厄災の黙示録
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平原の塔を始めとして各地のシーカータワーの復旧をすること数日。残すはアッカレの塔を復旧するのみとなった。しかし、敵はこちら側の動きを静観し続けているつもりはないようだ。アッカレの塔を目の前にして、入ってきたイーガ団がアッカレ砦を占拠したとの知らせだった。
「あのまま大人しくしてくれてたらよかったんだけどな……」
「嘆いてても仕方ありません。塔の起動の為にも、まずは砦を取り戻しましょう!」
砦に近付くためにも橋への進行を塞ぐように瓦礫が設置されている。姫さんの指示で小さなガーディアンは研究用に置かれたガーディアンを使って瓦礫を吹っ飛ばした。
「そんな有能な機能があったんだ……」と口に出せば、それを聞いていたであろう小さなガーディアンが「どうだ!」と言わんばかりに誇らしげにしている。
「俺も有能だけど」
「ガーディアンと張り合うなよ……」
「アオイが誉めてくれないから……」
リンクから「誉めて誉めて」というオーラが出ているように見える。「お前はいつも頑張ってるだろ」とだけ言い残して私は先に進んだ。
「こっちの橋も塞がれちまってるね。もう一度、ガーディアンで……」
「起動したいのですが、この子のエネルギーが……。あっ、供給用の簡易古代炉が使えるかも……? では、簡易古代炉を使って、この子にエネルギーを供給しましょう」
先に進んでいた姫さんとウルボザの会話が聞こえてくる。簡易古代炉とやらで小さなガーディアンにエネルギーを供給しないと先程と同じ手法は使えないみたいだ。
「簡易古代炉って……?」
「あそこに見える青い光が漏れている楕円形の炉です。あれを起動すればエネルギーを供給できます」
姫さんが指差した先にはシーカー族の遺物と似たような見た目をした炉があった。何処からともなく湧いて出てくるイーガ団を退けながら炉へと近付く。
起動すればいいと言っていたが、起動するためのスイッチのようなものは見当たらない。
「……炉と言っていたから火をつければいいのか?」
「アオイ。ちょっといい……?」
簡易古代炉を見回していたが、リンクに声をかけられて一先ず横に避ける。リンクは炉に向かって手を翳すと、炉から青い炎が揺らめきながら姿を見せる。
「えっ……? リ、リンク! 今、どうやって……⁉︎」
「普通につけただけだけど……」
「普通……⁉︎ リンクは魔力がないから魔法ではないだろ。なら、センサー式になっているとか? いや、でも、誤作動のリスクを考えたら取り入れるとは思えないしな……」
「俺もよくわからないけど、こういう物の仕組みは姫様が詳しいよ。気になるなら聞いてみたら?」
「うっ。い、いや。いい。姫さんに迷惑かけるだろうし……」
珍しく真面目な様子のリンク。
どんな仕組みになっているか気にはなるものの、ただでさえ忙しい姫さんの時間を奪うのは気が引ける。余裕がなくとも優しい彼女のことだ。きっと、お願いしたら時間を作ろうとしてくれるだろう。
ガーディアンを起動させて、先程と同じように瓦礫を吹き飛ばす。底を知らぬように湧いてくるイーガ団を蹴散らしながらアッカレの砦へと向かうが、その門はイーガ団の手によって閉ざされていた。
姫さんの案で、他の場所にもある簡易古代炉を起動させることになった。
「姫様。アオイは起動の方法を知らないみたいなので俺と同行でもよろしいでしょうか?」
「なっ⁉︎ 今お前がやった方法を真似すればいいんだろう⁉︎ それくらいなら私にもできる!」
「向かった先で『結局起動させられませんでした』ってなって困るのはアオイの方だよ」
「うっ、それは、そうだけど……。別にリンクじゃなくても……」
「簡易古代炉が設置された場所が二手に別れているのでアオイはリンクと同行してください。私はウルボザと共に行きます。リンク。アオイを頼みましたよ」
「お任せください」
「拒否権はないのか……」
姫さんとウルボザは北の方角にある2箇所の簡易古代炉へ向かい、私とリンクは南東の方角の2箇所に向かうこととなった。北の方角の方は狭まっているが砦からの距離は南東の方角よりも近い。
「リンク。手を……。外周から向かうよりもここから飛び降りた方が早いだろ」
「飛び降りたらタダでは済まない高さだけど……」
「私を誰だと思ってる。魔法使いなら浮遊魔法くらい基礎中の基礎だ」
「へえ。でも、昔は飛んだことなかったよね?」
「お前が飛ばないんだから飛ぶ必要なんてなかっただろ」
片手を差し伸べると、その手に重ねるように手を置くリンク。地を蹴り、飛び降りる。本来の落下速度よりゆっくりとした動作で崖下へと辿り着いた。
