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穏やかな日の暖かさ、風に揺れる草木の音、遠くの方では川のせせらぎが聞こえていた。
目を開けると、そこには今まで見たことのない景色が広がっていた。辺り一面に広がる自然の景色。息を吸えば、抜ける新鮮な空気。此処が──ハイラル?
見渡しても人の姿が見当たらず少し寂しさを覚えた。
「こんにちは。いや、初めまして……かな? 此方側へようこそ、アオイ」
突然聞こえてきた男性の声。
声の聞こえてきた方へ振り返ると其処には自然に溶けてしまいそうな緑を身に纏った男性の姿があった。それは時を超えて旅を続けた青年であった。
「リンク……」
口からこぼれ落ちた言葉。
その青年──リンクは目を細めて優しい微笑んだ。
「一度話してみたかったんだ。君と──。アオイは気付いてなかったと思うけど、其方の世界で勇者と共に世界を救った人達は勇者と"ここ"が繋がっているんだ」
そう言ってリンクは自分自身の胸に手を当てる。
「……心臓? 魂……?」
私の疑問にリンクは悪戯っ子のような笑みを浮かべながら
「さあ? どっちだろうね……?」
と、言った。
リンクに「少しこの世界を見ていかない?」と、誘われて、このハイラルを見て回ることにした。最初は勇者の話を聞くだけでいいと思っていたけど、二度とない貴重な機会だ。それに何より、時の勇者リンクの話をもっと聞きたかったから。
「此処が俺の育った故郷コキリの森!」
「此処が……でも、大人は入れないんだよね?」
「アオイは大丈夫。まだこの世界の人間じゃないからこの世界の影響は受けないし、俺以外の人には認識されないから」
私の歩幅に合わせてくれているリンクの隣で話を聞く。
「ゼルダ姫にも……?」
この時代のゼルダ姫は遠いとはいえ女神ハイリアの生まれ変わりのゼルダの血縁者だ。まだ私がこの世界の人間ではないとはいえ彼女にはわかりそうなものだが……。
「相手はこの国の王女だよ。ガノンドロフのことを告げた時は最初と同じように城に侵入出来たからで……身分のことを考えたらもう会うことはないだろうね」
リンクは遠くを見つめるような目をしていた。
「ゼルダ姫のこと好きだったの?」
私の言葉にリンクは少し目を見開いたものの、すぐに穏やかな表情で私を見つめる。その目が何故だか甘さを帯びているように見えて少し気恥ずかしくなった。
「それはないよ。彼女とは目指す場所が同じだっただけ。ゼルダ姫がこのハイラルの平和を願ったように、俺もハイラルを平和にしたかったんだ。そうすれば……この森を守れるから」
リンクに合わせてその場に立ち止まる。森を見渡すように空を見上げたリンクの表情は晴れやかだった。
「もう二度と帰れない場所だったとしても──デクの樹サマが親代わりをしてくれたこと。サリアが優しかったこと。ミドは意地悪だったけどそれには理由があったこと。他の子も一緒に遊んだりした……その思い出は確かに存在しているから。大事な思い出の場所」
リンクは手元に残ったものを大事にしていたんだ。どれだけ悲しみ嘆いても"世界を救った"という事実は彼の手元には無い。
そういえば……
「リンクは大丈夫なの? 森に入って……」
「ああ、それなら大丈夫だよ。今の俺は思念体だから。体は別であるから問題ないよ」
それは本当に大丈夫なんだろうか?
「ほら! アオイ。こっちこっち!」
リンクに手を奪われると、急かすように森の奥へと連れて行かれる。
「此処が迷いの森」
ゲームで見ていた風景とは違って、周りは木々に囲まれて先の景色はよく見えない。右を見ても左を見ても木、木、木。光があまり入ってこないためか薄暗く、永遠と同じ景色が広がっているようでリンクと一緒にいるというのに不安がジワジワと心を満たしていく。
「ちょっと……怖い」
私の手を握るとリンクは私に視線を合わせた。
「大丈夫。俺が側にいるから。何かあっても必ずアオイを守るよ」
ドキリと心臓が跳ね上がったような痛みがした。これほど魅力的な人なのだ。リンクがモテる理由がわかった気がする。
「ありがとう、リンク」
大きく温かいリンクの手。それはゴツゴツとしていて、しっかり男性になっているんだなぁ……なんて能天気なことを思っていると、視界に入った傷跡。グローブの隙間から見えたその跡はリンクの頑張りを表していた。
上の空になりながらリンクに連れられて歩く。
森から場所を移動して、今はハイリア湖畔に来ている。
「あのさ、リンクは……
足元で揺れる草花。流れる沈黙が数時間に感じられるほど感覚は鈍っていた。実際は数秒か将又数分程度だろうに。
「痛くなかった……って言ったら嘘になるかもね。アオイ。俺は君を恨んでるわけじゃない。それよりも……」
リンクは一拍間を置くと私と向き合うように立つ。優しい両手を握るとリンクは真剣な眼差しを私に向けた。
「欲しいんだ──アオイが。ずっとこの世界に……俺の側にいてくれないかな」
リンクの言葉に耳を疑った。
絞り出すように
「な、何で……?」
と、言葉をこぼした。
