厄災の黙示録
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「リンク。私、修行の旅に出ようと思うんだ」
──厄災を封印し、世界に再び平和が訪れて数週間。
家がない私は一部修繕された城下町にある宿に宿泊していた。暮らせる程度には修繕されたハイラル城。ゼルダ姫様は今まで通り城で暮らせばいいと言われたけど丁重にお断りした。あの頃とは違い、無関係の部外者で城に招待されるほどの地位もない。思いをそのまま話せば「私の友人としてなら周りの者も構わないはずです」と言ってくれたが断った。彼女の為にもその言葉に甘えるわけにはいかない。
「……それ、一体どういうこと?」
今、目の前には困惑を隠せないリンクがいる。
ゼルダ姫お付きの近衛騎士として城に仕えているリンク。忙しい身だろうに、朝晩は共に過ごしてくれている。まだ実感が湧かないが私の恋人だと思う。まだ夢を見ているんじゃないかと思う時もある。
「私はリンクに不釣り合いな人間だから……人を知る修行に出たくて……」
「そんなことない。……旅に出るっていうなら俺も付いてく」
「リンクは忙しいでしょ? 我が儘だってわかってる。でも……私はもっと世界を知りたい」
「アオイ……」
「リンク。お願い……」
「ただでさえ長い間待ったのに更に待たせるの? ……なんてね。少しくらいなら許してあげる」
リンクの手が頬を包む。温もりを感じていると、リンクはコツンと額をくっつけた。
「でも、あまり一人にさせられると寂しくて死んじゃうかもよ?」
「そ、それは困る……」
「冗談だよ。花嫁修行ってことにしておいてあげる」
「は、花嫁修行……」
「アオイってば余裕なくなったよね。そんな所も可愛いけど」
思わず出てきた言葉に顔が熱くなる。
私のそんな姿をリンクはにこにこと上機嫌な顔をして見つめていた。
「そ、そんな恥ずかしい言葉、よくサラッと言えるよね」
「そんな恥ずかしい言葉でもないと思うけど……。でも、少しずつでもいいから耐性つけてほしいな。キスの一つも出来ないなんて寂しいから」
「キっ⁉︎ そ、そんなことリンクにされたら……心臓止まります……っ!」
キス。接吻。口づけ。唇と唇をくっ付ける行為。大抵が愛情表現の一つ。リンクとする? そんなことを? 息を授け合うような、互いの命を握るような行為では? リンクの神聖な命を私が握る? そんな考えが頭の中をぐるぐると回っていた。
私にとってリンクは神様のような存在だ。私程度の存在が簡単にその身に触れるなど烏滸がましい。
「心臓止まったら困るから我慢するけど……俺にも我慢の限界はあるからね?」
「精進します……」
よしよしと、リンクに頭を撫でられる。
以前とは立場が逆転した気がする。
「……それで、いつから行くの?」
「今日からにしようかなって思って」
「……せめて、明日からにしよう。アオイ……」
リンクは苦笑いを浮かべていた。
***
── アオイの手記。
旅に出てから三日目。
最初に訪れた場所はゾーラの里。ミファーの故郷。水の綺麗な場所だとは聞いていたが一目見てその美しさに身惚れてしまった。最初は躊躇したものの、ゾーラ族は旅人を快く歓迎してくれた。ミファーへ挨拶のみ済ませるはずが長話をしてしまった。今はまだミファーの背中に隠れているシド王子。彼もいつか立派に育ち、この里を導いていくのだと思うと不思議な気持ちになった。ウォーターベッドの寝心地は楽しかった。リンクもベッドで遊んだことがあるんだろうか?
