夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜
朝、目覚めたら……。
「っ‼︎」
彼が隣で寝ていた。
危うく声を上げそうになった。
あぁ、昨日のことは、やっぱり夢じゃなかった……。
ベッドから落ちないように、少しだけ身体を彼の方に寄せる。すると、彼も、モソモソと身体を動かした。
……起こしたかしら? 少し様子を見ていたが、すぐにまた、規則正しい呼吸が聞こえてきたので、まだ眠っているようだった。
近頃の朝は、少し肌寒いから、もう一つの温もりが心地良い……。
そう思いながら、一度目を閉じる。
私の、夏の夢は、真冬を目前にとんでもない展開になってしまったのだけれども……。
まぁ、これも人生なのでしょう。
いや、しかし。レイさんってば、意地悪すぎませんか?
何で早く言ってくれなかったのか問いただしても、飄々とかわされてしまったし……。
きっと、彼も初めは、私に対して軽い気持ちだったんでしょう。まったく、悪い大人だ。
失礼ながらも、彼の寝顔を眺めつつ、彼の髪をそっと手で梳いてみた。あぁ、サラッサラだな。やっぱり見た目通りだった。この状況、最高だな。
「ん……」
頭を触り過ぎたのか、彼の瞼がふるふると震えて、ゆっくりと目が開いた。
「ぁ、ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「……おはよ……」
「おはようございます」
少し掠れ気味な声で挨拶を交わす。彼の手が、私の背中に伸びて、抱き寄せられる。
人のぬくもりの中で朝を迎えるなんて久しぶりだな……。
ささやかな幸せで、胸がいっぱいになり、彼の胸に顔を寄せた。彼のいつもの香水がほんのり香る。
「今……何時?」
彼が、まだ眠そうな声でそう聞いてきたので、ベッドサイドの時計を見る。
「7時過ぎたところですね」
「……もう少しだけ……いい?」
そう言って、彼はまた目を閉じた。
私もまだ眠たい……。そして、この温かさでさらに眠くなる。こんな朝を迎えてしまったら、起きたくない。できることならば、このまま一日中ベッドで過ごしていたいくらいだ。
そう思いながら、私もまた目を閉じた。
***
「……もう少しが3時間になっちゃいましたね」
「うん……今から行くの面倒だなぁ……」
すっかり寝過ごしてしまった。
レイさん、今日はスタジオに行くと言っていたけれど、いいのかな……?
「行かないとダメですよね?」
「うん……まぁ、ちょっとリズム録りの感じを確認して、レコーディング自体は家でやるんだけど」
「レイさん。支度しましょうか」
「うん……」
少し名残惜しそうに、私の背中から腕を外す彼。
そんな様子も、ちょっと可愛いな、なんて思いながら、私はベッドから出て支度を始めた。
***
「いつも、自分のパートはお家でレコーディングなんですか?」
「うん。最近はそのパターンが多いかな。もうデータもすぐやりとりできるしね」
「そっか……できるの、楽しみにしてますね」
コーヒーを飲みながらそんなことを話していた。私の言葉に、彼が微笑む。
こんな距離感になったけれども、元々の『好き』の形は忘れないでいたい。
「さてと……行きたくないけど、そろそろ行くね」
「はい。下まで送りますね」
クローゼットから彼のジャケットと、自分の薄手のコートを出す。
彼のジャケットを着せてあげてから、自分もコートを羽織って玄関に向かう。
彼が、ブーツを履いている間に、自分の適当な靴をシューズラックから出していた。
「あ……」
「忘れ物ですか?」
もう、出ようとした時だった。忘れ物は何もないと思ったけれど、見落としたかな? 前にストール忘れてるし……。そう、思いながら室内を見回す。
「そうじゃないんだけど……」
そう言って、彼が顔を近づけてきたので、反射的に目を閉じると、軽く唇が重なった。
「もう……忘れ物は、おはようのチューですか?」
「どちらかというと、バイバイのチューじゃないの?」
「あぁ、そっか」
二人で小さく笑いながら家を出て、階段を降りた。
「あの……レイさん……」
階段を降り切ったところで、彼の袖を掴む。
「ん? どうしたの?」
そう言って、彼が振り向く。
「あっ、すみません……。なんか、気持ちの切り替えがまだできなくて……」
そう、今までは、『もう会ってはいけない。どこかでサヨナラしなければいけない』と、思っていたから、今はどうしたらいいのか分からず、戸惑ってしまった。
私の様子にレイさんが小さく笑いながら、私の頭をそっと撫でる。
「ふふっ、可愛い。素直になってくれればいいんだよ」
「レイさん……。それじゃ、また……」
『また』という言葉を使えるのが、なんだか擽ったかったけれど、嬉しかった。
「うん。あ、もし、カノンちゃんのスケジュールに余裕があるなら……」
「はい」
「今度は俺の家においで」
彼の言葉に身体中の熱が顔に上がってくる。何も言えず、ただ彼の言葉に頷いた。
彼は、笑いながら またね、と言って行ってしまった。
私は、彼の後ろ姿が小さくなるまでずっと見つめていた……。
家に戻って、二人分のマグカップを片付ける。
やっぱり……夢……じゃないんだな……。
シンクに下げた二つのカップを見て改めて思う。
きっと、今まで通り、たまにしか逢えないとは思うけれど、もうバッドエンドを思い描かなくてもいいんだと思うと、気持ちが軽かった。
散々、擦れてきた私の気持ちだけれども、もう一度、素直に恋をしてみてもいいのかもしれないと思えた。
夏の白昼夢は、形を変えて、新しい始まりとなった。
こんな風に迎えた朝は、とても清々しかった。
「っ‼︎」
彼が隣で寝ていた。
危うく声を上げそうになった。
あぁ、昨日のことは、やっぱり夢じゃなかった……。
ベッドから落ちないように、少しだけ身体を彼の方に寄せる。すると、彼も、モソモソと身体を動かした。
……起こしたかしら? 少し様子を見ていたが、すぐにまた、規則正しい呼吸が聞こえてきたので、まだ眠っているようだった。
近頃の朝は、少し肌寒いから、もう一つの温もりが心地良い……。
そう思いながら、一度目を閉じる。
私の、夏の夢は、真冬を目前にとんでもない展開になってしまったのだけれども……。
まぁ、これも人生なのでしょう。
いや、しかし。レイさんってば、意地悪すぎませんか?
