夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜
翌朝、ホテルをチェックアウトした。
飛行機の時間まで、まだ時間があるので、また少し街を散策したいと言ったら、レイさんが『少し寄りたいところがある』と言うので、彼について歩いていた。
「あの……レイさん、どこに行くんですか?」
「親父のとこ」
「お父さん?」
「そう」
彼は、そう返事をして、遠くを見るような目をしていた。
彼について歩いていると、だんだんと道に人気がなくなってきた……。だいぶ街から離れてきたのだろうと思っていたら、墓地が見えてきた。少し高台の海が遠くに見える場所だった。
「大きいところですね」
霊園の中に入り、そう言った。入口の辺りだけ見たら、普通の公園のように綺麗だった。
「眺めがいいところだから、ここにしたって母親が言ってた。結局、家族全員で上京しちゃったから、滅多に来れなくなったけど。親父はこの街が好きだったからさ……」
彼のお父さんは、彼が15歳の時に亡くなった。
Luarが売れ始めた頃に、彼らの身辺を書いたような本や記事が、馬鹿みたいにたくさん出回っていたから、私も随分と前にそのことは知っていた。
「レイさん、あっちにお花売ってますよ。お線香もあるかな?私買ってきますね」
「あっ、いいよ。俺が……」
「いいんです。お父さんにご挨拶しますから」
私がそう言うと、レイさんの表情が和らいだ気がした。
「カノンちゃん、ありがとう」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って、私はお花とお線香を買いに売店に行き、お墓参りの準備を済ませてから、彼のお父さんのところへ向かった。
***
「こっちにきた時にはお参りするんですか?」
お墓に向かう途中で、私は彼にそう訊いた。
「時間があればね。前回こっちに来た時は寄れなかったからさ……。ごめんね、付き合わせて」
「いいえ。気にしないでください」
そうして、彼のお父さんのお墓に着いたので、お参りをする。
そこまで汚れてはいなかったから、きっと他の親族が手入れをしているんだろう。お花を供えて、お線香をあげた。
「カノンちゃんは、俺の親父が死んだのは、俺が中学の時だったっていうのは、何かで見たりして知ってる?」
そう声をかけられて、彼の方を向く。
「えぇ。もう、随分前に知りましたけど……それ以上のことはあまり……」
そう言って、目線を下に落とした。
「そっか。亡くなったのもちょうどこの頃でさ……。俺ね、その頃、親父とめちゃくちゃ仲悪かったの。兄貴が優秀だったのもあったから、この受験シーズンはよく比べられてさ。
一応、この辺の進学校には行ってたけど、俺、勉強よりも楽器やりたくて……」
レイさんが、しゃがんでいたところから立ち上がる。私もつられて立ち上がった。
「でね、すっごい寒い日だったなぁ。俺、親父と大ゲンカしたの。俺もさ、毎日のように兄貴と 比べられてイライラしてたし、親父も医者だったから、俺みたいなの嫌だったんだと思う。
もう、母親が止めに入っても全然ケンカが収まらなくてね……」
彼はそこまで話すと、すぅ……と、息を吸った。
「その時に、突然、親父が倒れたんだよ。
目の前で倒れてさ、そこから俺はよく覚えてないんだけど、そのまま、親父は病院に運ばれて死んじゃってさ……。俺、親父とケンカ別れしたまんまなんだよね。謝ろうにも謝れない」
そう言った彼の顔が、寂しそうに見えて、胸の奥が痛くなった……。
「親父が死んでから、しばらくはダメだったんだよね……。受験に関わるからと、病気だったことを隠されてたのもそうだし、俺のせいで、あの時親父は倒れたんだって、かなり落ち込んだ。死んでから数年は法事もあるから、よく思い出して嫌になってたし。
でも、高校入ってから、トキがバンド誘ってくれたし、あいつ、昔っからお節介だったから……。でも、そのお陰で立ち直れたんだよね」
そう言いながら、レイさんが歩き出したので、私も慌ててついていく。
