厄災の黙示録
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──ハイラル大森林の中央に存在するコログの森。
見守るように佇む大木デクの樹サマがいるこの場所はいつもコログ達の賑やかな声が聞こえてくる。しかし、最近何やら様子がおかしい。何か不穏な気配が迫っている。そんな気がしてならなかった。
「ネェネェ! アオイの寝床からいっぱい記事の切り抜きが出てきたヨ!」
「……あ! ボク、わかっちゃった! 見て見て! 全部の切り抜きにこの人が写ってるよ!」
「これ、この前お城の方であった騒ぎの話しだよね! あっ、全部に写ってるってこのお姫様の隣にいる騎士さんのこと?」
「ワァ! アオイ、この人のこと好きなの⁉︎」
「きゃー! アオイってば乙女〜!」
「……お前ら、好き勝手に言うのはやめろ!」
寝床に行けば、数人のコログ達が呑気に好き勝手言っていた。「シッシッ!」と、手で払えばコログ達はきゃーきゃー言いながら飛び去っていく。ひらりと落ちてきた一枚の紙切れ。そこには小さく写り込んでいるリンクの姿があった。もう、あの頃世話をしていた少年の面影はない。立派な青年──騎士となったリンクの姿。
私が気にすることではない。が、無理をしていないといいが……。
ふと、一人のコログが慌てた様子で私の足に抱きついてきた。体をぷるぷると震わせて、何かに怯えたような様子だった。少しでも安心させるため、その体を撫でてやる。
「やだー。コワイよー」
「大丈夫。……何かあったのか?」
「……ぐすっ。悪い奴がこの森に入ってきたの」
「そうか。……他のコログ達と一緒に奥に隠れていろ」
森の中へと侵入してきた不穏な気配を感じる。怯えて私に抱きついていたコログは飛び立つと木々の隙間に隠れるように消えていった。私は気配のする方向──剣のある広場の方へと向かった。
普段コログ達が騒がしくしている広場には生者の気配が一つも感じられなかった。否、血色の悪い顔をした男を除いては。黒いローブの男は私に気付くと、その口元を歪ませる。
「まさか、本当に存在していたとは……。長命の魔法使い、貴様の噂は聞いている。ハイラル軍の味方ではないというのならば私と手を組まないか?」
「……仮に私がハイラル軍側の味方か、或いはその誘いを断ったとしたら、どうする……?」
「そんなこと……ここで消えてもらうに決まっている」
反射的に後方へ飛び退けば、元いた位置に男の魔法のような攻撃が命中する。あの魔力の気配──人間のものではないな。あの禍々しい魔力は……。
「お前、厄災ガノンの力を取り入れているな?」
「ふっ。貴様の知ったことではない」
「……お前とハイラル軍の関係がどうであれ、私には関係のないことだ。だが」
杖を取り出し、フードの男に向かって魔法で攻撃する。男はひらりと避けるとわざとらしく残念そうな表情を浮かべた。この男とハイラル軍との関係は私には関係のないことだとはいえ、この森に侵入したことは別だ。この森に住む者に害をなす存在を無視することはできない。
「……それが答えか」
「お前がいる所為であの子達が安心していられないんだよ。さっさと失せろ」
「なら、仕方がない。死ぬのは貴様の方だ」
男のガノンの力で誰かを形成する。それはゾーラ族・ゴロン族・リト族・ゲルド族の形をした人型の魔力。ただの別種族の戦士を作ったとは思えない。
各種族の優秀な人材……"英傑"達か。
形を成すと、偽物の英傑達は一斉に攻撃を仕掛けてきた。対応できないわけではないが、相性が悪すぎる。魔法使いは中〜遠距離型のサポートタイプ。近接戦闘は苦手としている。それは魔法を発生させるのに時間を要するからだ。魔法使いとして優秀な方の私でも即座に魔法を撃ち込むことはできない。
リト族の英傑以外は近接武器を持っているな。避けることは可能だが……攻撃している隙があるだろうか。弱気になったところで現状を打破できるわけじゃない。やれることをやろう。
「アオイ……‼︎」
自分の名を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、振り返る暇もなく横を風が通り抜けていった。見覚えのある後ろ姿。あれは──。
「リンク! お前、どうしたここに……」
「退魔の剣が眠るこの森を解放するため。アオイはずっとここにいたの?」
「……お前に会う前も後もこの森が私の居場所だ」
「そっか。どこに行くのか言ってくれなかったのもあるけど、会いたくても会えなかったわけだ」
リンクと共闘して偽物の英傑達の相手をする。
