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ブラム
スカラベさん
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ベー
へいよー、こっちだこっち。
まァあんたも律儀だねぇ、“ベー”でいいっつってんのによ -
ブラム
癖みたいなものですから、気にしないでください
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ベー
癖か。ッへ、肩が凝りそうだな
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ブラム
自覚がなければ感じないものですよ、そういう疲れは
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ベー
ヘェヘェ、いかにも真面目なタコ様の言いそう、な……
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ベー
……
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ブラム
?
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ベー
……ンで、今度は何が入り用で?
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ブラム
あ。その、今度の潜入で使う服を
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ベー
ああ、なるほど
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ブラム
ハイクラスの会員制サロンへ潜りこむので、仕立ての良い服がいるんです
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ベー
紅掛(ベニカケ)の君とふたりでかイ?
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ブラム
え、なんて?
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ベー
ん? イヤいつも一緒だから俺ァ、てっき、り、
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ベー
……
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ブラム
あの、スカラベさん?
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ベー
……いやヨォ、
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ブラム
はい
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ベー
……
(無言で頭を掻く) -
ベー
(大きな溜め息)
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ブラム
……一服されては?
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ベー
馬鹿野郎お前ェここは火気厳禁なんだよ
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ブラム
ええ、そうですとも
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ベー
……(舌打ち)
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ベー
……気ィ悪くしたならすまん。
ひとの情人(イロ)を陰で好き勝手呼ぶなんざァ、下の下だな、俺ぁ -
ブラム
……
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ベー
これも抜けねぇ癖だな。ひとの身につけるもんを見立てる時分にゃ、そいつのことを“色”で考えるから、つい……はぁ。やっちまったな……
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ブラム
……ベニカケ、か
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ベー
ああ、古い言い方でな、あお
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ブラム
青みの強い紫の、古い呼び方ですね
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ベー
お?
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ブラム
紅掛の花色(ハナイロ)とか、空色(ソライロ)とか
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ベー
お、お、お……?
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ブラム
(少しだけ笑う)
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ブラム
確かに、彼女のインクはその系統ですね
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ベー
はぁ……たまげたな、こりゃ
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ベー
よく知ってンなぁ、今どき使わねぇだろ、こんな言い方
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ブラム
ああ、……そう、ですね
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ブラム
……
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ブラム
……時代の流れに乗れずに、海の底を這いまわっているような家で、育ったもので
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ベー
……
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(頼まれたものを見繕うためか、ベーはクローゼットを開いて物色しだす)
(ブラムはしばらくその背をじっと見ていたが、そのうち近くの壁にもたれ、棚で保管されている物品を眺め始める) -
ベー
……さっき俺ぁヨ
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ブラム
?
-
ベー
お前さんの、その……性格をよ。
“真面目なタコ様”だの、茶化したわけだがよ -
ブラム
……えっ?
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ベー
なんでェ、その……
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ベー
(気まずそうな溜め息)
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ベー
直そうと、思ってはいンだ。
“タコ”だから、“イカ”だから、って文句はよ -
ブラム
あ、
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ブラム
それを気にしてたんですか
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ベー
気にもすらァ。
今はもう、種族でいがみ合う奴なんざ馬鹿者だってェ時勢だろ? -
ベー
……時代遅れ、だなんてなァ、お前さんでさえ手前ェをそう思うんだ。俺なんか筋金入りだ。
あの頃は普通だった。先祖の仇、憎きタコなぞ、この町から排除しろ、ってな -
ベー
娯楽も無しに、お家のために尽くすのが生きがいだとのたまう奴らァヨ、父や大人たちは“生き物じゃねぇ”とまで言ったさ。
理解できなかった、できやしねえ、しようとするだけ無駄だってのが常識だったンだなァ -
ブラム
……
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ベー
“真面目なタコ様”ってなぁナ、そういう……
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ベー
……
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ベー
馬鹿にした言い方だったんだよ、オクトをな。俺ンとこじゃァな
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ブラム
……それは
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ベー
あー! あー、やめてくれな、許せよ。
お前さんにわざわざ言う必要なんざァねえのによ。手前ェの罪悪感を消してえだけなんだよ。悪かった、もう忘れてくれ -
ブラム
いえ、その……
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ブラム
そのことは全く、気にしていないんですが……
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ベー
やめてくれって! 老害に遣う気ィなんて勿体無ぇだけだ
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ブラム
いえ、しかし、なんというか……
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ブラム
僕が真面目すぎるのは事実ですし
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ベー
!?(ブッ)
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ブラム
あなたの故郷ではそうだったのかもしれませんが
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ブラム
さっきあなたのおっしゃった通りですよ。もう時代は変わったのですから
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ブラム
今の時代、“真面目なタコ”というだけなら、ただそのひとの勤勉さを評価しているようにしか聞こえませんよ
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ベー
お、お
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ブラム
ああ勿論、悪意からの言葉でないことは前提でしょうけど
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ベー
おお……
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ブラム
ああ、でも
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ベー
お?
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ブラム
アレイナさんに向かって言ったら一発で蔑称認定されそうですね
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ベー
ブッ!
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ベー
ッくは、はははは!ちげぇねぇ!
あンのフーテン女にそんな……ッ!はははは! -
ベー
ッ! エ゛ッホゲホゲホゲホ
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ベー
……はーーー
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ブラム
大丈夫です?
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ベー
はぁー……、いやいや、すまねぇな。
声出して笑ったのァ久しぶりだったからよ -
ブラム
煙草も、ほどほどにした方がいいですよ
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ベー
ヘッ、そりゃあ無理な話だな
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ブラム
トリニスさんにも良くないでしょう
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ベー
!
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ベー
……
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ベー
……ッヘ、あいつァ勝手にうろちょろしてるだけだよ
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ブラム
スカラベさん
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ブラム
さっき言ったばかりですよ、“時代”だって
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ベー
……
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ベー
……おら、ここらへんの一揃えでいいだろう。帰れ帰れ
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ブラム
ああ、良さそうです。ありがとうございます
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ベー
せいぜいうまくやれよ、紅掛の君とな
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ブラム
ああ、それです
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ベー
?
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ブラム
それですけど
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ベー
え、おい、なん
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ブラム
どうかと思いますがね
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ベー
イ゛っ!!
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(衣装一式を差し出していたベーの腕を、ぎしりと軋むほどブラムは掴む)
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ベー
いっ、て
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ブラム
“下の下”だと
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ブラム
そういうご自覚があったはずでは?
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ベー
い、いや、こりゃ失礼、いててて
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ブラム
レモラです
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ベー
お、お?
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ブラム
レモラ、というんですよ、彼女は
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ベー
あ、あー!
そうだった、そうだった! レモラ、な!
やーすまねえ覚えた覚えた!
今のでしっかり覚えたぜどーもありがとよ! -
ブラム
……
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ブラム
それはよかった
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(握っていた手が離れる)
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ベー
はー……ぁいっててて……
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ブラム
ああ、あとこれも
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ベー
へ? いや、これ
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ブラム
結構ですので
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ベー
あれ、レ……レモラと同時潜入じゃなかったのかィ?
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ブラム
同時潜入ですが?
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ベー
ならこの服一式も……
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ブラム
要りません
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ベー
お、おう……けど、
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ブラム
僕が見立てますから
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ベー
あっ
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ベー
あー、なるほどな!
わかったわかった -
ベー
じゃ、じゃあ、うまくやれよ
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ブラム
どうも
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(保管庫からブラムが去る)
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ベー
……はー
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ベー
(舌打ち)
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ベー
……やっぱタコは得体が知れねぇわ
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