サイドストーリー
side:リド
ごくごく普通の平凡な村、森に囲まれたこの村は少しばかり貧しくて、王国から遠かったけれど村人たちは仲が良く、活気があった。僕はそんなシファー村の出身で、妹のリンと二人で暮らしている。お父さんとお母さんは、小さい頃に魔物に襲われて死んでしまった。親戚もいないから、僕がリンを守っていかなきゃいけない。幸い村の人たちは協力的だし、両親が残してくれた家もある、僕もリンを守るためにたくさん魔法を勉強した。もう一人で魔物の討伐だって出来る。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ただいま、リン。」
だから、魔物を狩って、爪や翼など、加工できる素材を売って生活をしている。遠くにいくと家に戻ってこれないから、ちょっと収入は少ないけど、リンを一人にするよりは良い。それに、僕が我慢すればリンにはたらふく食べさせてやれるから、僕はこれで幸せだった。
今日も魔物の死骸を換金して家に帰ってきたところだ。
「晩御飯の買い出しに行くからリンもおいで、そろそろ誕生日だろう?お金もためときたいし、先に欲しいものでも見付けに行こう」
「本当!?行く!」
どたばたとリンが支度をはじめるのを目を細めて見守る。僕より二歳年下で誕生日が遅いリンはそろそろ誕生日なのだ、毎年プレゼントをあげているから、今年もリンがほしいものをプレゼントしたい。
「準備できたよ!」
「じゃあ行こうか。」
リンの手を握り、村に出た。商店街をうろついてリンの様子を見る。視線で大体何がほしいのかわかるからだ。そうしていると、リンが瞳を輝かせる。視線の先はファンシーショップだ。奥の方にベアーのぬいぐるみがある。リンが好きそうな可愛いリボンが頭につけられていて、服も女の子が好きそうなピンクのふりっとした服を着ていた。リンは確かピンク色が好きだったから、なんとなくあれが欲しいのだとわかった。
「リン、あのぬいぐるみ欲しい?」
店の外から指を指してみると、リンが図星だったのか慌て出したものの、直ぐに照れくさそうに笑った。
「お兄ちゃんはリンのこと何でもわかるね」
腕に抱きついてくるリンの頭をもう片方の手で撫でた。可愛らしくて思わず頬が緩む。両親を失った僕に残された、たった一つの希望、この笑顔の為なら僕は何だってする。例え世界が敵に回ろうともリンだけは僕が守るんだ。
「お兄ちゃんだからね♪」
「えへ~!お兄ちゃんすごい!」
頭を撫でたままぬいぐるみの金額を確認する。大きいからやっぱりちょっと他のものより高いみたいだ、でも、少し狩りの量を増やせば今からでもリンの誕生日に追い付きそうだ。
「取り置きとか出来るかなぁ…」
一番はそこが問題だ。リンの誕生日の前に買われてしまったらリンは悲しむだろうし、聞きに行かないとと思ってリンとお店に入った。店員さんに近付いて、取り置きが出来るか質問してみる。少し考えていたけど、前金を数千フィア払うことで取り置いてもらえることになった。これであとは僕が頑張るだけだ。
「良かったね、リン」
「うんっ!」
可愛い笑顔を向けられて、笑顔で返す。
気分が良い、心弾むまま晩御飯の買い出しをしてから二人で家に帰った。手を洗ってリンには多めにおかずを作ってあげよう、育ち盛りなんだから沢山食べて欲しいし、僕の作った料理で笑顔になってもらうのが嬉しいから。
「リンも手伝う~!」
「じゃあ料理ができたら運んでもらおうかな?お茶やお箸とかもお願い出来る?」
「は~い!」
ぴょんぴょん跳ねるリンが食器を運んでいく。ちょっと危なっかしいけど料理に集中しなきゃと目を離した瞬間、
ーーガシャン!!ーー
ビックリするほど大きな音が鳴った、驚いて振り返るとリンが転んでいる。僕は焦って火を止めてリンに駆け寄った。リンの前には食器や料理が散ってしまっている。
「ごめ、なさ…おにいちゃ…料理が…」
「料理はまた作れば良いから!それより怪我はない?」
泣きそうなリンを抱き締めて撫でてやると我慢していた涙がリンから溢れた。本当にリンは目を離すと危ないんだから…、大丈夫だろうか?僕ももう少し的確に指示してあげれば良かった、一つずつ持っていかせれば大丈夫だったかもしれないのに。
「リンはへいき…ごめ、ごめんなさい…」
「大丈夫だよ。……ほら見て」
僕は魔法で飛び散った料理や割れた食器を浮かせてニコニコマークを作ってみた。
「みんな許してくれるって言ってるよ。失敗しちゃうことなんて誰にでもあるんだから、次は頑張ろうね♪」
「…!うん!」
泣き止んでキラキラとした瞳を向けるリンの額に口づけて、ほわほわと浮かせたものをまとめて袋にいれた。割れた食器は分けて別の袋にいれて外に出しておき、掃除も魔法で済ませた。
「…えへへ、優しいし、お兄ちゃんはすごい!リン、もっと頑張る!」
「うん、リンは良い子だね♪僕もごめんね、次は一つ一つ指示するから。…やれるかな?」
「やれる!」
ふんす、とやる気を出して泣くのをやめてくれたリンに微笑みかける、もう一度料理を作りながら、リンに指示を出す。次は気を付けて運んでくれる。何とか上手くいきそうだ。
「出来た!」
すべての料理が運ばれて晩御飯の時間だ。手を洗って椅子に座る。
「いただきます!」
「ふふ、いただきます」
元気いっぱいのリンに笑顔をもらえる。十歳の僕と八歳のリン、二人でこのまま成長して、リンに素敵な男の人が出来て…結婚とか、するんだろうな。その時は泣いてしまいそうだ。リンが幸せになってくれることが僕の幸せ、ずっとこんな日々が続けば良いな。
ーー
数日後
最近帰りが遅くなっている、誕生日プレゼントの為にちょっと頑張りすぎてる気がする。お金を節約するために僕の分のご飯を減らしつつ、森に行く時間が増えてるから疲れてきてるのかな…。でも、ご飯が少ないのも慣れてきたし、誕生日までは我慢できそうだ。そう思いながら帰宅する。
「ただいま」
「わっ!!お、おにいちゃん!?」
家に入るとリンが慌てている、キッチンで何かしているようで目を丸めた。
「ごめんっ僕、帰るの遅かった?ご飯待てなかった?」
「あぅ、あの、えっと、えっと…」
リンがどもっている、最近確かに帰るのは遅くなっていたけれど夕方までには帰るようにしていた、しかし今までより遅かったのは事実で、耐えられなかったって不思議じゃない。
「今から作るから待ってて」
エプロンを取り出して手を洗うとリンが抱きついてきた。どうしたんだろう?
「きょ、今日はリンがつくったの……」
「えっ?」
蛇口の水を止めて唖然とする。リンが料理を?
「お兄ちゃん最近忙しそうだから、料理くらいリンがって思って…お兄ちゃんの真似して作ったんだけど、うまくつくれなくて…」
僕から離れたリンは隣の部屋から一枚お皿を持ってきた。その上にはぐちゃぐちゃのオムライスが乗っている。
「お兄ちゃん…リンが好きだから沢山オムライス作ってくれるよね、沢山見てるからリンもオムライスなら作れるかもって思ったんだけど、卵がぐちゃぐちゃになっちゃって…」
……やばい、嬉しすぎて言葉が出てこない。泣きそうなくらい嬉しくて頬が緩む、言葉がでない代わりにリンの頭を撫でまくった。
「ありがとうリンっ、すごい嬉しい…!」
嬉しすぎて顔がゆるゆるになる、笑顔を浮かべて見ればリンが嬉しそうに笑った。
「リンの分は?まだ作ってないなら僕が作るよ」
「あっ、駄目!先に食べてっ、冷めちゃう!」
「お腹すいてないの?」
「すいたけど先に食べてほしいの~!」
駄々をこねながらオムライスをテーブルに置かれる。微笑ましくて笑顔がやまない、スプーンをもって大人しく椅子に座った。リンがはじめて作ってくれた料理だ、嬉しすぎて心が跳び跳ねている。いただきますと挨拶をしてからじっと見詰めてくるリンを見ながら一口、口のなかにぐちゃぐちゃのオムライスを含んだ。
「う゛…っ!?」
「えっ!?」
ま、待って、これ、何これ?これオムライスだよね?え、オムライス?これオムライス??