手を動かしながらもこちらを気にする余裕がリンクにはあるみたいだ。たまにチラチラと視線を感じる。その視線を気にせずリンクの来た方向を見ると、そこにはハイラルの姫の姿があった。そういえば、神獣の繰り手は見つかったものの、肝心の退魔の騎士はまだいないんだったな。
「……リンク。広場の中央にある剣が見えるか? あれは資格のある人間にしか扱えないものだ。私は──リンクにしか扱えないと思ってる」
「……俺にできると思う?」
「お前にはあるだろ? 命に代えても"守りたい"って気持ち」
フードの男は自分が優位に立っていると思っているのだろう。背後にある剣の変化に気付いていない。待っていた主に自身を主張するように薄く光を溢している剣の存在に。
「……私があいつの注意を引く。あれを撃退するには剣の力が必要不可欠だ。……これ以上言葉はいらないな」
「──任せて」
リンクが動き出す前に突風を巻き起こして視界を塞ぐ。自分に注意を向けながら全員の相手をすることは難しいだろう。リンクへの注目が途切れた今、敵の標的は私かあの姫さんになる。空いた隙に姫さんを狙うかもしれない。一緒の場所にいた方が良さそうだ。
「悪いな。少し我慢してくれ」
「きゃっ⁉︎」
姫さんに近寄ると、先にその足元にいた小さくて丸っこい何かを掴み上げ、その後に姫さんを横抱きで抱える。敵と距離を離した場所でその体を降ろした。小さくて丸い──ガーディアンのような存在は心配するように姫さんに駆け寄る。
「貴女は一体……」
「説明は後だ」
──この時を待っていたのだろう。
リンクを呼ぶように剣から光が溢れ出す。その光に当てられて英傑の偽物達は掻き消えるように姿を消した。
リンクがその剣に手を伸ばす。その呼びかけに応えるように剣を抜くリンク。
「まさか、退魔の剣の封印が……! だが、ここで騎士諸共葬れば同じ事だ!」
予想外の出来事だったのだろう。先程と違い、余裕をなくしたフードの男。その一方でリンクは軽々とした動きで敵を倒していく。リンクと退魔の剣──まるで収まるべき場所に収まったような感覚。生前の記憶の影響だろう。
「おのれ……この上は私が直々に葬ってくれる!」
次々と片付けられていく偽物達に痺れを切らしたであろうフードの男は、その手に持っている水晶のような玉を構える。
私は周りに敵影がないことを確認してからリンクに近寄った。
「お前でも連戦はきついだろ。体力の回復と防御壁も展開しておくか……」
「……心配してた?」
「何言ってるんだ。……心配が必要な程弱くはないだろ」
「まあね」
表情は変わらないものの、リンクのその声色はどこか明るい。別に『強い』と誉めたわけではないのにリンクが喜んでいる理由が私にはわからなかった。そんな私の心でも読んだかのようにリンクは「昔からアオイは素直じゃなかった」と言った。失礼な奴だな。
「私が後方から支援する。お前は何も気にせず突っ込んでこい」
「ん。任せた」
フードの男に向かっていくリンク。
奴はガノンの力を使っているとはいえ、魔術師タイプ。魔法使いの私と似たようなものだが……実力はこちらの方が上だ。リンクに向かって飛ばしてきた攻撃を魔力で相殺する。リンクは自分に攻撃が向かってこようが防御する姿勢をとらずに真っ直ぐ男に向かっていく。
「くっ……。剣の力……侮れん……」
そう言い残してフードの男はどこかへと逃げていった。辺りから不穏な気配が去っていくのを感じる。森に平穏が訪れたようだ。
「リンク! それと、貴女は……」
「アオイ。ただの森に住む魔法使いだ。そこのリンクとは昔ちょっとした縁の知り合い」
「姫様。俺とアオイは将来を約束した仲です」
「まあ! そうだったのですね! ……あっ、私お邪魔しちゃいましたか?」
「姫さん! リンクの話しを鵜呑みにするんじゃない!」
「と、仰っておりますが……どうなのですか? リンク」
「俺は至って真面目です」
「私はそんな約束した覚えはないからな!」
「アオイは長生きだからね。物覚えが悪くなっても仕方ないよ」
「……リンク。お前、喧嘩売ってるのか?」
「まあまあ! 二人共、落ち着いてください……!」
リンクから視線を外すように森の出入り口の方を向けば、こちらに向かってくる影が見えた。ゾーラ族、ゴロン族、リト族、ゲルド族……本物の英傑達のお出ましだ。
姫さん達はこれからデクの樹サマと話しをするのだろう。それなら席を外した方がいいと思い、少し離れた場所の木の幹に腰を下ろした。
「アオイよ。こちらに来なさい」
姫さん達との話しが終わったのだろう。デクの樹サマに呼ばれて広場の方へと向かう。その場にいた全ての視線が自身に集まり、目立つのが苦手な私にとってはあまりいい気分ではない。
「この者達と共に行け。それがお主のためでもある」
