【ブレス オブ ザ ワイルド/短編】
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──同じことの繰り返しな日常。
平々凡々な私はいつも通りの日々を過ごしていた。
今日は偶々夜更かしをしていた。ぼんやりとテレビを眺めていると、突然画面が砂嵐に切り替わる。急に壊れたのかと焦っていると、画面に薄らとした影が段々と濃くなり一人の人物が映し出される。顔はよく見えないが鮮やかな澄んだ青色の特徴的な服を着た男性だった。本能は警告音を鳴らしているというのに不思議と画面から視線を外せずにいる。その人物が口元に弧を描くと視界がぐらりと揺れた。そのまま床に倒れ込むと瞼が重くなってくる。やばいと、危機感を覚えたと同時に私の意識は遠退いた。
爽やかな風を感じ、目を開けると視界に広がるのは広大な自然の景色。澄んだ空気、風に揺れる草花、体に触れる土の感触。私の知らない景色が今目の前にある。コンクリートも無ければ道を走る車の姿も見当たらない。自然に溢れた景色が見れる場所が無いわけではないが、意識を失っている間に誘拐されて適当な場所に放置でもされない限りはこんな状況にはならないだろう。
私は誰かに連れ去られて捨てられたのだろうか。
突然、自分の身に降り掛かったことに頭は混乱しているが、このまま何もしないでいるわけにもいかない。この場所が何処なのか、私は無事に家に帰って元の日常に帰れるのか確かめなければならない。そう思い、私は行動を開始した。まずは……人を探そう。海外だとすると言葉が通じないかもしれないが、やってみないことには始まらない。
幸いにも遠くの方に集落のような場所が見える。橋のようなアーチ状の地面を渡るしか集落に入る方法がないのが不安だが、急に落ちたりするほど柔ではないことを祈る。
──それから数週間後。
私は何とか無事に辿り着いた"イチカラ村"で生活をしている。道中、見たことのない生き物に追いかけられて死を覚悟した瞬間もあったが、生存本能が発揮されて間一髪のところで逃げ切れた。運が良いことに言葉が伝わるかの方も問題なかったのだが、この世界には"日本"という場所すら存在していないらしい。にわかには信じがたいが私は別世界にでも飛ばされてしまったのだろうか。
途方に暮れる私を、エノキダ夫妻を始めとした村の人達は温かく迎え入れてくれた。
それから私はこの世界のことを学びつつ、元の世界に帰る手段がないか探している。
このイチカラ村を作ったエノキダさん、そして奥さんのパウダさんは私がこの村に来る少し前に結婚したらしい。この場所の村作りやお二人が出会うきっかけに携わった人がいるらしい。その人はこの国ハイラルを旅しているらしい。神出鬼没なので中々お目にかかれないみたいだが、いつか会ってみたいと思っている。
「こんにちは」
花を増やしたくて花壇を弄っていた私に頭上から声が降ってきた。顔を上げるとそこには見たことのない十代後半くらいの青年の姿があった。
「こんにちは」
彼に挨拶を返すと、その青年は私の隣で同じようにしゃがみ込んだ。太陽の眩しさでよく見えなかったが近くで見てみると青年は端整な顔立ちをしている。
「何をしているの?」
「花を育てているところだよ。ところで貴方旅の人? 初めて見る顔だけど……」
「俺はリンク。色々あって旅をしてる。貴女の名前を聞いてもいい?」
「私はアオイ。詳しいことは言えないけど最近ここに住まわせてもらってる」
実は異世界から来てこの世界に居場所がなかったんです──なんて初対面の相手に言えるわけもない。目の前の彼は少し不思議そうにしつつも、こちらの事情を汲んで深くは聞いてこなかった。
「リンク……さん? は強いの? ここに来る途中魔物に追いかけられたことがあったから……」
