夢と現と妄想と〜Rêve et réalité et illusion et〜
「ありがとうございましたー。お気をつけて」
今日最後のクライアントを見送る。辺りはもうとっくに暗くなっていて、お店の周りの景色が煌びやかになっている。
そう、クリスマス。
これからデートだというお嬢さんに、フェイシャルトリートメントをやったり、今年一年、頑張ったご褒美というお客様が来たりと、クリスマスシーズンはすごく忙しい。
そして、今年のクリスマスは土日に重なるというカレンダーだから、Luarもクリスマスライブというスケジュール。
もう、何年もクリスマスを恋人と過ごすなんてことはしてきていないけど、やっぱりこの空気にあてられると、心のどこかで寂しい気もしている。
たまには休んでもいいかな?なんて思うけれど、休んでもどうせ一人なのだから、仕事して稼いでいる方がよっぽどいい。
「あぁ……やっぱライブ行きたかったな……」
なんて、叶いもしないことを口にしてみる。スケジュールが半年前から分かっていても、この稼ぎ時に店を閉めるのは、経営者としては勿体無い。
ライブに行きたい気持ちを『ものすごく重たい蓋がついた入れ物に押し込んで無理やり封をする』ような感じで、チケットの申し込みをしなかったのだ。
でも、クリスマスが終わったと同時に、その蓋は開いてしまった。
「はい、今年のクリスマスも終わりましたー。次は年の瀬でーす。今年も、もう終わりまーす」
投げやりな独り言を言って、片付けを始めた。
***
「ふぅ」
家に着いて、コートを仕舞ってからリビングのソファーに座る。
今日は忙しかったから疲れた。明日はお休みにしてあるから、また、年末の30日まで頑張って働こう。
ソファから立ち上がって、洗面所でメイクを落として、そのままバスルームへ向かう。
寒いけれど、今からお湯を溜めるのも面倒。シャワーのお湯を熱めにして、そのままさっさと済ませてしまった。
***
「あぁ……疲れた」
シャワーから上がって、年末の特番も面白くないから、適当にCSをつけておく。
最低限のスキンケアはしたけど、濡れた髪はそのまま。ビールを開けて、ダラダラとテレビを見ていた。
Luarは、今日はライブの開始時間が早かったから、もう打ち上げしてるかな……?
SNSを立ち上げると、レイさんはツイートだけしていた。
楽しいライブだったのならよかった。
そのうち今日のライブもパッケージになるだろうから、それを買って見ることにしよう。……と、思ってみるけれども、どこかうっすらと寂しい気がしている。
別に今日がクリスマスだからというわけじゃない。
12月なんて、きっとみんなそうだろうけど、全力で仕事をしてきたから、少しご褒美が欲しいだけ。
きっとクリスマスが盛り上がってるのも、みんなにとってのご褒美みたいなものなんだ。
私の仕事が、この時期に忙しくなるのも、頑張ってきたことを自分で労う人たちがいるから。
一年頑張ったね と、労ってくれる人がいるから。
「そ、ご褒美」
そう呟いて、ビールを喉に流し込んだ。
***
「あれ……」
気がついたら、寝ていたようだ。あぁ、日付変わっちゃった……テレビも付けっ放し……。
自分のだらしなさにがっかりしつつ、ふと、スマホを見る。画面の通知には、数分前に、レイさんからの着信履歴。
「あれ、今打ち上げじゃないのかな?」
着信が残るなんて珍しいから、掛け直す。数コール鳴ると、彼の声がした。
【はい】
「レイさん、お疲れ様です。さっき電話をいただいたみたいですけど、どうしたんですか?」
【あ、ごめんね、掛け直させちゃって。もうすぐ着くから、鍵開けておいてくれる?】
「え? もうすぐ着くって?」
【もうカノンちゃんの家の近くにいるから。あ、着いた。後でね】
彼がそう言うと、電話が切れた。
「え?」
寝起きの頭のせいで状況が飲み込めない。どうしてレイさんが家に来るんだ?
