大空の章
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──今日も今日とて澄み渡る青空。
スカイロフトは大空にあるため少し風が強いものの、女神像の下は障害物に遮られており、吹き抜ける風は心地良い。
目を閉じ、辺りに響く旋律を感じる。
いよいよ本番当日を迎えたゼルダの演奏。鳥乗りの儀で女神役をするゼルダ。その緊張や不安を取り除くように、いつも練習には付き合っていた。歌もハープの演奏もショール作りも一緒にやってみたもののゼルダの足元には到底及ばぬ出来だった。
演奏を止めたゼルダが手紙をロフトバードへ渡す。
「あの手紙は誰に……って思ったけど、もしかしてリンク?」
「そうよ。だって今日は鳥乗りの儀だっていうのに肝心のリンクったら忘れてそうで心配なんだもの。リンクのことだからギリギリまで眠ってるか、寝坊しそうじゃない?」
「確かに……。ゼルダは面倒見がいいね」
「それはそうよ。私の側には二人も困ったさんがいるもの」
「それ、私のことも含んでない……?」
「うふふ。どうかしら?」
ゼルダは楽しそうに笑う。
彼女はもう一度ハープを構え直すと「リンクか来るまでにもう一度通しておきたいの。聞いてくれる?」と聞いてくる。
それに「うん。聞かせて」と答えてから少し離れた柱にもたれ掛かった。
「──女神のしもべに、導かれし若人。空と大地を結び、光をもたらす」
騎士学校や住居区と繋がる階段の方から足音が聞こえてくる。そちらを見ればリンクの姿があった。目が合うと目を細めて笑うリンク。ゼルダはハープを奏でる手を止め、振り返る。
「わたしのロフトバードはちゃんとリンクを起こした? 約束……忘れてたんでしょう?」
私は知らなかったが何か約束をしていたらしい。何を約束していたのだろうと思っていると、ゼルダが私の方を見る。
「一番はアオイに。リンクは二番目ね」
一体何の話だろう。ついていけずにいる私とは違い、リンクは何の事だかわかったのか「そういうことだったんだ」と呟いた。
ゼルダは楽しそうに女神役の儀式の事を語る。
この日を何よりも楽しみにしていたゼルダ。私もリンクも口を挟まず聞くことに集中した。
「ハープと衣装で今日のわたしは伝説の女神様! アオイとリンクに早く見て欲しくて来てもらったの!」
見せびらかすようにその場で一回転をするゼルダ。
ハイリアとは雰囲気が違うがゼルダも同じくらいの美人さんだ。似合っているに決まってる。
──あれ? 何か大事なことを忘れているような気がする。
「ねえ、似合ってる?」
「よく似合ってるよ」
「うふふ、そうでしょ? ありがとう。リンク」
誇らしげに伝えるリンク。
二人分の視線が私に向けられる。
「ん? ……ああ。ゼルダは何を着てもよく似合うね」
「ありがとう。でも、ちょっと惜しいわね」
「そういう所だよ。アオイ」
一体どういうことだ?疑問に思っているとリンクが「女の子は一番が好きなんだから、何でもなんて答え方したらダメだよ」とこっそり教えてくる。いや、リンクは何でが女心に詳しいような言い方してるんだろう?と不思議に思った。
「ゼルダ。儀式の準備はもう済んだのか? アオイも手伝いご苦労だった」
「あ……お父様」
「校長」
話しかけてきたのは騎士学校の校長であるゲポラ校長。ゼルダの実の父親で、外に放置されていた赤子だった私を拾って育ててくれた人。赤ん坊の頃は自我がなかったものの、過去の記憶があることから父親と呼んだことはない。それでも育ててくれたことには感謝しているし、親のようにとはいかないものの頼りにしている。
「おお、リンクも来ておったか。さすがの寝坊助も今日ばかりはきちんと起きられた、という訳だ。お前が今日の鳥乗りの儀で優勝すれば女神様役のゼルダと共に儀式に参加できる……がんばるのだな」
「それなんだけど……」
ゼルダの不安そうな表情を他所に、リンクは悩みのなさそうな表情でゼルダを見ている。
鳥乗りの儀は騎士学校の学生において重要な試験だ。しかし、リンクの普段の授業態度はあまりいいとは言えない。ゼルダはそのことを気にしているのだろう。
「お父様聞いて! リンクったら最近ほとんど鳥乗りの練習をしていないのよ⁉︎ たまにロフトバードに乗ってもぼんやり飛んでいるだけだし……。素早く機敏に鳥を操れないと優勝なんて出来ないのに」
「まあ、そう怒るな。ゼルダ。鳥乗りの儀は人と鳥との絆や技量が試される場……お前の言うように簡単には優勝など出来ん。確かに、リンクは普段、あまり真面目に練習してはおらんようだが……幼き頃からずっと見ているお前にもわかっておるだろう。リンク……そして共におる、あのロフトバードの特別な結びつきを」
ゼルダを宥めるゲポラ校長。
空を見上げると一羽のロフトバードが見守るように飛んでいた。あれはゼルダのロフトバードだ。──しかし、違和感を感じる。ゼルダのロフトバードとリンクのロフトバードが仲が良い。一緒に大空を駆けている姿を度々見かけているが、今日は一緒にはいないのだろうか。
