夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜
今日、最後のクライアントを見送って、トリートメントルームの窓を開ける。
昼間はまだ暑いけれど、夕方になると、いくらか風が涼しくなってきていた。
少しずつ、夏が終わるんだなと体感する。
夏の始まりに、不思議な巡り合わせで出逢った彼は、真夏日のあの日以来、会っていなかった。
『会いたい』
なんて言わない。
レジカウンター裏の棚に置きっ放しにしている端末で、今すぐに連絡は取れる。
たった四文字打ち込んでしまえばいいのだろうけれど、自らそう言ってしまったら、もうダメな気がしている。
戻れないところまで行ってしまう。
そう思っているから、このまま彼の気紛れに付き合って、しばらく治らない火傷みたいにして終わりにしてしまえばいい。
そもそも、あれは夢だったんだ。
そう、自分に言い聞かせて、お店の片付けをする。
明日は、お店を休みにしてあるから家で書類仕事を片付けてしまおう。
そう思いながらレジを締めていたら、ブルブルッとスマホが震えた。
「……あら、珍しいこともあるのね」
そう呟いて、返事のメッセージを送ってスマホを置いた。
***
全ての片付けが終わり、お店の鍵とシャッターを閉める。
自宅での開業も一瞬だけ考えたが、あの変な階段はお客さんに優しくないと思ったからやめた。
自宅からそう遠くないし、ここはここで気に入っている。
明日のことを考えながら歩いていると、見知った人影が、こちらに向かってひらひらと手を振っていた。
「久しぶり。元気だった?」
「あ、うん」
久しぶりに会ったのは、彼氏の由貴人 。さっきのメッセージは彼からのものだった。
お互い、仕事が忙しくてなんとなく会わないでも良くなっていた。スケジュールが合わないのは仕方がない。別に、それで問題もなく、不満もなく。
もう『必ず会わなきゃ嫌だ!』というような初々しさも消え失せるくらい、長いこと付き合っている。
ただ、心底嫌いになったわけでもないし、きちんと別れてもないのに、私が後ろめたいことをしているのは事実。
「飯食いに行こうよ。何食いたい?」
「どこでもいいよ。明日は在宅仕事にするから、あんまり遠くは行きたくないけど」
由貴人にそう言うと、『今日は少しドライブしてから行こう』なんて言うから、仕方なく付き合った。
車じゃ、私しか呑めないじゃないか。
相変わらずそういう空気は読めないんだな……。と、この人の残念なところを思い出して、小さく溜息をつく。
車に乗るなり、私の趣味じゃない曲がかかっていたので、私のスマホに入ってる曲をBluetoothでかけてもらった。
気紛れでかけた曲は、あの人が書いた曲。
運転席の彼はかけた曲には興味ないのか、運転に
集中していた。
久しぶりに会ったけど、運転中はあんまり喋らない人だから、私はかかっている曲を、小さく口ずさんでいた。
窓から外の景色を見る。他の車のヘッドライトが流れて行く。
どこまでドライブなんだろう……。美味しい物が食べられるならそれでいいか……。そんなことを思いながら、かけていた曲に耳を傾ける。
♪バッドエンドの ひどい夢から 目覚めさせて……♪
あぁ……このままいったら、きっとバッドエンドなんだろうな……。
そんなこと、あの人の曲で思い知らされるなんて。
隣の彼に気づかれないように、小さく溜息を吐く。
夏の幻みたいな関係は、このままフェードアウトして消えていくのか。
バッドエンドを迎えるのか。
終わりが見えている気がするけれど、終わりを認識するのも怖いと思っている自分がいる。
それでも、ハッピーエンドは描けないから、きっとハッピーエンドにはならないのだろう。
曲を聴きながら歌詞を追っていたら、あの人のことばかりで頭が一杯になりそうだった。
隣に座ってるのに、別の男の事を考えているなんて、最低だな。と、内心自嘲する。
