厄災の黙示録
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時間と共に穏やかに流れていく雲を呆然と眺める。
数日前──コログの森からハイラル城へとハイラル軍からしたら帰路の途中、四神獣の繰り手や関係者とは軽く挨拶を済ませた。その時の光景を思い出す。
「アオイ。彼女は執政補佐官のインパです」
ゼルダ姫は自分の隣に立つシーカー族の女性を紹介する。インパは隠す素振りもせず、疑うような視線を私に向けている。リンクと関わりがあるとはいえ、ポッと出の人間をすんなりと受け入れないところは評価されるべき点だろう。ここであっさり受け入れられていたら城の人間の警戒心の無さを疑うところだった。
「インパ。こちらはアオイ。リンクとは古い付き合いで、これからは私たちの味方になってくれる魔法使いです」
「……姫様。本当によろしいのですか? こんな素性の知れぬ者を共に従軍させて……」
「アオイは悪い人ではありません。私は……そう思います」
「姫様……」
「……お人好しな姫さんにはあんたくらい警戒心の強い人間が側にいた方が良さそうだな。私は勝手に行動させてもらうから『よろしく』してくれなくて構わない。仮に、私が死にかけていてもその辺に放っておいてくれていいから」
ハイラル軍へ協力はする。ただ、馴れ合う気はない。
必要最低限の話しを終えると、私はその場から離れた。ゼルダ姫というのは一国の王女であり、人々の中心に立つような存在だ。当然、周りは人だらけ。一人になりたい私には居心地の悪い場所だった。
「あの……!」
やっと落ち着ける場所を見つけ、張り詰めた糸を緩めると、少し離れた場所から声を掛けられた。
そこにいたのはゾーラ族の姫ミファー・ゴロン族の豪傑ダルケル・リト族の戦士リーバル・ゲルド族族長ウルボザ──神獣の繰り手で"英傑"と呼ばれる顔触れだった。
困ったような様子でゾーラ族の姫が少し視線を向けた先にはリンクの姿が見えた。目が合うと、「その調子!」とでも言いたげに陰から親指を立ててグッドサインを送ってくる。……お前、そういうタイプじゃなかっただろ。
「えっと……私ミファー。アオイさんと仲良くなりたくて……」
「私みたいな奴と関わってもあんたは何も得にもならないだろ。……リンクと幼い頃からの付き合いらしいが、私はあいつみたいにいい奴じゃない。関わらない方があんたのためだ」
「得があるとかないとか関係ない! 純粋に貴女と話してみたいと思ったの」
次の言葉が見つからなかった。
私と違って、ミファーの真っ直ぐな曇りのない瞳を見ていると、突き放そうとする言葉は喉元で詰まった。これ以上何を言っても無駄だという気持ちよりも、言いたくないという感情が優先された。私の所為でこの瞳を濁らせるのが嫌だった。
「そこまでして人と関わりたかねえ
「私は気にするんだが……」
そう胸を張って話しかけてきたのはゴロン族の英傑ダルケル。「相棒が気許してるってんならアオイは悪い奴じゃねえな!よろしくな!」と一方的に話しを切り上げる。拒否する間もない勢いだった。
「ふ〜ん? あの無愛想な奴を珍しく感情的にさせてるのがどんな奴かと思えば……思ったよりも普通の人間じゃないか」
「……悪かったな。面白味のない奴で」
人を品定めするように話しかけてきたのはリト族のリーバル。ジロジロと見てきたかと思えば、私に変わった部分が見受けられなかったのだろう。子どもが興味をなくしたかのように言いたいことだけ言って踵を返した。
「悪いね。ああ見えて悪い奴じゃないんだ。気にしないでおくれ」
「あんたは……」
「おっと、まだ名を名乗ってなかったね。私はウルボザ。あんたがアオイだろ? 事情は御ひい様から聞いてるよ」
最後に話しかけてきたのはゲルド族族長のウルボザ。
私は気にしていなかったが、ウルボザがリーバルのことを弁明したのはリーバルの態度は誤解を招いたり、空気を悪くしたこともあったのだろう。それに対し、私は「気にしてないから」とだけ返した。