「……我々スカイロフトの民には必ず己と対になる鳥がおる。それは皆が女神様からの御加護である守護鳥を──ロフトバードを授かるがゆえよ」
心配そうなゲポラ校長の視線が私に向けられる。
ロフトバードと共にあるスカイロフトの民の中で私は唯一共にある筈のロフトバードがいない。
「アオイのような特例もあるが──」
「あはは……」と苦笑いを返した。
私は元々この時代に生まれる筈のない存在だ。ロフトバードがいないのもしょうがない。──そんなこと言えるわけがない。
「この女神像の前で皆が幼き頃に一人ひとり、それぞれの鳥と出逢う。無論、お前達もそうであったが……リンクには他の者とは異なるところがあった。それは……リンクのもとに来たロフトバードが非常に珍しい……絶滅したはずの紅族であったという事。リンクとあの紅き鳥は不思議な縁で結ばれておる……」
かつてのリンクと共に飛んだロフトバードを彷彿とさせるリンクのロフトバード。あのロフトバードとは違い、リンクのロフトバードは話したりしない。女神ハイリアと共にいたロフトバードとはいえ、この時代まで長生きしているものなのだろうか。
校長の話を聞き流しながらリンクの方を見ると、何かにきがついたかのようにハッとした表情になる。
「リンク。どうしたの?」
「それが……いつもと様子がおかしいんだ。ロフトバードの気配が──」
「リンク! とにかく少しでも練習しておきましょう! こっちに来て、さあ!」
リンクが何かを言いかけた所にゼルダが強引にリンクを引っ張っていく。リンクはゼルダにされるがままだ。
「さあ、ここからいつもみたいにダイビングしてロフトバードを呼んで。鳥乗りの儀はもうすぐなんだから今だけは真面目にやってちょうだい」
「ぜ、ゼルダ。待って! ロフトバードの気配がしないんだ!」
「……え? 何ですって? そんなこと言って……もう! さっきのお父様の話に乗っかって誤魔化すつもりなの? お願いだからちゃんと練習して」
橋の先に立たせリンクに有無を言わせない勢いのゼルダ。
慌ててゼルダを止めに入る。
「ゼルダ! ちょっと待って! リンクは真面目じゃない所も少なくないけど、そんな冗談言うほど不真面目でもないよ。……ゼルダもリンクのことはよくわかってるよね? 大丈夫。少し落ち着こう」
「それは……そう、だけど……。……そうよね。リンク、ごめんなさい」
今にもゼルダに突き落とされそうだったリンクは一息つく。一安心してるところに悪いが、リンクも日頃の行いが悪いから突き落とされていても文句は言えなかったと思う。
「リンクよ。お前はまだロフトバードを感じられぬのか?」
話を聞いていた校長が間に入る。
リンクはその言葉に首を縦に振った。
「間もなく鳥乗りの儀だというのに困った事になったな……」
──響き渡る鐘の音。
騎士学校に付いた鐘が時間を知らせるように音を鳴らした。
「校長。今年の鳥乗りの儀の担当であるホーネル先生に時間を調整出来ないか相談してもらってもいいでしょうか?」
「ねえ、アオイ。ホーネル先生に相談しても先生は結局、校長のお父様に話を持って来られると思うの。それならお父様から先生へ詳細を知らせた方がいいと思わない?」
「お、おお……。さすがは我が娘たち。その通りだな……。では、この件はワシがホーネル先生に説明しよう。リンクよ、彼にワシの部屋に来るように伝えてくれ」
校長の言葉に頷くリンク。
「あとはリンクのロフトバードだけど、私とリンクで地上で手掛かりを探すからゼルダは空を頼んでもいいかな? 私もリンクも飛べないからゼルダには別視点から情報を探ってほしい」
「任せて! リンク。アオイのこと頼むわね」
「うん、わかった。ゼルダもありがとう」
「気にしないで!」と言って、大空へと飛び出すゼルダ。
というか、何故、ゼルダはリンクに私のことを任せたのか──。小さな事で悩んでいると、リンクが笑顔で振り返る。
「僕たちも行こうか」
「そうだね。少しでも何かわかるといいんだけど……」
階段を降りた先にいたゲランさんの話ではどうやらバドたちがこの一件に関わっている様子。真っ先にバドたちを探してもいいが、他の手掛かりもないか探すために先に騎士学校を目指す。ホーネル先生へも報告を済ませ、情報を探していく。騎士学校二階の扉の前にいたクラネにも話を聞いたが、校内にいて知らないということだった。
階段を降りて一階に向かう。
「キコア先輩!」
「アオイさんにリンク君! どうしたんだい?」
「リンクのロフトバードがいなくなったんだけどキコア君、君何か知らない?」
「すみません。何も見てないですが、後輩の一大事ですから僕も手伝いますよ! リンク君。僕の方でも調べてみるから何かわかったら声をかけるよ」
すぐ側の教室内にいたアウール先生にも声を掛ける。
先生も何か知っている風ではなかったが、教師としてリンクを元気づけてくれているようだった。
他に手掛かりを探して食堂の方へ行くと、セバスンがいた。
「どうしたの? リンク。そんなに慌てて……」
