厄災の黙示録
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──目の前には厄災ガノンに乗っ取られたハイラル城。
ハイラル平原に各種族の戦力が集う。強化された転送機能で英傑たちの乗せた神獣の姿もある。その全ての指揮を執るは封印の力に目覚めたゼルダ姫。
「今こそ、厄災ガノンを打ち倒す刻……。ハイラルに住まう、すべての人の力を合わせる刻です! 私達ひとりひとりの力で為せる事はとても小さいかもしれない。けれど、こうして皆で共に戦えば……負けることはないと、私は信じています!」
音一つないこの場に姫さんの声が力強く響く。
「さあ、行きましょう!」
その言葉を合図に進軍を開始する。
姫さんの方を見れば、視線がぶつかる。彼女は自信に満ちた表情で「もう大丈夫」と言うように笑った。自分の事でいっぱいいっぱいで碌に気の利いたことはしてなかったというのに──その優しさに罪悪感を抱く。
「アオイ。無茶はしないで」
「それはこっちの台詞だ。私は回復したから大丈夫。けど、リンクはこれからが本番だろ?」
まだ前哨戦だ。
厄災ガノンを封じる鍵であるリンクには城に入るまで体力を温存させておきたい。
「城に入るまではリンクは私が守る。だから私から離れないでくれ」
「……わかった。何があるかわからないし、城内での戦いに備えておくよ」
平原を見回す。
数えきれないほどの白銀のボコブリン、白銀のモリブリンも標的を捉えたかのように迫り来る。今は視界の中にいないものの、ガーディアンも押し寄せてくるだろう。
私は杖を構え、全てを消し飛ばすように魔法を唱えた。
***
──どれほどの時間が経っただろうか。
神獣の支援で敵の拠点を潰しても魔物達の勢いは衰えることを知らない。厄災ガノンは障壁を出し、異物を拒む。
使いすぎないように魔力を調整していて余裕はあるものの、限界がないわけではない。
「アオイ。大丈夫?」
「私は平気だ。リンクは……余裕そうだな」
「アオイが敵を惹きつけてくれたから」
リンクは私に注目していた敵の隙を狙って数を減らしていた。リンクの方に注目がいかないようにしていたとはいえ、的確に対処する器用さは常人には真似出来ない。流石としか言いようがない。
「おーい、アオイ!」
此方に向かってくる姫さんと別世界のアオイ。
アオイは余裕のある表情で姫さんの走る速度に足を合わせていた。
「大変です! 未来の方のアオイから聞いたのですが今日は赤き月の刻。倒してた全ての魔物が復活してしまう……っ!」
動揺した様子の姫さん。
それもそうだ。赤き月の刻は倒した魔物全てを蘇生させてしまう。残酷なまでに。
「そこで魔法使いの出番ってわけだよ。ってことで、いけるね? アオイ」
「いや。どういう意味だ? 魔法使いってのはそんな便利な存在じゃないだろ」
アオイは気の緩んだ顔をしている。
そんな態度を気にしていないリンクが口を挟んだ。
「どういうことか説明してもらっていい……?」
「勿論。まず、私には女神ハイリアの加護がある。ゼルダ姫ほどの力は無いが……まあ、厄災みたいなものの力には有効活用できる程度なんだけどね。底無しの魔力もある。……が、欠点として技術がない」
「技術とは一体……?」
「うーん……例えるならリンク君なら剣。強い剣を持っていても持ち手に技術がなければ本来の力を発揮させることが難しい。ゼルダ姫ならシーカー族の遺物とか。あれは知識があっても動かせないのなら意味がないだろう? 私は魔法に関してはほぼ独学だから専門的な技術を心得ていないんだよ。だから、技術面をこっちの世界のアオイに補ってもらいたい」
アオイの話を聞いていて違和感を抱く。
「別にそれは構わないが……魔法の技術をお母さんに習わなかったのか? お父さんは厳しい人だったからサボるなんて出来ないと思ったけど……」
