夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜
この日の為に……‼︎ この日の為に、今まで頑張ってきたんだ‼︎
お店のシャッターに貼り紙をして帰路につく。
[臨時休業]
明日から、しばらくお休みを頂きます。と、一週間お店を臨時休業にした。閑散期だし、少し前からずっと予約もなかった。
講座もやったりしているので、そこまで根を詰めてやってはいなかったけれど、一週間の休みを取ったのは初めてだった。
それくらいの期間を閉めても、採算取れるくらいにはなったのだから、有り難い話だ。
さぁ、家に帰ったら荷造りだ! 帰りの足取りは軽く、寄り道したスーパーでいつもより良いビールを買っちゃうくらい舞い上がっていた。今なら空も飛べる気がする。
いや、既に1センチくらい浮いているかもしれない。
楽しみすぎる……‼︎
***
「着いたー‼︎ 初上陸ー!」
飛行機から降りて、そう言った。
「ほら、あんまりはしゃぐと転ぶよ」
レイさんに苦笑いされた。
私の『どうしても行きたい』というワガママを押し通して、彼の故郷へ来た。飛行機を降りてから、荷物受取所まで二人で歩く。
思いの外、スーツケースは早めに出てきてくれたので、レーンから下ろして、空港を出た。
そこから、今日のホテルへ向かう。
雪のピークは終わったとはいえ、時期が時期なので、すごく寒い。
なのに、
「レイさん、薄着ですよね……モフモフのコートじゃなくて平気ですか?」
「いつもこんなもんだから大丈夫」
「そうですか……。寒い所生まれの人は寒さに強いんですねぇ」
私自身、あまり遠出をしないタイプなので、飛行機だって滅多に乗らない。
その上、元彼は甲斐性無しだったから旅行の計画も出なかった。
だから、飛行機に乗るのも久しぶりで、それだけでもう楽しかった。
しかし、本当に寒い。雪国に行くからと、暖かいコートを新調しておいてよかった。
「いくら来たいって言っても、何もこんな時期に来なくても……」
「だって、長い休みが取れそうなのはこの時期なんですもの。レイさんも丁度落ち着いた頃ですよね?」
彼のバンドのツアーも終わって、私の仕事もひと段落。というベストなタイミングが、どうしてもこの寒い時期なのだ。
「まぁ、そうだね」
「とりあえずホテルに荷物置きましょ。あちこち行きたいから身軽になりたいです!」
年甲斐もなくはしゃいで、歩調が早くなる。これからが楽しみすぎて、早く荷物を置いて行きたかった。私の様子を見て、レイさんは、半ば保護者のように、ついてきているようだった。
***
「はぁー♡ 美味しいものたくさん食べたー♡ お酒も美味しかったー♡」
ホテルに荷物を置いてから、私のワガママで、街の観光スポットに行ったり、美味しいものを食べ歩きしたり。ゆっくりと街を歩いていた。そして、そのまま夕方から美味しいお酒を呑んでいたのだけれども。食べ物が美味しくて、お酒も進んじゃって、楽しすぎてテンションが振り切っている。
あぁ、ちょっと酔っ払ってるのかな……?
外を歩いていると、冷たい空気が頬を撫でていくけれど、その冷たさも心地よく感じた。
「楽しそうでよかった。カノンちゃん、酔ってない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよー。少し酔っ払ってると思いますが、まだ記憶あります!」
「それなら、良かった」
彼は、そう言うと、そっと私の手を取る。
「ホテルに戻る前に、ちょっと歩こうか。酔い醒ましも兼ねて」
「お散歩ですね!」
「うん。もし、具合悪くなったらすぐ言ってね」
そのまま、レイさんは私の手をキュッと握って歩き出す。都内にいる時よりも、人目が少ないから、今日はくっついていても、そんなに心配にはならなかった。
街灯がポツポツと灯る道を通る。大通りから少し外れたこの道は、とても暗かった。
一体、どこまでお散歩なんだろう……?