「ロフトバードが呼んでも来なかったんだ。セバスンは何か知らないかと思って……」
「あっ……それじゃあ、あれは……やっぱり……」
歯切れの悪いセバスン。
何かを知ってそうな雰囲気だった。
「セバスン。何か知ってるの?」
「えっ? あっ、いやっ。な、何でもないよ……」
何かを隠しているのか、逃げるように立ち去るセバスン。
リンクと顔を見合わせる。
「何か知ってます……って、感じだったね」
「無理に聞くのも悪いから先にバドたちを探そう。まあ、また、僕がゼルダと仲良くし過ぎだとか何とか言ってきそうだけど……」
少し疲れたような表情をするリンク。
バドたちともそれなりに長い付き合いだが、彼はリンクを目の敵にしている。その事でリンクも苦労しているのだろう。
一階の扉から外へ出るとショップモールや住居区へと繋がる扉が開放されていた。
真っ直ぐ広場の方へ向かう途中、リンクはショップモールで食堂を経営しているジョナさんの息子であるガル君に呼び止められる。リンクが木に体当たりをすると飛んでいくロフトクワガタ。どうやらその虫目当てにリンクに声を掛けたらしい。──さりげなく、落ちてきた五ルピーを回収していたリンクのことは見なかったことにしよう。
広場の方に近付くと、見知った面々の姿が目に入る。特徴的な赤い髪のバドとその取り巻きのラスとオストだ。
近付こうとしたらリンクに腕で制止され、彼はゆっくりバドたちに近寄る。同じように静かにその後を追った。
「しかし、バドさん。意外とてこずっちゃいましたね」
「まあな、さすがに野郎はタフな体で有名な幻の紅族だからな……。けどよ、いくら奴でもそう簡単にはあそこから逃げ出せねえだろうぜ」
先に振り返り私達の存在に気がつくラスとオスト。
全く、気がついていないバドもゆっくり振り返る。
「わわっ! アオイさんとリンク? お、おめえ。いつからそこに……?」
「さっきからいたけど」
「何の用だぁ? あぁ、わかった。今日は鳥乗りの儀だよな? 優勝確実のバド様に『負けて下さいませんか?』と、泣きつきに来たってわけだ! ゼルダと二人っきりの女神像での儀式、出たくて出たくて仕方ないのか。そうかそうか」
「バド。それは自分のことじゃ……?」
「アオイさん! 今はリンクと男と男の会話をしてるんです! ちょーっと、黙っててもらっていいですか⁉︎」
リンクが言われっぱなしなのは分が悪い。
渋々引き下がり、リンクの方を見ると『大丈夫』と言いたげな表情をしていた。
咳払いをすると言葉を続けるバド。
「残念ながらこのバド様の性根はおめえみたいにくさってねぇ。今日は堂々勝負といこうじゃねえか。……って、あれぇ? おめえの真っ赤なプライド・チキン。姿が見えねえようだけど? どうしちまったんだ? もしかして、迷子にでもなっちまったのかなぁ?」
「……バド。僕の鳥を返せよ」
「あぁん? 何の事だかわっかんねぇなぁ⁈ 大体、おめえは幼馴染みって立場をいい事に、いっつもいっつもゼルダに構われて。チャラチャライチャラとふ抜けた姿を毎日毎日見せつけやがって……。少しは規律ってモンを考えたらどうなんだ? あぁ⁈ おめえみたいなのが誉高い我が騎士学校の風紀を乱してんだよ!」
「誰が風紀を乱してる、ですって?」
バドのリンクに対するいちゃもんはゼルダの声によって制止された。
こんな真面目な空気の中で隣から「僕はアオイと風紀を乱したい」なんて言葉が聞こえてきたような気がするが、空耳だと思いたい。
「ゼ、ゼルダッ……。い、いやっ……これは……」
いきなり登場したゼルダにたじろぐバド。
教師側の人間としてあまり口を挟むわけにもいかない。私は近くのベンチに腰を下ろすと事の成り行きを見守る。
「じゃあな、リンク! 今日の儀式に参加出来なけりゃ、課題クリアになんねえんだぜ! ご自慢の紅いのが見つからねえとヤバイんじゃねぇの?」
ゼルダから逃げるようにバド達は橋から飛び降り、ロフトバードに乗って大空へと去っていった。
ゼルダとリンクに近寄る。
「あの三人……。もしかしたら、リンクのロフトバードを……。もし、そうだとしてもあの様子じゃ素直に言いそうもないわね……。何とかしてわたし達で探さないと……」
「私が言ってもいいけど……この前、一人の生徒を特別扱いするなって叱られちゃって……」
「アオイは特にリンクに甘いものね。たまには私にも甘くしてくれてもいいのよ?」
「ゼルダはしっかり者だから……」
苦笑いを返す。
ゼルダは柔らかな笑みを浮かべながらリンクの方へ向き直った。
「リンク。わたしも引き続き、あなたの鳥を空から探してみるわ。鳥乗りの儀の開始時間はお父様がホーネル先生に相談してくれて延ばしてもらえるそうだから安心して」
「ありがとう」
ゼルダもバド達と同じようにロフトバードに乗って飛び去っていく。その姿を見送るとリンクは私の手を引いた。
「僕達も行こうか。一旦騎士学校に戻って、キコア先輩が何か変化がなかったか聞きに行こう」
「そうだね」
