大空の章
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少し気分が回復した私はショップモールへ向かうと、クスリ屋でハートのクスリとリカバオールを買っておいた。ハートのクスリは傷薬として使える。リカバオールは盾を持っていない私は使わないものの、盾を壊すまで使いそうなリンクの為に買っておいた。
ショップモールから出て広場のベンチに座ろうとした時、北の方角に赤い光の柱が立っているのが見えた。どうやらリンクは石版を収め終えたらしい。入れ違いになるのも悪いので、そのままベンチに座ってリンクを待つことにした。
暫くすると、リンクがロフトバードに乗って飛んでくる姿が見えた。女神像がある場所は少し離れているものの、ロフトバードに乗って飛んでくるほどの距離とは思えないが──。
目の前に降り立ったリンクは私に向かってくる。
「リンク。準備が出来たなら次の場所に向かう?」
「そうしたい気持ちはあるんだけど……ちょっと問題があって」
リンクの話を聞くと、どうやら女神像を出て行った先でクーコちゃんのお母さんであるアリスさんに声を掛けられたらしい。行方不明になったクーコちゃんを探しているみたいだ。
リンクが先に情報収集しており、何か重要な手掛かりを持っていそうなおじいさんの所に向かうため、パンプキンバーに向かい、今はその帰りだったみたい。
「それで……真夜中の墓地にクーコちゃんの手掛かりがあるかもってこと?」
「うん。クーコちゃんもそうだけど、アリスさんのことも心配だから早く見つけてあげたいんだ」
「私には母親の気持ちはわからないけど……我が子のことを自分の命よりも大事に想う気持ちはわからないでもないから……うん! 捜してあげよう!」
私は内心焦っていた。
真夜中の墓地。それは怖い話では定番となる場所。暗い場所はまだ少し耐性があるものの、おばけは大の苦手だ。私がおばけを苦手としていることはゼルダやリンクにも知られていないことだろう。年上として情けない姿を見せるわけにはいかない。
「取り敢えず、夜まで待とう」
その後、時間を潰すためにテリーの店へと向かったリンク。帰ってきたその手には虫とりアミが握られていた。リンクは遊び盛りの少年のような笑顔で「これでいっぱい捕まえられるね!」と言っていた。「アオイにも貸そうか?」と聞かれたが、私は丁寧にお断りさせていただいた。別に虫は騒ぐほど苦手ではないが好きというわけでもないから。
夜になるまで自室で休んでいると、扉をノックする音が部屋に響く。「どうぞ〜!」と返事をすると、扉を開けた先に見えたのはリンクの姿だった。中に入れると、リンクは流れるようにベッドへと腰を下ろす。来客用の椅子もあるのにリンクはいつもベッドを使う。まあ、私は気にしていないが。
残りの時間は部屋で休むことを勧めたのだがゆっくり休めなかったのだろうか? リンクに「どうしたの?」と聞けば、リンクは少し間を置いてから少しずつ話し始める。
「天望の神殿に入る前に……見えたんだ。身に覚えのない記憶が」
天望の神殿に入る前──リンクが急に言葉を切らしたあの時のことだろう。リンクの瞳はどこか不安気に揺れている。
俯きがちのリンクの隣に座ると、その背に手を当てた。触れる程度に優しく。
「僕は僕なのに違う誰かで、その人はずっと側にいる誰かを見ていた。きっと、その人のこと優しく見守っているような気持ちで見てた……。側にいた誰かも鮮明に見えなかったからわからないけど……小柄な女の子だった。……アオイ、みたいな……」
まるで水面のように揺れる瞳が私を映す。
リンクは自分が見た風景に私が居たという反面、そのことを受け入れ難いという気持ちでぐちゃぐちゃに感情を混ぜ込まれてしまっているのだろう。
心当たりがあるとしたら──リンクの前世の記憶だ。
