厄災の黙示録
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──眩しい光が視界を塞ぐ。
目を開けるとそこに他のみんなの姿はない。しかし、いつもの見慣れた穏やかなハイラルの景色がそこにあった。シド、ユン坊、テバ、ルージュとパトリシアちゃんも其々の故郷に戻ったのだろう。
「アオイ……?」
振り返ると、そこにはリンクの家を背景にリンクが立っていた。ひどく驚いた顔をしている。「リンク」と声を掛ける間もなく体に襲う衝撃。少し息苦しいくらいに抱きしめてくるリンク。
「……っ! 心配したんだからっ! 一週間くらい前から急にいなくなって……何処か行くなら言ってって言ったよね」
「ご、ごめん……」
「アオイがいない日々なんて想像もしたくない……」
「リンク……」
リンクの姿を見て、何も言えなくなった。百年前に行くことになったとか、私一人じゃなかったとか、リンクは私がいなくても大丈夫だとか色んな言葉が頭に浮かぶものの──そのどれもが言い訳にしか過ぎない。
「……心配してくれてありがとう。リンク」
謝ろうと思えば「ごめんなさい」の言葉はいくらでも吐き出せるものの、今必要な言葉はそれではないのだろう。「ずっと一緒にいる」「もうどこへも行かない」なんて言葉を軽はずみに言ってしまえたなら楽なのに。それが出来ないのならせめて感謝の言葉を。その方が幾分かマシだろうから。
「……何があったか言ってくれるよね?」
「勿論。話が長くなりそうだから先に家に戻ろうか」
リンクの家の中に入り、椅子に座る。
リンクも椅子に座ったことを確かめてから口を開いた。
「……さて。どこから話そうか」
―*―*―*―*―*―
アオイの話を俺はただ聞いていた。
彼女が誰かに呼ばれて百年前の世界に行ったこと。その世界にも俺や姫様、英傑たちの姿があり、別のアオイもそこには存在していたこと。その世界は百年前という過去であるものの俺たちの世界とはまた別の世界だということを聞いた。その世界でも厄災は復活してしまったものの、百年前に封印することができたらしい。
俺が百年間眠ることもないまま平和な世界を取り戻した世界──少し羨ましく思った。今の世界はどうしても自分だけ世界から弾き出されてしまったような感覚を否定できなかったから。
「……あちらの世界のアオイとリンクは幸せになっていると思うよ」
「それ、狡いな。俺だってアオイのこと大好きなのに」
アオイの方を見ると、少し頬が紅潮としているように見える。アオイはそんな簡単に照れるような人間じゃない。
「……アオイ。ちょっといい?」
「……えっと、何?」
アオイのおでこに自分の額をくっつける。
──想像通り、熱い。いつもと様子が違ったのは体調がよくなかったからのようだ。
アオイの脇と足に腕を回し抱き上げると、そのままベッドへ運んで寝かせた。アオイは軽く驚きはしても抵抗は一切しなかった。
「ごめん、リンク。たぶん……力の使い過ぎだから寝れば治るよ」
「だったら、ちゃんと休んで。俺のこと思うなら尚更ね」
アオイの頭を撫でれば、その目を細めるアオイ。
そんな姿も愛おしい。
「……なんか、なんだかなあ…………」
「どうしたの?」
「これじゃあ、いつも立場が逆だと思って。私はリンクを甘やかしたいけど甘えたいわけじゃないし」
「俺はアオイのこと甘やかしたいけど……?」
俺がくすくすと笑えば、毛布に潜るアオイ。
「その顔は狡くない?」なんて言ってくるものだから「だったら、その原因はアオイだね」なんて返す。
君が俺をこういう人間にしたんだ──なんて言ったらどんな顔をするんだろうか。アオイが困ることは容易に想像ができるから言わないけど。
「もし眠れそうにないなら子守歌でも歌ってあげようか?」
冗談交じりに言う。
顔を出したアオイは少し涙目になっていた。
「じゃあ……お願いします」
「……えっ?」
「え? 歌ってくれるんじゃないの?」
「いや、うん……それはそうなんだけど……それは予想外」
いつものアオイなら「私は大人だからそういうの必要ないの!」なんて言ってきそうなものなのに。アオイは俺より見た目も中身も幼いわりに大人振る。事実、年上であることには違いはないけれど、年齢もその差も俺は気にしないというのに。
「リンク」
アオイと視線が絡み合う。
流されるままにアオイは俺の手を引き、その頬に寄せた。
「……きっと、大丈夫」
「アオイ……?」
「糸口が見えたんだ。"呪いを終わらせる"糸口が……。リンクが……勇者がもう苦しまないように……私が頑張るから……」
「……アオイ。少し寝よう。目を覚ます頃にはその重たい荷物は下ろすんだ。いいね?」
「リンク……」
鼻歌交じりに歌を歌う。
きっと、アオイは熱で意識が朦朧としているのだろう。だからそんなことを言ったんだ。
辛いことはあった。だが、苦しんだ記憶はなかった。俺の側にはずっとアオイの姿があったから。
「リンクの歌……好きだなあ。落ち着く……」
返事を返さない代わりに旋律を口から溢す。
穏やかな音が風に乗って消えていく。
少しすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
「アオイは今までたくさんの勇者と旅をしてきたって語ってくれたことがあったね」
その髪を撫でれば、サラサラと手から滑り落ちていく。
「勇者は自分の運命に苦しんだんじゃないかって言ったけど……」
目を閉じて浮かぶのは百年前の一部の記憶。
全て思い出したつもりであっても、自分自身で気付けない小さな記憶は戻っていないのかもしれない。バラバラに切り裂かれたウツシエを継ぎ接いだとしても欠けてしまった部分が埋まらないように。
「そうは思わない。少なからず俺は──」
アオイの手を取る。
俺よりも小さくて細いその体。その服の下に多くの傷跡を残していることも知っている。全部誰かの為に負ってきた傷。
「アオイが側にいてくれたから苦しくなんてなかった」
隣にあるアオイの姿。
いつもお気楽で何考えてるのかわからなくて大人振って馬鹿やって、そんないつものアオイが傷だらけの手を差し伸べてくれる。確証なんてないのに「大丈夫」なんて魔法みたいな言葉を使いながら。そんな姿に支えられていた。暗闇の中を道案内してくれる光のようだった。
「だから──」
祈るようにその手を両手で包み込む。
一人前だって胸を張って言えるようになったらで構わない。いつか、必ず──。
「アオイのこと支えさせてね」
その声は空に溶ける。
微睡みに沈む中、君が笑ったような気がした。