騎士学校へ戻ると、先程までキコア君が居た場所にキコア君の姿はない。その代わり、クラネの姿があった。
「クラネ。ちょっといい?」
「アオイさんにリンクくん。どうしたんですか?」
「クラネ先輩。キコア先輩の姿見ませんでしたか?」
「キコアくん? それならさっき、キコアくんがリンクくんを探してたみたい。彼なら剣道場の前にいると思うよ」
「ありがとうございます!」
クラネに礼を言ってから騎士学校から出て奥にある剣道場を目指す。建物が見えた所で人影が二つあるのが見える。片方はキコア君。もう片方はセバスンのようだ。
「キコア先輩!」
リンクがキコア君に声を掛ける。
「リンク君! いいところへ……。君のロフトバードがいなくなったって聞いて、僕なりに調べてみたんだけど。その話を聞いたセバスン君の様子が変だったんで問いつめてみたら……」
「ごめんね、リンク! 前から言わなくちゃって思ってたんだけど……ボクが言ったってバドに知られたら……」
キコア君に促されるようにリンクに謝るセバスン。
リンクは気にしていないというように首を横に振る。
「彼はどうやらバド君に口止めされてたみたいなんだ。……ほらっ。もう正直に言ってごらんよ」
「ちょっと前にボクが食堂の掃除をしてたらバドたち三人がやってきて……。ボクには気が付かずにリンクのロフトバードを隠しちゃおうって相談を始めたんだ。ボク、この事をリンクに知らせようと思って食堂を抜け出そうとしたら……バドたちに見つかっちゃって……。この事をリンクに話したら二度と鳥に乗れなくしてやる!って……」
「どうやらバド君たちは君の鳥を捕まえて滝のあたりに隠す計画を立ててたらしいんだ。滝のあたりっていうと……ちょっと地図を貸してごらんよ」
リンクが地図を開くと、キコア君が目的の場所にペンで印を書く。地図を覗いてみると、スカイロフトの東側にある水辺の方にバツ印のマークが記されていた。
「ほらっ、ここ! このバツ印の滝の事だと思うよ」
「ごめんよ〜リンク! ボクが弱虫なばっかりに……ほんとうにごめん」
「キコア先輩ありがとうございます。セバスンも気にしないで。悪いのはバドたちだからさ」
セバスンの立場になって考えたら責めることなんてできない。隠さないでほしかった──なんて軽率な言葉を向けないリンクは人の気持ちをよく考えられる子なんだと思う。
リンクのことを見ていると、リンクは怪訝そうな顔をした。私は「リンクは優しい子だと思ってただけだよ」と返した。
「あっ、そうだ。リンク君! もし滝に行くのならあの辺りは最近物騒な生き物が出るらしいから剣くらいは持って行った方がいいぞ。さっき、この剣道場に騎士長先生が入って行かれたから剣を借りていったらどうだい?」
「そうですね……そうさせてもらいます」
キコア君の提案に頷くリンク。
物騒な生き物──魔物のことだろう。昼間は見かけないが夜になると魔物が彷徨いている場所もある。スカイロフトの住民に危害が及ばぬように最近は見回りをお願いされることも少なくない。
剣道場へ入ると、部屋の奥に騎士長であるイグルスさんの姿があった。リンクは声を掛けてから奥の部屋にある剣を取りに行く。騎士以外は剣の持ち出し禁止なのにリンクは事情を説明していなさそうだった。
「イグルスさん。すみません。リンクに剣を外に持ち出す許可をお願い出来ますか?」
「まだリンクは騎士見習いだ。……とはいえ、真面目な生徒であったアオイがそんな事言うのは何か事情があるのだろう?」
「それがリンクのロフトバードが行方不明になってしまって……。どうやら滝の方にいる可能性があるそうなんです。あそこは昼間でも危ないことはイグルスさんも知っていますよね? 必ず扱いには気をつけるようリンクに言い聞かせておきますし、私も見ていますから……」
「……うむ。そういう事情なら致し方ない。それにリンクのような優秀な生徒ならば危ない扱い方はしないだろう」
扉の開く音と共にリンクの姿が現れる。
その背には先程はなかった練習用の剣を携えていた。
「持ち出しの許しは得たから行こう。リンク」
「人前では無闇に取り出したりしないように気をつけるんだ」
「はい、わかりました。イグルス先生。……よしっ、行こう。アオイ」
剣道場から出て、騎士学校一階の扉から細道を通り滝の方を目指す。
滝の方へ行くには石の足場を飛んで渡らなければならない。私は先に軽々と飛び越えてからリンクの方へ振り返る。水の流れがある場所だ。落ちたら空に真っ逆様だろう。「リンク! 落ちないように足元気をつけてね!」と声を掛ければ、少し不満そうにしたリンクがヒョイヒョイと飛び越えてきた。
「そういうのは男の僕の役目……というか、手貸して格好いい所見せたかったのに……!」
「はいはい。今はそういうことしてる場合じゃないでしょ」
滝の裏の洞窟の入り口までやってくると、リンクが急に立ち止まる。リンクの方を見ると、まるでこの先に意識を集中させるかのように目を凝らしていた。
「……この先にいる! ロフトバードの気配を感じたんだ。意図的に捕らわれている姿が見えた……」
