夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜

あれから、一ヶ月ほど経った。
レイさんの調子もだいぶ良いみたい……。
様子を聞いてみたら、トラウマのスイッチさえ入らなければ普段と何も変わらないそう。
こういう言い方をするのは、お互いに忙しくて、あの日以来会えていないのだ。
チャットアプリで近況は話すけれど、実際に様子を見ていないから、本当のところは分からない。

「レイさん、元気かな?」
思わず、そう言葉が出てしまった。本質的なところで元気なのか……。余計なお世話だろうけれど、あの時、彼の心に触れてしまったからつい心配になる。
そう思いながら、タブレットで、予約管理の画面を出した。
……明日なら、早く閉められるかな? レイさんは、予定どうかな……?
まだ次のお客さん来るまでに時間あるし……。
そう思って、レジカウンター裏に置いてあるスマホを手に取った。

          ***

「カノンちゃん♡」
「わっ! レイさん元気でしたか?」
玄関のドアを開けると、入ってきたレイさんにいきなり抱きしめられる。
あの時、連絡をしたら丁度休みが合ったので、私が『会いに行きます』と言ったら、レイさんが家に来てくれることになった。
「元気だよ。そんなに心配しないで」
そう笑いながらレイさんは言った。
玄関の鍵をかけて、彼のジャケットとストールを預かる。
そのまま、寝室のクローゼットにしまってきて、リビングに戻ると、既にレイさんはソファにかけていた。

「カノンちゃんの家、すごい久しぶり」
「そうですね。でも、私の家狭いから、レイさんの家の方がいいですよ」
そう言いながら、私もソファにかける。
うちの建物、階段変だし……。だから格安で住めてるんだけど……。
「そう?」
「えぇ。プーちゃんいるし」
「プーがいると、カノンちゃんプーとばっかり遊ぶんだもん」
「えっ、もしかして、だから家に来たんですか?」
「それもある」
子供みたいな彼の様子にびっくりしてしまったが、つい笑ってしまった。
「あれ、おかしい?」
「ふふっ……。子供みたいだなと思って。でも、レイさんが元気そうで良かったです」
そう言ったら、頭を撫でられた。
「もしかして、ずっと心配させてた?ごめんね」
「やっぱり、文面じゃ分からないですから、会うまでは安心出来なくて……」
「ありがとう」
そう言って、私を抱きしめるレイさん。
やっぱり、この時が幸せだなぁ……なんて、彼の腕の中で思っていた。

「あっ、そうだ。忘れてた」
突然、レイさんがそう言って離れる。あぁ、せっかくの温もりが……。彼が離れたことに、少し落胆していたけれど、彼は私の様子に気づく素振りもなく、スマホを弄りながら話す。
「あのね、もうすぐトキの誕生日でさ。トキの家で毎年誕生会をするんだけど、トキが、カノンちゃんもおいでって言ってるんだよ。予定どうかな?」
「え? トキさんが?」
えぇー……。トキさんが『おいで』と言っても、所謂、業界人の集まりですよね……? 
私、本当に一般人ですけどいいのかなぁ……。
「あの……要するに、業界人の集まりですよね? 私……」
「トキがおいでって言ってるくらいだから、カノンちゃんのこと気に入ったんじゃないかな?あいつ、結構、線引きがシビアだから、同じ界隈の奴でも呼ばない奴は呼ばないよ?」
そうなんですか。トキさん、さすがです……。
「レイさんが一緒なら、行こうかなと思いますけど……」
「じゃあ、行くね。トキに返事しとく」