「世界には自分にそっくりな人物が三人はいるらしいよ。……きっと、それもその一種に過ぎないんだろう」
「……それは、ほんとに?」
「少なからず、私はリンクの知っている私しかいないよ」
リンクを安心させるために少し嘘を吐いた。
あの時代を生きた私も、この時代にいる私も同じ私だ。でも、あの私は一度死んだようなもの。進んでいた道が途絶えたから一から新しい道を進んでいる。私の人生は一度区切られたってわけだ。
「……不安なんだ」
そう言ってリンクは私を抱きしめてくる。首元に埋められた頭。柔らかい感触のリンクの髪が肌を擽る。
その背に手を回して、子どもを宥めるように優しく撫でた。
「何が不安なのか聞かせてくれる……?」
「……見た景色の僕がアオイを奪っていく……そんな気がして……」
「奪うって……大丈夫だよ。私はここにいるよ。リンク」
体を離してリンクの頬を両手で包む。リンクは少し涙目で落ち込んだ様子だったが、少しずつ笑顔を取り戻していった。満足した様子のリンクは「このまま寝ようかな!」なんて言って、そのまま私のベッドに横になると次の瞬間には規則的な寝息を立てていた。
「はやっ……もう。リンク、ゆっくりおやすみ」
私はその無防備になった頭を撫でると、リンクのふわふわの柔らかい髪の毛を堪能しながら夜になるのを待った。
──夜のスカイロフト。
賑やかな昼間と違い、夜のスカイロフトは不気味なほど静寂が辺りを包んでいる。
クーコちゃんを捜すため、スカイロフト南東側にある墓地へと向かう。
「木に体当たりして墓石を調べればいいって……」
「墓石を調べるって……なんてバチ当たりな」
おばけが出ないか周りを警戒したものの、出てきたのは魔物のチュチュのみ。それに一先ず安心する。昼間なら別に問題のない墓地だが、夜になると周りよりも少しヒンヤリとした空気を漂わせている。
リンクが墓地の奥の木に体当たりをし、謎の輝きを発した墓石を調べると、近くの戸がゆっくりと開いた。そこを恐る恐る覗くと、下へと続く梯子が姿を現す。
「アオイ。危ないから手貸して」
「これくらい大丈夫なのに……」
梯子を降りた先は幅の狭い板を三本分横にくっ付けた板を縦に繋げただけの道が姿を現した。フィローネの森ではロープも渡ったというのに、リンクは手を繋ぐことを要求してくる。渋々、右手を差し出せば、リンクの左手が私の手を包み込んだ。落ちることはないだろうに、指まで絡めて頑丈に繋いでくる。
「きゃーーーーーッ!!!!」
突き当たりまで来ると聞こえてきた女の子の悲鳴。
私はリンクと顔を見合わせると、急いでその先にある扉の中へと向かう。
室内に入ると、何やら派手な模様の悪魔のような大きな翼が目に飛び込む。いつの間にか剣を構えたリンクが「アオイは下がってて!」と言って、その悪魔のような人物に斬りかかろうとした。
「ちょっ! ちょっと待って下さい!!」
悪魔のような人物はリンクに怯えたように身を縮こませる。
何かおかしいと思い、まだ警戒したままのリンクの肩に手を乗せた。振り返ったリンクに向けて首を横に振ると、リンクは剣を鞘に収める。
「……ワタクシ、こう見えても怪しいものじゃないんですよ……」
「はあ……」
「……いえね。ワタクシ、このスカイロフトに住む魔物の一人モルセゴと申すものです……。魔物だからといって人を襲ったりなんてもちろんしないですよ!」
丁寧な物言いだけど自身を魔物と名乗っている悪魔のような見た目のモルセゴさん。視界の端に見えたクーコちゃんが警戒しているどころか心を許しているように見える。見た目に反して悪い人ではないのかもしれない。
「この子だけはワタクシを怖がらないのでよく一緒に遊ぶようになって、つい、嬉しくて……。ワタクシ、本当はこの街のみなさんとお友達になりたいんですよ……」
モルセゴさんは人間と仲良くなりたいのに自分の悪魔のような見た目の所為で怖がらせてしまうと悲しげに語る。人と違う所は見た目くらいで案外中身は人と大差変わらないのかもしれない。
