Richromatic

「手、出して」

彼にそう言われて、何の躊躇いもなく手を差し出したら、何か冷たいものが掌に置かれた。
硬くて無機質なそれを見て、僕は驚いた。

「えっ、どうして……?」
「必要かな? と思って」
「でも……」

手渡されたのは、一本の鍵。
彼の家の鍵だとすぐにわかったと同時に戸惑いも生まれる。
そんな簡単に合鍵なんて渡していいの……?

「あれ。もしかして、照れてる?」
「なっ!……だって、こういうのって……」
「まだ早い?」
「もう、揶揄ってるの?」

僕の反応を愉しんでいるのか、クスクスと笑っている彼。

「だって、家族とも仲悪いし、部屋に一人でいるのが辛いってよく電話かけてくるじゃない。それなら……」

彼の大きな両手が、鍵を乗せたままの僕の手をそっと包み込む。

「俺が君の居場所になればいいと思って。だから、渡しておく。君が嫌なことや辛いことから逃げられる場所にして」
「……ありがとう」

掌の上の冷たくて無機質な鍵が、今はとても温かいものに思えて、僕はそっと鍵を握りしめた。
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