不快な感触、もちゃもちゃと口のなかに残るベタベタなチキンライスと意味がわからない程に甘いぐちゃぐちゃの卵の味がする。飲み込んで手で口を塞ぎながら目の前にあるものを確認する。いやこれオムライスだよね?
「……リン、これ、すごく甘いね…?」
「えっ、甘いのはお砂糖!いつも入れてるよね…?お兄ちゃん甘いもの好きだから多い方がいいかなって…入れ物傾けたとき出てきた分全部いれちゃった…ま、待って」
リンがスプーンを持ってきては一口オムライスを食べて顔を真っ青にする。
「まずい~~~!!ご、ごめんねお兄ちゃん作り直すね!!」
涙目になってリンが焦る。なんだかおかしくなってきた。
「ふ、ふふ、あはははっ!」
「お、お兄ちゃん…?」
必死になって作ってくれたリンに対して嬉しいという気持ちが強い。不味かったのにリンからの優しさが最高のスパイスで、幸せな気持ちになれる。心がぽかぽかあたたかくなって笑いが止まらない。
「作り直さなくて良いよ、リンが作ってくれたってだけで美味しいよ」
ひとくち、ひとくちと食べ進めていく。口の中は不思議な味が広がるのにこの空間が、時間が幸せだ。
「大丈夫…?」
「うん、ごちそうさま♪」
オムライスを完食しては食器を片付けた。
「リン、リンの分のオムライス作るから、ついでに作り方教えてあげるよ」
「!本当?」
幸せ者だなぁ、僕、世界で一番幸せかもしれない。そう思いながら二人でリンの分のオムライスを作った。まだ上手く焼けなくてリンが卵をぐちゃぐちゃにしていたけど、それでも味は美味しかった。成功だと二人で顔を見合わせて笑う。
それから僕が遅い日は、たまにリンがオムライスを作ってくれるようになった。少しずつ他の料理も教えていったけど、リンが好きだからか教えてもオムライスばかり出て来て笑ってしまった。それでも僕は構わなかったんだ、リンと一緒に過ごすのが幸せだったから。
でも、それからまた数日後に事件は起こった。
「ただいま」
いつものように魔物を狩ってから家に帰るが、入った途端違和感を感じる。電気が付いてない、もしかしてご飯を食べる前に寝てしまったんだろうか?
「リン?」
明かりを付けて周りを見渡すもリンの姿がない。部屋を確認してもいない。何処かに出掛けている?出掛けるにしてもこの時間にはいつも帰ってる筈なのに。背筋が凍る、嫌な予感がして家を飛び出した。
「リン!!」
大きな声で呼びながら商店街の方に走っていく。いやに静かだ、この時間は賑わってるはずなのに…。そう思って周りを見渡すと嫌な気配がする、静まり返った商店街からファンシーショップの店員さんが出てくる。
「……あの、これは…」
「ごめんね、ごめんね…」
話し掛けようとしたらいきなりスタンガンを振りかぶられた。人には向けないつもりだった魔法を思わず展開して防御すると店員さんの顔色が悪くなる。
「どういう事ですか、それに誰ですか…周りにいる人たちは」
どこに──と聞こうとした瞬間、目の前の店員さんの頭が弾け飛ぶ。首から上が途端に破裂し、人の形を保っていたはずの肉片がこちらに飛んできた。
困惑より先に胃の中のものが込み上がる感覚がする、口を手で押さえていると、胴体だけになった店員さんの体は倒れ、その奥から人が歩いてきた。
「いやぁ、素晴らしい!!」
影に隠れていた人たちが次々と出てくる中、豪勢な服装をした男が手を叩きながらこちらに近付いてくる。あれ、この人…
「…国王様…?」
間違いない、国王様だ。驚きが隠せないまま国王様を見ていると国王様はにんまりと笑顔を浮かべた。
「ここに魔法の才能がある子がいるって聞いて迎えに来たんだよ。この人には悪いことをさせた、どれくらい使えるのか見てみたかったんだ、乱暴な真似をしてすまないね。」
「……迎え?」
意味がわからない、乱暴な真似をさせた、なら先ほどの店員さんの行動は国王様の命令?だが、僕が魔法を使ったところをみられたのなら店員さんの頭を破裂させる必要はない。おかしい、嫌な感じがする。
「君のことだよ、ぜひ国に協力してほしい。先程家に行っても居なかったから、見付けられて良かった」
「!リンは!!」
僕を迎えに来たとか訳のわからない話はどうでもいい、家に来たってどう言うことだ、リンは?こいつらがリンを連れ去ったのか?
「あの女の子ならこちらで保護しているよ。事情を話して先に施設に入ってもらっている」
「リンに手荒なことはしてないでしょうね」
「してないさ、この話は君にとっても、彼女にとっても良い話なんだよ。まあ聞きなさい」
「………」
ここで言い合っても埒があかない、とりあえず僕は大人しく国王様の話を聞くことにした。
「君には魔法の研究をしてもらいたいんだ。勿論、我々の運営する施設に入るから生活費も、食費も我々がもつ。ある段階まで魔法の研究が終われば君は施設を出て良い。君の妹もお世話するよ、どうかな?」
「お断りします。」
「ほう、何故?」
何だこの国王は、この人が本当に国のトップなのか?まだ十歳の僕でもこの提案がおかしいことくらいわかる。子どもだからなめてるのか、それとも本気でこれに応じたとき僕らの利益の方が多いと思っているのか?
「段階が決定してない研究に終わりが見えませんし、僕は魔法の研究をしたい訳じゃない。生活も二人でなんとか出来てます。なのでこの話は…」
「国王に逆らい、国の為に働かないと?」
「……言葉を選ばなければ、そう言うことになるかもしれませんね」
何だこの人、極端な言い方をしてきても結論は変わらないぞ。
「反逆的な思考は危険だ、これを断るのなら君を殺さないといけない。勿論、君の妹も」
「は?」
なに、いったい何を言ってるんだ?反逆的な思考?理不尽な提案を断っただけなのに殺す?僕と、リンを?