「ある日、ずっと共にあった感覚が気付いたら無くなってたんだ。それはアオイだった。あれは……産まれた時からあった体のパーツがある日突然無くなったような感覚だったよ。解けてしまう"繋がり"なんて嫌だ。俺は本当の意味でアオイと一つになりたい……!」
リンクは真剣そのものだった。
このままリンクを受け入れてこの世界に残るのか。それとも、本来は交わることのない別世界の人間として受け入れることを拒む選択もある。
私は──私はどうしたら……。
「アオイ」
私の名前を呼ぶ声に釣られて目を開ける。
「あれ……リンク? 私…………」
目の前には牧場の風景。手元にはロンロン牛乳を持っていた。
「アオイの帰りが遅いから迎えに来ちゃった」
そう言いながらリンクはニコニコと笑顔を浮かべている。
リンクの言葉で少しずつ思い出す。私は……牛乳が無くなったからロンロン牧場に買いに来ていたんだった。ハイラルにある、まだ人があまり立ち入っていない森の中でリンクと暮らしている。
「リンク……?」
「どうしたの? アオイ。もしかして……恋人のこと忘れちゃったの?」
「それはないよ! リンクのこと忘れるなんて絶! 対! にあり得ない‼︎」
「ふふっ。なら良かった……!」
リンクは先に私をエポナに乗せてからその背に跨がる。背中越しにリンクの体温が伝わってくる。
「エポナ、大丈夫? 重くない?」
エポナの体を撫でながら聞くと、まるで余裕とでも言うかのように嘶いた。
「うーん……」
「調子でも悪いの?」
「そうじゃないんだけど……なーんか、何か大事なことを忘れてるような気がするんだよね…………」
頭の中に霧がかかったようにスッキリとしない感覚に悩まされていた。"子どもの頃からずっと一緒だった"リンクなら何か知っているかもしれない。
「気にすることないんじゃない? 忘れるってことはもう必要のない記憶なのかもしれないよ」
リンクは興味なさげな声色だった。冷たいというわけではなく、その言葉通りに気にする必要はないといった雰囲気だった。
「そっか……」
腹部に回されたリンクの手が私のお腹を撫でていた。
「リンク。何してるの?」
「あともう少しで俺の望み全て叶うなぁって思って……」
幸せそうに目を細めるリンク。
「あと少しって……何? 私に関わること?」
「アオイは何だと思う?」
試すような視線を向けられ私は深く考えた。
「……"家族"とか?」
リンクはずっと孤独感を抱えていたと思うから。──あれ? 何でそう思うんだろう。私はずっとリンクと側にいたのに……。
「アオイは俺の家族になってくれる?」
リンクの透き通った青い瞳に見つめられる。私はその視線から目を逸らさずに
「当たり前だよ。リンクが望むなら私はずっとリンクと一緒にいる。貴方を一人にさせないから……」
と、自然に任せるように言葉を発した。
「大好きだよ、アオイ」
「私もリンクのこと大好き……」
後ろからきつく抱きしめてくるリンクの腕にそっと手を重ねた。
―*―*―*―*―*―
「私はリンクと共にいる。この世界に残るよ」
アオイは真剣な眼差しをしながら俺と向き合っている。
「俺から言っといて何だけど……本当にいいの? この世界に残ればアオイの存在は元の世界から消失する。元々存在しなかったとして」
神様の都合なのだろう。人がいなくなれば騒ぎになる。それを揉み消すために別世界に消えた人間の存在を元の世界から完全に消すのだと、事前に俺に語りかけてきた女神ハイリアから聞いた。
「そっか……思い出も消えて、両親には悪いことしちゃうけど……でも、私はいいよ。私の存在がリンクを支えられるなら……それでいい」
「アオイ……」
俺は手を差し出した。
「俺と一緒に生きてくれますか?」
「はい。喜んで……!」
アオイは微笑みながら手を重ねてくれた。
目を覚ますと少し重みを増した感覚。
周りの景色は今、人目を避けてひっそりと住んでいる森の家の中。実体に戻ってきたんだと思いながら隣に視線を移すと眠っているアオイの姿があった。
「アオイ」
小さく声をかけるとアオイの瞼が静かに開く。
暫くの間ぼんやりとしていたものの、意識がはっきりしてきたのか俺を見上げてくるアオイ。
アオイが側にいる。それだけで胸が温かくなった。
「おはよう、リンク。今日も寝起きから元気だねー」
「今日も?」
「うん? だって、幼い頃からずっと一緒だったでしょ? 私たち」
アオイから詳しく話を聞き、この世界の住民になった影響だと予想した。アオイは元の世界の記憶を失い、別の記憶で過去を改竄されたらしい。都合の悪い部分をいいように書き換えるのは神様らしいと思う。
それは俺にとっても都合が良いことだけど。
「アオイ、大好き!」
彼女を力一杯抱きしめれば少し苦しそうな様子で顔を赤らめながら少し抵抗をするアオイ。
「ちょっ⁉︎ リンク‼︎」
アオイは苦笑しながら俺の背中に手を回した。
「もう……手離さないからね」
時の勇者として旅をしてハイラルを救ったものの、7年の時を越えて築き上げた全てを、功績も、故郷も、そして大事な相棒も失った。大切なものの多くがこの手から滑り落ちていったんだ。
アオイは唯一無二の存在。大事な大事な俺の一部。これだけは絶対に──手離さないから。
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