何で早く言ってくれなかったのか問いただしても、飄々とかわされてしまったし……。
きっと、彼も初めは、私に対して軽い気持ちだったんでしょう。まったく、悪い大人だ。
失礼ながらも、彼の寝顔を眺めつつ、彼の髪をそっと手で梳いてみた。あぁ、サラッサラだな。やっぱり見た目通りだった。この状況、最高だな。
「ん……」
頭を触り過ぎたのか、彼の瞼がふるふると震えて、ゆっくりと目が開いた。
「ぁ、ごめんなさい。起こしちゃいました?」
「……おはよ……」
「おはようございます」
少し掠れ気味な声で挨拶を交わす。彼の手が、私の背中に伸びて、抱き寄せられる。
人のぬくもりの中で朝を迎えるなんて久しぶりだな……。
ささやかな幸せで、胸がいっぱいになり、彼の胸に顔を寄せた。彼のいつもの香水がほんのり香る。
「今……何時?」
彼が、まだ眠そうな声でそう聞いてきたので、ベッドサイドの時計を見る。
「7時過ぎたところですね」
「……もう少しだけ……いい?」
そう言って、彼はまた目を閉じた。
私もまだ眠たい……。そして、この温かさでさらに眠くなる。こんな朝を迎えてしまったら、起きたくない。できることならば、このまま一日中ベッドで過ごしていたいくらいだ。
そう思いながら、私もまた目を閉じた。
***
「……もう少しが3時間になっちゃいましたね」
「うん……今から行くの面倒だなぁ……」
すっかり寝過ごしてしまった。
レイさん、今日はスタジオに行くと言っていたけれど、いいのかな……?
「行かないとダメですよね?」
「うん……まぁ、ちょっとリズム録りの感じを確認して、レコーディング自体は家でやるんだけど」
「レイさん。支度しましょうか」
「うん……」
少し名残惜しそうに、私の背中から腕を外す彼。
そんな様子も、ちょっと可愛いな、なんて思いながら、私はベッドから出て支度を始めた。
***
「いつも、自分のパートはお家でレコーディングなんですか?」
「うん。最近はそのパターンが多いかな。もうデータもすぐやりとりできるしね」
「そっか……できるの、楽しみにしてますね」
コーヒーを飲みながらそんなことを話していた。私の言葉に、彼が微笑む。
こんな距離感になったけれども、元々の『好き』の形は忘れないでいたい。
「さてと……行きたくないけど、そろそろ行くね」
「はい。下まで送りますね」
クローゼットから彼のジャケットと、自分の薄手のコートを出す。
彼のジャケットを着せてあげてから、自分もコートを羽織って玄関に向かう。
彼が、ブーツを履いている間に、自分の適当な靴をシューズラックから出していた。
「あ……」
「忘れ物ですか?」
もう、出ようとした時だった。忘れ物は何もないと思ったけれど、見落としたかな? 前にストール忘れてるし……。そう、思いながら室内を見回す。
「そうじゃないんだけど……」
そう言って、彼が顔を近づけてきたので、反射的に目を閉じると、軽く唇が重なった。
「もう……忘れ物は、おはようのチューですか?」
「どちらかというと、バイバイのチューじゃないの?」
「あぁ、そっか」
二人で小さく笑いながら家を出て、階段を降りた。
「あの……レイさん……」
階段を降り切ったところで、彼の袖を掴む。
「ん? どうしたの?」
そう言って、彼が振り向く。
「あっ、すみません……。なんか、気持ちの切り替えがまだできなくて……」
そう、今までは、『もう会ってはいけない。どこかでサヨナラしなければいけない』と、思っていたから、今はどうしたらいいのか分からず、戸惑ってしまった。
私の様子にレイさんが小さく笑いながら、私の頭をそっと撫でる。
「ふふっ、可愛い。素直になってくれればいいんだよ」
「レイさん……。それじゃ、また……」
『また』という言葉を使えるのが、なんだか擽ったかったけれど、嬉しかった。
「うん。あ、もし、カノンちゃんのスケジュールに余裕があるなら……」
「はい」
「今度は俺の家においで」
彼の言葉に身体中の熱が顔に上がってくる。何も言えず、ただ彼の言葉に頷いた。
彼は、笑いながら またね、と言って行ってしまった。
私は、彼の後ろ姿が小さくなるまでずっと見つめていた……。
家に戻って、二人分のマグカップを片付ける。
やっぱり……夢……じゃないんだな……。
シンクに下げた二つのカップを見て改めて思う。
きっと、今まで通り、たまにしか逢えないとは思うけれど、もうバッドエンドを思い描かなくてもいいんだと思うと、気持ちが軽かった。
散々、擦れてきた私の気持ちだけれども、もう一度、素直に恋をしてみてもいいのかもしれないと思えた。
夏の白昼夢は、形を変えて、新しい始まりとなった。
こんな風に迎えた朝は、とても清々しかった。