「リンは関係ないでしょう…!!」
「君と同じ血が流れてるんだ、反逆的な思考に至るかもしれない」
「なにを…言っているんですか…!?」
国王は至って真剣にこちらを見ている。何で、どうしてそういう事になる、意味がわからない。こじつけにも程がある。
「じゃあ妹ごと殺すとしよう」
「待っ…!リンは殺さないでください!僕を殺すのは構いません、でもリンだけは!!」
「君が研究をするというなら生かしてあげるんだがね」
駄目だ、話が通じない、完全にリンを人質にとられている。このままじゃ平行線だ。反発し続けてもリンを殺される、それなら受け入れた方がまだ…こいつを信用はできないが、リンが殺されない確率は上がるはず。それに、話し続けていたって相手は話す気がないんだ、これは脅迫でしかない。
「……わかり、ました。ついていくので…リンは助けてください…」
「物わかりの良い子だ、妹の安全を保証するよ」
さっきまで殺すと言っていたくせに、どの口がそんなことを言うんだ。
「施設に入る前に、リンに…会えますか?」
「……良いだろう」
「ありがとうございます」
国王が歩き出す、周りの人達に促されてその後をついていった。少し離れたところに馬車があり、押されるがまま乗り込んだ。すると、後ろの方で村中に炎が巻き上がったのが見えた、驚いて足を止めるも、知らない大人に馬車に押し込まれる。
「待っ!なんで、なんで僕たちの村が…!」
「君以外価値がないからだよ。価値のない人間が、君の事を知っているのは困るんだ…無知な人間は言いふらすかもしれないからね。」
殆どの人は殺されたと、店員さんが殺された時点で考えはしていた。だが、まだ人が居た可能性を考えて、念入りにシファー村を殲滅したんだ。僕の故郷が、僕の知らないやつの手で燃え盛っていく。焼け焦げた臭い、炎の音、目に映る赤色は、馬車の窓を塞がれてすぐに見えなくなってしまった。思い出も、僕を知る人達も、心優しかった村の人達も、人の悪意で全てが無くなっていく。
僕はそこから知らない大人達に囲まれて施設まで移動していった。馬車からは外の風景が見られないようになっていて、良からぬ施設に連れていかれるんだろうなとは僕自身感じていた。だからと言って抵抗なんてしたらリンが殺されてしまう、僕が言いなりになるしかない。
唇を噛み締めてズボンを強く握った、どうして僕が、僕たちがこんな目にあわないといけないんだろう。両親が死んで、二人でひっそり暮らして来たのに。考えていると嫌な予感がした、もし、身寄りのない子どもだから選ばれたのだとしたら。それは僕たちが居なくなった時の事を考えているという事だ。僕たちが居なくなる可能性…つまり、永遠に監禁されるか最悪殺されるのではないかと想像ができたからだ。顔色が悪くなり、身体中から血の気が引く。世界が冷たくなったみたいに温もりが感じられなくて手が震える、酸素が薄くなって心臓の鼓動が早まった。
「着いたぞ」
上から大人の声がする、ハッとして我にかえれば汗を垂らしながら頷き馬車を降りた。目の前の施設を見ると普通の孤児施設に見える、だからと言って警戒を緩めることは無い、ここで安心するのは馬鹿のする事だ。先ずは守るかどうかはわからないが約束通りリンと会わせてもらって、逃げ出さないといけない。必要なら人を殺すことだって構いやしない、リンを守る為ならどんな悪事にも手を染めてやる。
「リンは…?」
殺意を心に隠しながら尋ねると、男はパネルを取り出して映像を映し出した。
『お兄ちゃん!』
「リン!?」
映し出された映像には、リンが部屋に閉じ込められているところだった。変な首輪が付けられている、やっぱり一筋縄じゃいかないか、何処にいるかわからなければ逃げることも出来ない。それに何だあの首輪、これじゃまるで
「あの首輪は君が反抗するとね、毒が注入される仕組みになっている」
「!!」
この野郎、やっぱりそう言うことか…!駄目だ、先手を打たれ過ぎている。
『…お兄ちゃん!リンは大丈夫だよ、暫くここで暮らせば良いんでしょ?だから大丈夫!…お兄ちゃんも同じ建物で暮らすんだもんね、会えないのは寂しいけど、一緒のところにいるなら…また会えるもんね!』
「リン……」
『お兄ちゃん頑張って!リン、応援してるから!またお仕事終わったらオムライスたべようね!』
何を言ってるんだ、そんな泣きそうな顔で笑って、僕の事元気付けようとして…今一番怖いのはリンのはずなのに。…僕はお兄ちゃん失格だな。僕は自分の両頬を思い切り叩いた。
『お兄ちゃ…』
「リン!ここを出たらぬいぐるみ買ってあげるから、待っててね!」
『…!うんっ!』
笑顔で微笑む、リンも笑顔で返してくれた。
ぬいぐるみなんて買えるわけがないとわかっていた、あの村の人達は、あの様子からすると皆殺しにされている筈。なぜなら、僕を誘拐することは誰にも知られちゃいけなさそうだった、それなのにこいつらは堂々と姿も、目的も店員さんに言っていたはずだ。その店員さんの頭部を破裂させたと言うことは、僕の魔法を見るついでに利用しただけで、はじめから殺す気だったはず。どこまでも外道な奴らだ、僕たちに帰る村はもう、ないのだろう。
「行くぞ」
そうすると映像を切られた。モヤッとするも反抗しても仕方ない、頷いて男についていく。
研究が終われば出ていける、その研究には果てがないとしても、誰よりも極めればきっとそれが果てに見えるはず。魔法の才能はある、知識も独学で身に付いてる、応用も問題ない。なら僕が、その果てを実現してやる。リンのために、僕たちのために!
そう、ここからが地獄の始まりだったんだ。
ーーー
あれから、何年たったんだろう。
施設に入れられてから恐らく5年程、毎日同じ時を過ごしている。一人部屋に連れていかれて、いきなり火の魔法で攻撃される。それを完全に防いではいけないと最初の頃に教わった。ギリギリのバリアを張って、死なない程度に魔法を受ける。何年もやればこなれた物だ、繊細な魔法はもう習得した。命を懸けて得たものは、異様な集中力と魔力操作で、魔法を使うにあたって必要な魔力の調整、それらを無駄なく出力するなんてもう何年も出来ている事だが、反復的な練習が必要らしい。火に対する耐性もついた。今までは火傷して傷を負っていたのに、今では熱さすら感じない。体には無数の火傷の痕があるのに、もうそれらが増えることはない。
火も、水も、風も、地も、闇も、光も…。求められた魔法は全て習得し、全てにおいて耐性がつくのも必然だった。当然打ち消せる力は言わなくてもつく。
その頃から研究員の指示が非効率だったので、作業を早めるために個人的に新たな魔方式を作り上げることに成功した。手に取るように魔法のことがわかる、式も、組み合わせも全てがわかる。常識で教えられる非効率的な魔法は使わない方が研究が進むと助言したのに、どうやら僕以外は非効率な魔法しか使えないらしい。研究にならない。常識にとらわれて死を恐れ安全性を確保した魔法なんて、科学となんら変わらない、人々の保身のためではいつまでたっても進化しない。
そんな日々を繰り返すとき、いろんな子供たちが入れ替わり立ち替わり入っては死んでいった。友だちになった子どもたちだって、翌日には死んでいることもある。数多の友が生まれ、ここで実験され死んでいった。此処に入れられてから数年生きているのは、僕くらいなんだろうな。
リンの声はたまに聞かせてもらえていたけど、最近はもうずっと聞いていない。無事だろうか?リンが無事なら僕がどうかなるくらい構わないけれど、今は保証されたことを信じるしか出来ない。僕って無力だな…
「喜べ実験体6969、はじめての最終段階に突入だ。」
用意された部屋に置いてあるひときれのパンを貪っていたら、施設の研究員が部屋に入ってきた。伸びた髪の毛を掴まれて引き摺られるのも、もう慣れた。なるべく傷まないように歩行速度を合わせるくらい意識しなくても出来るようになっていた。
「………」
「入れ」
「…はい」
見知らぬ部屋の前、いつも使う部屋とは違う部屋だ。何だかこの部屋に入ってはいけない気がする、虫の知らせと言うやつだろうか。それにも構わず歩を進め、部屋のドアを開いた。そこには…
「…………リン?」
「お……にい…ちゃ」
空気が固まる、息が出来ない。目の前に映っている光景は余りにも受け入れ難く、全身が爪の先まで冷え込む。もしも神がいるのなら、僕はきっと一生神を許さない。
映し出された現実には、リンが変異している様が見えた。異形の角が生えて、桃色に近かった髪の毛は真っ白に変色していた。ドラゴンと悪魔の翼が混ざったような歪な左翼と、獣のような真っ黒な手、鋭く伸びた太い爪、狐のような二俣の尻尾。一目見た瞬間、魔人になっていると理解した。
「なんで、リンが…どうして」
「来ちゃ駄目!!」
「え?」
頭が空っぽになってリンに近づくと、リンの叫び声が聞こえた。と同時に後ろから研究員に蹴り飛ばされて地面に倒れ込む、部屋の左右から研究員たちの拘束魔法で拘束され、魔力が奪われているのがわかった。
「な、なに、なんで」
「お前たち兄妹は本当に優秀で助かったよ。お前の魔力は破壊兵器の動力に、妹は俺たちの生きる破壊兵器になってもらう。その為に…動力となる人間の肉を与えないとな」
「う゛っ!!」
魔法の拘束が強まる、破壊兵器?リンが?僕がそのエサ?魔力をすいとってからリンのエサにしようって言うのか?僕を。
「生き残りたいなら妹を殺すしかない、ははは」
「~っ!」
力が入らない、魔力が抜けて体が怠い、咄嗟に魔力を内の方に閉じ込めて鍵をかけるもバレないように隠すにも限界があった。それに、魔力をどうにか出来たとしてこのままじゃリンが、リンが本当の魔人にされてしまう。でも、今の僕じゃ複数人の大人に太刀打ちできない、苦しい、視界が歪む。
「やだやだ!お兄ちゃんに乱暴しないで!!」
リンが暴れるもリンも拘束されていて鎖がじゃらじゃら鳴るだけだ。
……待てよ、僕が傷付いたらリンが……そうか、そういうことか…!