「えっ? あっ…………いやあ、それがさ。私家出娘で家飛び出してそれっきりなんだよね! こっちの私は真面目ちゃんだねぇー」
アオイは手をひと叩きすると話を戻す。
「私がアオイに力を送る。アオイは赤い月をいつも見える綺麗な月に戻るようイメージする。魔法使いの力っていうのは魔力のコントロールも重要だが、一番は想像力だ。見たことないものを作れって言われても作れないのと一緒さ。……ってことで、出来るね? アオイ」
「……やるっきゃないだろ。他の人達の為にも」
空を見上げる。
ハイラル城の真上へと向かっている真っ赤な月。それは城に近付くにつれて輪郭を大きく広げていた。
「ゼルダ姫、リンク。アオイの手握ってあげてくれないかな。私は慣れてるけど、こっちのアオイは積極的に誰かの助けになろうとするタイプじゃないみたいだし、不安なんじゃないかなって思って」
「なっ! 別に不安なんて……!」
不意に両手が塞がれる。
そちらを見れば、微笑む姫さんとリンクの姿があった。
「大丈夫です、アオイ。私たちがついています」
「安心していいよ。俺も支えるから……」
二人の表情を見て、それ以上は何も言えなかった。
──深呼吸をして精神を整える。
アオイの手が背中に触れ、そこから力が注ぎ込まれている感覚。周りには赤い月が昇りきる合図のように地面から赤い靄が立ち込めている。
「女神ハイリアよ。ハイラルの民の為、どうか貴女のご加護があらんことを」
アオイの言葉と共に目を閉じる。
目の前は真っ暗闇。どこを見ても黒しかない空間。そこに赤い光が見えた。大きく丸い赤い月。──そんな月知らない。白くて、深い青に包まれた温かい光。
「……戻れ」
私の、私達の知っている月に戻れ。
「戻れ、戻れ、戻れ、……っ、戻れー‼︎‼︎」
力一杯に叫んだ。
赤い月は真上に昇りきる直前で亀裂が走る。月を包んでいた赤い靄は裂け目から吸い込まれるように消えていき、そこにはいつもの月の姿があった。
「アオイ! これで道が切り開けます!」
姫さんは手を天高く翳す。
その手に放つ光がハイラル城を囲む障壁を打ち消した。姫さんが合図を送ると共に、四体の神獣から放たれる光線が厄災へと向けられる。
姫さんの力で厄災の力が弱まり、魔物達も力が抜けていくようにその勢いを衰えさせる。
魔物達の勢いが弱まった隙に城の方へ近付くと、城下町からハイラル城に続く道を通せんぼするように怨念のライネルが鎮座していた。
「リンク」
「わかった」
まだ攻撃体勢に入っていないライネルを魔法で動きを拘束する。体を鎖で巻かれ、動けなくなっているライネルにリンクが飛び乗り、剣をその体に突き刺した。
リンクは的確に急所を貫いたのだろう。動かなくなったライネルはその場に膝をつくと崩れるように塵と化し、消えていく。
姫さんの掛け声と共にハイラル城を目指す。
城を目指す道中、アオイは口を開いた。
「ゼルダ姫、リンク。少し別行動させていただきたい。それで、この世界の平和の為にアオイ借りていってもいいかな?」
「先に本人の許可取れよ」
「詳しいことは後で話すけど、リンクやゼルダ姫の為……って言ったら拒否しないでしょ、君は。……それで、お二方。どうでしょう?」
「世界の平和の為というのであれば……拒否する理由はありません」
「俺は……アオイが心配」
リンクの返事を聞いて、アオイが「心配してくれてるリンクに何か言ってあげたら?」と言わんばかりの視線を送ってくる。
「……リンク。私は大丈夫だ。すぐに合流する」
「……わかった。でも、これだけは絶対に約束して。無理はしないって」
「……ああ。約束だ」
リンクの頭を撫でる。
意を決してアオイの方を見れば、未来から来た者達と話をしていた。アオイを心配そうに見ている王子が「オレたちも行こうか?」と聞き、それにアオイが「私たちだけで大丈夫。シドたちはみんなの支援に集中して」と会話をしている所だった。