「リンクで良いよ。俺は……鍛えてるから大丈夫。そこら辺にいる魔物なんて俺の敵じゃないからね」
冗談のように軽く言うリンク。自らの手を見つめているリンクの瞳は何処か苦しそうで悲しげな色を見せていた。私は手軽な鉢植えを手に取り、それをリンクに渡す。そこに植えているのは育てやすい白い野花だ。まだ開花する時期じゃないので蕾すら出来ていない状態なのだが。
「これ、リンクにあげるよ。白い花を咲かす苗なんだけど外に置きっ放しでも咲くから育てやすいと思う。……って、ごめん。荷物になるから邪魔になるよね!」
旅をしている人に鉢植えは余計な荷物になるだろう。それに気付いたのは渡してからだった。慌てて引っ込めようとした私の手に少しゴツゴツとしたリンクの手が重なる。
「これ貰ってもいいかな? 荷物にはならないんだけど……ここに置いてもいい?」
「えっと……。いいけど、どうして?」
「ここに置いておいたらアオイに会いにくる口実になるから。……ねえ、だめ?」
あざとく小首を傾げるリンク。駄目ではないけど……何でだろう。小悪魔に唆されているような気分になる。
「良いよ、私は全然問題ないから。それに気になるし」
「気になるって何が?」
「この花は与える栄養で咲く花の色が変わるんだよ。変わるって言っても数種類あるくらいなんだけどね。リンクは自分の花を何色にしたいのか私は気になるな」
ジッと鉢植えを見つめるリンク。
「……よくわからない。好きな色とかわからないし…………」
伏せた睫毛の奥で不安気に揺れる瞳。リンクは何か訳ありなのだろう。わからない……その意味を言わないということは少なからず言いたくないことなのだろう。なら、私は聞かないことにした。
「じゃあ、自由に育ててみるといいよ。何色にしたいとかじゃなくてさ。栄養は素材を少量使うんだけど林檎の皮とか余った部分で十分! 今日食べた物でも良いし、リンクの好きな物をこの子に与えてみるっていうのはどう? 色々与えてみても白い花だった話も聞くし、咲いたその色をリンクが好むかもしれない。……どうかな?」
暫くの沈黙。やらかしたかと不安を覚えた途端にリンクが此方を向いた。
「それって料理や鉱石とかでも良いの?」
「流石にそれは無理だよ……」
冗談なのだろうけど真顔で聞いてくるリンクに苦笑いを返した。何か複雑な事情を抱えていそうだけど、ふざけるくらいには心に余裕があるのかもしれない。
苗を見つめているリンクが、ふと口を開く。
「この子の色が過去は苦手な色だったとしても、今なら好きになれると思うんだ。……ありがとう。アオイ」
「私は何もしてないよ?」
「くれたでしょ? この子」
そう言って鉢植えを見せてきた。リンクは目を細めながら鉢植えを見つめている。その姿を見ていると何故だか胸がぽかぽかと温かくなった。
「それだけのことで……?」
「アオイの厚意が嬉しかったんだよ。俺にとっては……温かかった」
胸に手を当て瞼を閉じるリンク。
その姿は何か重いものでの背負っているように思えた。
「……いつでも来てくれて構わないからね」
「アオイ……。わかった。深夜や朝方でも気にせず会いに来るね」
「その時間帯は寝てるよ……。でも、まぁ……その時は起こしてくれたらいいよ」
冗談のつもりで言ったのだろうリンクは目を見開く。旅をしているリンクは自由に時間を使えないのかもしれない。なら、自由な私がリンクに合わせればいいだけだ。
「アオイみたいな人が百年前にいたら……いや、それじゃあ意味無いか…………」
リンクの小声で呟いた言葉は私の耳には届かなかった。
後日、エノキダさん夫妻に聞いた話だが、イチカラ村の村作りとご夫婦の結婚に携わったのはリンクのことだと聞いた。その話を聞いて、リンクは根っからの良い人なのだろうと同時に苦労していそうだとも思った。
──今度遊びに来た時に何か美味しいものでもご馳走しようかな。