全てを理解したとき、床に突っ伏した僕の上から研究員の声と共に左目に何かが飛んできた。魔具、と理解した頃には急に片方の視界が真っ暗になり、血が吹き出る。
「あ……」
魔具は僕の眼球らしきものをプチリと僕の体から外し、残る右目にそれが映る。痛みに鈍感になっていた僕はそれに気付くのが遅れた。片目が潰れたことなんて、大した痛みじゃない、僕には。そう、僕しか何て事ないとわからない。あぁ、あぁ、駄目だ。血が吹き出てる僕なんて見たら…
「いやぁぁぁぁ!!!!!」
リンが叫び声を上げた。
この為だったんだ。僕の魔力を吸って、兵器の動力にしてから僕を傷付けることでリンの理性を失わせ、完全な魔人にすること。そして、そのエサに僕を与えること。全てがこいつらの思い通りだ、僕はリンを殺せないし、リンはそうして人ではなくなっていく。叫び声が人語じゃなくなり苦しむリンを見ながら、世界に絶望した。
僕は、何をしているんだろう。リンのために、リンとまた一緒に料理をして、オムライスを食べて、ぬいぐるみをプレゼントして…笑い合いたかっただけなのに。ただ普通に、明日は何しようねなんて言いながら日常を過ごしていたかっただけなのに。
あぁ……疲れちゃったな……。
リンの拘束が解かれて、研究員達が自分達だけを守るバリアを張る。僕も拘束が解かれ、リンの前に投げられた。
良いや、僕を殺すのがリンなら。リンになら殺されても良いよ。こんな世界で生きていくくらいなら、せめて最後は大好きな妹の手で。僕は抵抗せずに魔人になってしまったリンを見上げる。ごめんね、助けてあげられなくて。ごめんね、救えなくて。駄目なお兄ちゃんでごめんね、リン…。
「リン……ごめん、ごめんね…大好きだよ」
死を覚悟しながら微笑んだ。苦しみながらリンの大きな手が僕を掴む、そのまま持ち上げられて顔に近づいた。
「おに…ちゃ…」
リンの口が動く。世界が時間を置き去りにした、その一言が随分とゆっくり聞こえ、僕は目を丸めた。まだ、理性が…
「ごめんね、生きてね」
「え?」
リンの手から力が抜け、僕は宙に放り出された。
その時瞳に映ったのは、リンの哀しそうな顔と──
─────自分の鋭い爪で脳を突き刺すリンの姿だった。
潰れるリンの顔、爪が貫通する頭。吹っ飛んだ僕は床に這いつくばって、目の前の光景を片方しか無い目で見ることしか出来なかった。崩れていくリンの体に、大きな音。
世界が沈黙したと思えば、息絶えてしまった妹の姿が、そこにはあった。
「……リン」
「何をやってるんだ!!」
研究員たちが次々近寄ってきた、リンは、頭から大量の血を吹き出して死んでいた。唖然とするしか出来ない僕は、血にまみれたリンをただ見詰めていた。
リンが、なんでリンが、だってリンは、リンは僕のことを覚えていて…まだ理性を失っていなくて…
「こいつはどうする!」
「用済みだ!森に捨てて魔物に食わせてこい!跡形も無くだ!」
僕の髪の毛を掴んで研究員が引き剥がしてくる。力が入らない、伸ばした手が届かない、僕の世界が、望むべき未来が、生きる意味が、目の前で朽ち果てていく様が、視界から遠ざかっていく。
足掻け!もがけ!なんで!なんで!なんで力が入らない!!待って、まって、なんで、嫌だ!!
「やだ!!やだぁっ!!死なないで!僕を置いて逝かないで!!リンっ!!!!」
大きくあげた声は、無慈悲にも閉まる扉に阻まれる。必死に手を伸ばし、連れ出してくるクソ共を叩くも意味がない、研究員に拘束されて森に運ばれる。
リンは僕を生かすために自ら命を絶ったんだ、僕に価値がなくなってリンが死ねば、リンを生きた破壊兵器にしようとしていた奴らは僕どころじゃなくなる、リンを必死に蘇生しようとする筈。その隙に逃げるなり捨てられるなりされるとリンは思ったんだ。魔物がいる森に捨てられても僕なら大丈夫だって思って。きっと、魔力を隠していた事にリンだけが気付いていたんだ、だからリンは……僕がいたから、僕を生かすために、僕のせいで、リンは…リンは…
「役立たずが!」
研究員に捨てられる、そのまま研究員は施設に戻っていった。
やだ、嫌だよ、何で僕は生きなきゃいけないの?リンが死んでしまうくらいなら僕が死んだ方がよかった、リンにとってそれが不幸せなら、僕も一緒に死にたかった。リンと生きていけない未来なんて歩みたくない。
「たす、けて……たすけて、たすけてよぉ…」
涙が流れる。僕が全部悪いの?僕が、生まれてしまったから、シファー村も、リンも、死んでしまったの?
「誰か、助けて……っ誰かリンを助けて、悪魔だっていい、お願い、おねがい…生き返らせて……っ」
懇願したところで何が起きるわけでもない。声は森に響くだけ、誰も、誰も僕の声なんて聞いちゃいない。誰も、僕のことなんて見ちゃいない。誰も、助けになんて来ちゃくれない。無が、そこにはあるだけだ。
魔物の呻き声が聞こえる、囲まれているようだったが、僕が戦闘体制を取ることはなかった。死んでしまった方が、楽だ…。轟く声が唸りを上げて、魔物が僕に襲い掛かる。今いくよ、リン…。
『生きてね』
「!!」
目を伏せようとすると木霊する声。リンの、最後の言葉。
僕は立ち上がることもなく、魔方式を展開した。魔法が形成される、残しておいた魔力が、ようやく自由に使え始めたようだ。轟々と空を切る音を立てて展開された風魔法は、ケルベロスたちの体を骨ごと引き裂き、細かく刻んでいく。
「……あは、あはは、あはははっ!!」
あぁ、リン、リンって残酷だなぁ…。僕が君の願いを聞けないわけがないのに。それを知っていて僕に最後あんな言葉をかけたのかな?現実に生きるくらいなら、地獄におとされた方がまだましなのに、それでも僕に生きろって言うんだ。ねぇ、死ねない、死にたいのに死ねないよリン、死にたいよ、どうして生きてなんていったの。僕はね、リンに生きてほしかったんだよ。
「あはっ、あはははっ!」
生きたくない、もう嫌なんだ、いらない、いらない、いらない!!こんな絶望しかない世界なんて、リンがいない世界なんて!!