さっきライブ終わったばかりで、今は打ち上げ中じゃないの?
とりあえず、飲み終わったビールの缶を片付けて、玄関の鍵を開けておく。
暫くすると、玄関のドアが開いた。
「カノンちゃん!」
ニコニコしながら家に入ってきたレイさん。さっきの電話の様子だと、タクシーか誰かに送ってもらって来たのだろう。
レイさんは、お酒が入っているせいか、上機嫌な様子だった。
「急にどうしたんですか? 打ち上げ中でしょう? みんなと一緒じゃなくていいんですか?」
「もう、打ち上げ一次会は終わったの。二次会行くくらいなら、今日はカノンちゃんのとこ行こうと思って」
そう言いながら、コートを脱いで私に手渡してくるレイさん。
「そんな……ライブ後で疲れてるのに……」
「いいの」
玄関の鍵を閉めて、レイさんのコートをクローゼットに仕舞いに行く。レイさんはその間に、慣れたように洗面所で手を洗って、リビングのソファに掛けていた。私も、リビングに戻って彼の隣に座る。
「明日はお休みでしょ? 俺も休みだし」
そう言って、私の頭を撫でるレイさん。
「あれ、カノンちゃん髪濡れてるよ?」
「あぁ……シャワーして、そのままビール飲んでたらちょっと寝ちゃったんですよ。それでレイさんの電話も気づかなくて……」
正直、レイさんが来るなんてことはこれっぽっちも予測していなかったから、かなりだらしない姿で恥ずかしい。さっきまで、ビールの缶転がってたし。
「そっか……。今日もお客さんいっぱいだった?」
「はい、明日休みにしたので、ちょっと遅くまで予約入ってて」
「そっか。お疲れ様」
レイさんの胸に頭を乗せるような感じで抱き寄せられた。
くっついてみたら、結構温かい。なんだかほっとして、一息ついた。
「レイさんもお疲れ様でした。クリスマスライブ楽しかったですか?」
「うん。すごく楽しかったよ。また面白い演出を思いついたから、次のツアーでやろうかな」
「ふふふ。次のツアーは私も行けると思います。楽しみにしてますね」
そう言ったら、頭を撫でられる。
「……今日来たかったんだろうなって、ライブ中に思ったら、会いたくなったんだ」
「えっ……」
彼の言葉に驚いて、顔を上げた。
「クリスマスでも、一生懸命、人を癒やしてる君に、ご褒美をあげたくて」
「っ……!」
彼の言葉に驚いて声が出なかった。
今まで、そんな風に考えたことがなかったから、思わず黙ってしまったけれど、核心を突かれた気がして泣きそうになった。
レイさんが、私の手を取って、ギュッと握った。そのまま、顔を近づけられて唇にキスをされる。
「はい、ご褒美」
「?」
握られた手に何かある。
「あっ……」
「この二日間の為に作ったクリスマスデザイン!大抵は終わる頃に殆ど投げちゃうけど、これは、カノンちゃんの分で持って帰ってきたんだ」
掌には、彼のピック。
彼はピックデザインするのが好きで、イベント毎に違うデザインとか、日付入れたりとかマメにしているので、ファンの間ではREIのピックをコレクションしたいという人が多い。
「ぅわぁぁぁ……これは……!ありがとうございます!」
嬉しくて、レイさんに思い切り抱きつく。
「喜んで貰えてよかった」
クリスマスなのに色気がないプレゼントだけどね。なんて、彼は笑っていた。
やさぐれていたところに、サプライズで会いに来てくれて、プレゼントまでくれるなんて、私には充分すぎるくらいのご褒美だった。
「レイさん……」
嬉しすぎて、視界が滲む。
「ん?」
「っ、大好きですっ……」
涙声でそう言った。
彼は、少し笑って、泣かないでと言いながら頭を撫でてくれた。
外のイルミネーションみたいに、華やかさはないけれど。日付も変わってしまったけれど。
今までで、一番幸せなクリスマスだった。