隣の彼は、相変わらず真剣に運転してくれているし、ちょこちょことカーナビも弄っているので、私はこれから何を食べるのか、外の景色を見ながら黙って考えていた。
***
少し海辺までドライブして、そのまま海沿いのレストランで食事をして、また自宅近くまでドライブして帰ってきた。
「送ってくれてありがとう」
車から降りて、由貴人にそう言った。彼は、明日も仕事が朝からだと言うので、今日は食事だけにしたのだ。
『住んでる所の階段が変だ』と、家に呼ぶ度に文句を言われるのも面倒だから、お互いの為にそうした。
「次は、いつ会おうか?」
彼から、思いがけない言葉。でも、何故か気持ちが上がらなかった。
「そうねぇ……今、お店の予約状況とか分からないから、時間ができたら連絡するよ。そっちも
予定空きそうなら早めに言って」
そう、曖昧に返事をした。
彼は、うん分かった。と言って、別れ際の軽いキスをした後、車の窓を閉めて行ってしまった。
いつも、別れ際はこんな調子。
特に、ここ最近……とは言え、前回は随分前になってしまうけれど、お互いのスケジュールの合間を縫うような会い方しかしてないから、かなりドライになっている。
それでも、 恋人 としての関係は維持できているのか……。
もう、いい歳だというのに、気持ちの在り処なんてよく分からない。
心底嫌いになってしまえば、さっぱり切れるのだろうけど、そこまででもないというのは、私の身勝手なのだろう。
しかし、 気持ち を何処に置いても、居心地が悪い気がしている。
夜風がだいぶ冷たくなったなと思いながら、自宅に戻った。
バッグはダイニングテーブルのイスに置いて、そのまま寝室のベッドに倒れた。
ジャケットのポケットからスマホを取り出す。
そのまま、またさっきの曲をかけた。
と、同時にスマホが震えた。
《明日は仕事?》
今の私に、ハッピーエンドは来るのだろうか?
少なくとも、今はそんな選択肢は見つけられないな……。と、思いながら、ぼんやりとした頭であの人の曲を聴いていた……。
昼間はまだ暑いけれど、夕方になると、いくらか風が涼しくなってきていた。
少しずつ、夏が終わるんだなと体感する。
夏の始まりに、不思議な巡り合わせで出逢った彼は、真夏日のあの日以来、会っていなかった。
『会いたい』
なんて言わない。
レジカウンター裏の棚に置きっ放しにしている端末で、今すぐに連絡は取れる。
たった四文字打ち込んでしまえばいいのだろうけれど、自らそう言ってしまったら、もうダメな気がしている。
戻れないところまで行ってしまう。
そう思っているから、このまま彼の気紛れに付き合って、しばらく治らない火傷みたいにして終わりにしてしまえばいい。
そもそも、あれは夢だったんだ。
そう、自分に言い聞かせて、お店の片付けをする。
明日は、お店を休みにしてあるから家で書類仕事を片付けてしまおう。
そう思いながらレジを締めていたら、ブルブルッとスマホが震えた。
「……あら、珍しいこともあるのね」
そう呟いて、返事のメッセージを送ってスマホを置いた。
***
全ての片付けが終わり、お店の鍵とシャッターを閉める。
自宅での開業も一瞬だけ考えたが、あの変な階段はお客さんに優しくないと思ったからやめた。
自宅からそう遠くないし、ここはここで気に入っている。
明日のことを考えながら歩いていると、見知った人影が、こちらに向かってひらひらと手を振っていた。
「久しぶり。元気だった?」
「あ、うん」
久しぶりに会ったのは、彼氏の
お互い、仕事が忙しくてなんとなく会わないでも良くなっていた。スケジュールが合わないのは仕方がない。別に、それで問題もなく、不満もなく。
もう『必ず会わなきゃ嫌だ!』というような初々しさも消え失せるくらい、長いこと付き合っている。