「お待たせ。手助けよろしく、アオイ」
「その為にも後でちゃんと説明してくれ」
リンクたちの方へ向き直る。
「また後で」
「絶対に帰ってきて」
「こちらの心配は無用です。アオイ達はそちらに集中してください」
アオイが進む。それに合わせて私もその後を追った。
下へ下へと降りていく。
「……もしかして、地下か?」
「そういうこと。こっちの世界はまだ封印が弱まっていないはずだから封印したまま厄災の大元を絶てるはずだよ」
「そんな断言出来ない状態で挑んでいいことか?」
「……まあ、危なくなった時はその時で作戦は練ってあるから。こっちのラウルとは知り合いじゃないから懸念があることは否定できないけどね」
アオイはまるで自分の隣の足元に何かがいるように視線を向けた。
「知り合いって……何万年も前の人間だっただろ?」
「……あれ? 誤差はあると思ってたけど、こっちのアオイはそんな長生きじゃないの?」
「……数百年だ。急に不老不死になった。あの頃は恨まれるような人間じゃなかったが……呪われたんだろうな」
「……えっ。ち、ちょっと、いい?」
アオイに手を掴まれる。
そのまま険しい顔をすると、何かに気がついたのか顔を青ざめさせるアオイ。
「……この事はまた後でゆっくり話そう」
「何に気付いたんだ。お前は……」
呆れながら私をよそに、気持ちを切り替えたアオイ。
アオイの作戦を聞きながら私たちは深く深く、地下を下っていった。
―*―*―*―*―*―
アストルが召喚した四体のカースガノンを撃退し、二の丸と三の丸で待ち伏せていたアストルと、俺たちと共にいるガーディアンの色の違う黒いガーディアンも追い詰めた。
「……認めぬ。このような運命、認めぬぞ!」
目の前にはアストル。
その後ろにいるガーディアンは感情を持たぬ無機質な目をしている。
「いい加減にしろ‼︎」
後ろから響く声。
振り返る間もなく、足音と共に白い影が横を駆け抜けていった。その影はアストルに近づき、彼を殴り飛ばした。
「あれって……」
「救える命は救う……だとさ」
遅れてやってきたのは俺のアオイ。
その見た目は一目でボロボロだと思うほど傷付いていた。
「……無茶したの?」
「してない。本番一発勝負で苦戦を強いられただけだ」
「アオイ。未来のアオイは何をしようと……?」
「全て救うことは難しい。それでも、敵だろうが救える者は救いたい……そう言っていた。あいつの考えはわからないけどね。あそこまでお人好しにはなれないから」
アオイはぽつりと「まあ、勇者の受け売りみたいなものだろうな。あそこまでお人好しだった覚えはないけど」と小声で呟く。
アオイや姫様と同じように前を向き直る。
「アストル。あれにとって君はただの都合のいいボロ雑巾だ。ここまできた以上、君は切り捨てられる。その命と共にね」
「……くっ、貴様に一体何がわかる⁉︎」
「少なくともガノンのことはわかるさ。彼とは長い付き合いだからね」
まるで厄災を人間のように見ている未来のアオイ。
厄災という概念に彼という表現は不釣り合いに思える。
「……一時的にガノンの動きを止めてるけどそろそろ限界だ。さて、アストル。ガノンが動き出したら君は死ぬ。その才能を生かすも殺すも君の返答次第だ。……その力、ハイラル王家の為に使うというのであれば助けるが」
「私にこの国の僕になれとでも? ふざけるな!」
「自分で自分の芽を摘んでどうするの? 勿体無いよ。貴方は十分力があるというのに。正しい方でだって貴方なら生きられる。……私が勝手にそう思ってるだけだけどね」
未来のアオイは振り返ると姫様の方へ近寄った。
「勝手に決めてすみません。ゼルダ姫。彼は才能のある人間です。ここで死ぬのは惜しい人材です」
「私は……構いません。彼が望み、もう誰かを傷付けないというのであれば、ハイラル王家は彼を受け入れましょう」