今日最後のクライアントを見送る。辺りはもうとっくに暗くなっていて、お店の周りの景色が煌びやかになっている。
そう、クリスマス。
これからデートだというお嬢さんに、フェイシャルトリートメントをやったり、今年一年、頑張ったご褒美というお客様が来たりと、クリスマスシーズンはすごく忙しい。
そして、今年のクリスマスは土日に重なるというカレンダーだから、Luarもクリスマスライブというスケジュール。
もう、何年もクリスマスを恋人と過ごすなんてことはしてきていないけど、やっぱりこの空気にあてられると、心のどこかで寂しい気もしている。
たまには休んでもいいかな?なんて思うけれど、休んでもどうせ一人なのだから、仕事して稼いでいる方がよっぽどいい。
「あぁ……やっぱライブ行きたかったな……」
なんて、叶いもしないことを口にしてみる。スケジュールが半年前から分かっていても、この稼ぎ時に店を閉めるのは、経営者としては勿体無い。
ライブに行きたい気持ちを『ものすごく重たい蓋がついた入れ物に押し込んで無理やり封をする』ような感じで、チケットの申し込みをしなかったのだ。
でも、クリスマスが終わったと同時に、その蓋は開いてしまった。
「はい、今年のクリスマスも終わりましたー。次は年の瀬でーす。今年も、もう終わりまーす」
投げやりな独り言を言って、片付けを始めた。
***
「ふぅ」
家に着いて、コートを仕舞ってからリビングのソファーに座る。
今日は忙しかったから疲れた。明日はお休みにしてあるから、また、年末の30日まで頑張って働こう。
ソファから立ち上がって、洗面所でメイクを落として、そのままバスルームへ向かう。
寒いけれど、今からお湯を溜めるのも面倒。シャワーのお湯を熱めにして、そのままさっさと済ませてしまった。
***
「あぁ……疲れた」
シャワーから上がって、年末の特番も面白くないから、適当にCSをつけておく。
最低限のスキンケアはしたけど、濡れた髪はそのまま。ビールを開けて、ダラダラとテレビを見ていた。
Luarは、今日はライブの開始時間が早かったから、もう打ち上げしてるかな……?
SNSを立ち上げると、レイさんはツイートだけしていた。
楽しいライブだったのならよかった。
そのうち今日のライブもパッケージになるだろうから、それを買って見ることにしよう。……と、思ってみるけれども、どこかうっすらと寂しい気がしている。
別に今日がクリスマスだからというわけじゃない。
12月なんて、きっとみんなそうだろうけど、全力で仕事をしてきたから、少しご褒美が欲しいだけ。
きっとクリスマスが盛り上がってるのも、みんなにとってのご褒美みたいなものなんだ。
私の仕事が、この時期に忙しくなるのも、頑張ってきたことを自分で労う人たちがいるから。
一年頑張ったね と、労ってくれる人がいるから。
「そ、ご褒美」
そう呟いて、ビールを喉に流し込んだ。
***
「あれ……」
気がついたら、寝ていたようだ。あぁ、日付変わっちゃった……テレビも付けっ放し……。
自分のだらしなさにがっかりしつつ、ふと、スマホを見る。画面の通知には、数分前に、レイさんからの着信履歴。
「あれ、今打ち上げじゃないのかな?」
着信が残るなんて珍しいから、掛け直す。数コール鳴ると、彼の声がした。
【はい】
「レイさん、お疲れ様です。さっき電話をいただいたみたいですけど、どうしたんですか?」
【あ、ごめんね、掛け直させちゃって。もうすぐ着くから、鍵開けておいてくれる?】
「え? もうすぐ着くって?」
【もうカノンちゃんの家の近くにいるから。あ、着いた。後でね】
彼がそう言うと、電話が切れた。
「え?」
寝起きの頭のせいで状況が飲み込めない。どうしてレイさんが家に来るんだ?
