夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜

ここのところ、ずっと忙しかった。
まぁ、それだけ仕事が貰えてると思えば有り難いことだろう。
由貴人が、記念日を忘れていたお詫びと、近々の私の誕生日祝いとして有休を取るからどこか出かけようと、少し前にメッセージを送ってきた。『それなら水族館に行きたい』と、すぐに返信をして、日程だけ決めていた。それが、明日なのだけど……。
自宅に帰って、待ち合わせ時間を決めなきゃと思い、由貴人にメッセージを入れる。

メッセージを送ってから暫くして、由貴人からメッセージではなく電話がかかってきた。
不思議に思いながらも、電話に出る。
「はい。電話なんて珍しいね」
【もしもし?いや、こっちの方が早いと思って】
「そっか。明日の時間とか決めたくてメッセージ送ったんだけど……」
私がそう言うと、あーとか、そのーとか、なんだか歯切れが悪い様子。
【それなんだけどさ……急に仕事が入っちゃって、取材行かなきゃ行けなくてさ……】

なんだと?

「え?明日は出かけるからって、有休取ってたんじゃないの?」
【いやその……取る前に仕事突っ込まれたというか……】
「え?それならそうと早く言ってくれないと、こっちもお店閉めてるんだからさ……」 
由貴人のいい加減さにイライラして、だんだん声のトーンが低くなる。 
【ホントごめん……】
「はぁ……もういいわ」
【あっ、ちょっと待って!】
腹が立って、こちらから電話を切った。
はぁ、どうしてこうなんだろうな……。付き合い始めは、こんな人じゃなかったはずなのに。
そもそも、記念日を忘れていたお詫びじゃないのか? それも含めての誕生日祝いじゃなかったのか?
私はどんなに忙しくても、由貴人の誕生日は忘れたりしなかったのに……。
長いこと付き合ってきたけれど、ここまでくるとは。私を何だと思っているのだ。
「あぁぁぁぁ!もう‼︎」
怒りをソファに置いていたクッションにぶつける。
そのまま、キッチンの冷蔵庫から買い置きのビールを取って、喉に流し込むようにして飲んだ。
「はぁ……」
冷えたビールが喉を通っていくと、怒りで熱くなった体が冷えたように感じた。
少し落ち着きを取り戻して、溜息を吐く。
ソファに戻り、置きっぱなしにしていたスマホを取り、メッセージアプリを立ち上げて、レイさんとのトークルームを開く。
『会いたい』
そう打ち込んでしまおうかと思った。けれど……。

「違う」
そうじゃない。この傷を、彼で埋めようとしてはいけない。

「……あんな奴に、後ろめたさを感じるなんて、バカらしい」
アプリを閉じて、由貴人に電話をかける。
すぐに出るだろうか……と、思いながら待っていたら、3コールくらいで繋がった。
「あ、もしもし? あのさ……」
【あぁ〜、華音、ホントごめん!この埋め合わせはちゃんとするからさ!】
私からの電話に喜んでるのか?由貴人の声が明るい。
そう。この人、私が怒ってても、いつもヘラヘラしてた。
きっと今も、私がものすごく怒ってるということもよく分かってないのだろう。
もう、『ごめん』は要らない。
正直、仕事でドタキャンも慣れっこよ。

「あのさ……。もう、別れよう。私に関心がない人とは一緒にいられない」
【えっ……】
一瞬、沈黙が訪れる。
自分でも、こんな冷たいことが言えるんだなと、内心驚いた。
【……ホント、オレが悪かったけど……。華音、冗談きついよ】
「この状況で、私がそんなしょうもない冗談を言うと思ってるの?」
【……いや……】 
私の抑揚のない声で、やっと本気だと理解したようだ。
「仕事なら仕方ないけどさ……。私の仕事だって、予め休みにする為に調整してるのに、こんな直前まで何も連絡寄越さないなんて。あなたは、お詫びだなんだとか言ってたけど、もうそこまで関心もないんでしょう?もう終わりにしたい」

関心がないのは、きっと私もそうなのだろう。
お互い、ここ最近はきっと『義務』で会っていたのだろうから。
私がそう言った後、暫く、お互いに黙っていた。

【……そっか……華音がそう言うなら…………ほんと、ごめん……】
ようやく、由貴人がそう言った。
「もう、謝らなくていいよ。別に、今まで楽しくなかったわけじゃないから」
【あぁ……うん……】
「あ、ウチにあるあなたのものは捨てていいかしら?取りに来る?」
【いや……いいよ、捨てて。大したものじゃないから】
「うん、じゃあそうする。サヨナラ」
そう言って電話を切った。

「はぁ……」
溜息をついた。これでスッキリした。でも、何故か涙が出た。
悲しいとかじゃない、きっと、我慢していたのが切れただけだ。モヤモヤは無い。
今まで感じていた後ろめたさとか、そういうものもなくなった。
なのに……。どこか胸が痛いのは、自分でピリオドを打ったからなのだろう。
前の仕事をしていた時に、あまりにもダメだった奴をクビにした時もこんな感じだった。
手を下すというのは、何に於いてもどこか痛いものなのかもしれない。
「知るか、そんなこと」
これでいい。今の私に必要ないなら、手放すべきだ。

 由貴人とは終わりにした。かと言って、レイさんとの関係はずっと続けてはいられない。
「……お風呂入ろ」
握りしめてたスマホはテーブルに置いて、バスルームへ向かった。
一度、自分をリセットしよう。そう思いながら。

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