「大丈夫? 歩くの早くない?」
時折、レイさんがそう聞いてくれる。そういったところも優しくて、大切にされてるのかなと嬉しくなった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
それからしばらく歩いて、角を曲がる。さっきの道よりも、人通りもなく、一人だったらきっと通らないだろうな……という所を歩いているうちに、公園に着いた。
「公園?」
「俺がね……ここにいた頃、よく通り道にしたり、友達と過ごしたりしたところ」
彼がポツリとそう言った。じゃあ、此処は、レイさんの思い出の場所……。
「俺さ、他のメンバーと違って、この街は中学くらいから上京するまでの期間しかいなかったから、トキほど郷土愛とかないんだけど……」
苦笑いしながらそう言うレイさん。
「でも、この公園は好きでね。放課後、友達と過ごしたり、一人でもよく来てた。
人も少ないからっていうのもあるけど、緑が多くて静かで、頭の中ぐちゃぐちゃしてきたら、ここに来て、思いっきり走ったりしてた」
懐かしむように、遠くを見つめながら、ポツポツと話してくれるレイさん。
「そんな大事な場所に連れてきてくれたんですね……」
「うん。ホテルも近いし、ちょっと寄りたくなって。付き合ってくれてありがとう」
「いいえ! こちらこそありがとうございます。すごく素敵な所……」
繋いでいた彼の手を離して、ちょっと先まで歩く。空気が冷たすぎて、鼻も頰も痛いけど、この寒さが作る澄んだ空気が心地よかった。
まだ、子供だった彼が過ごした場所。あまり昔のことは聞かなかったから、ちょっとだけ、そういう部分に触れられて、嬉しかった。
ふと、乳白色の優しい光で灯る街灯を見る。
「あっ……」
雪だった。
白い花びらみたいに、ひらひらと舞っていた。
自分が住んでる場所で見る雪と、ここで見る雪はこんなに違うのだろうか……?
「あぁ、雪降ってきたね。帰ろうか」
レイさんが、私の傍に寄ってきながらそう言ったけれど、私は首を横に振る。
「もう少し見ていたいです」
「でも、ほっぺた、しもやけになるよ?」
「でも……東京で見る雪とは違う気がするんです……。花びらとか、羽根みたいに綺麗に見えるから……」
私がそう言うと、少しびっくりしたような顔をする彼。
「そんな風に見えるの?」
「はい。なんででしょうね? あの歌みたい」
そう言って、Luarの歌を小さく口ずさむ。
「そっか……。そう見えたならよかった」
「住んでると、大変なことが多いでしょうけど、雪って綺麗だと思います。この公園で、レイさんと見たからかも知れないですけど……」
掴めないけれど、街灯に照らされる雪を掴みたくて手を伸ばす。手に当たった雪は、じんわりと、手の温度で溶けていく。
「ふふっ……。ここ、気に入った? 春はね、桜も綺麗なんだよ」
「そうなんですか! そしたら、また暖かくなった頃に来たいです」
私がそう言うと、彼が、私の頰に手を当てる。
「ほら、すっごく冷たくなってる。帰ろうか」
思っていたよりも、彼の手が温かくてびっくりした。
そのせいなのか、この場所のせいなのか分からないけれど、少しだけ視界が滲んだ。
「へへっ……レイさん、今日は手、あったかいんですね。レイさん、いつも手は冷たいのに」
「カノンちゃんが冷えすぎてるんだよ……って、どうしたの?」
レイさんが、私の顔を見つめて、目を丸くした。
「あはは……なんかっ……涙出て来た……悲しくないですよ。レイさんの大事な場所に連れて来てもらって、一緒に見た雪が綺麗すぎたんです」
何故か、涙がポロポロと零れていく。
私の様子に、彼がちょっと困ったように一息ついて……。
「!」
唇が重なった。
やっぱり冷えてるのかな……?彼の唇がとても温かく感じた。
「さぁ、帰ろう。風邪ひくよ」
「はい。寒くて、酔いも醒めちゃいました」
「じゃあ、帰ったら飲み直す? それともお風呂にする?」
「そうですねぇ、お風呂にしましょうか」