なんだか、ご機嫌な様子でトキさんに返事を送っていたレイさん。
いいのかなぁ……と思いつつ、トキさんに気に入ってもらえたなら良かったのかな、なんて思っていた。


***


 それから、しばらくして。
「あの、レイさん。緊張してきました。やっぱりやめようかな……」
トキさんのお誕生日会、当日。
レイさんと一緒にトキさんのお家に向かっているのだが、だんだん緊張して手が震えてきた。
「あはは……。そんなに固まらなくたって大丈夫だって! みんな、話したら普通のおじさんだよ!」
「いやいやいやいや……。普通の人じゃないですって! 日本を代表するロックバンドですよ!で、私はただのファンです。しがない一般人です」
「でも、俺の彼女♡」
「あぁぁぁぁぁ……」
私の心情など無視して、そういうことをさらりと言うレイさん。恥ずかしいのと、緊張で顔を両手で隠した。
「そんなに顔真っ赤にして照れなくていいじゃん。可愛いなぁ」
「そんな、可愛いって言われる歳でもないですけど……。だって! 業界人ばっかり集まるんですよね? 私、ものすごいアウェイじゃないですか。緊張もしますよ……。そもそも、人がたくさん集まるところ苦手ですし……」

 そう。仕事が絡まなければコミュニケーション能力だって低いのだから、そういう会は、ものすごく苦手。楠木さんに連れて行かれた飲み会でも、端っこにずっといたし……。
でも、あれが無ければ、今頃レイさんと一緒にいるはずがないのだから、良いこともあるのだろう。でもなぁ……。
「そういえば、初めて会った時も、端っこにいたもんね。懐かしい」
「だから、苦手なんですよ……私があまり喋れないのも知ってますよね?」
「だったらお客さん捕まえたらいいよー♡」
「でも、男の人にチケット渡したら怒りますよね?」
「……」
レイさんはニコニコしながら黙っている。ほら、怒るじゃないですか。
「私は良いところで帰りますからね。明日はやること沢山あるので」
「えー、一緒に帰ろうよー」
「レイさん待ってたら帰れないですよー」
そんなことを話しながら、トキさんの家に向かったのだった……。


***

予想通り、というべきなのか、予想以上にというべきなのか、とにかく沢山の人が集まっての盛大なパーティーだった。
トキさんのお家が、想像以上に大きな家というか……屋敷? 城? みたいな家に度肝を抜かれた私ですが、それ以上に、こんな大人数が入るスペースがあることに驚いています。
軽くホールですよ、ここの部屋。普段何に使ってるんだろう……?

人がどんどん集まれば集まるほど、際立つ私の場違いぶり。
そして、今は予想通りLuarの皆様に弄られております……。

「へー、カノンちゃん一人でお店やってんだー。それじゃあ忙しいでしょー?一日何人くらいやるの? 休みちゃんと取ってるの?」
 天真爛漫……って、あまり大人に使う言葉じゃないけれど、ヴォーカルのMAOマオさんが、
さっきからずっと、私のことを捕まえて質問責めにしてくる。

「ちゃんと休み取りますよぉ。予約が必ずしも毎日入るわけじゃないですし、基本的に当日予約も希望時間の3時間前までに連絡貰えなければ受けないようにしてるんです。準備もあるので……。基本的に女の人限定なので、あまりフラッと来ることもないですしね。1日の人数は、コースにも寄りますけど、1日3人から4人ですね。年末は忙しいので、4人くらいやったりします」
「お。じゃあ、オレたち一人ずつ1日貸切できるじゃん!」
ニコニコしながらマオさんがそう言う。
「ちょっと、マオ。それじゃあ一人だけ受けられないだろ」
そうマオさんに突っ込んだのは、ベースのYOHヨウくん。いや、ヨウくんとか言っちゃいけないけど、やっぱり可愛いからヨウくんなんだよなぁ……。
「あぁ、そっか! 俺たち5人!」
「誰を忘れたんだよ。天然でひどいやつだな」
ヨウくんに突っ込まれて、誰だろー? なんて言いながら笑っているマオさん。
「……その日は、レイ抜きにしたらいいんじゃない?」
ちょっと間を空けて口を挟むのは、ドラムのTOMトムさん。ニコニコしながらそう言った。
「あぁ! それだ! そうしよう!」
「誰が抜きだってぇ?」
マオさんが嬉々として声を上げると、ドリンクを持ってきたレイさんがそう言った。
その後ろに続いて、トキさんも来た。