旅に出てから一週間くらい。
次に向かったのはデスマウンテン。そこにあるゴロンシティを目指して山を登った。魔法を使って楽に山登りをすることも考えたけれど、以前、リンクに「アオイの体は柔らかいね」と腹を指でつんつんされたことがあったから運動することにした。ゴロンシティは熱すぎて私には少しキツく感じた。変わらず元気そうなダルケルはそんな私を気遣って、穴場の温泉をこっそり教えてくれた。そこに向かってみると人目を気にせず入れそうな場所だったのでゆっくり湯に浸かることができた。帰ったらリンクにも教えようと思う。リンクなら一緒に入ろうとか言ってくる気がするが絶対に一緒には入らない。私が死ぬから。
旅に出てから半月くらい。
温泉といえば……で、ヘブラ山の秘湯巡りをしてからリトの村を目指した。そこで久しぶりにリーバルと再会した。「君、能天気になったんじゃないかい」と出会い頭に言われた。否定はしなかった。リーバルは村の中を案内してくれたり、リト族の郷土料理を振る舞ってくれたりした。リーバルはリンクが関わっていなければいい人だと思う。リンクが関わってなければ(ここ重要)。ベッドの寝心地は最高だった。住まいにはこういうベッドがいいとリンクに話してみようかな。
旅に出て一月ほど。
あまりの暑さに倒れそうになったが自分が魔法使いであることを思い出し、遮熱の魔法で事なきを得た。ゲルドの街に着き、ウルボザにそのことを話すと、淑女の服を着ればよかったのにと言われた。あんな恥ずかしい服、私には着れない。ウルボザは笑いながらリンクの前でだけ着てみたら?とも言っていた。恥ずかしくて無理に決まってる。宿屋でお願いしてアロママッサージを伝授させてもらった。疲れているであろうリンクのために。いや、でも、触れるのかな……? そこは頑張ろうと思う。
ウルボザからイーガ団の現状を聞いた。
どうやら今はハイラル各地で厄災の被害にあった村などの修繕作業の手伝いやまだ魔物が彷徨いている各地を安全に移動できるよう行商人や旅人の護衛の仕事もしているようだ。和解した今、コーガとスッパが度々報告をしにゲルドの街に訪れているとか。ゲルドの街は男子禁制なはずだったが……どうやらあの二人もリンク同様に器が違うらしい。
そして、アストル。今はイーガ団の管理下に居ると聞いた。行き場をなくしたアストルをコーガが拾ったらしい。犠牲になった部下たちの復讐にこき使ってやるとか言っていたそうだが、あの人もなんだかんだ言っていい人なのだろう。そうじゃなければあんなに部下に慕われたりしない。
──次の日。
ゼルダ姫から伝書鳩を通じて文が届いた。
その内容から心配してくれている気持ちが伝わる。ただ、最後の所の「リンクが──」で消される部分が気になった。返事の手紙を出して、明日からまた次の土地を目指そうと思う。
旅に出て──。
ハテノの村に到着した。
***
「ど、どうして……?」
「遅いから来ちゃった」
ハテノ村に到着し、向かった先はリンクの家。
今はそこに住んでいる人はいない。だから、茫然と建物を眺めていたというのに不意に扉が開き、その先にリンクがいた。
──おかしい。リンクは城に務めているのだからこの時間にこんな場所にいるわけがない。
「に、偽物とか……?」
「本物だよ。正真正銘……本人」
「それなら、どうしてここに……?」
「辞めてきたんだ。近衛騎士」
リンクの言葉に耳を疑った。
彼が幼い頃、父親のような立派な近衛騎士になりたいと語っていたのに──どうして?
「なりたかったんでしょ? 近衛騎士に……」
「……子どもの頃は、ね。でも、大人になって、自分の足で色んな場所を訪れて思ったんだ。もっと世界を知りたいって」
「リンク……」
「アオイ。俺は知りたいんだ。アオイと共にもっと世界を知りたい」
リンクは手を差し伸べる。
私はその手をとることを躊躇した。
「……いいの? 私で……」
「アオイじゃなきゃ嫌だ。アオイに隣に居てほしい」
リンクは真剣な表情をしている。嘘でも冗談でもない。どこまでも真っ直ぐな気持ち。
「……許されるなら、私ももっとリンクと一緒にいたい」
「そんなこと……神様が許さなくても、俺が許すよ」
リンクは優しく笑っていた。
その手をとると、抱きしめられる。温かくて力強い、とても気が安らぐ場所だった。
「リンク。大好きだよ」
「俺は愛してるけどね」
顔を覗けば、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべているリンク。そんな姿に思わず笑みが溢れた。
段々と穏やかになっていくこの世界で──君と共に生きていたい。