「……リンク。早く行ってあげよう」
「うん!」
滝の裏の洞窟に入ると、隙間から外の光が差し込んでいるものの中は薄暗い。しかし、少し幻想的な景色に思える。
魔物への対抗手段でこの時代でも魔法は使えることは確認済みだが誰にも話していないため、剣も持っていない今はリンクの近くにいることにした。
「アオイ。離れないでね」
「わかった。頼りにしてるよ、リンク」
少し照れ笑いをするリンク。
道中、キースとチュチュが現れたものの、魔物が活発になる夜ではないからか少し動きが鈍い。リンクは軽やかな動きで魔物を倒す。
洞窟を抜けると、眩しさに思わず目を瞑る。
目を慣らしていると、空から声が降ってきた。
「アオイ! リンク!」
ロフトバードに乗ったゼルダの姿が見える。
ゼルダは地に降りると、慌てたように近付いてきた。
「やっぱり、アオイとリンクだった……。あなたたちが滝の辺りに行ったって聞いて、空から探していたの。どう? リンクのロフトバードは見つかった?」
「それがまだ……。この奥からロフトバードの気配を感じたんだけど……」
「そっか……。でも、この先はバドたちがよく遊んでた場所だって聞いたわ! 行ってみましょう!」
歩き出そうと一歩踏み出しかけた足を止めるゼルダ。
「……? だれ……⁇ 誰か呼んでる……?」
「ゼルダ。どうしたの?」
周りをキョロキョロと見回すゼルダ。
声を掛けると我に帰ったようにゼルダはハッとした表情を見せた。
「あ……ごめんなさい……。さあ、行ってみましょう!」
「ゼルダ……何かあったら言ってね。その、話し聞くくらいしか出来ないかもだけど……」
「本当に大丈夫よ! アオイ。気にしないで……!」
そう言って笑顔を見せるゼルダ。
傾斜を下ると、先に見えてきたのは格子で塞がれた壁の穴の中にいる紅いロフトバードの姿。
「あっ! 見つけた! リンクのロフトバード!」
そう言って駆け出すゼルダ。その後に続くように私とリンクもロフトバードの方へと近付く。
錯乱したように暴れていたロフトバードだったが、リンクが近付くと安心したかのように大人しくなる。
「リンク。ロープの所斬れないかな? 上の方は少し位置が高いけど……」
「任せて。これなら届くよ」
リンクが剣を振い、塞いでいた板を全て落とすと、ロフトバードは外へ出て羽を伸ばす。リンクへ顔を寄せるその姿は感謝を示しているように見えた。
「さあ、リンク。鳥乗りの儀の会場に急ぎましょう。さっそくあの子に乗って……」
ゼルダは何かに遮られるように言葉を止める。
その視線はぼんやりと眼前に広がる空を眺める。
「ねえ! アオイ、リンク。今の呼び声……聞こえた?」
「呼び声……?」
「……最近聞こえるって話していた声のこと? 私には聞こえなかったけど……」
「僕にも……」
ゼルダは浮かない顔をしている。
彼女が特別な力を持っている事はわかる。でも、それがどんな力だったか思い出せそうにない。大事な事なのに思い出そうとするとそれを拒むように頭が痛んだ。
「……そうなの。誰かがわたしを呼んだような気がする事……。……ねえ。雲の下ってどんなだろうって考えた事ある? みんなはこの下には何も無い……虚無の世界だって言うけれど、アオイは否定してくれたわよね。わたしも同じように違うんじゃないかって思う。お父様が持っている古文書にはね……スカイロフトよりもずっと広い大地と呼ばれる場所の事が書かれているの。調べた人は誰もいない。ロフトバードだって、厚い雲に阻まれて抜けられない……」
その言葉にいつだったかゼルダに聞かれた話を思い出す。
元々向こう側の人間だったものの、それを素直に話すことは出来なかった。だから、あの雲の下にもスカイロフトと同じように生命があるんじゃないかという話をした。──全てを語れずとも、少なからず嘘は吐いていない。
「……でも、わたし。いつかあの雲の下を見てみたい」
覆われた厚い雲を眺めるゼルダの目は好奇心を含んだ期待と不安の入り混じった目をしている。
「ごめんね。こんな時に変な話をして……。さあ行きましょう! ほら、あの子もリンクを待っているわ! ……そうだ! アオイはわたしのロフトバードで一緒に向かいましょう!」
空気を読み、そのまま徒歩で帰るつもりだった私にゼルダは笑顔を向ける。口を開こうとしたその時、リンクが間に入ってきた。
「いや、アオイは僕のロフトバードに乗せるよ」
「駄目よ。リンクのロフトバードはまだ無理させちゃ駄目なんだから……」
「ゼルダ。僕のロフトバードを見てみなよ。絶好調だって教えてくれてる」
やっと開放されたリンクのロフトバードが気持ち良さそうに大空を舞っていた。「徒歩で帰ろうと思ってて……」と言葉にすれば、ゼルダは「気にする事はないわ!」と返し、リンクは「洞窟の中は危ないから駄目!」と怒られた。
「じゃあ、今回はゼルダに乗せてもらうよ。リンクには本調子で鳥乗りの儀に挑んでもらいたいからね」
「うふふ。任せて!」
「そんな……」
そんな凹むことないのに。