「今は……ちゃんとやりたかった音楽で生活できてるから……。ちゃんと成功したかなって思うから……。もう親父も怒ってないかなと思って。あぁ、唯一、結婚だけは一回失敗したか」
そう言って、あははと、笑ったレイさん。その笑顔が無理しているように見えて、思わず彼の手を取って足を止めた。
「カノンちゃん……?」
彼が、振り向いて立ち止まる。
「きっと……お父さんは……レイさんが心配だったんです……。だから今、レイさんが、やりたいことできて、前向きに生きてるのなら……。お父さんは、きっと安心してますよ。だからっ……」
視界が滲んで言葉に詰まる……。
「カノンちゃん……」
「っ……ごめんなさい……。レイさん、すごく寂しそうな顔してたから……。でもっ……レイさんが……気に病むこと……もう無いと思います……」
泣きたい訳じゃないのに、涙が止まらなかった。涙を拭いながら俯いていたら、
彼に、そっと抱きしめられる。
「ありがとう……そう言ってもらえて嬉しい。カノンちゃんって本当にセラピストだね……」
彼のぬくもりと、その言葉に、また涙が溢れてきた……。
そうして、私達は帰路についた。
歩きながら、気になったのでレイさんに訊いた。
「レイさん。何で、お父さんの話をしてくれたんですか?」
「ん? 墓参り付き合わせちゃったし……カノンちゃんなら、黙って聞いてくれそうだったから」
「ふふっ。聞くだけなら、いくらでもできますよ」
「カノンちゃんが、聞いてくれて……少し軽くなった」
そう言った彼の顔を見ると、どこか安堵したような、晴れやかな表情をしていた。
「お役に立てて良かったです」
「うん。ありがとう……」
優しく微笑まれて、思わずドキッとしてしまった。あぁ……顔が熱い……。
「いっいえっ……レイさん、そろそろ空港向かいましょ! 私、空港でお土産買いたいです!」
誤魔化して、レイさんより先を歩く。
後ろでクスクス笑ってる様子を感じ取ったけれど、今、振り向いたら顔が赤いことがバレてしまう。
そうして……彼との小旅行は無事に終わりましたとさ……。
飛行機の時間まで、まだ時間があるので、また少し街を散策したいと言ったら、レイさんが『少し寄りたいところがある』と言うので、彼について歩いていた。
「あの……レイさん、どこに行くんですか?」
「親父のとこ」
「お父さん?」
「そう」
彼は、そう返事をして、遠くを見るような目をしていた。
彼について歩いていると、だんだんと道に人気がなくなってきた……。だいぶ街から離れてきたのだろうと思っていたら、墓地が見えてきた。少し高台の海が遠くに見える場所だった。
「大きいところですね」
霊園の中に入り、そう言った。入口の辺りだけ見たら、普通の公園のように綺麗だった。
「眺めがいいところだから、ここにしたって母親が言ってた。結局、家族全員で上京しちゃったから、滅多に来れなくなったけど。親父はこの街が好きだったからさ……」
彼のお父さんは、彼が15歳の時に亡くなった。
Luarが売れ始めた頃に、彼らの身辺を書いたような本や記事が、馬鹿みたいにたくさん出回っていたから、私も随分と前にそのことは知っていた。
「レイさん、あっちにお花売ってますよ。お線香もあるかな?私買ってきますね」
「あっ、いいよ。俺が……」
「いいんです。お父さんにご挨拶しますから」
私がそう言うと、レイさんの表情が和らいだ気がした。
「カノンちゃん、ありがとう」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言って、私はお花とお線香を買いに売店に行き、お墓参りの準備を済ませてから、彼のお父さんのところへ向かった。
***
「こっちにきた時にはお参りするんですか?」
お墓に向かう途中で、私は彼にそう訊いた。
「時間があればね。前回こっちに来た時は寄れなかったからさ……。ごめんね、付き合わせて」
「いいえ。気にしないでください」
そうして、彼のお父さんのお墓に着いたので、お参りをする。