「レイはいつも一緒にいるんだから、その日は来なくていいじゃん!」
「なになに? 何の話をしているんだ?」
マオさんの言葉にトキさんが乗る。
「カノンちゃん、マックスで一日4人までトリートメント? 出来るんだって! だから、1日俺たちで貸切でやったらいいじゃんって話!レイは抜きで!」
「ほっほー。それ、いいねぇ」
トキさんもノリノリです。
やるのはいいけれど……。ちょっと体力的にハードだけど。
そんなことを思いながら、ちらと、レイさんの顔を見ると、
「……」
あぁ、すんごい怒ってる。
俺のいないところで勝手に話進めるなよ。って顔をしてます。
「あぁ、でも、繁忙期はちょっと貸切難しいので……」
隣に座っている彼から、冷気を感じるので、上手いことはぐらかそうとしてそう言った。
しかし、
「繁忙期いつなの? 今?」
マオさん、容赦ない……。彼の勢いに、圧されてしまいそうになる。
「いっ、今もちょっと忙しいですねぇ……。今日明日はお休みにしたんですけど、しばらくはお休みないですよ」
「えー、そうなんだー。じゃあさ、今度のツアー始まる前とかやろうよ! 夏くらい!」
マオさんの行動力というか、前向きぶりというか、ホントすごいな……。
これが、バンドを動かす勢いなのかなぁ? なんて思ってしまった。
「まぁまぁ、マオちゃんちょっと落ち着いて。カノンちゃん困っちゃうでしょ」
トキさんが、勢いが止まらないマオさんを宥めるようにそう言った。
さすがリーダーです。暴走マオちゃん止めました! ありがとうございます!
「で、さっきからレイが怖ーい顔してるから、お願いするならちゃんと日にち決めて、カノンちゃんのお店の都合と兼ね合わせて決めましょう」

まとめた……。さすがリーダー……。話がなんとか収まってほっとした……。
けれど、
「よし! そうしよう! じゃあ、カノンちゃんのお店教えて。貸切しなくても、オレ一人でも行く!」
マオさんって、エンジンかかると止まらないタイプなんだなぁ……。
なんて、彼の様子を見て思ってしまった。
「マオ……」
レイさんがやっと口を開く。
「何? レイ怒ってんの?」
レイさんの様子に、マオさんがムッとしながら返事をする。
「いや、怒ってないけど、カノンちゃんのお店、基本的に女性限定だから。ぷらっと一人で行っても入れてもらえないよ」
「そーなのー⁉︎」
「って、聞いてなかったのマオ⁉︎ 一番最初に言ってたよ⁉︎」
マオさんびっくり。ヨウくんも、びっくり。レイさんも、びっくり。
トムさんゲラゲラ笑ってるし、トキさん苦笑いだし……。
「あはは……もう面白すぎる……」
Luarメンバーのやりとりが可笑しすぎて笑いっぱなしだった。笑いすぎて涙出てきた。
ちらっとレイさんを見ると、目が合った。彼も、私を見てにっこりと笑った。
「カノンちゃん楽しい?」
「はい」
「なら、よかった」
そう言って、彼が私の頭を撫でる。なんだか、子供扱いされたみたいだけど、今日は心地よかった。いい大人が集まってるけど、本質なんてみんな子供のままなのかも。
この時間が、とても楽しかった。


