分野でしょ?」
僕が否定すると、彼は苦笑いしたけれど『確か……』と、何かを思い出すように話し始めた。
「人が恋に落ちる時に、脳内ではフェネチルアミンっていう神経伝達物質が出されているんだって。で、チョコレートには、そのフェネチルアミンが含まれている。
だから、食べると恋をしたようにドキドキするっていうのが、媚薬だって話になったんだよね。大昔からそう言われているらしいけれど、カカオ自体、元々は高価なものだったから、一般庶民にまで広まったのは比較的歴史が浅いけどね」
「へー。で、実際に効果あるの?」
「いや」
僕の言葉をきっぱりと否定した彼。思わず『無いの⁉︎』と聞いてしまった。
「あはは……。科学的にはね。フェネチルアミンって物質を摂取しても、消化の際に分解されちゃうから脳まで辿りつかないんだって。何か、他の実験だと、チョコレートを食べるとやっぱりドキドキするって結果も出てるみたいだけど、これだけで媚薬になるかはどうだろうね? ってところじゃないかな」
「ふぅん……。食べたらちょっと幸せになるけどね」
「あぁ、それはチョコレートに含まれるトリプトファンってアミノ酸。これが、幸せホルモンのセロトニンを出すんだよ。だから、幸せな気持ちになる」
「へぇ……」
さっきから難しい単語が並ぶけれど、彼は本当に色々なことをよく知ってるなぁ……。昔から頭が良くて、色々教えてくれるところが好きだったけど。
彼の綺麗な指が、残りのチョコレートに伸びる。僕ももう一つ食べようと手を伸ばしたけれど……。
「もし、チョコレートを媚薬に使いたいのであれば……」
彼がそう言って、僕の頬に手を添えると、唇に柔らかい感触と共に口に何かが入ってきた。口の中に広がる、ほろ苦いチョコレートの味。これは苦いのか? 甘いのか?
突然のことに頭がついていかない。
「こうするのが一番効果的かな?」
びっくりして離れると、彼がニヤリ、と妖艶な笑みを浮かべていた。あぁ、もうやられた! 完全に手の内じゃん!
「なっ……ちょっと……ねぇ! もう!」
悔しいけれど、何も言葉が出てこない。
顔は熱いし、自分の鼓動が耳の側で鳴ってるみたいでうるさいし。
語彙力が無くなった僕を見て彼は笑っているし。
「で? 実際に効果はあったかな?」
彼が意地悪い笑みでそう言った。
「…………よく効きました」
顔を上げられないままそう答えると、彼が小さく笑っている。
あぁ、悔しい。多分一生彼には勝てない気がする。