「あはははは……!」
なんの価値もない…!いらないんだ。こんな世界…
「はは…っ」
いらないなら壊してしまえば良いんだ。
壊れたように口から溢れていた笑い声が消えた。心は空虚のようで、もう涙一滴すら流れない。リンを殺してしまうこんな世界なんて、必要無いよね。
全部いらない、全部全部。リンが生きられなかったこの世界も、リンを殺した研究員達も、施設にいた奴らも、施設に協力した奴らも、こんな事をさせた国王も……、リンを守れなかったこの僕も。
僕はもうただの肉片となったそれを、魔法で焼いて、貪った。
まだ生きてやる。リンがそう望むのなら。
リンを守れなかった哀れで無力なリドは今ここで死んだ。僕はもう、誰も守れないひ弱な弱者をやめよう。誰しもを圧倒するくらい、誰かを守れる程に強い強者であろう、目的のためなら誰かを殺せるように、情をかけないように。
もう二度と哀れなリドと同じ様な人間を出さないために、もう二度と可哀想なリンと同じ末路を辿る子どもが出ないように。
全部全部やり遂げてやるんだ、仲間なんていらない、一人ぼっちで構わない、誰かがやらなくちゃいけないなら生きた屍である僕がこの世界を壊せばいい。救われるべき人間に悪事なんてさせる必要はない、辛いことは全て一人で背負えば良い。だって僕は強者であるべきだから。僕は、一人で何でも出来る強者でなければいけない、弱者は、大切な何かを失ってしまうから。
「あは…っ、おはよう、世界。」
革命を始めよう。この腐りきった世界を壊す、たった一人の革命を。
ーーーEnd
ごくごく普通の平凡な村、森に囲まれたこの村は少しばかり貧しくて、王国から遠かったけれど村人たちは仲が良く、活気があった。僕はそんなシファー村の出身で、妹のリンと二人で暮らしている。お父さんとお母さんは、小さい頃に魔物に襲われて死んでしまった。親戚もいないから、僕がリンを守っていかなきゃいけない。幸い村の人たちは協力的だし、両親が残してくれた家もある、僕もリンを守るためにたくさん魔法を勉強した。もう一人で魔物の討伐だって出来る。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「ただいま、リン。」
だから、魔物を狩って、爪や翼など、加工できる素材を売って生活をしている。遠くにいくと家に戻ってこれないから、ちょっと収入は少ないけど、リンを一人にするよりは良い。それに、僕が我慢すればリンにはたらふく食べさせてやれるから、僕はこれで幸せだった。
今日も魔物の死骸を換金して家に帰ってきたところだ。
「晩御飯の買い出しに行くからリンもおいで、そろそろ誕生日だろう?お金もためときたいし、先に欲しいものでも見付けに行こう」
「本当!?行く!」
どたばたとリンが支度をはじめるのを目を細めて見守る。僕より二歳年下で誕生日が遅いリンはそろそろ誕生日なのだ、毎年プレゼントをあげているから、今年もリンがほしいものをプレゼントしたい。
「準備できたよ!」
「じゃあ行こうか。」
リンの手を握り、村に出た。商店街をうろついてリンの様子を見る。視線で大体何がほしいのかわかるからだ。そうしていると、リンが瞳を輝かせる。視線の先はファンシーショップだ。奥の方にベアーのぬいぐるみがある。リンが好きそうな可愛いリボンが頭につけられていて、服も女の子が好きそうなピンクのふりっとした服を着ていた。リンは確かピンク色が好きだったから、なんとなくあれが欲しいのだとわかった。
「リン、あのぬいぐるみ欲しい?」
店の外から指を指してみると、リンが図星だったのか慌て出したものの、直ぐに照れくさそうに笑った。
「お兄ちゃんはリンのこと何でもわかるね」
腕に抱きついてくるリンの頭をもう片方の手で撫でた。可愛らしくて思わず頬が緩む。両親を失った僕に残された、たった一つの希望、この笑顔の為なら僕は何だってする。例え世界が敵に回ろうともリンだけは僕が守るんだ。
「お兄ちゃんだからね♪」
「えへ~!お兄ちゃんすごい!」
頭を撫でたままぬいぐるみの金額を確認する。大きいからやっぱりちょっと他のものより高いみたいだ、でも、少し狩りの量を増やせば今からでもリンの誕生日に追い付きそうだ。
「取り置きとか出来るかなぁ…」
一番はそこが問題だ。リンの誕生日の前に買われてしまったらリンは悲しむだろうし、聞きに行かないとと思ってリンとお店に入った。店員さんに近付いて、取り置きが出来るか質問してみる。少し考えていたけど、前金を数千フィア払うことで取り置いてもらえることになった。これであとは僕が頑張るだけだ。
「良かったね、リン」
「うんっ!」
可愛い笑顔を向けられて、笑顔で返す。
気分が良い、心弾むまま晩御飯の買い出しをしてから二人で家に帰った。手を洗ってリンには多めにおかずを作ってあげよう、育ち盛りなんだから沢山食べて欲しいし、僕の作った料理で笑顔になってもらうのが嬉しいから。
「リンも手伝う~!」
「じゃあ料理ができたら運んでもらおうかな?お茶やお箸とかもお願い出来る?」
「は~い!」
ぴょんぴょん跳ねるリンが食器を運んでいく。ちょっと危なっかしいけど料理に集中しなきゃと目を離した瞬間、
ーーガシャン!!ーー
ビックリするほど大きな音が鳴った、驚いて振り返るとリンが転んでいる。僕は焦って火を止めてリンに駆け寄った。リンの前には食器や料理が散ってしまっている。
「ごめ、なさ…おにいちゃ…料理が…」
「料理はまた作れば良いから!それより怪我はない?」
泣きそうなリンを抱き締めて撫でてやると我慢していた涙がリンから溢れた。本当にリンは目を離すと危ないんだから…、大丈夫だろうか?僕ももう少し的確に指示してあげれば良かった、一つずつ持っていかせれば大丈夫だったかもしれないのに。
「リンはへいき…ごめ、ごめんなさい…」
「大丈夫だよ。……ほら見て」
僕は魔法で飛び散った料理や割れた食器を浮かせてニコニコマークを作ってみた。
「みんな許してくれるって言ってるよ。失敗しちゃうことなんて誰にでもあるんだから、次は頑張ろうね♪」
「…!うん!」
泣き止んでキラキラとした瞳を向けるリンの額に口づけて、ほわほわと浮かせたものをまとめて袋にいれた。割れた食器は分けて別の袋にいれて外に出しておき、掃除も魔法で済ませた。
「…えへへ、優しいし、お兄ちゃんはすごい!リン、もっと頑張る!」
「うん、リンは良い子だね♪僕もごめんね、次は一つ一つ指示するから。…やれるかな?」
「やれる!」
ふんす、とやる気を出して泣くのをやめてくれたリンに微笑みかける、もう一度料理を作りながら、リンに指示を出す。次は気を付けて運んでくれる。何とか上手くいきそうだ。
「出来た!」
すべての料理が運ばれて晩御飯の時間だ。手を洗って椅子に座る。
「いただきます!」
「ふふ、いただきます」
元気いっぱいのリンに笑顔をもらえる。十歳の僕と八歳のリン、二人でこのまま成長して、リンに素敵な男の人が出来て…結婚とか、するんだろうな。その時は泣いてしまいそうだ。リンが幸せになってくれることが僕の幸せ、ずっとこんな日々が続けば良いな。
ーー
数日後
最近帰りが遅くなっている、誕生日プレゼントの為にちょっと頑張りすぎてる気がする。お金を節約するために僕の分のご飯を減らしつつ、森に行く時間が増えてるから疲れてきてるのかな…。でも、ご飯が少ないのも慣れてきたし、誕生日までは我慢できそうだ。そう思いながら帰宅する。
「ただいま」
「わっ!!お、おにいちゃん!?」
家に入るとリンが慌てている、キッチンで何かしているようで目を丸めた。
「ごめんっ僕、帰るの遅かった?ご飯待てなかった?」
「あぅ、あの、えっと、えっと…」
リンがどもっている、最近確かに帰るのは遅くなっていたけれど夕方までには帰るようにしていた、しかし今までより遅かったのは事実で、耐えられなかったって不思議じゃない。
「今から作るから待ってて」
エプロンを取り出して手を洗うとリンが抱きついてきた。どうしたんだろう?
「きょ、今日はリンがつくったの……」
「えっ?」
蛇口の水を止めて唖然とする。リンが料理を?
「お兄ちゃん最近忙しそうだから、料理くらいリンがって思って…お兄ちゃんの真似して作ったんだけど、うまくつくれなくて…」
僕から離れたリンは隣の部屋から一枚お皿を持ってきた。その上にはぐちゃぐちゃのオムライスが乗っている。
「お兄ちゃん…リンが好きだから沢山オムライス作ってくれるよね、沢山見てるからリンもオムライスなら作れるかもって思ったんだけど、卵がぐちゃぐちゃになっちゃって…」
……やばい、嬉しすぎて言葉が出てこない。泣きそうなくらい嬉しくて頬が緩む、言葉がでない代わりにリンの頭を撫でまくった。
「ありがとうリンっ、すごい嬉しい…!」
嬉しすぎて顔がゆるゆるになる、笑顔を浮かべて見ればリンが嬉しそうに笑った。
「リンの分は?まだ作ってないなら僕が作るよ」
「あっ、駄目!先に食べてっ、冷めちゃう!」
「お腹すいてないの?」
「すいたけど先に食べてほしいの~!」
駄々をこねながらオムライスをテーブルに置かれる。微笑ましくて笑顔がやまない、スプーンをもって大人しく椅子に座った。リンがはじめて作ってくれた料理だ、嬉しすぎて心が跳び跳ねている。いただきますと挨拶をしてからじっと見詰めてくるリンを見ながら一口、口のなかにぐちゃぐちゃのオムライスを含んだ。
「う゛…っ!?」
「えっ!?」
ま、待って、これ、何これ?これオムライスだよね?え、オムライス?これオムライス??