「その見た目だけどうにかすれば人とも関われそうだけど……」
「そこが一番難しい所だね。普通の人間でも体の大きさだけで威圧感が出て、他の人を怖がらせてしまうし……」
身近な人間で例えるならバドだろう。彼は体格が大きい方だ。だから、そこにいるだけで存在感や威圧感を発している。それに加えてガキ大将気質な性格も加味されているのだろう。性格の根っこの奥深くの方では良い子な面もあるのだが。
「あ、そうだ……。我々魔物に伝わる話があって……人間を喜ばせると"感謝の気持ち"というのを手に入れることができるらしいんです。その感謝の気持ちがたくさん集まった状態を見ると魔物も人間になれるらしいんですよ!」
「感謝の気持ち……?」
「人助けをして、『ありがとう』って気持ちが形になるってこと? そんな都合の良いものあるのかな……?」
「ワタクシ人間になりたいんです!!」
モルセゴさんの気迫に押されて、「は、はい……」と一歩後ろへ後退する。それでも、気持ちというものは基本的に見えないものだ。だから人は感謝をする時に相手に形として伝えるように感謝の品を用意することもある。そんな都合よく気持ちが形になっているわけないと私は思っていた。
「そういえば、お兄さん。かなり心の広いお人と見た! どうですかねぇ〜。ここはひとつ、感謝の気持ち集めて、ワタクシに見せてもらえませんか?」
「リンクの心が広い……?」
「何言ってるの。僕の心は雲海のように広いでしょ」
リンクのことを心の広いお人と言うモルセゴさん。私は訝しげにリンクを見る。そんな私の態度にリンクは少し怪しげな笑顔を向けた。リンクの心が海のように広かった覚えはないんだけどなぁ。
「モルセゴさん。いいよ。感謝の気持ち集めてあげる」
「本当ですか⁉︎ 感謝の気持ちは人の悩みを解決すると手に入れられるって聞いたことがあります!」
「へえ。言葉の意味通りって感じなんだね」
「それで感謝の気持ちってどこにあるの?」
「このスカイロフトや空のどこか……人がいる場所には感謝の気持ちがあふれ落ちてることもあります! 心の澄んだ貴方には感謝の気持ちが見えるようにしておきました!」
「私は心が澄んでない……と」
「そ、それは……すみません!」
「いや、別に気にしてないからいいよ」
ぺこぺこと頭を下げて謝るモルセゴさんに大丈夫だと伝える。隣から「アオイの心が澄んでない……それは僕のことを邪な目で見てる可能性が……」なんてボソボソと聞こえてきたが聞こえていない振りをした。リンクのことそういう目で見てるわけないだろう。幼馴染みや先輩後輩の関係もあるものの、今は教師と生徒なのだから、そういう目を向けるわけにはいかない関係でもある。
モルセゴさんは感謝の気持ちについて「ただし、落ちている気持ちは夜にしか見ることはできませんので夜にお探しください」と注意事項を付け加える。
「もちろんお礼はさせていただきます。ぜひ、よろしくお願いします!」
「あっ! あと、クーコちゃんですが……」
「それならご安心下さい。あの子は明日の朝きっとおうちにお届けしますのでご両親にはよろしく言っておいてください」
「きっと、じゃなくて確実に! お願いしますね」
「ひっ! は、はい……」
「アオイ。怖がらせちゃ駄目だよ……」
リンクに宥められるが私は怒っているわけではない。ただ、行方不明になった娘を心配しているアリスさんのことを思うと、そんな曖昧な返事をしてほしくなかっただけだ。
近くで退屈そうにしていたクーコちゃんに声を掛ける。クーコちゃんは「このおじちゃん悪いヒトじゃないのよ! クーコがガケから落ちそうになっていたトコを助けてくれたの!」と教えてくれた。
「夜のお外はアブナイっておじちゃんが教えてくれたから朝になったら帰るってママには言っておいて!」