ただ、心底嫌いになったわけでもないし、きちんと別れてもないのに、私が後ろめたいことをしているのは事実。
「飯食いに行こうよ。何食いたい?」
「どこでもいいよ。明日は在宅仕事にするから、あんまり遠くは行きたくないけど」
由貴人にそう言うと、『今日は少しドライブしてから行こう』なんて言うから、仕方なく付き合った。
車じゃ、私しか呑めないじゃないか。
相変わらずそういう空気は読めないんだな……。と、この人の残念なところを思い出して、小さく溜息をつく。
車に乗るなり、私の趣味じゃない曲がかかっていたので、私のスマホに入ってる曲をBluetoothでかけてもらった。
気紛れでかけた曲は、あの人が書いた曲。
運転席の彼はかけた曲には興味ないのか、運転に
集中していた。
久しぶりに会ったけど、運転中はあんまり喋らない人だから、私はかかっている曲を、小さく口ずさんでいた。
窓から外の景色を見る。他の車のヘッドライトが流れて行く。
どこまでドライブなんだろう……。美味しい物が食べられるならそれでいいか……。そんなことを思いながら、かけていた曲に耳を傾ける。
♪バッドエンドの ひどい夢から 目覚めさせて……♪
あぁ……このままいったら、きっとバッドエンドなんだろうな……。
そんなこと、あの人の曲で思い知らされるなんて。
隣の彼に気づかれないように、小さく溜息を吐く。
夏の幻みたいな関係は、このままフェードアウトして消えていくのか。
バッドエンドを迎えるのか。
終わりが見えている気がするけれど、終わりを認識するのも怖いと思っている自分がいる。
それでも、ハッピーエンドは描けないから、きっとハッピーエンドにはならないのだろう。
曲を聴きながら歌詞を追っていたら、あの人のことばかりで頭が一杯になりそうだった。
隣に座ってるのに、別の男の事を考えているなんて、最低だな。と、内心自嘲する。
隣の彼は、相変わらず真剣に運転してくれているし、ちょこちょことカーナビも弄っているので、私はこれから何を食べるのか、外の景色を見ながら黙って考えていた。
***
少し海辺までドライブして、そのまま海沿いのレストランで食事をして、また自宅近くまでドライブして帰ってきた。
「送ってくれてありがとう」
車から降りて、由貴人にそう言った。彼は、明日も仕事が朝からだと言うので、今日は食事だけにしたのだ。
『住んでる所の階段が変だ』と、家に呼ぶ度に文句を言われるのも面倒だから、お互いの為にそうした。
「次は、いつ会おうか?」
彼から、思いがけない言葉。でも、何故か気持ちが上がらなかった。
「そうねぇ……今、お店の予約状況とか分からないから、時間ができたら連絡するよ。そっちも
予定空きそうなら早めに言って」
そう、曖昧に返事をした。
彼は、うん分かった。と言って、別れ際の軽いキスをした後、車の窓を閉めて行ってしまった。
いつも、別れ際はこんな調子。
特に、ここ最近……とは言え、前回は随分前になってしまうけれど、お互いのスケジュールの合間を縫うような会い方しかしてないから、かなりドライになっている。
それでも、 恋人 としての関係は維持できているのか……。
もう、いい歳だというのに、気持ちの在り処なんてよく分からない。
心底嫌いになってしまえば、さっぱり切れるのだろうけど、そこまででもないというのは、私の身勝手なのだろう。
しかし、 気持ち を何処に置いても、居心地が悪い気がしている。
夜風がだいぶ冷たくなったなと思いながら、自宅に戻った。
バッグはダイニングテーブルのイスに置いて、そのまま寝室のベッドに倒れた。
ジャケットのポケットからスマホを取り出す。
そのまま、またさっきの曲をかけた。
と、同時にスマホが震えた。
《明日は仕事?》
今の私に、ハッピーエンドは来るのだろうか?
少なくとも、今はそんな選択肢は見つけられないな……。と、思いながら、ぼんやりとした頭であの人の曲を聴いていた……。