「ありがとうございます。ゼルダ姫。貴女のその寛容なお心遣いに感服致します」
姫様に一礼をする未来のアオイ。
姫様はアストルへと近付くと、その手を差し伸べる。
「私達はこれ以上の争いを望みません。どうか、私達と共に世界を救ってはいただけませんか?」
「……協力する気はない。が、これ以上争う気もない」
アストルは使っていた水晶のような道具を手放すと、何処かへと去っていった。止めるべきかと思ったが、姫様に「彼にこれ以上戦う意思はない」と制止される。
「お前、姫さんの許可も得ずに勝手に決めるなよ」
「まあ、万が一の時は私なら洗脳するって手段もあったから。あの悪趣味な双子の魔女みたいでやりたくはないんだけどね」
そんな会話をしていたアオイとアオイ。
鋭い気配を感じ、そちらを見ると動きを止めていた厄災のガーディアンが再び動きだしていた。
そのまま壁を伝い、本丸の方へと逃げていく。
「……行きましょう! 私達の手で厄災ガノンを封印するのです!」
本丸へ向かうと、そこには禍々しい人型の姿をした厄災ガノンがいた。正面から立ち向かうも、攻撃が通用しているようには見えない。
厄災ガノンの咆哮と共に天井の瓦礫が降り注ぐ。
姫様に向かってくる瓦礫を盾で弾き飛ばした。
「リンク!」
姫様が厄災ガノンに対抗するように前に出て力を使う。
「私が……みんなを……!」
厄災ガノンに押され気味な姫様。
──その時。足元で青い光を纏った白い小さなガーディアンが姫様の元へ駆け出した。
大きく飛び上がると、姫様を飛び越えてその先へと消えていく小さな体。
小さな爆発が起こる。
「………………テラコ」
無意識のように呟かれる言葉。
それは爆発の音に掻き消えそうなほどか細い声だった。
「……行きましょう。この戦いに終止符を!」
その場にいるみんなの力が合わさる。
ミファーとシド、ダルケルとユン坊、リーバルとテバ、ウルボザとルージュは支え合い、時には背中を合わせて戦っている。
其々が己の力を最大限に発揮させ、厄災ガノンを弱らせていく。
厄災ガノンは弱った様子を見せないものの、着実に弱まっているだろう。厄災ガノンが地面を叩くと、床に亀裂が走り、浮遊感を抱く。アオイの魔法で地面に叩きつけられることもなく、ふわりと地に足がつく。
「サポートは任せてくれ」
「魔法使いは飛ぶの得意だからね」
再び、厄災ガノンへ刃を向ける。
一向に戦いの終わりが見えず、体力はじわじわと消耗されていく。それでも戦うことを諦めない。
どれほどの時間が経っただろうか。
みんなボロボロだ。それでも、その目には光が灯っている。
──不意に厄災ガノンが膝をつく。
「頼むぜ! 相棒!」
「しくじるなよ!」
──この隙を逃がさない。
駆け出し、厄災ガノンに向けて退魔の剣を振り翳した。
姫様に合図を送る。
封印の力に抵抗するように厄災ガノンが姫様に拳を振るうも、力敵わず光に押し負けている。
大きく広がる光。眩しい光が辺りを包んだ──。
──光が収まり、薄暗い部屋に厄災の姿はない。
喜びを分かち合うように周りを見回す。アオイの方を見れば視線が合い、困ったような笑みを向けられた。
先に外へ向かうアオイ。その後をついて行く未来のアオイ。俺は姫様の方を向くと「行ってらっしゃい」と言うように微笑まれた。
アオイの後を追い、外へと向かう。
周りを見回すと離れた場所に二人の姿があった。
「──……で、お前はどう思う?」
「過去を変えれば未来も変わる。その逆も然りだ。あの子のことは予想外だった。記憶が抜け落ちているっていうのは言い訳でしかないんだけど……君の話を聞く限り本来のあるべき結末に引き戻されたのかもしれない」
「アオイ」
何か話している途中の二人に口を挟むのは気が引けたが、このまま盗み聞きするよりはいいだろうと声をかける。