そこまで汚れてはいなかったから、きっと他の親族が手入れをしているんだろう。お花を供えて、お線香をあげた。
「カノンちゃんは、俺の親父が死んだのは、俺が中学の時だったっていうのは、何かで見たりして知ってる?」
そう声をかけられて、彼の方を向く。
「えぇ。もう、随分前に知りましたけど……それ以上のことはあまり……」
そう言って、目線を下に落とした。
「そっか。亡くなったのもちょうどこの頃でさ……。俺ね、その頃、親父とめちゃくちゃ仲悪かったの。兄貴が優秀だったのもあったから、この受験シーズンはよく比べられてさ。
一応、この辺の進学校には行ってたけど、俺、勉強よりも楽器やりたくて……」
レイさんが、しゃがんでいたところから立ち上がる。私もつられて立ち上がった。
「でね、すっごい寒い日だったなぁ。俺、親父と大ゲンカしたの。俺もさ、毎日のように兄貴と 比べられてイライラしてたし、親父も医者だったから、俺みたいなの嫌だったんだと思う。
もう、母親が止めに入っても全然ケンカが収まらなくてね……」
彼はそこまで話すと、すぅ……と、息を吸った。
「その時に、突然、親父が倒れたんだよ。
目の前で倒れてさ、そこから俺はよく覚えてないんだけど、そのまま、親父は病院に運ばれて死んじゃってさ……。俺、親父とケンカ別れしたまんまなんだよね。謝ろうにも謝れない」
そう言った彼の顔が、寂しそうに見えて、胸の奥が痛くなった……。
「親父が死んでから、しばらくはダメだったんだよね……。受験に関わるからと、病気だったことを隠されてたのもそうだし、俺のせいで、あの時親父は倒れたんだって、かなり落ち込んだ。死んでから数年は法事もあるから、よく思い出して嫌になってたし。
でも、高校入ってから、トキがバンド誘ってくれたし、あいつ、昔っからお節介だったから……。でも、そのお陰で立ち直れたんだよね」
そう言いながら、レイさんが歩き出したので、私も慌ててついていく。
「今は……ちゃんとやりたかった音楽で生活できてるから……。ちゃんと成功したかなって思うから……。もう親父も怒ってないかなと思って。あぁ、唯一、結婚だけは一回失敗したか」
そう言って、あははと、笑ったレイさん。その笑顔が無理しているように見えて、思わず彼の手を取って足を止めた。
「カノンちゃん……?」
彼が、振り向いて立ち止まる。
「きっと……お父さんは……レイさんが心配だったんです……。だから今、レイさんが、やりたいことできて、前向きに生きてるのなら……。お父さんは、きっと安心してますよ。だからっ……」
視界が滲んで言葉に詰まる……。
「カノンちゃん……」
「っ……ごめんなさい……。レイさん、すごく寂しそうな顔してたから……。でもっ……レイさんが……気に病むこと……もう無いと思います……」
泣きたい訳じゃないのに、涙が止まらなかった。涙を拭いながら俯いていたら、
彼に、そっと抱きしめられる。
「ありがとう……そう言ってもらえて嬉しい。カノンちゃんって本当にセラピストだね……」
彼のぬくもりと、その言葉に、また涙が溢れてきた……。
そうして、私達は帰路についた。
歩きながら、気になったのでレイさんに訊いた。
「レイさん。何で、お父さんの話をしてくれたんですか?」
「ん? 墓参り付き合わせちゃったし……カノンちゃんなら、黙って聞いてくれそうだったから」
「ふふっ。聞くだけなら、いくらでもできますよ」
「カノンちゃんが、聞いてくれて……少し軽くなった」
そう言った彼の顔を見ると、どこか安堵したような、晴れやかな表情をしていた。
「お役に立てて良かったです」
「うん。ありがとう……」
優しく微笑まれて、思わずドキッとしてしまった。あぁ……顔が熱い……。
「いっいえっ……レイさん、そろそろ空港向かいましょ! 私、空港でお土産買いたいです!」
誤魔化して、レイさんより先を歩く。
後ろでクスクス笑ってる様子を感じ取ったけれど、今、振り向いたら顔が赤いことがバレてしまう。
そうして……彼との小旅行は無事に終わりましたとさ……。