そんなことを話しながら、やっぱり寒いので、お互いの手の温もりで暖を取りながら、ホテルまでの道を歩いて帰った……。
大好きな人の故郷で、
大好きな人と見た雪は、
今までで一番、綺麗で儚く見えた。
多分、この時に見た雪以上に、美しいと思える雪はもう無いだろうな……と、歩きながらそう思った。
お店のシャッターに貼り紙をして帰路につく。
[臨時休業]
明日から、しばらくお休みを頂きます。と、一週間お店を臨時休業にした。閑散期だし、少し前からずっと予約もなかった。
講座もやったりしているので、そこまで根を詰めてやってはいなかったけれど、一週間の休みを取ったのは初めてだった。
それくらいの期間を閉めても、採算取れるくらいにはなったのだから、有り難い話だ。
さぁ、家に帰ったら荷造りだ! 帰りの足取りは軽く、寄り道したスーパーでいつもより良いビールを買っちゃうくらい舞い上がっていた。今なら空も飛べる気がする。
いや、既に1センチくらい浮いているかもしれない。
楽しみすぎる……‼︎
***
「着いたー‼︎ 初上陸ー!」
飛行機から降りて、そう言った。
「ほら、あんまりはしゃぐと転ぶよ」
レイさんに苦笑いされた。
私の『どうしても行きたい』というワガママを押し通して、彼の故郷へ来た。飛行機を降りてから、荷物受取所まで二人で歩く。
思いの外、スーツケースは早めに出てきてくれたので、レーンから下ろして、空港を出た。
そこから、今日のホテルへ向かう。
雪のピークは終わったとはいえ、時期が時期なので、すごく寒い。
なのに、
「レイさん、薄着ですよね……モフモフのコートじゃなくて平気ですか?」
「いつもこんなもんだから大丈夫」
「そうですか……。寒い所生まれの人は寒さに強いんですねぇ」
私自身、あまり遠出をしないタイプなので、飛行機だって滅多に乗らない。
その上、元彼は甲斐性無しだったから旅行の計画も出なかった。
だから、飛行機に乗るのも久しぶりで、それだけでもう楽しかった。
しかし、本当に寒い。雪国に行くからと、暖かいコートを新調しておいてよかった。
「いくら来たいって言っても、何もこんな時期に来なくても……」
「だって、長い休みが取れそうなのはこの時期なんですもの。レイさんも丁度落ち着いた頃ですよね?」
彼のバンドのツアーも終わって、私の仕事もひと段落。というベストなタイミングが、どうしてもこの寒い時期なのだ。
「まぁ、そうだね」
「とりあえずホテルに荷物置きましょ。あちこち行きたいから身軽になりたいです!」
年甲斐もなくはしゃいで、歩調が早くなる。これからが楽しみすぎて、早く荷物を置いて行きたかった。私の様子を見て、レイさんは、半ば保護者のように、ついてきているようだった。
***
「はぁー♡ 美味しいものたくさん食べたー♡ お酒も美味しかったー♡」
ホテルに荷物を置いてから、私のワガママで、街の観光スポットに行ったり、美味しいものを食べ歩きしたり。ゆっくりと街を歩いていた。そして、そのまま夕方から美味しいお酒を呑んでいたのだけれども。食べ物が美味しくて、お酒も進んじゃって、楽しすぎてテンションが振り切っている。
あぁ、ちょっと酔っ払ってるのかな……?
外を歩いていると、冷たい空気が頬を撫でていくけれど、その冷たさも心地よく感じた。
「楽しそうでよかった。カノンちゃん、酔ってない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよー。少し酔っ払ってると思いますが、まだ記憶あります!」
「それなら、良かった」
彼は、そう言うと、そっと私の手を取る。
「ホテルに戻る前に、ちょっと歩こうか。酔い醒ましも兼ねて」
「お散歩ですね!」
「うん。もし、具合悪くなったらすぐ言ってね」
そのまま、レイさんは私の手をキュッと握って歩き出す。都内にいる時よりも、人目が少ないから、今日はくっついていても、そんなに心配にはならなかった。
街灯がポツポツと灯る道を通る。大通りから少し外れたこの道は、とても暗かった。
一体、どこまでお散歩なんだろう……?