私はゼルダのロフトバードに一緒に乗せてもらい、リンクのロフトバードの様子を見ながら鳥乗りの儀の会場である広場へと向かった。
広場に着くと、リンクから剣を回収してからゼルダと共に校長のもとへ向かう。校長に無事リンクのロフトバードが見つかったことを知らせるとゼルダはリンクの所へ向かった。
「……少し、緊張しますね」
「そうか。アオイはこちら側は初めてだったか……」
「教師側として見守るのも楽ではないですね」
そもそも鳥乗りの試験は受けていないものの、生徒だった時は自分には関係のないものだった。でも、今年から教師側として生徒を見守らなければならない。特に今年はリンクがいるから余計に緊張していた。
集合の合図と共に、リンクたちは横並びに広場に集まる。
「それではただいまより今期の鳥乗りの儀を行う」
アウール先生は続けて鳥乗りの儀のルールを説明した。
鳥乗りの儀に優勝すれば高等部へ進級できる。そして、優勝者に贈られる栄誉の品──女神役であるゼルダの手作りのショール。
名前を呼ばれて笑顔を浮かべるゼルダにバドはデレデレとした態度をしていた。ふと、視線を感じる。そっちの方を向くと、リンクと視線が合った。
少し不安になっているのではないかと思い、『頑張れ』の意味を込めて胸の高さで拳を握る。それを見て、リンクは表情を和らげた。
開始の合図と共に大空へと飛び立っていくリンクたち。
それを見送ると、ゼルダが隣にやってくる。
「優勝するのはもちろんリンクよね」
「そうだね。今の立場ではそういう発言は控えるべきだろうけど……リンクなら勝ち取るだろうね」
何となく胸がざわついている。
リンクの勇姿をぼんやりと眺めながら口を開いた。
「ねえ、ゼルダ。今年の儀式は女神像でするんだよね?」
「そうよ。アウール先生も説明していたでしょう?」
「そうだったね。……帰り、遅くならないようにね……?」
ハープを抱き抱えてソワソワしているゼルダを見つめる。
怪訝そうな表情をしたものの、すぐに笑顔を見せた。
「大丈夫よ! ちょっと燥いじゃうかもしれないけど、遅くても門限までには帰るわ! 安心して」
「……うん、そうだね。ゼルダなら大丈夫だ」
意識をリンクの方へ移すと、丁度鳥の彫刻を手に入れた瞬間だった。こっちに見せびらかすように彫刻を掲げるリンク。ゼルダは「行ってきます!」と言うと、リンクに向かって飛び降りる。
私は女神像の方へ向かう二人の姿を見送った。
悔しがりながら戻ってきたバドたちに校長とアウール先生は歩み寄る。「お前たちもよくやった」と励ましつつも、ルールを破ったバドたちはお灸を据えられていた。
校長たちに一言声を掛けてから借りっぱなしだった剣を戻しに剣道場へ向かう。
剣道場にいたイグルスさんに「ありがとうございました」と伝えてから剣を元の場所へ戻した。
その足でそのまま二階の自室へ向かう。
「何だか頭が重いな……」
部屋に入るとベッドに身を投げた。
嫌な胸騒ぎがし始めてからというもの、鈍い頭痛が痛みを主張している。
──ズキンッ‼︎
一際痛みが増した後、波のように引く痛みと共に記憶にない光景が頭を過ぎる。
親密そうにロフトバードに乗っているゼルダとリンク。その目の前に現れる竜巻。落ちていくゼルダの姿──。それはいつの間にか消えていた、知っていた未来の情景だ。
慌てて飛び起き、外へ駆け出すも──既に手遅れらしい。
遠くに出現した黒い竜巻はその姿を消そうとしていたところ。紅い鳥が慌てたような飛び方をして主を乗せて飛んでくる。
「リンク……‼︎」
意識のないリンクを背負うように引き摺りながら彼の自室へ運ぶ。途中で出会した校長が並々ならぬ事態に緊張した面持ちで声を掛けてきた。
「リンク……⁉︎ これは一体……」
「校長。リンクを寝かせるの手伝ってもらっていいでしょうか?」
「ああ。勿論だ」
リンクをベッドに寝かせる。
意識のない状況に躊躇したものの緊急事態だ。何処か怪我をしていないかリンクの服を脱がせて確認する。──幸い、大きな怪我はなさそうだ。
「アオイ。これはどういう状況か説明できるか?」
「それが……」
知っている範囲のことを校長に説明する。
自分の目で見ていたわけではないのでゼルダの安否どうなのかわからない。ただ、二人の身に何かがあったことだけは確かだ。
「……校長。私は……」
「……アオイ。リンクが目を覚ますまで側にいてあげなさい」
私の肩に手を置き、安心させるように笑う校長。
私は頷いた。校長が部屋から出ていくのを見送ってからベッドで眠るリンクへ向き直る。
魘されているリンク。その頭に手を伸ばした。ゆっくりとした動きで撫でれば、少し顔色が良くなったように見える。
私はリンクの手を祈るように握った。
未だに拭えない胸騒ぎを抱えたまま、段々と意識が薄れていった──。
──ハッと、意識を取り戻す。
いつの間にかリンクのベッドに寝かされていた。急いで外へ繋がる二階の扉を目指す。
扉に手を掛けたその瞬間──引っ張られる感覚でバランスを崩した。
「わっ!……あれ?」