「わかったよ。クーコちゃん。ママさんね、とっても心配してたから朝になったら絶対真っ直ぐおウチに帰るって約束してくれる?」
「ママが……? わかった! 絶対約束する!」
「うん。クーコちゃんはいい子だね!」
屈みながらクーコちゃんの頭を撫でれば、少し気恥ずかしそうにしていた。
扉から出る前に振り返る。クーコちゃんには「またね!」と手を振り、モルセゴさんには「クーコちゃんのことよろしくお願いします」と会釈をした。リンクも私に引き続いて外へと出る。
スカイロフトの中央の方にあるクーコちゃんの家に向かうと、部屋の窓から明かりが漏れているのが見える。扉をノックし、家主の返事を待ってから家の中へと入った。
クーコちゃんの帰りを待っていた旦那さんのゲランさんと奥さんのアリスさんにリンクは「クーコちゃん見つかりました。今は友達になったおじさんの所にいます。夜のスカイロフトは危ないので朝になったら帰ってきますよ。おじさんからご両親によろしくお伝えくださいと言伝を預かっています」と伝えた。
「おぉ、本当かい⁉︎ クーコのやつが見つかったのか! それみろ! このスカイロフトには悪い奴は誰もいねえんだよなぁ!」
「ああ! クーコちゃんが見つかったの? そうね、親切なおじさんのところにいるのなら安心かしら早く会いたいわぁ!」
リンクから知らせを聞き、涙ぐみながら喜ぶゲランさんとアリスさん。これ以上お邪魔しちゃ悪いと思い、用が済んだ私達は足早にその場から立ち去った。
クーコちゃんの一件は片付いたので、朝になったらゼルダ捜索の続きだ。次はあの赤い光の柱が立っている地に向かうことになるだろう。そんなことを考えていると、不意にリンクが話しかけてくる。
「……川の字のベッドだった」
「リンク……? 急にどうしたの?」
「いや、クーコちゃんの家のベッドが三人用なのが見えてさ。僕もいつかは僕と奥さんと我が子の三人で川の字で寝たいなあ……って思って」
「……リンク。そういう願望あったんだね。もっとマイペースに生きてるんだとばかり……」
「のんびり屋だと思ってたからでしょ? 僕だって人並みには欲求くらいあります〜! アオイが鈍感なだけだから!」
「え〜、そうかなぁ……?」
昔、ゼルダに「アオイは変なところで鋭くなったり、鈍くなりがちよね」なんて言われたことを思い出す。「そんなことない」と否定したら、ゼルダとリンクが「そんなことある!」と綺麗にハモっていた。
騎士学校の建物まで帰ってきた。朝まで休むために自室の前で別れようとすると、リンクは「……アオイの所で寝ちゃ駄目?」と聞いてきた。いつもの調子だったので余裕そうに見えたがリンクの心には拭えきれない不安が蟠っているのだろう。「いいよ。おいで」と部屋の中にリンクを誘う。剣と盾を下ろすとリンクはベッドに横になる。私もその隣で同じように体を寝かせた。
「……アオイ。その……おやすみ」
「うん、おやすみ。リンク」
リンクが目を閉じるのを見届けると、私はぼんやりと天井を見つめた。
まずはゼルダのこと。一旦は無事と判断していいだろう。油断は禁物だが今は彼女の痕跡を少しでも早く追うことしかできない。次にファイのこと。詳しいことは聞いていないが彼女はあの時代には存在していなかったはずだ。なら、ハイリアが私の知らない間に生み出したのだろうか。魔族長ギラヒム。彼が私のことを覚えていない様子だったのは不幸中の幸いだ。不幸といっても覚える価値もない雑魚だと思われていることがムカつくだけだ。もし、彼が覚えていたらリンクを困惑させてしまったかもしれない。リンクをそうさせなかった利点の方が価値が高い。
眠ってしまった様子のリンクの横顔を眺める。
私はゼルダとリンクと違って、宿命なんて特別なものを背負ってはいない。それは背負うには重たすぎるものだ。──全てが不可能ならば少しでもその重荷を軽くさせてあげたい。それだけなんだ。私の望みは。
私は祈るようにリンクの手を握った。