飛び降りて移動距離を短縮したものの、簡易古代炉からはまだ離れている。道を塞ぐように蔓延っている魔物を倒しながら、走って簡易古代炉へと向かう。
簡易古代炉の前で立ち塞がっていた青ボコブリンとモリブリンを倒して、二つの簡易古代炉を起動させた。
アッカレ砦の門の前に向かうと、丁度同じようにアッカレ砦へと向かってきていた姫さんとウルボザと合流する。
「あの、アオイ。リンクの様子が少し変な気がするのですが……」
「下から飛び上がってくる時に私がリンクを横抱きにしたから拗ねてるだけだろ。放っておいてもすぐにいつも通りに戻るから気にするな」
「普通なら俺が抱っこすべきところだった」
「それじゃあ意味ないだろ。お前に抱えられても飛べないんだから」
砦の門の前で待機をする。
姫さんは自身の隣にいる小さなガーディアンに目を向けてから、祈るように両手を組んだ。
「お願い……動いて!」
砦の中、門の奥に設置されたガーディアンが動き出す。ガーディアンに気圧されたイーガ団たちが慌てた様子で外へと飛び出し、散っていった。
「さあ、今のうちに砦の中へ!」
姫さんの掛け声と同時に砦の中へと進行する。
砦の中は先程までイーガ団に溢れていたのが嘘のように静寂に包まれていた。砦の中は入り組んでおり、通路は狭くなっている。不意を突かれてもいいように自身や仲間達の周りに防御壁を展開しておく。
「私が先行する」
周りの止める声に聞こえぬ振りをして先へと進んでいく。
耳を貸さずとも、見張り役のようにピッタリと後をついてくるリンクがいたからだ。
「お前は姫さんと一緒にいればいいのに……」
「敵が待ち伏せしているのをわかっているのに単身で突入するアオイを見過ごす方が姫様は嫌がると思うよ。それにこの奥からの気配……あの手練れた人だと思う」
「……知り合いか?」
「一度だけ刃を交えた。それだけ」
奥の扉を抜けた先。鋭い殺気を感じて反射的に飛び退いた。リンクの心配する声が聞こえていたが、それよりも目の前の人物に意識を集中させる。少しでも隙を見せようものならその手に持つ刀で胴体を切断されていただろう。
「ここまで辿り着いたか……。ならば、自分がお相手致そう」
見た目はイーガ団幹部と似た体躯をしているが幹部とは異なる部分もある。特に特徴的なものは傷の入ったお面。
その姿を見て、頭の中の朧げな記憶が段々と鮮明さを取り戻していく。まるで記憶のパズルが完成するかのような感覚だった。
今目の前にいる男も、コログの森に侵入してきたフードの男も"百年後が舞台の世界"には存在しない。
──今、核心をついた。そうか、この世界は──。
「アオイ‼︎」
弾けるようなリンクの声と共に、正面から向かってきた衝撃を杖で受け止めた。相手の勢いを利用して、自然の流れのように後方へと飛び退いた。
その隙を見て、目の前にいるイーガ団の男"スッパ"と私の間にリンクは剣を構えて割り込んだ。
「……なあ、リンク。少し試したことがあるんだ」
「試したいこと……?」
「説得は出来ないと思う。けど、言葉を交わすことで何かが変わるかもしれない。確証はないけど……」
「……わかった。でも、危ないと判断したら途中で割り込むから」
「リンク……ありがとう」
小声でのやり取りを終え、前へと向き直る。
馬鹿正直に『自分は異世界から転生してきて、この世界のことはゲームとして見てきたんです。この後の未来も──』なんて言ったところで誰も得をしないだろう。
敵対している人間の言葉を鵜呑みにはしないだろうし、私も頭がおかしくなった程度に思われるならまだマシだ。一方間違えれば周りからの信用を全て無くすことになるかもしれない。
それに──自分の生きている世界が誰かが作った創作物でしかないなんて、その世界を生きている人間に深い傷を負わせるだけ。
この事は私の中に留めておけばいい。それよりも──。
「確か……イーガ団の筆頭幹部だったか。あんたは話が通じると信じて一つだけ言わせてくれ」
「……敵と話すことなんてないでござる」
「そうか。じゃあこれは独り言だ。厄災ガノンを信仰するのはやめておけ。あれは自分の欲求だけ満たせれば他がどうなろうと気にしない。それどころか、他のものは都合の良い道具にしか思われてない。……自分の所の総長が大事なら今すぐに撤退しろ」
「断る」
スッパの攻撃を避けながら、どうすればイーガ団を撤退させられるか思案を巡らす。イーガ団が撤退を考えるほどの出来事──ある人物の姿が脳裏を掠めた。
私は静かに片手を上げる。
「私は魔法使いだ」
「……何が言いたいでござる」
「イーガ団よ。直ちに撤退しろ。さもなくば……ここからあんた等の総長の命、私なら奪うことも可能だが……?」
「くっ! なんと卑劣な……」
「私は別に善人じゃないから目的の為なら手段は問わない。……さあ、どうする」