「びっくりした……大丈夫? アオイ」
顔を上げると間近にあるリンクの顔。
どうやら転びかけた所をリンクが受け止めてくれていたらしい。いつもと変わらぬ様子のリンクに思わず力が抜ける。
「……っ! リンク‼︎」
「えっ、ちょっ⁉︎ アオイ⁉︎」
君が緩んだ弾みでリンクを抱きしめた。
滲む視界を誤魔化すようにリンクの肩に顔を埋める。最初は困惑していたリンクも私を落ち着かせるように背中に手を回した。
「……ワシもいるんだが……まあ、いい。リンク。ワシは先に行っておこう」
「えっ、あっ……⁉︎」
リンクの後から来ていた校長は私の横を通り抜けると、自室の方へと向かった。リンクは「騎士団の服を取りに行ったんだと思う」と説明してくれる。
「リンク……その……」
ふと、リンクの背にある見慣れるものが目に留まった。
綺麗な緑に近い青色をした剣。その視線に気付いたのかリンクが口を開く。
「……僕、大地に行こうと思うんだ。ゼルダを助けに……。それにファイ──この剣の精にそういう"運命"だって言われた」
剣が光を放ち、飛び出した光が人のような形へと変わる。青い幼さの残る少女のような見た目の人ではない存在。不思議と初めて見た気がしなかった。
「あなたがアオイですね。我が創造主からあなたへの言葉を預かっています」
「創造主……?」
「女神ハイリア。……他の言葉は不要と判断します」
その名を聞き、思わず目を見開く。
ファイなんて精霊の存在は知らない。ハイリアが持っていたのは後にリンクへ鍛えるよう渡したマスターソードだけだ。今のリンクが持っている剣は見た事がない。
「『幸せに生きて』……そうあなたに伝えるよう、創造主はワタシに託されました」
「……ありがとう。ファイ。伝えてくれて……」
──ハイリア。神様は嫌いだった。でも、彼女だけは違った。
もう会えないであろうその姿を思い出す。最後まで彼女の中には優しさがあった。
「……ねえ、アオイ。何で女神様がアオイの事知ってるの?」
話についていけていないような戸惑いを見せるリンク。
「それは……今は言いたくない。リンクを混乱させてしまうから……」
ただでさえ、今日一日だけで色々な事が複雑に起こったのだ。前世の話なんてしてしまえば、リンクは混乱するだろう。
「……いつかは言ってくれるんだよね?」
「当たり前だよ。リンクは隠し事されるの嫌でしょ?」
隠し事ばかりだが──言わなければバレない。それに教えた事によって相手を傷付けてしまいこともある。無責任に口を滑らせるわけにはいかなかった。特に生前の世界については。
「ところで、リンク。君は大地に行くって言ってたよね?」
「ん? う、うん……」
「私も一緒に行きたいんだけど」
「……えっ? 大地には何があるかわからないし、危ないよ!」
「自分の身くらい自分で守れるからさ。……ねえ、リンク。お願い!」
手を合わせ、半泣きでリンクを見上げる。
以前、ゼルダにそうすればリンクは断れないと教えてもらった。今まで使ってこなかったものの、今こそ使う時だと思う。
「……………………わかった。でも、これだけは約束して! 僕の側から離れないこと! 何かあったらアオイを守れないから……」
「リンク……。うん。約束」
小指を差し出すとリンクがそれに小指を絡めて『約束』をする。
旅の支度が済んだら広場に集合という話になり、一旦自室へと戻った。私服から旅をする時の為に用意しておいた白い服へと着替える。
生前の"ゲーム"としての記憶は一部断片的に残っているものの、殆ど意味のない状態だ。きっと神の都合によって記憶というセーブデータを消されたのだろう。
共通してわかる事はただ一つ。リンクが"運命"に翻弄されて旅に出るということ。それがわかっていたから旅の支度は済ませていた。
普段お世話になっている周りの人たちに挨拶を済ませてから広場へと向かった。ベンチに座り、リンクを待つ。
「アオイ。おまたせ」
リンクの声に振り返ると、そこには私服から緑の騎士団の服へと変わったリンクがいた。
幾分か私服の時より表情が引き締まったかのように見える。
「その緑の服、よく似合ってるよ」
「そうかな? えへへ。ありがとう……!」
リンクは冒険ポーチをセバスンに、木の盾をアウール先生から貰ったと嬉しそうに話した。きっと、背中を押してくれる人たちがいて嬉しいのだと思う。
遠くの方を見ると、緑色の光の柱が立っているのが見える。
リンクは「行こうか」と言い、私の手を引いて駆け出した。
「えっ? ちょっ……リンク⁉︎」
「ちゃんと掴まっててね!」
リンクはそのまま空へ飛び降りると、リンクに抱き抱えられた。離れないようしがみついていると、ふわりとした柔らかい感覚に触れる。その感覚の正体はリンクのロフトバードだ。
リンクの剣が光り、「今後、同様の移動方法になる確率98%」とファイが知らせてくる。残りの2%に賭けたい。
光の柱へ向かっている最中、リンクが「そういえば……」と言葉を漏らした。
「降りる時もアオイ一人じゃ難しいよね? やっぱり僕に抱きつくしかないよね?」
