夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜

 多分……正式にお付き合いできたのだと、思うのだけど。
「……忙しいのかな?」
あぁ、自分でも、こういうのは向いてないしキャラじゃないし!
ひたすら、彼からの連絡を待つとか、そんな恋する乙女って歳でもないし!
とはいえ、結構な期間、会えていないのは事実。
あれは、やっぱり夢だったのかしら?とさえ思い始めてきた。
メッセージのやり取りはしていたけれども、私もそれなりに忙しいし、相手が一般的なお仕事の人なら、ある程度の時間の予測はつくけれども、そうじゃないから、彼の邪魔をしてしまわないだろうか?と、考えてしまって、なかなか自分から連絡する勇気が出ない。
そう、ただ臆病なだけ。
スマホを置いて溜息をつく。今日の営業は終わりと、閉店作業に取り掛かった。



「わっ! 嘘でしょー……」
閉店作業を済ませてお店を出たら、いつの間にか大雨が降っていた。あいにく、傘は持ってきていないのでこのまま帰るしかない。コンビニで傘を買うと、無駄に傘増えるし……。
とりあえず、スマホと音楽プレーヤーだけ守れればなんとかなる。
そう思いながら、お店のシャッターを閉めて、自宅まで走った。

***


 なんとか、集合住宅の入り口まで辿りついた。やっと雨から逃れられた……と、一息ついて顔を上げた。
すると……

「おかえりー♡」
「えっ‼︎レイさん⁉︎どうしたんですか⁉︎ビショビショじゃないですか!」
レイさんがいた。
髪も服もビショビショに濡れていたが、彼はそんなことを気にする素振りもなかった。
「ん?今日なら会えるかなと思って。前に、明日はお休みって言ってたでしょ? そろそろカノンちゃん仕事終わる頃だなーって向かってたら、急に雨降ってきてびっくりしたよ」
あはは、と笑いながら彼がそう言った。
「あぁ……どれくらい待ったんですか?風邪ひいちゃいますよ……。というか、連絡くださいよ……」
「ごめんね。仕事終わってそのまま来ちゃったから、つい、連絡するの忘れてて。ここに着いてから、一回連絡したけど繋がらなかったからさ」
「あぁ……そうなんですね。ごめんなさい、気づかなくて」
私も走っていたから、スマホが鳴っていたことに全然気づかなかった。
「ついさっき着いたばかりだから、そんなに待ってないよ」
「でもっ、風邪ひいちゃいますから、早く中に入りましょう」
彼と一緒に階段を上がって、家の鍵を開けて、先にレイさんを中に入れる。私は、そのまま洗面所に向かい、バスタオルを持ってきてレイさんに渡し、そのままバタバタとお風呂の支度をする。
あー……レイさんが着られるような服あったかなぁ……?
クローゼットを開けて、着替えを探す。いくら私がオーバーサイズの服を寝間着に使っているとはいえ、少なくとも私よりも20センチ位は背が高いレイさんが着たら、いくらなんでも小さいと思う……。
さて、どうしよう。すぐに着替えて、駅前まで走ればとりあえずの物は買えるかな……?
「レイさん、ごめんなさい。着替えが……」
「あ、大丈夫!」
そう言って、彼はバッグの中をゴソゴソと漁る。
「ほら、持ってきたから」
「えっ?」
どうやら彼は、着替え……部屋着かしら? を、持ってきていたようです。
「カノンちゃんの家に置いてもらおうと思って、途中で寄って買ってきた。ちょうどよかった」
ニコニコしながら、そう言った彼。なんて用意が良いのかしら……。
そんなことよりも、私の家に、レイさんの私物が? 信じられない。どんなミラクルなの。
「いいでしょ? ダメ?」
 私がいつまでも黙っていたせいか、彼が少し不安そうにそう言ってきたので、慌てて首を横に振る。
「あっ、その……大丈夫です。置いていってください……」
私の言葉に、彼は、よかったと呟いて、いそいそと濡れた服を脱いで髪を拭いていた。  