不快な感触、もちゃもちゃと口のなかに残るベタベタなチキンライスと意味がわからない程に甘いぐちゃぐちゃの卵の味がする。飲み込んで手で口を塞ぎながら目の前にあるものを確認する。いやこれオムライスだよね?
「……リン、これ、すごく甘いね…?」
「えっ、甘いのはお砂糖!いつも入れてるよね…?お兄ちゃん甘いもの好きだから多い方がいいかなって…入れ物傾けたとき出てきた分全部いれちゃった…ま、待って」
リンがスプーンを持ってきては一口オムライスを食べて顔を真っ青にする。
「まずい~~~!!ご、ごめんねお兄ちゃん作り直すね!!」
涙目になってリンが焦る。なんだかおかしくなってきた。
「ふ、ふふ、あはははっ!」
「お、お兄ちゃん…?」
必死になって作ってくれたリンに対して嬉しいという気持ちが強い。不味かったのにリンからの優しさが最高のスパイスで、幸せな気持ちになれる。心がぽかぽかあたたかくなって笑いが止まらない。
「作り直さなくて良いよ、リンが作ってくれたってだけで美味しいよ」
ひとくち、ひとくちと食べ進めていく。口の中は不思議な味が広がるのにこの空間が、時間が幸せだ。
「大丈夫…?」
「うん、ごちそうさま♪」
オムライスを完食しては食器を片付けた。
「リン、リンの分のオムライス作るから、ついでに作り方教えてあげるよ」
「!本当?」
幸せ者だなぁ、僕、世界で一番幸せかもしれない。そう思いながら二人でリンの分のオムライスを作った。まだ上手く焼けなくてリンが卵をぐちゃぐちゃにしていたけど、それでも味は美味しかった。成功だと二人で顔を見合わせて笑う。
それから僕が遅い日は、たまにリンがオムライスを作ってくれるようになった。少しずつ他の料理も教えていったけど、リンが好きだからか教えてもオムライスばかり出て来て笑ってしまった。それでも僕は構わなかったんだ、リンと一緒に過ごすのが幸せだったから。
でも、それからまた数日後に事件は起こった。
「ただいま」
いつものように魔物を狩ってから家に帰るが、入った途端違和感を感じる。電気が付いてない、もしかしてご飯を食べる前に寝てしまったんだろうか?
「リン?」
明かりを付けて周りを見渡すもリンの姿がない。部屋を確認してもいない。何処かに出掛けている?出掛けるにしてもこの時間にはいつも帰ってる筈なのに。背筋が凍る、嫌な予感がして家を飛び出した。
「リン!!」
大きな声で呼びながら商店街の方に走っていく。いやに静かだ、この時間は賑わってるはずなのに…。そう思って周りを見渡すと嫌な気配がする、静まり返った商店街からファンシーショップの店員さんが出てくる。
「……あの、これは…」
「ごめんね、ごめんね…」
話し掛けようとしたらいきなりスタンガンを振りかぶられた。人には向けないつもりだった魔法を思わず展開して防御すると店員さんの顔色が悪くなる。
「どういう事ですか、それに誰ですか…周りにいる人たちは」
どこに──と聞こうとした瞬間、目の前の店員さんの頭が弾け飛ぶ。首から上が途端に破裂し、人の形を保っていたはずの肉片がこちらに飛んできた。
困惑より先に胃の中のものが込み上がる感覚がする、口を手で押さえていると、胴体だけになった店員さんの体は倒れ、その奥から人が歩いてきた。
「いやぁ、素晴らしい!!」
影に隠れていた人たちが次々と出てくる中、豪勢な服装をした男が手を叩きながらこちらに近付いてくる。あれ、この人…
「…国王様…?」
間違いない、国王様だ。驚きが隠せないまま国王様を見ていると国王様はにんまりと笑顔を浮かべた。
「ここに魔法の才能がある子がいるって聞いて迎えに来たんだよ。この人には悪いことをさせた、どれくらい使えるのか見てみたかったんだ、乱暴な真似をしてすまないね。」
「……迎え?」
意味がわからない、乱暴な真似をさせた、なら先ほどの店員さんの行動は国王様の命令?だが、僕が魔法を使ったところをみられたのなら店員さんの頭を破裂させる必要はない。おかしい、嫌な感じがする。
「君のことだよ、ぜひ国に協力してほしい。先程家に行っても居なかったから、見付けられて良かった」
「!リンは!!」
僕を迎えに来たとか訳のわからない話はどうでもいい、家に来たってどう言うことだ、リンは?こいつらがリンを連れ去ったのか?
「あの女の子ならこちらで保護しているよ。事情を話して先に施設に入ってもらっている」
「リンに手荒なことはしてないでしょうね」
「してないさ、この話は君にとっても、彼女にとっても良い話なんだよ。まあ聞きなさい」
「………」
ここで言い合っても埒があかない、とりあえず僕は大人しく国王様の話を聞くことにした。
「君には魔法の研究をしてもらいたいんだ。勿論、我々の運営する施設に入るから生活費も、食費も我々がもつ。ある段階まで魔法の研究が終われば君は施設を出て良い。君の妹もお世話するよ、どうかな?」
「お断りします。」
「ほう、何故?」
何だこの国王は、この人が本当に国のトップなのか?まだ十歳の僕でもこの提案がおかしいことくらいわかる。子どもだからなめてるのか、それとも本気でこれに応じたとき僕らの利益の方が多いと思っているのか?
「段階が決定してない研究に終わりが見えませんし、僕は魔法の研究をしたい訳じゃない。生活も二人でなんとか出来てます。なのでこの話は…」
「国王に逆らい、国の為に働かないと?」
「……言葉を選ばなければ、そう言うことになるかもしれませんね」
何だこの人、極端な言い方をしてきても結論は変わらないぞ。
「反逆的な思考は危険だ、これを断るのなら君を殺さないといけない。勿論、君の妹も」
「は?」
なに、いったい何を言ってるんだ?反逆的な思考?理不尽な提案を断っただけなのに殺す?僕と、リンを?