「悪いが少し休ませてくれ」
そう言い捨てて、その場から離れることにした。
背後から引き止めようとする言葉が聞こえたが、私は聞こえない振りをした。深く関わりたくないというのもあったが、色々あり過ぎて疲れていたのも事実だった。
──今は遺物調査からハイラル城への帰路の途中。
リンクが退魔の騎士に目覚めてからゼルダ姫は焦燥した様子だった。いつも通り、ゼルダ姫の遺物調査に同行するリンクとインパ。──が、何故か私もリンクに引っ張られて付き合う羽目になった。
リンクに「私も付き合う必要があるか?」と問えば、「そうだね。アオイは優しい言葉投げかけるの下手だもんね。相手が姫様でも問答無用な態度とるもんね」なんて返してきたけど、その言葉に続けて「でも、俺たちが気付けなくて、アオイには気付けることもあるかと思って……。あとは俺がアオイと一緒にいたいって気持ちもあるけど」と返された。最後の言葉は聞かなかったことにしよう。
「姫さん。ちょっといいか……?」
長い帰路の途中で休憩することになり、岩に腰を下ろして休んでいた姫様に声を掛ける。
「アオイ……。どうかしましたか?」
「そこまで責任を負う必要があるのか? 力が目覚めないことで心無い言葉を向けられたこともあるんだろ。大事な者を思う気持ちとその他大勢への感情は別だ。自分の立場を理不尽に思ったこともあるだろう。それでも──全ての人間のために頑張れるのか?」
「それは……。それでも、私はこの国の全ての民を守りたい。力は目覚めなくても、この気持ちだけは本物です……!」
「……なら、あと一歩だな」
「えっ……? それは一体──……」
「私から言えるのはそれくらいだ」
その先を聞きたそうにする姫さんに背を向ける。
詳しい原理は知らないが、女神の力は"大切な者を守りたい"という強い思いで発揮される。姫さんの力が目覚めていないのはその気持ちがまだ弱いということだろう。"画面越しに見ていた世界"はリンクが引き金となって力が発揮されていた。
「どうだった……?」
姫さんの様子を気にかけているリンクが話しかけてきた。
私が姫さんと話をしている間、リンクは距離を空けていた。自分が近くにいたら話しづらいとでも思っていたんだろうな。
「私がしてやれることはないな。……なあ、リンク。お前は姫さんのこと好きなのか?」
リンクは姫付きの騎士として気にかけているだけかもしれない。しかし、リンクが姫さんに向けている感情はそんな単純なもののようには見えなかった。だからと言って、異性愛とも違うようにも見える。
私の言葉にリンクは少し目を見開いたが、すぐにいつもの表情に戻すと、困ったように話しだした。
「主君としての好意はあれど、女性として好意を向けてるわけじゃないよ。姫様には失礼になるかもしれないけど……何となく同じ境遇の仲間みたいな感情かな。過去の自分を見ているようで放っておけないっていうか……」
「そんな時期があったように思えないけど……?」
「俺だって完璧な人間じゃない。上手くいかずにつまづいた時もあった。それでも諦めずに足掻いてきたから今の自分がある。それに──……」
「それに……?」
「たぶんだけど、俺と似たような孤独感を抱えてるんじゃないかなって……」
睫毛を伏せるリンク。
その頭に手を乗せると、不思議そうに見つめる目と視線が合う。
「今はもう大丈夫だろ……?」
「それは……そうだね。今は賑やかな過ぎるくらいだ」
私の言葉の意味を理解すると、リンクは周りから見えないようにクスッと小さく笑った。兵士達との付き合いは知らないが、今は英傑達が側にいる。この先の未来がどうあれ、彼らの存在がリンクの孤独感を和らげていたのは確かだろう。
「アオイもいるからね」
「私を含めるなよ」
調子に乗っていたリンクの頭を軽く小突いた。
周囲に響くのは歩みを進める足音だけ。一行はハイラル城への帰路を歩む──ふと、ずっと浮かない顔をしていた姫さんが足を止めた。
「……どうしたら」
