【トワイライトプリンセス/短編】
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空は不安を誘う曇天。
今日も私は愛らしい子達に囲まれていた。人間の身勝手な行動で行き場を失った犬、猫達を保護する施設を私は営んでいる。建物はハイラル城下町西門から出た先にひっそりと建っている。城下町の人は大抵関心が無い。路地で静かに息絶えている犬や猫が居ても素通りするほどだ。
「よしよし。大丈夫だよ」
元々、人があまり来ない場所だ。人間は私だけ。必要なことがあれば私の方から出向いている。用事がなければ基本人は来ない場所。──だから、ここ数日困った事になっていた。
窓の外を見れば得体の知れない黒い何かが広い庭を闊歩している。平原に魔物が出るとはいえ、私は戦う手段を持ち得ていない。あれが魔物だとすれば行き詰まっているのだ。
「はあ……。困ったなあ……」
怯えている子達を抱きしめて外の様子を伺う。あちらはこちらに気付いていないことが不幸中の幸いだ。自分の身を守ることもできないというのにこの子達を守れるのだろうか。不安が心に重くのしかかる。
──ふと、遠くから黒い影が近付いているのが見えた。
庭にいる黒い何かの仲間かもしれないと思い、側にいる子達を覆うように引き寄せると身を屈ませた。
壁から覗くように外を見ると、既に何かがあった後のようだ。黒い何かが居なくなった代わりに近付いてきた黒い影──狼のような獣が立っていた。
──あの子は悪い子じゃない。そんな直感に導かれるままに外へと駆け出した。
「ねえ、君……!」
私の存在に気付き、驚いたような様子のその子。
ある程度距離を離したまま、手を伸ばして「大丈夫。何もしないよ」と声を掛ける。人間の言葉がわかるのか、その子はその場でお座りをした。
「……おいで」
ただの野生の犬かもしれない。
控えめに近付くように言う。その子は言葉を理解したように私に近付くと、伸ばしたままだった私の手に自ら頭を擦り寄せた。
「いい子だね。……もしかして、君があの黒いの追い払ってくれたの? それならありがとう。あの子たちもこれで安心できるよ」
黒い狼のような子を撫でながら建物に視線を向ける。窓には外の様子を見るように犬猫が集まっていた。
「君くらい賢い子なら人に飼われているんだろうね。放し飼いなのか脱走してきちゃったのか……飼い主がいるなら早くお帰り。こんなに体の状態が良いんだ。大事にしてるに決まってる」
体を撫でながら状態を観察する。
ペットとして飼われている子が必ずしも大事にされているとは限らない。子どものうちはその愛くるしさに惹かれて飼い始めたものの、無責任にも大きくなって可愛くなくなったなんて理由でここに捨てに来る人間もいる。
でも、この子は大丈夫そうだ。毛質も悪くない上、痩せ細っていたりなんかもしない。至って健康体そのものだ。
「またいつでもおいで。その時はおやつでも用意しておくよ」
背を向けて駆け出していく黒い背中を見送る。
──さて、あの子のおかげでいつもの日常が取り戻せたわけだし、ハイラル城下町へと行くとしよう。不安にさせてしまったあの子達へご褒美に豪華なご飯でも用意してあげよう。ハムとかがいいかな。ついでにテルマの酒場へも顔を出しておこうか。テルマさんには何かと世話になっているのにあまり顔を出さないものだから叱られたことがある。
「あの子が来た時のおやつも買っておこう」
そんなことを考えながら城下町へと行く支度をし始めた。
―*―*―*―*―*―
「様子を見てきてほしい……?」
旅の途中、城下町に寄ったついでにテルマの酒場へ顔を出した。いつもの顔ぶれに挨拶を済ませ、テルマさんに話しかけると何か悩んでそうな面持ちをしていた。話を聞くと、知り合いが長いこと会いに来ないことを気にしている様子だった。
「リンク。アンタと同じ年頃の子なんだけどね。一人で行き場を失くした動物達の世話をしてるんだよ。でも、その場所がハイラル平原の方だから連絡がないと何かあったんじゃないかって心配なのさ。悪いけど頼まれてくれないかい?」
「それはいいですけど……どんな子ですか?」
「おや? アンタも男だねえ。どんな女の子か気になるって?」
「違いますよ! 見た目とか中身がどういう人かって意味ですよ!」
「冗談だよ! そうだねえ……行けばわかるよ」
テルマさんはウインクをする。俺は呆れながらも話の続きを聞いた。西門から出た先に目的の人物が住んでいる場所があるらしい。簡単に地図に書いてもらい、別れの挨拶をしてから酒場を後にした。
地図を頼りに目的の場所に向かうと、そこの庭には影の使者が我が物顔で闊歩していた。念の為、壁の影に隠れてからミドナに頼み、獣の姿へと変わる。
黒いその姿の首元へ思いっきり噛みついた。そのまま地へ倒れる黒い体。それは分裂して空へ舞い上がるとワープポータルへと変わる。
「ワタシは先に戻ってるからな」と言い、ミドナは慌てたように影の中へ入っていく。ミドナに帰られると俺が元の姿に戻れないんだけどな──。
「ねえ、君……!」
建物の扉が開く音と共に女性の声が響く。