「それなら心配ご無用。ゼルダと一緒に作ってたショールを持ってきたから降りる時は問題ないよ」
一人で黙々と作っていたゼルダに声を掛け、一緒に作ったショール。ゼルダみたいに綺麗には仕上がってはいないが、一般的なレベルの出来だろう。
「……それ、ちょっと見せてもらっていい?」
「ゼルダみたいに綺麗じゃないから、ちょっと……」
「お願い! ほんとにちょっとだけでいいから! にお……アオイがどんなもの作ったのか気になるだけだから……!」
「何か怪しいから却下」
何かを言いかけて止めるリンク。
そうこうしている間に光の柱の真上へとやってきた。
「さっ! 行くよ、リンク!」
先に飛びおり、開けた雲の先にある大地を目指す。
「ちょっ! 置いてかないでよ!」と言いながらリンクも後からやってきた。
パラショールを開き、勢いよく落下していた体がふわりとした感覚と共に、ゆっくりと降下していく。
地面に足をつける。肺いっぱいに空気を吸えば、入ってくるのは自然豊かな緑の空気。澄んだ空気が肺を満たしていく。
リンクも着地すると、タイミングを見計らったようにファイが飛び出してくる。
「マスター、リンク。これが古よりスカイロフトで伝説とされてきた大地です。そして……ここは"封印の地"と呼ばれてきた場所。──それではマスター。気をつけてお進みください」
すり鉢状のような窪みのある土地。
道なりに進んでいくと植物のような見た目の魔物が進路を塞ぐように立ちはだかった。
「ファイ。あの魔物は……?」
「注目対象の名称デクババ。森の中に広く生息する凶暴な植物。近付く物は何でも喰らいつきます。硬い殻に覆われていますが、口の中は柔らかいようです。口を縦に開くタイプと横に開くタイプの存在が確認されています」
「要は口の中を狙えばいいってことだね」
腰に携えた細身の剣を取り出そうとすると、それを塞ぐようにリンクが前に出る。
「ここは僕に任せて」
剣を構えるとあっという間に魔物を倒していくリンク。
リンクは誇らしげな顔で振り向いた。
「どうだった?」
「さすがはリンクだね。惚れちゃうような剣捌きだったよ」
まるで子犬が尻尾を振るように顔を明るくさせるリンク。
そのまま進んでいくと道は途中で途切れ、段差になっていた。それを軽々と飛び降りる。
「アオイ。なんか慣れてない?」
「そうかな? そうでもないと思うけどなぁ……」
旅には慣れているものの、かつてリンクと旅をしていた時はリンクは過保護なくらい心配性だった。こんなそれなりに高さのある段差なんてあった日には自分が先に飛び降りて抱き抱えるか、私を抱えて飛び降りるかの二択だっただろう。これくらいの高さなら一人でも何とかなるというのに。
歩いていると、不意にリンクが立ち止まる。
穴のようになっている大地の底の方を向いて動く気配がしない。
「リンク……?」
肩に手を置いても反応がない。
まるで、突然夢の中に入ってしまったかのように。
「リンク‼︎」
「わっ⁉︎ アオイ? な、何……?」
「……何かあったんだね?」
「えっ? ……それが、下から黒い大きな怪物が出てきて……それで……」
リンクを少し休ませた方がいいかもしれない。そう判断し、近くにあった大きな扉に近付くも、扉は結界のようなものがされていて開けられそうにない。
どうやら他の場所──下を見てこないといけないようだ。
「リンク。扉が開けられそうにないから下を見に行こうと思ってるんだけど……」
「……僕も行くよ。下から嫌な気配がするけど……平気」
少し顔色の悪いリンク。
リンクに「キツかったらちゃんと言うだよ」と伝えると、リンクは「大丈夫だよ」と笑った。
螺旋状の地形を下っていくと、大地に小さな柱のようなものが突き刺さっている。そこから黒い靄のようなものが溢れだしていた。
「……子よ……。空より降りし、運命の子よ……。たずさえし女神の剣を天空にかかげ……悪しきオーラに向け、放つのだ……」
どこからともなく聞こえてくる声。
リンクはその声に導かれるように剣を天へ向ける。振り翳した剣から放たれた光は、浄化させるように黒い靄を消した。
それに反応するように周りの間欠泉から気流が噴き出した。
「マスター、リンクに報告。スカイウォードを受け、この一帯の変化を確認。また、この辺りでマスターの持つパラショールと同じオーラを感知。すなわちゼルダ様のものと推測。ファイはマスターをその方向へ導くことが可能。これをダウジングと呼びます」
リンクが探している対象がある方へ剣を向けると、刀身が淡く光って知らせてくれるようだ。
「あの扉の先に反応がある」
上まで戻り、扉の前までやってくると、まるで進入を許してくれるかのように結界がなくなる。
扉を開こうと手を掛けるも、私の力では開きそうにないほどおも。リンクの「僕が開けるよ」という言葉に甘えて、一歩下がった場所で見守った。
「この先にゼルダが……」
「……行こう。アオイ」
緊張した面持ちのリンクに続いて扉の中へと入った──。