厄災の黙示録
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小鳥の囀りが室内に響き渡る。
鼻腔を擽る良い匂いに目を開けた。しかし、日の光の眩しさに思わず目を細めた。
「おはよう、アオイ」
声のする方を見れば、いつもの青色に染めたハイリアの服にエプロンを纏ったリンクがおたまを片手に立っていた。
「おはよう、リンク。いつも早起きだね……」
「そんなことないと思うけど……習慣の所為だろうね」
体は起こしたものの、まだ眠気に気怠るげ体がベッドから出ようとしない。朝に強いリンクと違い、怠けていた私は朝に弱い。
「もう。手の掛かる恋人だなあ……」
「……こ──」
「こ……?」
「恋人……?」
リンクから出てきた言葉に耳を疑う。
その言葉に思わず目を丸くすると、リンクは目を細めながら「まだ寝惚けてるの?」と笑った。顔に熱が溜まっていく感覚を振り払おうとしている私を気にも留めず近付いてくるリンク。
「でも、残念。目覚めのキスで覚ましたかったのに……」
耳元で囁かれる言葉。
反射的にそちらを見れば、余裕そうな妖しい笑みを浮かべているリンクがいた。
「……アオイ?」
戸惑い混じりのリンクの声を最後に私の意識は途絶えた。
***
「ねえ、アオイ。すぐ気絶するの直らない?」
「ごめん……」
付き合ってから長いというものの、これだけは直せそうにない。
以前、リンクに寝起きドッキリを仕掛けられ、起きたら隣に裸のリンクが眠っていた時は思わず心臓が一時停止した。
私はリンクが好き。その気持ちが原因だってわかってる。あの頃は感情に間に壁を置いて耐えられていたものの、今は我慢する必要がない。だから、つい感情が昂って意識が途切れてしまう。
──こんな事、本人に知られるわけにはいかない。
「癖みたいなものだからしょうがないにしても……少しずつ慣れていこう」
「……うん。頑張るよ」
差し伸べられたリンクの手を握る。
その手の感触を確かめるように軽く揉むように触れる。
「……ん。意外と硬くて大きい……」
「……アオイ。男心を擽るのは良くないと思うな」
「ごめん……!」
べそをかきながら謝れば、リンクは「全く。しょうがないな、アオイは……」と困ったような笑みを浮かべながら言う。
朝食を済ませ、家の中の掃除を始める。
旅も一旦落ち着き、暫くはのんびりとした時間を過ごそうということになりリンクの家へと帰ってきていた。暫く家主が留守をしていた家の中は埃っぽくなっていた。部屋は魔法一つで簡単に綺麗に出来るものの、新鮮な空気を入れる為に部屋の窓を開放する。軽く空気の入れ替えが終わるまで暫くは手が空く。
「リンク。お願いがあるんだけど……いいかな?」
「うん? 俺に出来ることなら何でもするよ」
私は片手に持っていた鋏をリンクへ渡す。
「その……髪を切ってほしいんだ」
「それはいいけど……綺麗なのに勿体無いな。そりゃあ、アオイくらいの長さだと生活にも支障をきたすかもしれないけど……」
真っ直ぐリンクを見る。
魔法使いにとって髪を切ることは覚悟の表れ。命そのものと変わらないものだから。
「魔法使いは簡単には髪を切らないんだよ。強さの象徴だからね。だから──私の命、リンクに預けるよ」
「アオイ……うん。任せて」
椅子に座り、布を体に被せる。
結んでいた髪はリンクの手によって解かれ、重力のままに髪が流れ落ちる。
「どのくらいにしたいとか要望はある?」
「リンクに任せるよ。君の……その、好みに……」
くすりと笑い「俺の好みに仕立てていいんだ?」とリンクは言う。視線を泳がしながら「……そういうことだよ」と返した。
リンクのいる背中側から音が消える。
「リンク……?」
「ご、ごめん。何でもないよ」
体を捻らせてリンクの方を向けば、口元を手で覆いながら俯いていた。リンクは何でもないと言いながらニヤケ顔を隠せていない。