          ***


もう、2時間くらい経っただろうか。私は、ちょっと疲れたので、部屋の端にある椅子で
休んでいた。

「お姉ちゃん、初めて見た人だね」
ふと、顔を上げると、小学校高学年くらいの男の子と、低学年くらいの女の子がいた。
こんな所に子供? と思い、聞いてみた。
「そうね。初めてトキさんのお家に来たからね。二人は?」
「甲斐田 天音あまね
「甲斐田 さくらです」
「あら、トキさんのとこの……」
ご子息とご令嬢ではありませんか! そりゃ、いるか。むしろ自分の家だよね。
「お姉ちゃん何してる人なの? お父さんの友達?」
「あ、ごめんなさいね。私、玉崎華音っていいます。仕事はアロマセラピストやってます。お父さんのお友達っていうほど仲良しではないけれど、とてもお世話になってます」
桜ちゃんに聞かれて、そう答えた。
「おー、セラピストって何だかよく分かんないけどカッコイイ☆」
「ふふふ。カッコイイかしら? 簡単に言うとお客様に合った香りのオイルでマッサージしてあげる人のことよ。マッサージって言うと怒られちゃうから、トリートメントって言うんだけど……」
「へー、そうなんだ! 香りは自分で作るの?」
そのまましばらく、小学生特有の質問責めにあっていたけれど、純粋に興味を持ってくれているので、嫌ではなかった。
ふと、遠くの方を見ると、レイさんが誰かと談笑している。誰と話しているかは、手前の人の陰になっていて見えない。
楽しそうで何より……と思いながら、彼を見ていたら、陰になっていた人が退いた。レイさんと話していたのは、誰だか分からないけれど、物凄く綺麗な女性ヒト
その人が、親しげに彼に抱きついた。
「ぁ……」
レイさんも綺麗だから、その綺麗なお姉さんと並んでいると絵になり過ぎてて、一瞬、時が止まったように思えた。

 あの人、誰だろう? 綺麗だけどテレビで見たことないなぁ……。
まさか……元奥さん? いやいや、そんな人ここには来ないでしょ。
いや、でも、酷い別れ方とかじゃなければ無くもないよね?


 自分でも驚くくらい、色んなことが一瞬で頭を駆け巡っていく。
 この、どす黒い感情は、何なんだろう……?
 こんなこと 私も 思うんだ……。




「ねぇ! カノンちゃん聞いてるー⁉︎」
 天音くんの声で、引き戻される。
「ぇっ! あ! ごめんね! ちょっと、ぼーっとしてた! なんだっけ?」
「カノンちゃん、急に黙っちゃったからびっくりしたよー。話、聞いててよー」
天音くんと桜ちゃんに怒られてしまった。二人に謝っていたところに、トキさんがやってくる。
「こら、お前たち。あまりカノンちゃんに絡むなよ。レイが怒るぞ」
「なんでレイが怒るのー?」
「カノンちゃんは、レイの彼女だからな」
「そーなんだ!」
トキさんが子供たちにそう説明をする。
そう、レイさんの彼女……。
だけど、さっきの光景が目に焼き付いて離れない。
悔しいけど、あの綺麗な人の方がお似合いだと思ってしまった……。
 
「えー。レイにはもったいなくね?」
天音くんがそう言った。
「へ?」
「こら、そういうこと言うんじゃない」
天音くんの言葉に驚いて、変な声を出してしまった。トキさんが、天音くんを叱る。
「だって、カノンちゃんめっちゃイイ人だよー? 優しいよー? 引きこもりのレイにはもったいないよ」
「お兄ちゃん、レイのこと嫌いなの? いつもお菓子買ってくれるじゃん」
「嫌いじゃないけど、パパがいつも世話焼けるって」
そのやりとりに思わず笑ってしまったけれど、なんとなく気持ちは晴れないままでいた。

「天音くんありがとう。でも、どちらかと言えばレイさんが、私にはもったいない人なのよ」
自分で言っておいて、傷付いたけど、なんとなくこれでイイと思った。
「トキさん、私そろそろお暇しますね」
「あれ、明日仕事だったっけ?」
「お店は閉めてるんですけど、講師の仕事の準備と、書類業務を片付けないといけなくて……」
「そっか。それじゃ、レイ呼んでくるよ」
「あっ、いいです! 先に帰るって言ってあるので」
レイさんを呼びに行こうとしたトキさんを止めて、そのまま彼と子供たちにだけ挨拶をして、私は、トキさんのお家を出た。