「デクの樹サマ⁉︎ 私のこと知っているでしょう。だから、私は……」
「何かが変わる。儂にはそんな気がしてならないのだ」
「……っ」
「あの、アオイ。私は貴女のことを知りません。でも、私は……貴女のことを知りたいと思いました。共に来てくれませんか……?」
強く握った手を優しく包む姫さん。
私だって変わりたくないわけじゃなかった。元の普通の人間に戻りたかった。でも、変わらぬまま数百年の時が過ぎてしまった。人を頑固にするには──十分すぎる時間だった。
「アオイ。私達には貴女が必要なんです。……リンク。貴方もそう思いませんか?」
姫さんに話を振られたリンクはうんうんと相槌を打ち、肯定を示す。私がいなくてもハイラルの戦力は十分だろう。それでも、姫さんの純粋な真っ直ぐな視線を向けられ、断れるほど冷たい人間にはなれなかった。
「──全てが終わったら帰るから。それまではお前らに付き合うよ」
「アオイ……! リンク、聞きましたか! 今、共に来てくれると言いましたよね⁉︎」
「はい。もし、仮に逃げようとしたら俺が捕まえます。姫様は安心してください」
「頼みましたよ! リンク‼︎」
……仲良いな。
私の呆れた視線に気付いていないのか、二人で盛り上がっている姫さんとリンク。そんな二人を放って、私は森の出口へと向かった。
あと一歩踏み出せば森の外。その前に振り返る──デクの樹サマの姿は木々で隠れてしまっている。
「行ってきます」
きっとこの言葉は届いていないだろう。それなのに笑顔を浮かべたデクの樹サマとカラカラと音を奏でるコログ達が見送ってくれているような気がした。
***
ジーッ。誰かの視線を感じる。
ジーッ。近いな。方向は──隣か。
ジーッ。…………。
「おい。いい加減にしろよ」
隣を向けば、視線を向けてきた主とバチッと目が合う。
私が話しかけた瞬間、当の本人の表情は変わらないが背後に花が舞っているかのように見えた。
「お前だよ、お前!」
「俺、お前って名前じゃないけど」
「こいつ……っ! お前のことだよ、リンク‼︎」
それは正論だけど。別に一々名前を呼ばなくてもいいだろう。
私が『リンク』と呼べば、当の本人は満足そうに口元に弧を描……いていないな。私にはそう見えるが、一般的に見たら今のリンクは無表情だ。
「やっと呼んでくれた」
「呼んでなかったわけじゃないだろ。暫く呼ばなかったくらいで大袈裟な……」
「一分でも耐え難い」
「そこは耐えろよ」
最初は姫さん達と一緒に先頭を歩いていたリンク。気付いた時には列の殿を歩いていた私の隣に来ていた。
「リンク。お前、騎士なんだろ。姫さんの近くにいなくていいのか?」
「姫様には許可貰ってるから。それに今はウルボザ達も側にいるから大丈夫」
「……私の隣にいても何も楽しくないだろ」
「俺がいたいからいるだけ。……だめ?」
「…………勝手にすればいい」
渋々了承すると、ぴったりと隣を歩くリンク。
本来であれば違う歩幅を完璧に合わせてきている。合わせること自体はそれほど難しいことではないにしても、リンクの歩き方は一切不自然さを感じないものだった。相手に気を遣わせないような配慮の仕方──いつの間にか、そういうこともできる男になっていたんだな。
前方に視線を向けているリンクの横顔を一瞥する。その整った横顔を見て、この色男が多数の女性から好意を向けられている姿がぼんやりと頭に浮かんだ。どれだけ女性にモテたとしても──リンクの隣にいるのはきっとゼルダ姫なんだろうな。ふと、浮かんだ感情を遮断するように目を閉じた。
「それ、まだ大事に使ってくれてたんだ」
声の聞こえた方、リンクを見るといつの間にか私の方を向いていたリンクと目が合う。
それ──リンクがまだ幼い頃、ハテノ村を発つ前に貰ったリンクの瞳と同じ綺麗なシアンの髪留めのことだろう。お洒落を気にしたこともないし、使い勝手がいい上に態々変える理由がないから使い続けていた。贈り物を大事にして何が悪い。
「髪束ねるのに丁度良いからね」
「素直じゃないんだから。……それでも嬉しいよ」
「事実しか言ってないけど」
まるで胸の内を見透かしたような目で見てくるものだから、ばつが悪くなって視線を逸らした。リンクのそういう所が苦手だ。
「俺は好きだけどね」
耳元で聞こえてきた声に思わず飛び退くと、リンクはいたずらっ子のような表情を私に向けていた。いや、そういう風に見えていただけかもしれないが。
何だか負けたような気分になって、リンクの背中を押して本来の持ち場へと帰した。
どれだけ強がったって、きっと──私がリンクに勝てることなんて無いんだろうけど。
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