「……面白いこと言った覚えはないけど?」
「そうじゃなくて嬉しかったの。……ほら、前向いて」
リンクに優しく頭を前向きにさせられる。
暫く間を空けてからチョキチョキと鋏を使う音と共に、髪がパラパラと地に落ちていく。
「……髪は女の命なんて言葉があるけど──」
リンクは髪を切りながら話を続ける。
「それなら一本一本愛情込めてあげないとね。大事な人の大事なものだから」
「……リンクって、そんな恥ずかしい言葉よくサラッと言えるよね」
「俺は正直者だから。思ったことそのまま出ちゃうタイプなの」
リンクは私の顔を覗き込むと、愛情の籠った目をして笑いかけた。
「ほんと……好き」
「リ、リンク……そういうの心臓に良くないって……!」
「でも、事実だし。俺もいつかアオイが好きすぎて死んじゃうかも」
揶揄うようなリンクに「うぅっ」と言葉にならない言葉が口から溢れる。顔は火照るばかりだ。
──暫くして、リンクは「これでよしっ」と言葉を溢す。
少しだけ軽くなった頭。思っていたよりも短くなっていない髪。不思議に思いリンクに問う。
「もっと思いっきり切るかと思った」
「そう? でも、俺、アオイの長い髪好きだからあまり短くしたくなかったんだ」
私の髪を一束掬い上げるとリンクはそこに唇を落とす。
照れ疲れた私の心は「様になるなあ……」と傍観気味にその姿を眺めていた。
「ありがとう、リンク。慣れない事させちゃったよね」
「別に気にしないで。アオイが俺に染まったって思ったら嬉しいくらいだし」
無言でリンクを見つめれば、リンクは「ごめんごめん! でも、本気」としたり顔で笑った。
軽く周りを見回し、机に置かれていた今まで使っていた髪留めで髪を纏める。リンクの方を見ると不思議そうな顔をして私の方を見ていた。
「それ……俺が幼い頃にあげたやつ、まだ使うの? 髪留めなら新しいの買ってあげるよ。ゲルドなら良いアクセサリーも多いし……」
「いいんだよ、これで。大事なものだからこそ最後まで使いたい」
目を閉じて髪留めの記憶を思い出す。
ずっと強がって生きてきたあの頃──そんな中の大事な宝物。
ふわりと温かいものが体を包み込む。目を開けるとリンクの姿が目と鼻の先にあった。温かかったのはリンクの体温だった。
厄災を封印した数年前は私よりも背が低かったのに、気がついたらリンクの方が視線が高い。月日の流れに少し寂しくなり、その背に腕を回した。
「それはずるいと思う」
「でも、事実だから……」
少し体を離して視線を絡める。
ふと、リンクの奥に見えたものに目が留まる。収納の奥にあったものを乱雑に広げている場所にそれは存在を主張していた。鮮やかな青い服。それは彼が英傑であった証。
ひとりぼっちだったリンク。城に兵士として務め、その能力を認められて退魔の騎士となり、世界を救った勇者。それら全ては本物だけど、今はただのリンクという名の一人の人間。リンクの背負っていたものは彼自身の手で下ろされた。
「リンク。あのね……」
なんて言ったらいいんだろう。
好きとか、愛してるとか、側にいてほしいとか、そんな言葉じゃない気がする。もっと、生前から伝えたかった想いがあった気がする。
そんなことを考えながら口が自然と動いていた。
「リンクは私の希望。生きる
「アオイ……」
「だから──」
リンクの手がそこから先の言葉を止める。
「そこから先の言葉は俺に言わせて」
返事ができない代わりに頷くと、リンクはその手で私の手を包み込んだ。
「これからもずっと側にいてください。死ぬまでとかじゃなくて死んでからも──ずっと一緒に……」
──頬を何かが伝う。
ずっと、ずっと手が届かず、憧れていただけのものがこの手の中に収まったような感覚がした。
「はい、喜んで……!」
目を閉じれば自然と触れ合う唇。
胸の奥底が温かさに包まれていた。
君が隣にいる。それが何よりも私の幸せ──。