「……ああ、丁度よかった。これから話すことはリンク君がいた方が話しやすかったから」
「リンクがいた方がいいって何でだ?」
聞こうと思っていたことをアオイが先に口に出す。
未来のアオイは落ち着いた態度で再び言葉を漏らす。
「アオイ。君の呪いは私の所為だ」
──まるで音が消えてしまったかのような静寂。
アオイは微かに声を震わせながら「……どういうことだ」と口にする。
「原因はわからないが、君の中から私の魔力を感じたから間違いないと思う。……恐らく、私が長生きする為に使った魔法がこの世界のアオイにも影響を及ぼしたんだろう。だから、それは呪いではなく魔法なんだよ。私なら解けるけど──どうする?」
「……少しいい? それを解いたらアオイはどうなるの?」
「そうだね……残り数十年の寿命と致命傷を負うか病気で死ぬ、つまり普通の人間と変わらなくなるってことだ」
「それなら今すぐにでも──」
「望むだろうね。彼女なら……。ただ、今まで死なずに一人で生きてきたんだ。魔法を解いた後、この先も生きたいって思えるのかな?」
未来のアオイの言葉を聞き、アオイの方を見ると何かを深く考えているようだった。アオイは「少し考えさせてくれ……」と離れていく。
「……追わなくていいの? リンク君」
「俺は……なんて声を掛けたらいいんだろう。アオイに寄り添う気持ちはあるのに……自信がない」
何かが変わるわけでもないのに地面を見つめる。
すると、一匹の綺麗な金色の狼が俺の前に座り込んだ。その狼はずっと未来のアオイの隣にいて、人間くらいの大きさをしている。
『情けないな。この世界の勇者は……』
唐突に聞こえてきた同じ年くらいの男性の声。
未来のアオイと目が合うと、金色の狼を指差した。
『全く。後代の勇者は手の掛かる者ばかりだ』
「えっと……」
『何を迷う必要がある。アオイのこと大切に想ってるんだろう? 愛しているんだろう? それなら何も迷うことなんてない。一番大事なことはお前の想いだ』
「……俺の、想い…………」
『……一度人生を終えている私もアオイを想って、今も共にいる。姿形なんて関係ないだろう』
「……ありがとうございます。俺、行ってきます」
俺たちを見守るように見つめていた未来のアオイに向き直る。「よかったね」なんて言いながら力の抜けた笑顔をしていた。
「……言えそうなタイミングが今しかない気がするから言うけど、"俺は大丈夫"。……何となく、君に言っておいた方がいいかと思って……」
「えっ…………ふふっ、そっか! 大丈夫か! まあ、リンク君のことは"勇者"として見てなかったから心配はしてなかったんだけどね」
「勇者……?」
「そう。君は勇者だけどね。ただ、私が必要としている勇者ではなかったってだけの話さ」
「そっか。……ありがとう。行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい。リンク君」
気持ちよりも先に足が前に出る。
走って階段を降りた先にアオイの姿があった。蹲るようにしゃがみ込むアオイの姿が。
「アオイ……」
アオイは体を震わせるも、何も言わない。
俺はその隣へと座った。
「アオイが今何を思っているのか俺にはわからない」
一つ一つ、想いを形にするように言葉を紡ぐ。
「それでも俺の気持ちは変わらない。幼いあの頃からずっと……」
俺の言葉に反応するように少し顔を上げるアオイ。
「数百年生きたアオイには数十年なんてたったそれだけの時間かもしれない。それでも、俺にとっては数十年も残されてる」
アオイは様子を伺うように俺を見る。
「アオイ──」
その手を包み込む。
「貴女の残りの
アオイから耐えきれず溢れ落ちた涙。
「……別れが辛かった。親しい人も知っているだけの人も死んでいくのに私だけ生きてる」
「うん……」
「本当は……一人は嫌いだ。誰かに側に居てほしかった」