退魔の剣の騎士も見つかり、残りは姫さんの力が目覚めるのみ。そのことが余計に焦りを掻き立たせているのだろう。
ずっと姫さんを気にした様子の小さな卵型のガーディアンが不意に音楽を奏でた。それは"王家に伝わるメロディ"。
「その歌……。──貴方は……」
「敵襲だ‼︎」
姫さんを守るように各々武器を構える。
私も杖を出現させ、姫さんの周りに防御壁を展開した。
「くっ、魔物に囲まれちまったようだね……」
「こっちは俺達でなんとかするからよ。相棒とインパとアオイは姫さんを頼むぞ!」
「いや。あんた等全員で姫さんを守ってろ。道は私が切り開く」
「えっ? あっ、おい!」
「ちょっと⁉︎ 勝手な行動は慎んでください!」
先陣を突っ切るように飛び出すと、周囲にいま魔物達を攻撃魔法で蹴散らしていく。よく居る魔物程度なら魔法でまとめて倒した方が手っ取り早い。しかし、広範囲の魔法は無差別に攻撃してしまう。今回は特に単独行動した方が利点が多い。
ある程度先に進んだ辺りで振り返る。誰もついてきていなければこの後は辺りを気にせず魔法を使えるからだ。
「……何でいるんだ?」
「姫様がアオイのこと心配してたよ。あと俺くらいでしょ。アオイに付き合えるの」
「どこから出てくるんだよ、その自信……。まあ、勝手にしろ。怪我をしても私は責任取らないからな」
「攻撃に巻き込まれないし、巻き込まないように気に掛けてくれるくせに……」
「……炎と氷と雷どれがいい? お望みなら毒状態付与することもできるが?」
「もう。素直じゃないんだから」
「知るか。勝手に言っとけ」
私が駆け出すと、リンクは後をついてくる。
自分の所為でリンクが怪我を負った──なんてことになったら寝覚めが悪い。リンクなら避けられるだろうが当てないように注意しながら魔法を放つ。
道中、ハイラル軍の兵士を助けながら進んでいくと、あのフードの男が呼び出していたものと同じ英傑達の幻影が現れた。
「厄介だな……」
「俺に任せて」
リンクは私の横を追い越していくと、次々と斬り倒していく。退魔の剣の力もあるとはいえど、敵の攻撃を華麗に避けることや上手く隙を見切って攻撃を仕掛ける技術の高さはリンクの腕前だから成せる技だ。
「……流石だな」
リンクの姿を見て小声で呟く。
敵の攻撃を避け、後方で他の魔物を相手にしていた私の方までリンクは滑るように下がってきた。
「今、誉めた……?」
「誉めてない」
「そっか……」
それだけ確認してリンクは幻影を倒しに行く。
いや、どれだけ耳聡いんだ、あいつ──。
幻影を倒した先には道中にいた魔物の姿がなかった。その代わりとでも言うかのように岩に擬態したイワロック二体が道を塞ぐように居座っている。
「あれの弱点は背面の鉱石だったな。私の魔法で木っ端微塵に吹っ飛ばしてやる。だから私より前に出るなよ、リンク」
「俺は守られるより守りたいのに……」
「……相性が悪いだろ。
杖の先端をイワロックに付いた鉱石へ向ける。
溜めた魔力を爆発魔法に変換し、鉱石ごとイワロックを破壊した。もう一体も同じように爆発させると、砕け散った岩の破片が辺りに散らばる。辺り一体に静寂が訪れた。
「アオイ! リンク! 無事ですか⁉︎」
他の者が周りを警戒する中、姫さんは一目散に私たちへと駆け寄ってきた。魔物は倒し終えたからいいものの、危なっかしい姫さんだ。
「俺もアオイも無事です」
「よかった……。リンク、ありがとうございます。アオイ。貴女は無茶なことをしないでください。信頼してもらえずとも、今はアオイも私たちの仲間なのですから……」
「……善処する。だからそんな目で見ないでくれ」
悲しげに揺れる姫さんの瞳から目を逸らした。
別に不快感を感じているわけじゃない。その優しさに甘えることを嫌がっている自分がいるだけだ。大事に思う気持ちが大きくなればなるほど失う時の辛さを嫌というほど味わってきたから──。
リンクがダルケルと他の兵士たちに囲まれている姿を脇目に、私は他の人から見えない場所でしゃがみ込んだ。