──一呼吸ほどの間。
スッパは一歩後ろへ下がると、煙を焚いて何処かへと消えてしまった。
……私が何もせずともこの世界は救われる。私の行動で何か変化があったとしても、それは犠牲が減るかどうかくらいだろう。
余計なことをしたとは思いたくない。──いい結果になることを願いたい。
「さっきの焚きつけたんでしょ」
「それで? 何か言いたいことでもあるのか」
「アオイは悪い人だ」
リンクが人差し指を私に向けてくる。
それは、むにっという擬音を立てたように頬に触れた。「これはどういう意味だ」という視線をリンクに向けて訴えかける。
「お仕置き」
「……随分と軽いお仕置きだな」
「今はこれで我慢して」
「今はって……。この状況じゃなかったら別のことでもしようとしてたのか」
リンクは意味ありげにクスッと笑うと、そのまま奥の部屋へと進んでいった。──リンクの笑った顔、久しぶりに見た気がする。
私はリンクの後を追って奥の部屋へと進んでいくと、大部屋へと辿り着いた。その部屋にいたであろう青髪のライネルと青ボコブリンは既に地に倒れており、その体は黒ずんで消える直前だった。
そのままリンクと共に奥へと進んでいくが、イーガ団の姿はもう何処にもない。あれほどの人数が一瞬にして消え去っていた。イーガ団の技術の高さには目を見張るものがある。
アッカレ砦は普段の姿であろう静けさを取り戻した。
***
アッカレの塔の起動も無事に終えて帰路の途中。私は頭の中の情報を整理していた。
この世界の作品名は"ゼルダ無双 厄災の黙示録"。
別の作品の主人公"息吹の勇者"と同一人物──かと思われたが、蓋を開けば
列の先頭を見れば、そこにはただ真っ直ぐ前を向いて歩いているリンクの姿があった。この世界のリンクはイレギュラーなことが起きさえしなければ、回生の眠りにつくこともない。
このリンクは孤独の旅をすることもない。不謹慎だとは理解しながらも安堵している自分がいた。
──それにしても、私の存在は必要なのだろうか。
私がいなくてもこの世界は厄災に打ち勝つ、再び平和を手に入れる。私が干渉することで本来の物語とは異なり、被害が悪化する可能性も否定できない。
「……はぁ」
「おや? アオイ。どうしたんだい? 溜め息なんて吐いて……」
「ウルボザ……。いや、気にしないでくれ。考え事をしてただけだから……」
「言いたくないなら無理には聞かないけどね……でも、悩みがあるってんなら吐き出しちまった方が楽になるだろ?」
「…………気を悪くされたら謝る。その、あんたがもし神獣の繰り手に選ばれなくて、この戦いに必要な人間じゃなかったらどうする?」
ウルボザはそんなこと言われるとは思っていなかったのだろう。少し目を丸くしたものの、すぐに真剣な表情をして黙り込んだ。──やっぱり、この質問はよくなかったかもしれない。
「ウルボザ。悪かっ──」
「必要ない人間なんて私はいないと思うけどね」
下がりかけていた頭を上げると、柔らかな笑みを浮かべるウルボザがいた。
「私達と敵対してるイーガ団だってあいつ等を必要としてる人もいる。神獣の繰り手に選べることは名誉あることだが……それだけさ。思考もやる事も大差変わらないよ。それに、私にとって一番は御ひい様さ」
「……貴女ような人が側で見守っていてくれて、姫さんは幸せ者だね」
「アオイ、あんた……。お悩み相談ってのもいいが、あんたとは普通の話もしたいと思ってたんだ。例えば、色恋沙汰とかね」
「私がそんな話題に乗れるとでも……」
苦い顔をする私とは裏腹に明朗快活な笑みを浮かべていた。
ウルボザと話をして胸の底に引っかかっていた蟠りが、いつの間にか消えていた。あまり気は乗らないが他人に相談するのも悪くない。
ゼルダに呼ばれたウルボザと別れ、何をするでもなく空を眺めていた。透き通るような青い空。それでいて何処か寂しげにも見える。
「アオイ」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにはリンクがいた。
先程まで見ていた空と同じ瞳をしているリンクが。
「無理はするなよ」
「えっ……?」
「あまり休めてないんだろ? ……お前の代わりはいない。退魔の騎士だからとかじゃなくて、今は……リンクのことを大切に想ってくれている人が周りに沢山いる。そんな人たちにとってリンクの代わりはいないんだから無理はするな」
「……その中にアオイはいるの?」
「私を含めようとするなよ……」
茶化すように言葉を返すリンクに、その視線から逃げるように外方を向いた。私の顔を覗き込んでこようとするリンクに「元気がなかったように見えたのは勘違いだったか」と呟く。リンクは「今元気になった」と、気付けば温かみのある青色に目をして囁いた。