***

「ふぅ……」
ため息はそのまま夜風に流されていった。
ひんやりした風だったけれど、お酒で少し火照った頬には気持ちよかった。
「天音くんは、ああ言ってくれたけど……」
やっぱり、目に焼き付いて離れないままだった。
目を閉じたら思い出してしまうから、いっそ目を開けて寝た方が良いのではないかと、馬鹿なことを考えてみる。
歩きながら、タクシーを捕まえられそうなところを探す。
土地勘もないのに、一人で帰るなんて無謀だとは思うけど、今、どんな顔をしてレイさんに会ったらいいか分からない。

 やっぱり生きてる世界が違う人……
すっかり、慣れてしまっていたけれど、本来は交わるはずのない関係だったんだから、今までがおかしかったのよ。もう私もいい歳だし、今後を真面目に考えなきゃいけないよね。
いつまでも、夢見てちゃだめだって。

「はぁ……」
二度目のため息も、夜風に流されて行った。

しばらく歩いてみたら、少し繁華街らしき明かりが見えてきた。
あの辺りならタクシー捕まえられるでしょう。もう少し歩けば駅まで行けるかな?
まだ電車も動いている時間だし、間に合えばそっちで帰ろうなんて考えていた。

「カノンちゃん!」
背後から呼ばれて振り向く。

「っ、レイさん……」
「本当に先に帰っちゃうなんて……声かけてよー」
レイさんが息を切らしながらそう言った。
「レイさん、他の人とお話ししてたから……」
「気にしないで良かったのに。帰ろうか」

ごく自然に彼に手を取られそうになって、咄嗟に手を引っ込めてしまった。
「カノンちゃん?」
「ごめんなさい……私……」
彼が、あの綺麗な人と並んでる姿を想像してしまう。
「レイさんの隣……」
「え?」
「レイさんの隣は……きっと私じゃない……。あなたの隣に、私が相応しいとは思えない……。やっぱり住む世界違うなって……。ごめんなさい……」

これ以上は話すのが辛くなって、そのまま彼に背を向けて歩き出す。

「待って!」
彼に背中から抱きしめられた。
「っ、離してください!」
「嫌だ。急にどうしたの?ああいう所で嫌な思いさせちゃった?」
「ぅ……だって……あんな綺麗な人……」
これは嫉妬なのだろうか?
嫉妬を通り越して諦めに近い感情だと思う……。
どす黒いものがずっと胸で渦巻いてて、自分でもどうしたらいいのか分からない。
「レイさん……。綺麗な人と楽しそうに話してたから……。正直、あのヒトの方が、お似合いだなって思った……」
「そんなこと……」
「見た目も、やってる事も、私は完全に外の世界の人だから……。やっぱりあなたとは釣り合わない……」
そこまで言ったら、涙が溢れた。私を抱く彼の腕に涙がポタポタと落ちる。
「なんで? そんなことないよ……。誰かに何か言われたの?」
彼の言葉に首を振る。
「それなら、そんなこと言わないで。釣り合わないだなんて誰が決めたの」
レイさんに肩を掴まれて、くるりと、向き合うようにされた。今、ひどい顔をしていると思ったから、顔を下に向ける。
「カノンちゃん、誤解してるみたいだから……。こっち向いて」
彼の手が私の頬を包むように触れて、顔を上に向けられる。
「正直、見た目はそんなに重要じゃなくて……まぁ、可愛いに越したことないけど……カノンちゃんは充分可愛いです。それから、肌が綺麗です。お気に入りです」
私の目を見ながら、つらつらと、私を褒め称え始めるレイさん。
ちょっと……やめてほしい。恥ずかしい……。
「それから、仕事に対する姿勢が好き。一人でやってても、驕らず、ストイックに、いい仕事しようってところが共感できるし、素敵だと思う。あとね」
「あのっ! レイさん……恥ずかしいからもうやめて下さい……」
大人になってから、こんなにたくさん褒められることなんてないから、あまりの恥ずかしさに下を向いて声を上げてしまった。けれど、またレイさんの手で顔を上に向けられる。
「嫌だ。見た目が綺麗な人の方がピッタリだなんて言われたら黙っていられない」
「え……?」
「もう、そんなのはいい。もう見た目だけで判断されるのも、するのも嫌。俺は、ただ……隣にいてくれる人は、心を休められる人が良くて……俺の暗い所も理解……理解まではしてくれなくても、受け止めてくれて……その……」
少しだけ口籠るレイさん。視線が彷徨っている。