「大丈夫? 歩くの早くない?」
時折、レイさんがそう聞いてくれる。そういったところも優しくて、大切にされてるのかなと嬉しくなった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
それからしばらく歩いて、角を曲がる。さっきの道よりも、人通りもなく、一人だったらきっと通らないだろうな……という所を歩いているうちに、公園に着いた。
「公園?」
「俺がね……ここにいた頃、よく通り道にしたり、友達と過ごしたりしたところ」
彼がポツリとそう言った。じゃあ、此処は、レイさんの思い出の場所……。
「俺さ、他のメンバーと違って、この街は中学くらいから上京するまでの期間しかいなかったから、トキほど郷土愛とかないんだけど……」
苦笑いしながらそう言うレイさん。
「でも、この公園は好きでね。放課後、友達と過ごしたり、一人でもよく来てた。
人も少ないからっていうのもあるけど、緑が多くて静かで、頭の中ぐちゃぐちゃしてきたら、ここに来て、思いっきり走ったりしてた」
懐かしむように、遠くを見つめながら、ポツポツと話してくれるレイさん。
「そんな大事な場所に連れてきてくれたんですね……」
「うん。ホテルも近いし、ちょっと寄りたくなって。付き合ってくれてありがとう」
「いいえ! こちらこそありがとうございます。すごく素敵な所……」
繋いでいた彼の手を離して、ちょっと先まで歩く。空気が冷たすぎて、鼻も頰も痛いけど、この寒さが作る澄んだ空気が心地よかった。
まだ、子供だった彼が過ごした場所。あまり昔のことは聞かなかったから、ちょっとだけ、そういう部分に触れられて、嬉しかった。
ふと、乳白色の優しい光で灯る街灯を見る。
「あっ……」
雪だった。
白い花びらみたいに、ひらひらと舞っていた。
自分が住んでる場所で見る雪と、ここで見る雪はこんなに違うのだろうか……?
「あぁ、雪降ってきたね。帰ろうか」
レイさんが、私の傍に寄ってきながらそう言ったけれど、私は首を横に振る。
「もう少し見ていたいです」
「でも、ほっぺた、しもやけになるよ?」
「でも……東京で見る雪とは違う気がするんです……。花びらとか、羽根みたいに綺麗に見えるから……」
私がそう言うと、少しびっくりしたような顔をする彼。
「そんな風に見えるの?」
「はい。なんででしょうね? あの歌みたい」
そう言って、Luarの歌を小さく口ずさむ。
「そっか……。そう見えたならよかった」
「住んでると、大変なことが多いでしょうけど、雪って綺麗だと思います。この公園で、レイさんと見たからかも知れないですけど……」
掴めないけれど、街灯に照らされる雪を掴みたくて手を伸ばす。手に当たった雪は、じんわりと、手の温度で溶けていく。
「ふふっ……。ここ、気に入った? 春はね、桜も綺麗なんだよ」
「そうなんですか! そしたら、また暖かくなった頃に来たいです」
私がそう言うと、彼が、私の頰に手を当てる。
「ほら、すっごく冷たくなってる。帰ろうか」
思っていたよりも、彼の手が温かくてびっくりした。
そのせいなのか、この場所のせいなのか分からないけれど、少しだけ視界が滲んだ。
「へへっ……レイさん、今日は手、あったかいんですね。レイさん、いつも手は冷たいのに」
「カノンちゃんが冷えすぎてるんだよ……って、どうしたの?」
レイさんが、私の顔を見つめて、目を丸くした。
「あはは……なんかっ……涙出て来た……悲しくないですよ。レイさんの大事な場所に連れて来てもらって、一緒に見た雪が綺麗すぎたんです」
何故か、涙がポロポロと零れていく。
私の様子に、彼がちょっと困ったように一息ついて……。
「!」
唇が重なった。
やっぱり冷えてるのかな……?彼の唇がとても温かく感じた。
「さぁ、帰ろう。風邪ひくよ」
「はい。寒くて、酔いも醒めちゃいました」
「じゃあ、帰ったら飲み直す? それともお風呂にする?」
「そうですねぇ、お風呂にしましょうか」
そんなことを話しながら、やっぱり寒いので、お互いの手の温もりで暖を取りながら、ホテルまでの道を歩いて帰った……。
大好きな人の故郷で、
大好きな人と見た雪は、
今までで一番、綺麗で儚く見えた。
多分、この時に見た雪以上に、美しいと思える雪はもう無いだろうな……と、歩きながらそう思った。