そちらを見ると、俺と同じ年頃の女性が近付いてきていた。しかし、俺からある程度距離を離した所で立ち止まる。
俺に話しかけてくる声色はとても穏やかなものだった。
「……おいで」
俺の姿を見て怖がる人の方が多い。この姿を気にしない人間はごく一部だ。そんな俺を怖がるどころか受け入れようとする姿に少し擽ったい気持ちになる。
彼女に近付き、その手に頭を擦り寄せた。
嬉しそうに細めた目も温かい。ふわりと香る優しい匂い。その声を聞いていたら眠ってしまいそうなほど落ち着いていた。
彼女の話を聞いていたものの、ずっとこのままでいるわけにもいかない。彼女に背を向ける。
「またいつでもおいで。その時はおやつでも用意しておくよ」
彼女の言葉を聞いてからその場を去った。
――――――――
―――――
――…
──あれから数日。
あの後人の姿に戻り、テルマさんに報告も終えて再び鏡集めの旅を再開した。少し上の空な俺にミドナは「会いに行きたければ行けばいいだろ。ヘタレ」と毒突きながらも背中を押してくれた。
緊張しながらもそこへ向かうと、庭を駆け回っていた犬や猫達が一斉に俺へ押し寄せる。
「すみません! 大丈夫ですか……?」
聞こえてきたのはあの穏やかな声。
犬猫に揉みくちゃにされながらもその声のした方を見れば、困ったような顔と視線が合う。つい、落ち着きなくソワソワしてしまう。
「あ……あの! 俺、リンクっていいます!」
「え? えーと、リンクさん……?」
「はい!」
「私はアオイです。その……リンクさんはご家族をお探しですか? どの子も可愛いですよ!」
「貴女が一番好きです‼︎」
「えっ……?」
「あっ……」
緊張して出てしまった言葉。
アオイさんは少し頬を赤らめながら困ったように笑った。そんな姿を見て、胸はドキドキと高鳴っている。
「リンクさんは面白い人ですね」
「えっ。そ、そうですか……?」
「それに、この子達が凄い懐いてる。きっと、この子達には一目で貴方がいい人だってわかるんでしょうね。動物達はそういう気に敏感なんです」
「俺もそう思います。動物達と接していると些細な行動でもあの子達の負担にならないか心配になっちゃいますよね」
「そうなんです! リンクさん、動物に理解がある方なんですね」
「こんな身なりですが住んでいる村では牧童をしています」
物腰が柔らかな話し方も温厚な笑顔も素敵なアオイさん。一緒にいるだけで心が落ち着く。それは動物達も同じなのだろう。アオイさんの周りにいる子達は喧嘩をする素振りも見せず、各々まったりとした時間を過ごしている。
──ふと、アオイさんは寂しそうな目をしていた。
「どうしたんですか?」
「え? あっ、すみません。困った事があった時に助けてくれた子がいたんですけど、その子元気にしてるのかなって思ってしまって……」
「……それって黒い獣だったりしますか?」
「そうですけど……リンクさん、あの子のことご存知なんですか?」
ご存知もなにも本人です──なんて、言えるわけもなく。それでも、俺の事を覚えててくれた事は素直に嬉しかった。あの姿で会いに来た方が良かったのだろうか。そんな考えを振り払う。俺は人間だ。本来の姿をアオイさんに知ってもらいたかった。同い年の女性なら幼馴染みのイリアがいるが、アオイさんには彼女とは違う感情を抱いていた。
「あの子の……飼い主です!」
きっと影の中ではミドナが呆れた目をしているだろう。「オマエは自分を飼ってるつもりか?」なんて言葉を向けられそうだ。
アオイさんは目を丸くさせたものの、すぐに花が咲いたような笑顔を浮かべる。そんな姿も可愛らしいと思った。
「そうだったんですか! あの子元気にしていますか?」
「はい! それはもう元気過ぎるくらいです。いつも一人で散歩に出かけちゃうんですけど……ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「迷惑だなんて、そんな……! ……また、あの子に会えたら嬉しいって思ってました。また、会えますかね?」
「会えますよ。あいつも貴女に会いたがってましたから……」
あいつって言っても、俺の事なんだけど。
そんな事を思っていると、アオイさんの側にいた犬猫達がアオイさんに抱きつくように引っ付き始める。
──ちょっと羨ましいとか、思ったりなんかしてないからな。
「あっ、そろそろこの子達のご飯の時間なんです。リンクさんはどうされますか? ご飯をあげる体験もできますけど……」
「……今日はこの辺で失礼させていただきます。この子達はアオイさんに甘えたいみたいですから」
「そうですか……。それでは、また、次の機会を楽しみにしています」
少し名残惜しそうにするアオイさん。
そんな彼女に近付き、その耳元に顔を寄せる。
「次に来た時は貴女を独り占めさせてください」
顔を離すと、顔をリンゴのように真っ赤にしたアオイさん。そんな姿見せられたら期待してしまう。
今はないはずの尻尾が左右に揺れているような感覚がした。
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