「リンは関係ないでしょう…!!」
「君と同じ血が流れてるんだ、反逆的な思考に至るかもしれない」
「なにを…言っているんですか…!?」
国王は至って真剣にこちらを見ている。何で、どうしてそういう事になる、意味がわからない。こじつけにも程がある。
「じゃあ妹ごと殺すとしよう」
「待っ…!リンは殺さないでください!僕を殺すのは構いません、でもリンだけは!!」
「君が研究をするというなら生かしてあげるんだがね」
駄目だ、話が通じない、完全にリンを人質にとられている。このままじゃ平行線だ。反発し続けてもリンを殺される、それなら受け入れた方がまだ…こいつを信用はできないが、リンが殺されない確率は上がるはず。それに、話し続けていたって相手は話す気がないんだ、これは脅迫でしかない。
「……わかり、ました。ついていくので…リンは助けてください…」
「物わかりの良い子だ、妹の安全を保証するよ」
さっきまで殺すと言っていたくせに、どの口がそんなことを言うんだ。
「施設に入る前に、リンに…会えますか?」
「……良いだろう」
「ありがとうございます」
国王が歩き出す、周りの人達に促されてその後をついていった。少し離れたところに馬車があり、押されるがまま乗り込んだ。すると、後ろの方で村中に炎が巻き上がったのが見えた、驚いて足を止めるも、知らない大人に馬車に押し込まれる。
「待っ!なんで、なんで僕たちの村が…!」
「君以外価値がないからだよ。価値のない人間が、君の事を知っているのは困るんだ…無知な人間は言いふらすかもしれないからね。」
殆どの人は殺されたと、店員さんが殺された時点で考えはしていた。だが、まだ人が居た可能性を考えて、念入りにシファー村を殲滅したんだ。僕の故郷が、僕の知らないやつの手で燃え盛っていく。焼け焦げた臭い、炎の音、目に映る赤色は、馬車の窓を塞がれてすぐに見えなくなってしまった。思い出も、僕を知る人達も、心優しかった村の人達も、人の悪意で全てが無くなっていく。
僕はそこから知らない大人達に囲まれて施設まで移動していった。馬車からは外の風景が見られないようになっていて、良からぬ施設に連れていかれるんだろうなとは僕自身感じていた。だからと言って抵抗なんてしたらリンが殺されてしまう、僕が言いなりになるしかない。
唇を噛み締めてズボンを強く握った、どうして僕が、僕たちがこんな目にあわないといけないんだろう。両親が死んで、二人でひっそり暮らして来たのに。考えていると嫌な予感がした、もし、身寄りのない子どもだから選ばれたのだとしたら。それは僕たちが居なくなった時の事を考えているという事だ。僕たちが居なくなる可能性…つまり、永遠に監禁されるか最悪殺されるのではないかと想像ができたからだ。顔色が悪くなり、身体中から血の気が引く。世界が冷たくなったみたいに温もりが感じられなくて手が震える、酸素が薄くなって心臓の鼓動が早まった。
「着いたぞ」
上から大人の声がする、ハッとして我にかえれば汗を垂らしながら頷き馬車を降りた。目の前の施設を見ると普通の孤児施設に見える、だからと言って警戒を緩めることは無い、ここで安心するのは馬鹿のする事だ。先ずは守るかどうかはわからないが約束通りリンと会わせてもらって、逃げ出さないといけない。必要なら人を殺すことだって構いやしない、リンを守る為ならどんな悪事にも手を染めてやる。
「リンは…?」
殺意を心に隠しながら尋ねると、男はパネルを取り出して映像を映し出した。
『お兄ちゃん!』
「リン!?」
映し出された映像には、リンが部屋に閉じ込められているところだった。変な首輪が付けられている、やっぱり一筋縄じゃいかないか、何処にいるかわからなければ逃げることも出来ない。それに何だあの首輪、これじゃまるで
「あの首輪は君が反抗するとね、毒が注入される仕組みになっている」
「!!」
この野郎、やっぱりそう言うことか…!駄目だ、先手を打たれ過ぎている。
『…お兄ちゃん!リンは大丈夫だよ、暫くここで暮らせば良いんでしょ?だから大丈夫!…お兄ちゃんも同じ建物で暮らすんだもんね、会えないのは寂しいけど、一緒のところにいるなら…また会えるもんね!』
「リン……」
『お兄ちゃん頑張って!リン、応援してるから!またお仕事終わったらオムライスたべようね!』
何を言ってるんだ、そんな泣きそうな顔で笑って、僕の事元気付けようとして…今一番怖いのはリンのはずなのに。…僕はお兄ちゃん失格だな。僕は自分の両頬を思い切り叩いた。
『お兄ちゃ…』
「リン!ここを出たらぬいぐるみ買ってあげるから、待っててね!」
『…!うんっ!』
笑顔で微笑む、リンも笑顔で返してくれた。
ぬいぐるみなんて買えるわけがないとわかっていた、あの村の人達は、あの様子からすると皆殺しにされている筈。なぜなら、僕を誘拐することは誰にも知られちゃいけなさそうだった、それなのにこいつらは堂々と姿も、目的も店員さんに言っていたはずだ。その店員さんの頭部を破裂させたと言うことは、僕の魔法を見るついでに利用しただけで、はじめから殺す気だったはず。どこまでも外道な奴らだ、僕たちに帰る村はもう、ないのだろう。
「行くぞ」
そうすると映像を切られた。モヤッとするも反抗しても仕方ない、頷いて男についていく。
研究が終われば出ていける、その研究には果てがないとしても、誰よりも極めればきっとそれが果てに見えるはず。魔法の才能はある、知識も独学で身に付いてる、応用も問題ない。なら僕が、その果てを実現してやる。リンのために、僕たちのために!
そう、ここからが地獄の始まりだったんだ。
ーーー
あれから、何年たったんだろう。
施設に入れられてから恐らく5年程、毎日同じ時を過ごしている。一人部屋に連れていかれて、いきなり火の魔法で攻撃される。それを完全に防いではいけないと最初の頃に教わった。ギリギリのバリアを張って、死なない程度に魔法を受ける。何年もやればこなれた物だ、繊細な魔法はもう習得した。命を懸けて得たものは、異様な集中力と魔力操作で、魔法を使うにあたって必要な魔力の調整、それらを無駄なく出力するなんてもう何年も出来ている事だが、反復的な練習が必要らしい。火に対する耐性もついた。今までは火傷して傷を負っていたのに、今では熱さすら感じない。体には無数の火傷の痕があるのに、もうそれらが増えることはない。
火も、水も、風も、地も、闇も、光も…。求められた魔法は全て習得し、全てにおいて耐性がつくのも必然だった。当然打ち消せる力は言わなくてもつく。
その頃から研究員の指示が非効率だったので、作業を早めるために個人的に新たな魔方式を作り上げることに成功した。手に取るように魔法のことがわかる、式も、組み合わせも全てがわかる。常識で教えられる非効率的な魔法は使わない方が研究が進むと助言したのに、どうやら僕以外は非効率な魔法しか使えないらしい。研究にならない。常識にとらわれて死を恐れ安全性を確保した魔法なんて、科学となんら変わらない、人々の保身のためではいつまでたっても進化しない。
そんな日々を繰り返すとき、いろんな子供たちが入れ替わり立ち替わり入っては死んでいった。友だちになった子どもたちだって、翌日には死んでいることもある。数多の友が生まれ、ここで実験され死んでいった。此処に入れられてから数年生きているのは、僕くらいなんだろうな。
リンの声はたまに聞かせてもらえていたけど、最近はもうずっと聞いていない。無事だろうか?リンが無事なら僕がどうかなるくらい構わないけれど、今は保証されたことを信じるしか出来ない。僕って無力だな…
「喜べ実験体6969、はじめての最終段階に突入だ。」
用意された部屋に置いてあるひときれのパンを貪っていたら、施設の研究員が部屋に入ってきた。伸びた髪の毛を掴まれて引き摺られるのも、もう慣れた。なるべく傷まないように歩行速度を合わせるくらい意識しなくても出来るようになっていた。
「………」
「入れ」
「…はい」
見知らぬ部屋の前、いつも使う部屋とは違う部屋だ。何だかこの部屋に入ってはいけない気がする、虫の知らせと言うやつだろうか。それにも構わず歩を進め、部屋のドアを開いた。そこには…
「…………リン?」
「お……にい…ちゃ」
空気が固まる、息が出来ない。目の前に映っている光景は余りにも受け入れ難く、全身が爪の先まで冷え込む。もしも神がいるのなら、僕はきっと一生神を許さない。
映し出された現実には、リンが変異している様が見えた。異形の角が生えて、桃色に近かった髪の毛は真っ白に変色していた。ドラゴンと悪魔の翼が混ざったような歪な左翼と、獣のような真っ黒な手、鋭く伸びた太い爪、狐のような二俣の尻尾。一目見た瞬間、魔人になっていると理解した。
「なんで、リンが…どうして」
「来ちゃ駄目!!」
「え?」
頭が空っぽになってリンに近づくと、リンの叫び声が聞こえた。と同時に後ろから研究員に蹴り飛ばされて地面に倒れ込む、部屋の左右から研究員たちの拘束魔法で拘束され、魔力が奪われているのがわかった。
「な、なに、なんで」
「お前たち兄妹は本当に優秀で助かったよ。お前の魔力は破壊兵器の動力に、妹は俺たちの生きる破壊兵器になってもらう。その為に…動力となる人間の肉を与えないとな」
「う゛っ!!」
魔法の拘束が強まる、破壊兵器?リンが?僕がそのエサ?魔力をすいとってからリンのエサにしようって言うのか?僕を。
「生き残りたいなら妹を殺すしかない、ははは」
「~っ!」
力が入らない、魔力が抜けて体が怠い、咄嗟に魔力を内の方に閉じ込めて鍵をかけるもバレないように隠すにも限界があった。それに、魔力をどうにか出来たとしてこのままじゃリンが、リンが本当の魔人にされてしまう。でも、今の僕じゃ複数人の大人に太刀打ちできない、苦しい、視界が歪む。
「やだやだ!お兄ちゃんに乱暴しないで!!」
リンが暴れるもリンも拘束されていて鎖がじゃらじゃら鳴るだけだ。
……待てよ、僕が傷付いたらリンが……そうか、そういうことか…!