うまいことリンクには気付かれずに済んだようだが、先程の戦闘で少し腕を切ってしまった。そのまま放置しても平気な傷かと思っていたが、少し血が垂れてきている。服に染みる前に応急処置をしておこう。
「あの、アオイさん! その傷、私に手当てさせて……!」
「……リンクたちの所に居なくていいのか?」
「平気だよ。それにアオイさんとお話ししたくて……。その、私傷を治す力があるから……駄目、かな?」
「……このことは他の奴等には言わないでくれ。人の良いあいつ等だと知ったら心配するだろ。それを約束してくれるなら……いいよ」
気が緩んでしまっていたのだろう。
いつの間にか覗き込んでいたミファーに傷を見られてしまった。渋々、了承して傷を負った腕を差し出すと、ミファーは傷の部分に自らの手を翳した。温かな気配に包まれるのを感じる。傷がみるみる塞がっていき、腕は怪我をした痕跡も残らないほど綺麗に治っていた。
「これでもう大丈夫」
「……その、ありがとう。治してくれて」
「えっ? う、ううん。私が言い出したことだから気にしないで……!」
私が感謝の言葉を口にすると、ミファーは予想外だったのか目を丸くした。そのことを気にせず、私は治してもらった腕を見つめる。"英傑ミファーの祈り"を使用してもらった時の感覚はこういうものなのか──温もりに包まれる感覚は心まで落ち着かせてくれているように感じた。
「あのね、私……アオイさんが羨ましかったの」
「それは……リンクのことか」
「えっ⁉︎ えっと、その……」
「……あいつが私に求めてるのは母親か……家族としての愛情だけだろ」
「……アオイさんって、もしかして鈍感なの?」
「気配に気付く能力なら人並みにはあると思うが……?」
隠れた敵の気配も比較的気付く方なんだが。鈍感だと言うミファーに理解できないでいると、そんな私の態度にミファーは苦笑いを浮かべた。
「そうじゃなくて……。リンクはきっと、アオイさんのこと大好きだよ。だって……リンクのあの目は私と同じだから……」
「ミファー……。私一度殴られた方がいいか?」
「それは駄目! アオイさんはどうしてそう思ったの?」
「だって、嫌だろ。好きな男の好きな人がこんな奴だなんて……」
居心地が悪くなり外方を向いた。
隣からくすくすと控えめな笑い声が聞こえてくる。
「アオイさんって意外と子どもっぽいんだね」
「子ども……こう見えてもゾーラ族並みには生きているんだが……」
「……少し話してみてわかったの。やっぱり、アオイさんとお友達になりたいって……」
照れたように笑うミファー。きっと普通の人からしたら見惚れてしまうような微笑みだった。私は少し悩んでから言葉を溢す。
「友達は難しいけど、話し相手なら……いい」
「本当……?」
「話し相手だけだからな」
私は立ち上がると、その場から逃げるように姫さんの元へ向かった。その途中で岩のようなものを食すリンクの姿が目に入る。──今まで見たことなかったが、本当に何でも食べるんだな。
──叙任式。
姫さん、リンクを含めた英傑たちとインパにあの小さなガーディアンはハイラル城の中では叙任式を執り行っている最中だろう。
私は参加せずにハイラル城の敷地内から辺りを一望していた。この場から見えるのは賑やかなハイラル城下町や鮮やかな自然が広がるハイラル平原、それに復活した厄災になす術もなく百年後の世界では滅びた姿しか残っていない町も健在した姿でそこにある。
「アオイ」
振り返ると、鮮やかな青い衣を見に纏ったリンクがいた。
叙任式が終わったのだろう。後ろには英傑たち、その後ろを姫さんを気にかける小さなガーディアンと姫さん、そして、その隣にはインパの姿があった。
「何を見てたの?」
「ここから見える景色を……。──リンク」
「……」
「守らないとね。この景色──」
「……そうだね」
リンクが隣にくる気配がする。
目の前に広がる光景を目にして、今まで実感しなかった現実が色付いたような感覚がした──。