さっきライブ終わったばかりで、今は打ち上げ中じゃないの?
とりあえず、飲み終わったビールの缶を片付けて、玄関の鍵を開けておく。
暫くすると、玄関のドアが開いた。
「カノンちゃん!」
ニコニコしながら家に入ってきたレイさん。さっきの電話の様子だと、タクシーか誰かに送ってもらって来たのだろう。
レイさんは、お酒が入っているせいか、上機嫌な様子だった。
「急にどうしたんですか? 打ち上げ中でしょう? みんなと一緒じゃなくていいんですか?」
「もう、打ち上げ一次会は終わったの。二次会行くくらいなら、今日はカノンちゃんのとこ行こうと思って」
そう言いながら、コートを脱いで私に手渡してくるレイさん。
「そんな……ライブ後で疲れてるのに……」
「いいの」
玄関の鍵を閉めて、レイさんのコートをクローゼットに仕舞いに行く。レイさんはその間に、慣れたように洗面所で手を洗って、リビングのソファに掛けていた。私も、リビングに戻って彼の隣に座る。
「明日はお休みでしょ? 俺も休みだし」
そう言って、私の頭を撫でるレイさん。
「あれ、カノンちゃん髪濡れてるよ?」
「あぁ……シャワーして、そのままビール飲んでたらちょっと寝ちゃったんですよ。それでレイさんの電話も気づかなくて……」
正直、レイさんが来るなんてことはこれっぽっちも予測していなかったから、かなりだらしない姿で恥ずかしい。さっきまで、ビールの缶転がってたし。
「そっか……。今日もお客さんいっぱいだった?」
「はい、明日休みにしたので、ちょっと遅くまで予約入ってて」
「そっか。お疲れ様」
レイさんの胸に頭を乗せるような感じで抱き寄せられた。
くっついてみたら、結構温かい。なんだかほっとして、一息ついた。
「レイさんもお疲れ様でした。クリスマスライブ楽しかったですか?」
「うん。すごく楽しかったよ。また面白い演出を思いついたから、次のツアーでやろうかな」
「ふふふ。次のツアーは私も行けると思います。楽しみにしてますね」
そう言ったら、頭を撫でられる。
「……今日来たかったんだろうなって、ライブ中に思ったら、会いたくなったんだ」
「えっ……」
彼の言葉に驚いて、顔を上げた。
「クリスマスでも、一生懸命、人を癒やしてる君に、ご褒美をあげたくて」
「っ……!」
彼の言葉に驚いて声が出なかった。
今まで、そんな風に考えたことがなかったから、思わず黙ってしまったけれど、核心を突かれた気がして泣きそうになった。
レイさんが、私の手を取って、ギュッと握った。そのまま、顔を近づけられて唇にキスをされる。
「はい、ご褒美」
「?」
握られた手に何かある。
「あっ……」
「この二日間の為に作ったクリスマスデザイン!大抵は終わる頃に殆ど投げちゃうけど、これは、カノンちゃんの分で持って帰ってきたんだ」
掌には、彼のピック。
彼はピックデザインするのが好きで、イベント毎に違うデザインとか、日付入れたりとかマメにしているので、ファンの間ではREIのピックをコレクションしたいという人が多い。
「ぅわぁぁぁ……これは……!ありがとうございます!」
嬉しくて、レイさんに思い切り抱きつく。
「喜んで貰えてよかった」
クリスマスなのに色気がないプレゼントだけどね。なんて、彼は笑っていた。
やさぐれていたところに、サプライズで会いに来てくれて、プレゼントまでくれるなんて、私には充分すぎるくらいのご褒美だった。
「レイさん……」
嬉しすぎて、視界が滲む。
「ん?」
「っ、大好きですっ……」
涙声でそう言った。
彼は、少し笑って、泣かないでと言いながら頭を撫でてくれた。
外のイルミネーションみたいに、華やかさはないけれど。日付も変わってしまったけれど。
今までで、一番幸せなクリスマスだった。