「帰る場所が……君であって欲しいと思ってる……。だから……俺と釣り合わないとか考えなくていい。俺の隣に相応しいかどうかは俺が決める。だから、俺は、カノンちゃんが隣にいて欲しいの!」

 ハッキリと放たれた言葉に、胸の奥を掴まれたような気がした。
涙がポロポロと出てくる。
「こんなタイミングで言うことじゃないかもしれないけど……」
レイさんは、私の涙を指でそっと拭うと、ギュッと私を抱きしめた。
「もう、離れなくていいように……俺の家においで。俺の、帰る場所になって下さい」
「っ……‼︎」

 帰る場所……?

「あの、レイさん……それって……そのぉ……」
夢のような言葉に頭がついていかない。さっきまで、私は、この人と別れようと思っていたんだぞ? 今、彼から言われた言葉はつまり……? 

「カノンちゃんが思うように受け取ってくれて構わない。きっと意味合いは変わらないと思うから」

彼がそっと身体を離して、私の頰に触れてそう言ったものだから、一瞬、意識が飛んだ。
本当に私でいいのだろうか……? 
まだそのような言葉を貰えるほど、長い時間一緒にいるわけではないのに……。
「レイさん。良いんですか……? 私……」
「俺は、カノンちゃんにそばにいて欲しい。それに……前に、どこにも行かないって言ったじゃない……あれは嘘だった?」
「嘘じゃないっ!……です」
レイさんの言葉に、それ以外のことは何も言えなくなった。
「それなら、お願い。どこにも行かないで」
そう言った彼に、抱き締められる。
もう、身体中熱くて、今にも倒れそうだったけれど、震える手で彼の背中に手を回した。
「……レイさんが良いのなら……ずっと側に置いて下さい」
やっと、そう返事ができた。
 レイさんは、嬉しそうに笑うと、更に強く抱きしめてくれた。
まだ信じられない気持ちだったけれど、今日はこのまま一緒に私の家に帰ることにした。

          ***

「あの……レイさん」
「なぁに?」
お風呂上がり。
私は、ベッドで横になりながら、ベッドの端に座っているレイさんに声をかける。
「あの綺麗なヒト、誰ですか?」
その気がないと分かっていても、あんな美人、色んな意味で放っておけない。
モデルさんとかなのかなぁ……。いや、その辺のモデルさんよりも綺麗だったぞ……。
「あぁ、あの人、ミカさん。デビュー当時のスタイリストさんだったんだけど、今のスタイリストさんの奥さんでもあるんだよね。カノンちゃんが綺麗な人だって言うのは分かるけど、中身はすっごいワイルドなお姉さんだよ」
あはは、と笑いながらそう言うレイさん。
「そうだったんですね……」
「ふふっ。妬いたの?」
横になる私に、覆い被さるように彼がベッドに乗ってくる。
「……妬いたの通り越して諦めました……。あと、前の奥さんだったらどうしようかと……」
「ふふ。それだったら俺も行かないよ」
「ほら、私はどんな事情か分からないですし……」
「終わったことはもう気にしないの……このヤキモチ妬きめ……」
レイさんがそう言った直後、首筋にキスを落とされる。
「ちょ……レイさん……」
「ヤキモチ妬くくらい好きでいてくれてるなんて、俺嬉しい」
耳元でそう言われる。声音は明るかった。

「今夜はいっぱい愛してあげる……」
「もう……そういうことばっかり……」
そう言って唇が重なる。彼は、息が出来ないくらいのキスをたくさんくれた。
私は、ゆっくりと彼の背中に手を回す。

未だに彼からのプロポーズを消化出来ていないけれど、今は、彼がくれるたくさんの愛を
受け止めることに専念しようと思った。……というか、それ以外考えられなかった。

心が大きく揺れ動いた夜は、ゆっくりと穏やかに終わろうとしていた……。

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