彼から濡れた服を預かって、ハンガーに掛けて、洗面所の物干しスペースに引っ掛けた。
家の中は暖かいし、なんとか明日には着られるでしょう。
「ほら、カノンちゃんも風邪ひくよ」
レイさんが、使っていたバスタオルを私の頭にかけて、ワシワシと拭いてきた。
「わっ! じっ、自分でやりますよぉ」
「だって、カノンちゃん俺のことばっかで、自分はビショビショのまんまだよ? その間に風邪引いちゃう」
被せられたタオルの隙間から見えた彼の顔は、どこか楽しそうだった。そうこうしていたら、お風呂が沸いたと給湯器から音が鳴る。

「あ! お風呂沸いた! レイさん、先に入ってください」
「やだ」
「え?」
「一緒に入ろ?」
「ぃゃっ……それは……その……」
「二人とも、ほっといたら風邪ひくから、一緒に入るのが一番いいと思うよ?」

 なんだか、すごくいい案のように聞こえてしまうのは、何故なのだろう……。しかし、その提案はなんだか恥ずかしい。いや。そんな恥じらう歳でもないのは重々承知しております。
ほんの少しの沈黙の後、レイさんが口を開く。 
「じゃあ、言い方を変えよう。久しぶりに会ったから、今夜はできるだけ一緒にいたい」
「っ……レイさん……」
そんなにストレートに言われたら、ノーとは言えない。
「分かりました。先にメイク落としてきますね」

***

「はー……カノンちゃんと毎日いたら、毎日、頭揉んでもらえるのかなぁ……いいなぁ♡」
せっかく一緒に入ったのだからと、レイさんにシャンプーしながらヘッドマッサージをしてあげた。そしたら、とても気に入ったようで、お風呂から上がって暫く経つのに、さっきからずっと言っている。

「そんなに気に入っていただけたなら、またやりますよ」
「うん、ありがとう」
なんだかニコニコしている彼は、子供みたいでちょっと可愛かった。
「ふふふっ……なんか未だに信じられないです。雲の上の人だと思っていたのに、レイさんがこんな風に隣にいるなんて」
「えー? そんなことないよ」
ソファに横並びに座っていたところから、ぐっと身体を寄せられる。
「雲の上の人なんかじゃないよ。俺だって、普通の人だから……」
そう言いながら、私の目をジッと見つめる彼。そんなに見られたら、穴が開いてしまいそうです。
「ねぇ、カノンちゃん。お願いがひとつだけあるんだ」
「はい。なんでしょう?」
彼が改まった様子でそう言ったので、私もちょっとだけ背筋を伸ばす。
「カノンちゃんといる時は、普通の人でいさせて。特別扱いしないで」
「レイさん……」
「もしかしたら、普通の俺って、そんなカッコいい人じゃないから幻滅させちゃうかもしれないけど……」
彼の言葉に首を横に振る。
「どんなレイさんでも好きですよ。それに……」
そう言って、彼の胸に顔を寄せる。
「そんな風に言ってもらえて嬉しいです。逆に私が特別扱いされてるみたいです」
「それはそうだよ。だって、カノンちゃんは俺の特別だから」
サラリと、そんなことを言うのだから困ったもの。きっと顔が熱いのは、ビールを一気に飲んだせいではない。

「ね、明日は何しようか?」
「お疲れなら、トリートメントしましょうか?」
「いいの?あ、でも、それじゃあカノンちゃんが疲れちゃう」
「ふふふ、それなら私に肩もみしてください」
ソファにかけて、二人でくっつきながら、ダラダラとお酒を片手に語らう。

休みの前の夜。
夜更かしが楽しいのは、子供でも大人でもきっと同じ。
久しぶりに二人で過ごす夜は、穏やかにゆっくりと更けていった……。

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