「これからはずっと一緒にいる。アオイを一人にはさせない」
「……私より先に死ぬなよ、リンク…………」
「アオイの為なら百年だって軽く生きてみせるよ」
アオイは困ったように笑う。
きっと、最後のは冗談とでも思ったんだろう。──本気なのに。
先に立ち上がり、アオイに手を差し伸べる。
アオイはその手に自身の手を重ねた。そのまま彼女を引っ張り起こす。
「そういえば、狼が助言をくれたんだ」
「狼……?」
「うん。未来のアオイの隣にずっと居た子」
「……あの、リンク。狼なんて見たことないけど……」
「えっ……?」
未来のアオイの所へ戻ると、そこに狼の姿はなかった。
「……じゃあ、解くね」
未来のアオイがアオイに向かって手を翳す。
温かな光がその身に纏い、優しい風と共に光が去っていく。
「……これでよし。今から君はただの魔法使いだ」
「長生きだった事実は変わらないと思うけど」
──なんだろう。
アオイの雰囲気が変わったような気がする。
「どうしたの? リンク」
「えっ……いや。アオイ、変わったね……?」
「えっ? あっ……こ、こっちの方が素なんだけど……リンクは前の方がよかった……?」
「そんなことない! どっちもアオイだし……好きだよ」
前までは鋭かったアオイの目も丸みを帯びて柔らかくなっている。俺の言葉に嬉しいのか将又気恥ずかしいのか頬をほんのりも赤く染めているアオイ。そんな所も愛らしい。
「さてと。そろそろみんなの所に戻ろうか」
姫様達の所へ戻れば、丁度時間が噛み合うように別の世界の百年後から来た者達の体が青白い光を纏い始める。
「アオイ! 心配したゾ! 一人だけ帰れないんじゃないかと……」
「ちょっ⁉︎ シド⁉︎ 怖いこと言わないでよ!」
「でも、アオイなら自力で帰ってきそうだな」
「アオイが帰らなかったらリンクが心配すると思うゴロ」
「今頃、リンクはリンクで心配してそうだな……」
「うっ。リンクの為にも早く帰らないとなぁ……」
未来から来た四人と合流する未来のアオイ。
和気あいあいとした雰囲気を出している。
残された時間は短い。ルージュはウルボザに、ユン坊はダルケルに、テバはリーバルに、シドはミファーに其々別れの前に言葉を交わす。
そして、アオイはアオイに話しかけた。
「この世界のアオイ」
「アオイ……」
「一つだけ教えてあげる。私の世界の英傑達はあの末路を辿っていない。最悪な結末にはならなかった」
「そっか。……あと一つだけ教えてほしい」
「欲張りさんだなあ。……いいよ。何が知りたい?」
「……時の勇者ついて。君は他の勇者を知っているんだよね? なら……彼は幸せだった?」
「……どうして知りたいの?」
「それは王子……じゃなくて、前の記憶があるならわかるでしょ」
今、何か聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような気がする。言葉を挟むわけにもいかず、黙って見守ることにした。
「"少なからず今は幸せだよ"……って、本人が言ってる」
「本人……? 何を言って……」
「さようなら、アオイとリンク君。君たちの人生が幸せであるように願っておくよ」
「ちょっ……‼︎」
未来のアオイはアオイの言葉を遮るように他の未来から来た者達の所へ向かっていく。
「アオイ」
頃合いを見計らっていたようにアオイを呼ぶ姫様。
「おかえりなさい」
「っ! ……た、ただいま……です」
照れくさそうにするアオイに微笑む姫様。姫様はどこか嬉しそうだ。
姫様は未来から来た者達の方を向く。
「この奇跡を私は忘れません。貴方達が共に戦ってくれた事。決して……忘れはしません」
未来から来た彼女達の体が光となり、空へ消えていく。
「貴方達の生きる未来にも──百年後にもどうか光がありますように」
光が消えていった空を見つめる。
世界を祝福するかのように、澄んだ青空が広がっていた──。