全てを理解したとき、床に突っ伏した僕の上から研究員の声と共に左目に何かが飛んできた。魔具、と理解した頃には急に片方の視界が真っ暗になり、血が吹き出る。
「あ……」
魔具は僕の眼球らしきものをプチリと僕の体から外し、残る右目にそれが映る。痛みに鈍感になっていた僕はそれに気付くのが遅れた。片目が潰れたことなんて、大した痛みじゃない、僕には。そう、僕しか何て事ないとわからない。あぁ、あぁ、駄目だ。血が吹き出てる僕なんて見たら…
「いやぁぁぁぁ!!!!!」
リンが叫び声を上げた。
この為だったんだ。僕の魔力を吸って、兵器の動力にしてから僕を傷付けることでリンの理性を失わせ、完全な魔人にすること。そして、そのエサに僕を与えること。全てがこいつらの思い通りだ、僕はリンを殺せないし、リンはそうして人ではなくなっていく。叫び声が人語じゃなくなり苦しむリンを見ながら、世界に絶望した。
僕は、何をしているんだろう。リンのために、リンとまた一緒に料理をして、オムライスを食べて、ぬいぐるみをプレゼントして…笑い合いたかっただけなのに。ただ普通に、明日は何しようねなんて言いながら日常を過ごしていたかっただけなのに。
あぁ……疲れちゃったな……。
リンの拘束が解かれて、研究員達が自分達だけを守るバリアを張る。僕も拘束が解かれ、リンの前に投げられた。
良いや、僕を殺すのがリンなら。リンになら殺されても良いよ。こんな世界で生きていくくらいなら、せめて最後は大好きな妹の手で。僕は抵抗せずに魔人になってしまったリンを見上げる。ごめんね、助けてあげられなくて。ごめんね、救えなくて。駄目なお兄ちゃんでごめんね、リン…。
「リン……ごめん、ごめんね…大好きだよ」
死を覚悟しながら微笑んだ。苦しみながらリンの大きな手が僕を掴む、そのまま持ち上げられて顔に近づいた。
「おに…ちゃ…」
リンの口が動く。世界が時間を置き去りにした、その一言が随分とゆっくり聞こえ、僕は目を丸めた。まだ、理性が…
「ごめんね、生きてね」
「え?」
リンの手から力が抜け、僕は宙に放り出された。
その時瞳に映ったのは、リンの哀しそうな顔と──
─────自分の鋭い爪で脳を突き刺すリンの姿だった。
潰れるリンの顔、爪が貫通する頭。吹っ飛んだ僕は床に這いつくばって、目の前の光景を片方しか無い目で見ることしか出来なかった。崩れていくリンの体に、大きな音。
世界が沈黙したと思えば、息絶えてしまった妹の姿が、そこにはあった。
「……リン」
「何をやってるんだ!!」
研究員たちが次々近寄ってきた、リンは、頭から大量の血を吹き出して死んでいた。唖然とするしか出来ない僕は、血にまみれたリンをただ見詰めていた。
リンが、なんでリンが、だってリンは、リンは僕のことを覚えていて…まだ理性を失っていなくて…
「こいつはどうする!」
「用済みだ!森に捨てて魔物に食わせてこい!跡形も無くだ!」
僕の髪の毛を掴んで研究員が引き剥がしてくる。力が入らない、伸ばした手が届かない、僕の世界が、望むべき未来が、生きる意味が、目の前で朽ち果てていく様が、視界から遠ざかっていく。
足掻け!もがけ!なんで!なんで!なんで力が入らない!!待って、まって、なんで、嫌だ!!
「やだ!!やだぁっ!!死なないで!僕を置いて逝かないで!!リンっ!!!!」
大きくあげた声は、無慈悲にも閉まる扉に阻まれる。必死に手を伸ばし、連れ出してくるクソ共を叩くも意味がない、研究員に拘束されて森に運ばれる。
リンは僕を生かすために自ら命を絶ったんだ、僕に価値がなくなってリンが死ねば、リンを生きた破壊兵器にしようとしていた奴らは僕どころじゃなくなる、リンを必死に蘇生しようとする筈。その隙に逃げるなり捨てられるなりされるとリンは思ったんだ。魔物がいる森に捨てられても僕なら大丈夫だって思って。きっと、魔力を隠していた事にリンだけが気付いていたんだ、だからリンは……僕がいたから、僕を生かすために、僕のせいで、リンは…リンは…
「役立たずが!」
研究員に捨てられる、そのまま研究員は施設に戻っていった。
やだ、嫌だよ、何で僕は生きなきゃいけないの?リンが死んでしまうくらいなら僕が死んだ方がよかった、リンにとってそれが不幸せなら、僕も一緒に死にたかった。リンと生きていけない未来なんて歩みたくない。
「たす、けて……たすけて、たすけてよぉ…」
涙が流れる。僕が全部悪いの?僕が、生まれてしまったから、シファー村も、リンも、死んでしまったの?
「誰か、助けて……っ誰かリンを助けて、悪魔だっていい、お願い、おねがい…生き返らせて……っ」
懇願したところで何が起きるわけでもない。声は森に響くだけ、誰も、誰も僕の声なんて聞いちゃいない。誰も、僕のことなんて見ちゃいない。誰も、助けになんて来ちゃくれない。無が、そこにはあるだけだ。
魔物の呻き声が聞こえる、囲まれているようだったが、僕が戦闘体制を取ることはなかった。死んでしまった方が、楽だ…。轟く声が唸りを上げて、魔物が僕に襲い掛かる。今いくよ、リン…。
『生きてね』
「!!」
目を伏せようとすると木霊する声。リンの、最後の言葉。
僕は立ち上がることもなく、魔方式を展開した。魔法が形成される、残しておいた魔力が、ようやく自由に使え始めたようだ。轟々と空を切る音を立てて展開された風魔法は、ケルベロスたちの体を骨ごと引き裂き、細かく刻んでいく。
「……あは、あはは、あはははっ!!」
あぁ、リン、リンって残酷だなぁ…。僕が君の願いを聞けないわけがないのに。それを知っていて僕に最後あんな言葉をかけたのかな?現実に生きるくらいなら、地獄におとされた方がまだましなのに、それでも僕に生きろって言うんだ。ねぇ、死ねない、死にたいのに死ねないよリン、死にたいよ、どうして生きてなんていったの。僕はね、リンに生きてほしかったんだよ。
「あはっ、あはははっ!」
生きたくない、もう嫌なんだ、いらない、いらない、いらない!!こんな絶望しかない世界なんて、リンがいない世界なんて!!
「あはははは……!」
なんの価値もない…!いらないんだ。こんな世界…
「はは…っ」
いらないなら壊してしまえば良いんだ。
壊れたように口から溢れていた笑い声が消えた。心は空虚のようで、もう涙一滴すら流れない。リンを殺してしまうこんな世界なんて、必要無いよね。
全部いらない、全部全部。リンが生きられなかったこの世界も、リンを殺した研究員達も、施設にいた奴らも、施設に協力した奴らも、こんな事をさせた国王も……、リンを守れなかったこの僕も。
僕はもうただの肉片となったそれを、魔法で焼いて、貪った。
まだ生きてやる。リンがそう望むのなら。
リンを守れなかった哀れで無力なリドは今ここで死んだ。僕はもう、誰も守れないひ弱な弱者をやめよう。誰しもを圧倒するくらい、誰かを守れる程に強い強者であろう、目的のためなら誰かを殺せるように、情をかけないように。
もう二度と哀れなリドと同じ様な人間を出さないために、もう二度と可哀想なリンと同じ末路を辿る子どもが出ないように。
全部全部やり遂げてやるんだ、仲間なんていらない、一人ぼっちで構わない、誰かがやらなくちゃいけないなら生きた屍である僕がこの世界を壊せばいい。救われるべき人間に悪事なんてさせる必要はない、辛いことは全て一人で背負えば良い。だって僕は強者であるべきだから。僕は、一人で何でも出来る強者でなければいけない、弱者は、大切な何かを失ってしまうから。
「あは…っ、おはよう、世界。」
革命を始めよう。この腐りきった世界を壊す、たった一人の革命を。
ーーーEnd